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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第3章 聖人シモンと精霊姫の復讐
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第3章 19話 静かなる襲撃

 僕たちが城塞都市ヴァレリアに転移してきてから1週間が経った。その間、僕たちは敵の拠点近くに宿を取って敵の動向を見張り続けている。〝姿隠しのマント〟で姿を消した僕たちの目の前で、各地から退避してきた悪漢どもが次々と拠点内部へと姿を消していく。


 そして今もまた悪漢どもの集団がぞろぞろと店に入っていくところだ。

 連中のうち2人ほどが大きな麻袋を抱えているのが見える。その中からは僅かながら人の気配が感じられるが、袋はぴくりとも動かない。恐らく、あの袋の中には薬で眠らされた子供が詰め込まれているのだろう。



「シモン、いま入っていった連中で全員よ」


「分かりました。すぐに襲撃をかけましょう」



 そう、僕たちはここで待ち続けていたのだ。すべての敵がこの拠点の中に集結するこの時を。


 僕が魔法を発動させると、建物全体が淡く輝く光の壁で覆われる。気密性と遮音性を重視した魔法の結界だ。結界の展開が終わったら、次はその内部で眠りの雲(スリープクラウド)の魔法を発動させる。すると、あっという間に結界の中が濃密な靄で包まれた。

 今回は敵の人数が多い上に凄腕の魔術師である敵の大ボスまでいる。だから、この眠りの雲(スリープクラウド)はこれまでのものよりも効果をかなり強めている。この靄を吸い込んで眠りについた者は、たとえ蹴飛ばされようとも丸1日は目を覚まさないだろう。



「こっちの準備はバッチリです。拠点内に雲を流し込んでください」


「分かったわ」



 グウェンさんが風の精霊に話しかけると、結界の中に一陣の風が巻き起こり、魔法の靄を拠点本体である地下へと流し込んでいく。通気口から流れ込んだ眠りの雲(スリープクラウド)は、風の精霊の力によって拠点全体へと浸透していく。



「……10分経ったわ。そろそろ行きましょう」


「分かりました。念のため〝姿隠しのマント〟と〝念輪の腕輪〟を忘れずに装備してください」


《相変わらずやり口がえげつないの》


「うっさいな!この上なく効率的で平和的な作戦じゃないか!」



 拠点の中に入ると、また地下への入り口を例のゴーレムが守っていた。でも、前と違ってコイツの退け方は分かっている。



(コンコン・コンコンコン・コン・コン・コンコン)



 月例会の案内状に記されていた数字の羅列に合わせ、近くの壁を叩いて音を立てる。すると、ゴーレムはスッと動いて僕たちを通してくれた。ゴーレムが元いた場所からは、地下へと続く梯子が伸びている。



《よし、拠点に乗り込みましょう。グウェンさんは僕の後ろからついてきてください》


《……分かったわ》



 僕の申し出に、グウェンさんが少しホッとしたような表情をみせる。

 やっぱり怖かったんだろうな。今回はできるだけ僕の後ろに隠れていてもらおう。



《シモン様ったら、そんなにグウェンの下着を見たいの?わざわざそんな事しなくても、色くらいならステラが森羅万象の記憶(アカシックレコード)で調べて──》


《何言ってんの!?そんな事に森羅万象の記憶(アカシックレコード)を使うとか、無駄遣いもいいとこだよ!》


《……上を見たら蹴るから》


《グウェンさんまで!?だから見ませんってば!!》




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 地下に降り立った僕は、すぐに辺りの気配を探る。大勢の人間の存在を感じるが、動いている気配は無い。どうやら眠りの雲(スリープクラウド)で眠りこけているようだ。



《どうするつもり?また片っ端から地下大監獄に転移させる?》


《いえ、今回はまず子供達から助け出しましょう。相手の大ボスの力が分からない以上、巻き添えになる可能性もゼロとはいえませんから》



 敵の大ボスが自滅覚悟で基地全体に影響が及ぶような大魔法を行使したら、身を守る術のない子供達などひとたまりもない。早く安全な場所まで彼らを転移させてあげなきゃ。


 小さくか細い気配を辿っていくと、すぐに子供たちが囚われている部屋に辿り着いた。部屋の中には眠りこけている子供たちが50人以上はいるだろうか。ざっと見渡した限りだけど、幸いなことに怪我を負っている子供などはいないようだ。連中にとっては大切な売り物なんだから当然か。



《みんな、少しだけ治癒院で待っててね。すぐに家に帰してあげるから》



 眠っている子供たちになんとなく呟いた後、僕は転移門(ポータル)を通してモルトの治癒院に子供たちを送り込んでいく。そろそろ治癒院のベッドの数が足りなくなりつつあるが、そちらの手当てはセルマさんに任せてある。あの人ならどうにかしてくれるだろう。



《よし、これで捕まっている子供たちは全員助けたね》


《次は悪人どもの番なの。さあさあ、片っ端から冥土に送りつけてやるの!》


《送り先は冥土じゃなくて監獄だよ!?》



 そりゃ冥土に送ってやりたい気持ちも分からないではない。子供を食い物にする連中に憐憫をかけてやる必要なんか無いんじゃないかとも思う。

 でも、やっぱり僕にはできない。生者を裁くのは国王であり、死者を裁くのは神様であるべきだ。僕にできるのは、悪い奴らをそこに引っ張り出すところまでだ。



《むー。あの吸血鬼すら神様の許に送り返すだけで済ませたシモン様だから、そう言うとは思ってたの。せっかく国王から生殺与奪の全権を与えられてるのに……》


《与えられた権限に甘えて好き勝手してたら、多分いつか歯止めが利かなくなる。そうなった僕はただの化け物だ》


《とっくに人間はやめてると思うの》


《それを言わないで!お願いだから!》



 今回の件が片付いたら、またステータスが大幅に伸びてしまいそうで怖い。


 いやいや!諦めるのはまだ早い。ちょっと落ち着いて考えてみよう。


 いま僕たちが救った子供は50人程度。各地の拠点から助け出した子供たちを合わせても100人ちょっとってところだ。今後の被害を未然に防いだ分を考慮しても、万単位の数字になるとは考え難い。しかも今回助けたのはステータスの低い子供ばかり。であれば、僕のステータスの成長度合いも控えめになるに違いない。


 大丈夫!僕はまだ人間!



《ほらほら、考え事なんかしてないで目の前の悪人どもを片付けちゃいましょうよ》


《あ、すいません……》



 気配探知をするまでもなく、拠点内のいたるところで眠りこけた男どもが転がっている。僕たちはそいつらを淡々と転移門(ポータル)へと放り込んでいった。勿論、転移門(ポータル)の行先はモルトの地下に増設された大監獄だ。今は涎を垂らして熟睡しているこいつらも明日の昼頃には牢獄の中で目覚め、自らの境遇の変わりぶりに驚くことになるだろう。



《しかし、本当にすごい人数だな……》


《エルム流王国全域に蔓延る大組織なんだから当然よ。むしろこれでも少ないくらいだわ》


《モルトの監獄を拡張しておいてよかった。そこに気付いてくれたオールストン伯爵に感謝ですね》



 取り留めのない会話を交わしながら、僕たちはひたすら悪人を牢獄に放り込んでいく。

 誰一人として声をあげることすらない、静謐に満ちた襲撃だった。

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