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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第3章 聖人シモンと精霊姫の復讐
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第3章 18話 逃れ得ぬ恐怖

 転移門(ポータル)を抜けると、厳めしい城壁や四方を見下ろす砦の見張り台が視界に飛び込んできた。北から吹きつけてくる冷たい風が肌を刺す。


 ここはエルム王国の北端に位置する城塞都市ヴァレリア。王国第二の都市として隆盛を誇るこの街は、その四方を高い城壁で囲まれた武骨な造りが特徴的だ。その遠くの城壁の上に、見張りの衛兵が歩き回る姿が豆粒のように見えている。


 この城壁を越えて2週間ほど歩くとレヌール川の流れに突き当たる。その流れを越えた向こうには、ガリウス帝国の国土が広がっている。

 僕たちが暮らすエルム竜王国は、このガリウス帝国と長きに渡って敵対している。両国の間では政治的な駆け引きだけでなく軍事的な小競り合いまでもが頻発している。この城塞都市ヴァレリアは、エルム王国の国境を支える前線基地でもあるのだ。


 そして、僕たちにとっては最終決戦の地でもある。各地の拠点から逃亡したディアボロの連中はここを目指して集まってくるはず。今度ばかりは逃すわけにはいかない。



「いよいよですね、グウェンさん」


「……ええ」



 グウェンさんは硬い表情で僕の横に佇んでいる。彼女の雪花石膏(アラバスター)のように白く滑らかな肌が、今日はいつも以上に白く感じられた。



「寒いですよね。外套を出しましょうか?」


「……大丈夫よ」



 グウェンさんはそう言うが、やはり顔色が優れないように見える。



《グウェン、隠さなくていいの。本当は()()んでしょ?》


「!」



 ステラの指摘に、グウェンさんは不意を突かれたように表情を固くする。


 グウェンさんが連中を怖がってるって?銅級冒険者である彼女が、あれしきの奴らを相手に?



《あいつらに追われ続けた幼い頃の恐怖が今もまだ消えてないの。そして、大事なエルマーも殺されて──》


「やめて!エルマー兄さんのことを口にしないで!!」



 グウェンさんは大声をあげてステラの言葉を遮った。

 でも、彼女の追い詰められたような表情が、ステラの指摘の正しさを物語っていた。



《……ごめんなさいなの》


「……私も怒鳴ったりして悪かったわ」



 お互いに謝り合った二人の間に苦々しい沈黙が漂う。



「グウェンさん……」


「この子の言う通りよ。私はあいつらが恐ろしい。本当は復讐なんか諦めて、さっさと逃げ出したいくらい」



 グウェンさんは両手を上げて降参したようなポーズをとると、自嘲気味に語りだした。



「今の私にとっては問題のない相手だって分かってる。だけど、あいつらを前にするとどうしても身体が竦むのよ。だから、これまで何十年もあいつらの事を探り続けてきたというのに、こちらからは一度も手を出したことはない……いいえ、()()()()()()と言ったほうが正確ね」



 おかしいとは思っていたんだ。彼女が長いことディアボロの拠点を調査してきた話は聞かされてるけど、彼らの拠点を攻撃したとか囚われた子供たちを救い出したとかいった話は一度も聞いたことがない。

 考えてみれば、ダナンの拠点に侵入した時も先頭に立つのを妙に嫌がっていたし、月例会に潜入した時も怯えたような様子だった。それもこれも今の話を聞けば腑に落ちる。




「もしエルマー兄さんがここにいたら、何もかも投げ捨てて兄さんと二人で逃げ出しちゃうと思う。今も囚われた子供たちが酷い目に遭っていることを、誰よりも私がよく知ってるのにね……」


「でも、グウェンさんは今こうして立ち上がったじゃないですか」


「いいえ、私ひとりだったら多分今も連中の周りを空しく嗅ぎ回るだけだったでしょうね。でも──パナシエで貴方の馬鹿げた力を目にした時、この力があれば連中を倒せるかもしれない……って、そう思えたの。だから、いま私がこうしているのは貴方のお陰なのよ」



 いやその、()鹿()()()()って言い方は地味に傷つくんですけど……。



「笑ってくれていいわよ。私は子供たちのために戦う善人なんかじゃない。ただの臆病で他力本願な復讐者なの」


「笑いませんよ。普通ならとっくにこの国から逃げだしていてもおかしくない。でも、グウェンさんは踏みとどまって頑張ってる」


「シモン……」


「それだけじゃありません。グウェンさんは銅級の認定を受けるほどの力を身につけ、たった一人で何十年もかけてあいつらの事を調べ上げた。こんなの、他の誰にだって真似できませんよ」


「でも……やっぱり怖いの。どうしようもなく怖いのよ……」



 彼女は自分を抱きすくめるかのようにきつく腕を組み、その身を小さくして震えている。


 グウェンさんはこれまで相当無理をしていたんだな……。

 いや、相当なんて言葉じゃ足りないな。恐らくエルマーさんを失ってから数十年もの間、彼女はずっと無理をし続けてきたんだろう。



「大丈夫ですよ、僕が必ずグウェンさんのことを守ります。グウェンさんはずっと僕の後ろに隠れててください」


「えっ…………」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「もう嫌だよぉ……怖いよぉ……」


「ああほら、もう泣き止んで。折角の可愛い顔が台無しだよ」


「私、可愛くなくていいもん。そしたらあの悪い人たちも追ってこなくなるでしょ?」


「グウェン……」


「私たち、いつまでこうして逃げ続けなきゃいけないの?」


「……さあな。でも、お前のことは俺が必ず守る。約束するよ」


「本当に?約束だよ?」


「ああ。だからさ、怖くなったら遠慮せずに俺の後ろに隠れてろよ」


「うん……頼りにしてる。誰よりも」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……本当に頼りにしていいの?」


「はい。エルマーさんには敵わないかもしれませんけど、これでも結構頼りになる方だと思いますよ。ほら、僕って聖人ですし」


「分かったわ。でも一つだけ約束してくれるかしら」


「約束ですか?」


「絶対に──絶対に私よりも先に死なないで。私のために誰かが死ぬのを見るのはもう懲り懲りよ」


「……分かりました。約束します」



 この約束だけは絶対に破れないな。これ以上グウェンさんに重荷を背負わせるわけにはいかない。


 正直、今の僕のステータスなら犯罪組織の連中ごときに後れをとるとは思えないし、死ぬ心配なんてまったくしてないけど、不気味なのは古代レムリア王国の生き残りという敵の大ボスだ。あいつだけは要注意だな。



《グウェンったら無茶言うの。永遠を生きるエルフより先に死んじゃダメだなんて、普通の人間には絶対守れない約束なのー》


「いやそういう意味じゃない。頼むから空気を読んでくれ……」

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