第3章 20話 ダンテ・サンタンジェロ
拠点内の気配を辿り、悪人どもをモルトの地下監獄へと転移させる作業を続けること半日と少し。
ようやく最後の一人を転移門に放り込むと、僕たちは顔を見合わせた。
《グウェン、本当にこれで全員なの?》
《ええ。各地の拠点から集結してきた連中は、ほぼ全員捕えた筈よ。でも──》
《あの大ボスがいませんね》
そう、拠点中をくまなく探してみても、肝心の首魁の姿だけが見当たらないのだ。もともと月例会の日取りはもう少し先なので、今ここにいるという保証はなかったのだが。
それでも一縷の望みをかけて僕たちはさらに拠点の内部を調べて回った。各地の拠点から持ち込まれたと思われる金貨の山に顧客リストなどの収穫はあったものの、どこを探しても大ボスの気配は無い。
隅々まで調べ尽くした後、大きな会議室に行き着いたところで僕たちは探索の手を止めた。
《ひょっとして、大ボスだけ一人で逃げちゃったんですかね?》
《拠点の異変には気づいていた筈だからあり得るわね。でも、もしそうだとしたらお手上げだわ》
大ボスの所在が分からない僕たちには、追跡する手段がない。このまま雲隠れされてしまったらどうしようもない。
……いや、一つだけ方法があるか。
《ステラ、森羅万象の記憶には敵の居場所も記されてるんじゃないか?》
《書かれてるけど、それに頼る必要は無いの》
僕の問いかけに、ステラはこちらを振り向きもせずにそう答えた。
《え?どういうこと?》
《敵さんのほうからこっちに来るの》
ステラがそう言ったのとほぼ同時に、会議室の中央に大きな黒い球体が浮かび上がった。
球体は禍々しい気配を放出しながらどんどん大きくなっていく。
《なんだこれ!?》
《シモン様、グウェン、気を付けるの!敵の大ボスが出てくるの!》
《……!!》
ステラの警告に身構える僕たちの目の前で球体はその形を変えていき、僕の転移門と同じような平面になった。しかしその面は黒く塗りつぶされており、その向こう側に何があるのかを見通すことはできない。
そして、その黒い平面の中から巨大な男が姿を現す。
2メートルを優に超えると思われる身の丈。風格を感じさせる初老の男の風貌ながら、それにそぐわぬ艶のある黒髪。
間違いない、王都の月例会に忍び込んだ時に見たあの男……ディアボロの大ボスだ。
パチパチパチパチ……
現れた男は、余裕綽々の笑みを湛えながら、僕たちに向かって拍手をしてみせる。
「素晴らしい。我が駒どもをこうも簡単に片付けるとはな」
……一体何なんだこいつは?
自分の組織が壊滅したというのに、焦る様子などまるで感じられない。それどころか、この状況を明らかに愉しんでいるように見える。
「駒?僕たちが捕えた、お前の手下どものことか?」
「あ奴どもは我が思い通りに動くだけのただの駒だ。手下と呼ぶにも値しない奴らよ。だが……そうだな、お前なら我が手下にしてやっても良い」
そう言うと、男は大きく目を見開いてこちらを見つめてきた。
男の目が妖しく輝くと、僕の視界に映る景色がぐにゃりと歪み、それと同時に頭がぼうっとしたような感覚に襲われる。
しかし、その不思議な感覚が続いたはほんの一瞬だけで、すぐに元の感覚が戻ってきた。
今のは一体なんだったんだ?
「なんと、我が魅了を撥ね退けるとは……」
「魅了?……ああ、そういう事か」
今の変な感覚は魅了の魔法か。僕を操って手下にしようとしたんだな。
でも、悪魔フォルゴーレとの戦いを経て、僕の魅了耐性はかなりの高レベルに達している。
それに、万一魅了されてしまったとしても〝聖人の奇跡〟が自動的に発動する。
つまり、僕には状態異常を引き起こす魔法の類が効かないってことだ。生憎だったな。
「思った以上に面白い奴だ。貴様、名を何という?」
「他人の名を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀なんじゃないのか?」
「ふむ……貴様の言う通りだな」
男は改まった様子でこちらに向き直った。
「我が名はダンテ・サンタンジェロ。光栄に思うがよい。この名を他人に明かすのは随分と久しぶりのことだ」
「それは古代レムリア王国時代以来ってことか?」
「……貴様、何故それを?」
「さあね」
僕の言葉に聞き捨てならないものを感じたのか、男──ダンテは目を細めてこちらを睨みつける。
「──まあよい、いずれにせよ我が出自を知る者は生かしておけぬ」
「やれるもんならやってみろ!お前達がこれまで食い物にしてきた子供たちの恨み、今ここで晴らしてやる!」
先手必勝!僕は最大限の加速でダンテの懐に飛び込み、その腹めがけて正拳を放った。僕の鋭い踏み込みが地面を震わし、高速で繰り出された拳が唸りを上げる!
(ガシッ)
「なっ……!?」
「むぅッ!?」
僕の拳が奴に届く寸前のところで、重ね合わされたダンテの両の掌が僕の攻撃を受け止めていた。
そんな馬鹿な!?殺さない程度に威力を抑えたとはいえ、今のは常人に見切れるような攻撃じゃなかった。こいつは一体何者なんだ!?
しかし、攻撃を受け止めた側のダンテもまた驚愕の表情を浮かべていた。
「今の威力とスピード……明らかに人間のそれを超越している。貴様、何者だ!?」
「失礼だな!僕は普通の人間だよ!?」
その時、ダンテの真下の地面が槍のような鋭さをもって隆起し、奴を死角から襲った。しかし、ダンテはその攻撃をまるで予測していたかのように軽々と避けると、そのままバックステップで僕から距離をとった。
「後ろのエルフ……精霊使いか」
今の槍は土の精霊の力によるもの。僕の後ろに控えていたグウェンさんが、奴の隙を狙って攻撃を仕掛けたらしい。
「その顔の傷には見覚えがあるぞ。そうか、あの時の忌まわしき娘か」
「……!!そうよ、貴方達に復讐するため、私はずっと牙を研いできたわ!でも、それもここまでよ!」
土の槍が、風の刃が、炎の塊が、次々と虚空に生まれ出でてダンテを襲う。しかし奴はそれらの攻撃を軽くかわし、さらに隙を狙ってグウェンさんに反撃の魔法を放った。影そのもののようにも見える黒い薄刃が鋭く空を切り、グウェンさんの喉元を狙う!
(シュンッ……)
しかし、その黒い薄刃はグウェンさんに触れるか触れないかのところで溶けるように消えてしまった。
「チッ……相変わらず厄介な傷だ」
ダンテが舌打ちをする。これがエルマーさんが遺したという呪いの傷の効果なのか?
とにかく、奴がグウェンさんに気を取られている今が好機!
僕は再び全力で奴との距離を詰め、今度は手加減なしの全力で拳を振るう。踏み込んだ足から放射状の亀裂が地面を走り、音速を越えた拳から猛烈な炸裂音と衝撃波が放たれる。今度こそ本気の本気。これで奴を仕留める!
(ガシッ)
「なっ……!?」
「馬鹿め、何度も同じ芸が通用すると思うな」
目にもとまらぬ僕の正拳を奴は軽々と見切り、その手首を片手で捕まえて止めてしまった。
そんな……6万人以上の人達の力が篭った僕の攻撃を、こうも簡単に止めるなんて!?
しかし、本当の驚きはその後に奴が放った言葉によってもたらされた。
「この人間離れした力……まさか貴様、聖人か!?」
「……!!??」




