第3章 23話 復讐の終焉
「なっ…………!?」
ダンテが驚愕に固まっている。いま僕が使ったのは魔法阻害という魔法。相手のイメージを自分のイメージで上書きして魔法の発動を阻害するものだ。
そして、魔法阻害が効いたということは、魔法のイメージ構築能力において僕がダンテを上回っているということ。理由は分からないけど、ついさっきまでの絶望的な力量差がすっかり逆転しているのは間違いない。
「今度はこっちの番だ!」
僕は奴に魔法を放つべく身体に魔力を巡らせる。
すると、突然僕の身体が虹色に輝くオーラに覆われ、額の辺りが激しく輝きだした。なんだこれ?
すると、その額の輝きを見たダンテの顔が恐怖に歪む。
「な、なんと!?あの太陽を象った印……まさか古の〝聖人の紋章〟!!?」
悲鳴のような声をあげたダンテは巨体をくるりと翻すと、大地を蹴って空に飛び立ち全速力で逃げ出した。
しかし、その次の瞬間に僕の魔法が発動する。
「聖光線」
僕の右手の人差し指から強烈な光の束が迸る。太陽の光を極限まで収束したかのような、圧倒的なエネルギーの奔流。僕はその光線を剣のように振るってダンテの胴体を横薙ぎにした。
「グギャアアアアァアァァァァァ!!!?」
聖光線を受けたダンテの胴体は一瞬で両断された。
奴の胴体を貫通した光線はそのまま直進して大地に突き刺さり、それによって広範囲の地面がめくれ上がるように爆ぜていく。爆風で土埃が巻き起こり、眼前の大地はあっという間に炎に包まれてゆく。
「うわああああ!やり過ぎた!?」
なんとなく頭に浮かんだイメージで魔法を放ってはみたものの、威力が想定外過ぎる!もはや地獄絵図じゃないか!
幸い着弾したのは街の外の人気の無さそうな場所だったから多分被害は出てないと思うけど……使いどころを相当選ぶぞこの魔法。
いきなり目の前に広がった惨状に慌てたグウェンさんが飛び寄ってくる。
「ちょっと、今のは何なの!?それに、貴方もちょっと変よ!光ってるし、額に変な紋章が浮き出てるし!」
「いや、僕にも何が何だか……って、グウェンさん!その顔は!?」
「顔?」
僕の叫びに、グウェンさんは両手で自分の顔をまさぐる。そして、そこにあるべきものが無くなっているのに気付いた。
「傷が無くなってる!?」
「ええ、綺麗さっぱり消えてます!」
そう、グウェンさんの頬に刻まれた呪いの傷が綺麗さっぱり消えてなくなっていた。さっき僕が〝聖人の奇跡〟を使ったせいだろうか。あらゆる呪いを解き傷を癒す僕の祝福の力なら、あの傷を癒せたとしてもおかしくはない。
でも、僕が思うにあれは呪いの傷なんかじゃなかった筈だ。悪魔であるダンテが忌み嫌い、暗黒魔法すら撥ね退ける力をもったあの傷。あれはむしろ呪いとは真逆の存在だったように思う。それに、あの傷に〝聖人の奇跡〟を使ったときに僕の身体に流れ込んできたあの力……あれがなければダンテを倒すことなどできなかっただろう。
うーん、考えれば考えるほど謎だ。一体あの傷は何だったんだ?
《シモン様、考え事は後回しなの》
ステラが指さした方に目をやると、地面に墜落したダンテの巨体が蠢いている。上半身と下半身に完全に両断されたというのにまだ生きているのか。悪魔の生命力はとんでもないな。
ダンテの近くに僕たちが降り立つと、奴はその赤い目をカッと見開いて僕たちを睨みつけてきた。
しかし、その体からは急速に生命が失われつつある。このまま放っておいてもじきに死ぬだろう。でも、こいつには死ぬ前に聞いておきたいことがある。
「ダンテ、最後にひとつ聞きたい。悪魔のお前がレムリア王国の生き残りを名乗るのは何故なんだ?」
ダンテがレムリア王国の生き残りであることはステラも断言していたから間違いない。でも、悪魔であるこいつが古代の魔法王国とどんな関りがあったっていうんだ?ひょっとして、古代の王国を統べていたのは人間ではなく悪魔だったとか?
「……貴様は勘違いをしている。我は悪魔などではない。いや、そもそも悪魔などという者はこの世に存在しないのだ」
「存在しない……?でも、お前やフォルゴーレの姿は言い伝えの悪魔そのものじゃないか」
「その言い伝えとやらがどんなものかは知らんが、我は紛れもなく古の時代を生きた人間だった」
人間だった──か。そこを過去形で語ったということは、今のこいつは人間じゃないってことなんだろう。でも人間でも悪魔でもないとしたら、一体こいつらは何だっていうんだ?
「……これ以上教えてやる義理はない。今の世の聖人よ、見事であった」
ダンテはそう言うと、おもむろに自らの右目をむしり取った。奴の手に収まった眼球から青い血液がしたたり落ちる。
「待て、何を始めるつもりだ!?」
「わが君よ、不肖ダンテはここまで。最後に、我が見た全てを御身のもとへ……」
ダンテが虚空に向かってそう呟くと、ダンテの目の前に突然黒い球体が現れた。
「!?グウェンさん、下がって!」
宙に浮かんだ球体から禍々しい気配が漏れ出てくる。
ダンテが現れたのもこれと同じ黒球の中からだった。もしやあれは悪魔が使う転移門のようなもの?だとしたら、奴は何かをここに召喚するつもりか!?
身構える僕たちをよそに、ダンテはその黒球の中にむしり取った自らの眼球を放り投げる。すると、眼球を飲み込んだ黒球はあっという間に収束して消えてしまった。
「届けましたぞ……我らがレムリアに光……あれ……」
最期にそう呟いたダンテの表情から徐々に生気が失われてゆき、やがてその身体はピクリとも動かなくなった。
これが悪魔ダンテの最期だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……本当にこれで終わりなの?」
「ええ。少なくともディアボロは再起不能でしょう。グウェンさんの復讐はこれで終わりです」
まだ残っている仕事はある。
奴らから売られていった子供たちを助け出さなきゃならないし、奴らと違法な取引をしていた顧客どもを裁きにかける必要もある。
でも、ディアボロという組織がこの世から完全に消滅したいま、グウェンさんの復讐は成就したといっていいだろう。これでやっとグウェンさんは彼女自身の人生を歩めるようになる。
感極まったグウェンさんの両目から涙が溢れ出して頬を伝い、ぽたぽたと地面に落ちて染みを作る。その頬にあった惨たらしい傷跡はすっかり消え失せ、彼女は元の美しい容貌を取り戻していた。
(綺麗だな……)
以前のグウェンさんは傷の印象もあって〝凄みのある美人〟というイメージだった。でもその傷が無くなった今の彼女はただただ美しく、満ちた月の輝きを思わせるような気品と清楚さがその柔らかい表情に溢れていた。
僕はしばし彼女の横顔に心を奪われ、そしてちょっぴり寂しくなった。何故って、彼女の復讐が終わった以上、こうして一緒に冒険する必要もなくなってしまったから。
短い間だったとはいえ、グウェンさんは同じ屋根の下で暮らして一緒に危険を掻い潜ってきた大事な仲間だ。いずれこうなることは分かっていたけど、辛い別れになりそうだな……。
──その時、僕たちの頭上でパーン!という破裂音が鳴り響き、大量の紙吹雪が乱舞した。
《やったのー!ダンテ・サンタンジェロの討伐とグウェンに預けていた力の回収を見事達成!これで第一段階クリアなのー!》
「……はあ??」
《シモン様よくやったの!今回は負けちゃう可能性もちょっぴりあったから心配だったけど、概ね想定内に収まったのー》
「う、うん。どうも」
《グウェンも長いことお疲れ様なの。これでディアボロは綺麗さっぱり!あと腐れなく!根こそぎ壊滅したの!これでエルマーの無念も見事晴らされたの!》
「あ……ありがとう?」
《うふふふ、これで約束の未来にまた一歩近づいたの。これでシモン様も真の聖人として覚醒した訳だし、あとはこれまで以上に人助けに勤しんでもらって──》
「ちょっと待て」
ハイテンションで捲し立てるステラの襟首をがっしりと掴み、無理やり黙らせた。
《シモン様、真面目な顔してどうしたの?》
「さっき言ってたグウェンさんに預けていた力ってのは何のこと?」
《あっ……嬉しくてつい口が滑ったの……》
「僕が真の聖人として覚醒したとも言ってたよね?」
《はうっ》
「つまり、グウェンさんに預けてあった力が戻ってきたことで僕は真の聖人になった、ってこと?でも、僕が聖人になってからこのかた、グウェンさんに力を預けた記憶なんて無いよ?」
《うーん……仕方ないの。もう隠す必要もなくなったし、ここは潔くネタばらしするのー》
いや、隠さなくていい話にネタばらしも何もないだろ……。
この子、割と秘密主義なところがあるんだよなー。約束の未来に導くためとかなんとか言ってるけど、本当はケチなだけなんじゃなかろうか。
《むー、シモン様が何か失礼なことを考えてる気がするの》
「き、気のせいじゃないかなー?それよりほら、ネタばらしするんでしょ」
《んー……まあいいの。で、どこから説明すればいいの?》
「そうだなー、じゃあまずは僕がグウェンさんに力を預けたってくだりから」
《了解なのー。まず、力を預けた記憶がシモン様にないのは当たり前なの。その時のシモン様は、シモン様であってシモン様ではなかったの》
僕であって僕でない?
なんだか謎かけみたいな話になってきたぞ。
《グウェンに自らの力を預けたのは前々々世のシモン様。その時のシモン様は、エルマーという名前の神官見習いだったの》




