第3章 21話 ダンテの正体
僕の頭の中で疑問が渦巻いている。
なんでこいつは聖人のことを知っているんだ?
そして、なんで僕がその聖人だと分かったんだ?
「ふむ。その表情をみるに、どうやら図星のようだな」
「それがどうした!」
「どうもこうもない。ただ──余計に生かしておけなくなったということよ!」
ダンテは片手で僕の手首を掴んだまま、反対側の拳を僕の鳩尾にめり込ませた。
(ミシィッ……)
「グボァッ!」
常人の何万倍もの頑丈さを誇る僕の体に、奴の拳は易々と食い込んだ。たったの一撃で肋骨数本を砕かれた僕は悶絶するしかなかったが、片手を奴に掴まれたままなので倒れることすらできない。こいつ……強い!
「ほう、貴様は治癒の祝福を授かっておるのか」
〝聖人の奇跡〟の効果で砕かれた肋骨が元通り繋がっていき、痛みも薄れていく。ダンテはそれを興味深げに見守っていた。
「ぐううっ……身体強化!」
「ぬっ」
仙術の力で全身を活性化させ通常時を遥かに上回る力とスピードを得た僕は、奴に掴まれていた手首をどうにか振りほどくと後方に飛び退って距離をとった。
「お前は一体何者なんだ!?」
「さっき貴様自身が言い当てた通り、我は古代レムリア王国の生き残りだ」
「それだけの筈がない!ただの人間ならとっくに老衰で死んでる年齢だし、これ程の力を身に着けられる道理もない!」
「人間離れしているのは貴様とて同じだろう」
今度はダンテの側が攻めに転じた。猛烈なスピードで瞬時に距離を詰めると、僕の目の前で突然その姿が掻き消える。
「そこだ!」
「ちいっ!」
身体強化によって強化された感覚が、後ろに回り込んだ奴の気配をしっかりと捕えていた。
咄嗟に繰り出した僕の後ろ蹴りを、奴は十字に組んだ腕でブロックしている。しかし勢いを殺しきれずにそのまま後方へと吹き飛ばされ、部屋の壁に激突した。
ズゥゥゥゥゥン……
激しい衝撃で部屋全体が鳴動し、天井からパラパラと瓦礫の粒が降ってくる。
これまでの攻防ではっきりした。素の状態で戦えば悔しいけどダンテに分がある。でも、身体強化を使えば十分に戦える!
「フン、小癪な真似を……」
ダンテは服についた埃を払いながら起き上がる。大したダメージはなさそうだが、無傷とはいかなかったようで、口元からは一筋の血が流れている。
しかし、その血を見た僕の全身に衝撃が走った。
「お前、その血の色は……!?」
「……」
ダンテは無言でハンカチを取り出すと、口の血を拭った。白いハンカチに血の染みが広がる。奴の青い血の染みが。
「お前、やっぱり人間じゃなかったんだな?」
「失礼な、私は歴とした人間だ。──いや、人間だったと言うべきかな?」
その途端、奴の全身から膨大な魔力が放射状に噴出した。その魔力は目に見えるほど濃密であり、傍にいるだけで気分が悪くなるほど禍々しい。その〝瘴気〟とも言うべきものが猛烈な勢いでこの部屋全体に広がってゆく。
「ぐっ……いきなり何だってんだ!?」
「この空気……息が詰まるわ……!」
瘴気に覆われ尽くして見通しが利かなくなった視界の中、赤く輝く奴の瞳だけが禍々しい存在感を誇示している。
「風の精霊よ!瘴気を部屋の外へ!」
グウェンさんが叫ぶように精霊に願うと、部屋の中に猛烈な風が巻き起こり、渦となって瘴気を巻き込んでいく。やがて瘴気はその風によって通気口から排出されていき、徐々に元の視界が戻ってきた。瘴気に隠されて黒い影にしか見えなかったダンテの姿も、それと共に明瞭さを増していく。
しかし──
「お、お前……その姿は!?」
そこにいたのは人間ダンテ・サンタンジェロではなかった。
元々2メートルを超える巨体の持ち主だったが、今の奴はそれよりもさらに大きく、3メートル程にもなるだろうか。筋骨隆々とした身体は青銅色の皮膚に覆われ、その瞳は赤く輝いている。そして、額の中心からは捻じれた一角獣の角のようなものが生えている。
これは……!この姿は……!
忘れようもない。僕たちは以前こいつに似ているモノを見たことがある。そう──パナシエの森林迷宮で!
「ダンテ、それがお前の正体か!?」
「フォルゴーレと同じ肌の色に赤い瞳……まさか、悪魔!?」
「ほう、貴様らフォルゴーレの奴を知っておるのか」
ダンテは僕とグウェンさんの叫びを否定も肯定もしなかった。しかし、あのフォルゴーレの名を知っている以上もはや問い質す必要もない。ディアボロの大ボスであるダンテ・サンタンジェロ──その正体が悪魔だったなんて!
「その名を聞くのは随分と久しぶりだ。間が抜けているが、平民にしては珍しく魔法を使える便利屋だった。しかし……」
ダンテは言葉を切って僕たちを見回す。
「その名を知る者どもがこうして生きているということは、奴は貴様らに殺されたのか?」
「他人の心配よりも自分のことを心配したほうがいいよ。僕は〝悪魔殺し〟だ」
モルトの街でエルネストさんに化けていた悪魔を倒した時点で、僕のステータスには〝悪魔殺し〟の称号がついている。ダンテの正体が悪魔だったことには驚いたけど、だからといって今さら恐れるようなことはない。
「……フン、それは脅しのつもりか?」
悪魔ダンテはその場で軽く拳を振るった。ただそれだけの動作で猛烈な衝撃波が巻き起こり、その圧倒的なエネルギーが僕の体の中心を射抜いた。
「ぐぁっ!?」
一瞬で吹き飛ばされた僕は部屋の床を何度も弾むように転がっていくが、壁に激突する前に空気の塊が僕を優しく受け止めてくれた。グウェンさんの精霊魔法だ。
「フォルゴーレなど、所詮呪詛しか能のない平民ずれよ。サンタンジェロ子爵家当主たるこの我とは比較にならぬ」
どうにか起き上がった僕に、悪魔ダンテの全身から発せられる圧力がずっしりと圧しかかる。
人間の姿だった時とは比べ物にならないほど強烈な存在感。奴と相対しているだけで息苦しく感じられるほどだ。
こいつ、姿が変わっただけじゃない。さっきよりも明らかに強くなっている……!
このままじゃ対抗できない。もっと身体強化のレベルを上げないと!
体内でさらに大量の魔力を練り上げようとした僕に、悪魔ダンテは恐ろしい一言を告げる。
「折角の機会だ。貴様に私の全力を見せてやろう」
全力?今の一撃ですら本気じゃなかったっていうのか?
面食らった僕の目の前で、既に3メートルを超えていたであろうダンテの身体がさらに大きく膨れ上がっていく。そして、奴の体躯は地下室の天井すら軽々と突き破り、そこから地上の陽光が差し込んできた。
「キャアアアアア!」
「きょ、巨人!?」
「逃げろ!化け物だ!」
天井の穴から街の人々の悲鳴が聞こえてくる。
拙い、この地下室の上はヴァレリアの街中だ。こんなデカい悪魔が暴れまわったら大変なことになるぞ!
「蠅どもが騒ぎよるわ。今静かにしてやろう」
「おい待て!一体何をするつもりだ!?」
ダンテの全身に膨大な魔力が収束していき、奴の全身が強烈な紫色の輝きを放ちだす。そのエネルギーの巨大さ故か、奴の周囲の空気までもがチリチリと音を立てている。
「破滅の爆炎」
その瞬間、奴を中心に巨大な爆発が巻き起こった。




