第3章 17話 尋問
敵の潜伏場所をステラが教えてくれないので、僕たちは仕方なく地下大監獄へとやってきた。ここに囚われている囚人から知れる限りのことを聞き出す以外に、隠れた敵の居場所まで辿り着く方法はない。
《さー、囚人どもをびしびし締め上げていくの!》
「やかましいわ!誰のせいでこんなとこに来る羽目になったと思ってるんだ!」
《えーと、むざむざ敵に勘付かれて逃げられちゃったシモン様のせい?》
「ぐっ……そりゃまあその通りだけど……」
《そんな事より、どうやって吐かせるの?鞭打ち?水責め?焼きゴテ?意外なところで虫責めとか?》
「怖いよ!どうしてそういうサイコな発想が次から次へと出てくるの!?」
天使の皮をかぶった悪魔なんてのがいるとしたら、それは間違いなく目の前のコイツだと思う。
「でも、連中が簡単に口を割るとは思えないわ。いざとなったら非常な手段に訴えてでも──」
「いや、待ってください。僕にちょっとした考えがあるんです」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
看守に付き添われた一人の男が、幹部クラスの囚人を収監している部屋の前で立ち止まる。ここはダナンの拠点を取り仕切っていたボスが収監されている部屋だ。
看守は扉の鍵を開けると、付き添ってきた男を中に入れた。
部屋のベッドでふて寝していた男は、誰かが入ってきた気配に気づいて身を起こした。男の姿は随分とやつれて見える。図太そうな彼にとっても、牢獄での暮らしは相当にきついようだ。
「貴様、何者だ?」
ダナンのボスが厳しく誰何する声を無視して、侵入者は魔法を発動させる。
男の指先から生じた黒い靄が、見る見るうちにダナンのボスの身体を包み込んでいく。
「おい、やめろ!なんだこれは!?」
男は悲鳴を上げて部屋の中を逃げ惑うが、閉ざされた部屋の中では為す術などあるわけもなく、さほど間を置かずに全身が黒い霧で覆われつくしてしまった。
「ま、まさか毒か!?」
「安心せよ。害はない」
「う、ウソじゃねえだろうな!?」
「我がお前如きに虚言を弄する必要などない」
「なんだと……!?うっ……ま、まさか貴方様は……!」
ダナンのボスの目に映る男の姿がぐにゃりと歪むと、徐々にその形を変えてゆき……そこに現れたのは見間違いようのない巨躯。決して逆らってはならない、絶対的な支配者の姿だった。
「ま、まさか!何故ボスがここに!?」
「知らぬわけでもあるまい。お前たちの動向はすべて我が手の内にある」
「は、ははぁッ!」
男はがばっと地べたに平伏すると、ぶるぶると身体を震わせ始めた。
「さて、お前にはダナンの拠点を預けてあった筈だが?」
「も、申し訳ありません!俺にも何が何だか分かりませんので……気づいたらここに転がされてたんです!」
「不覚だな」
「ど、どうかお許しを!ここから出して頂けるなら、これまで以上に尽くしやすから!」
急に現れた大ボスを前にして男はすっかり怯え切っており、足に縋りつかんばかりに必死の弁明を続けている。
「分かっておるのか?貴様の失態のおかげで、我が組織は大きな打撃を被ったのだぞ?」
「うっ……。し、しかし大きな打撃ってのは言い過ぎじゃないでしょうか。俺がここで目覚めてからもうすぐ1週間になりやす。そうすれば案内状に警告印が浮かび上がりやすし、それを見た他の拠点の連中はすぐに身を隠す算段でしょう?」
「……そうだな。しかし、その1週間で我々はほぼ半数の拠点を失った」
「な、なんですって……」
あまりの被害の大きさに、ダナンのボスは絶句した。自分があっさり敵の手に落ちたせいで……?いや、半分の拠点が落とされてるってことは、他の拠点の連中だってほぼ無抵抗で潰されたってことじゃないのか?だとしたら、俺一人が責められる筋じゃないはずだ。
「……貴様、『失態を犯したのは俺だけじゃない』とでも思っているのだろう」
「ひ、ひぃっ!?そ、そんな!滅相もございやせん!」
図星を突かれたダナンのボスはもはや顔面蒼白で、体中から冷や汗をだらだらと流している。
「まあ良い、貴様の言いたいことも分かる。今回は敵が我々の上をいったということよ」
「ボ、ボス!お願いだ、俺をここから出してくだせえ!このままじゃ縛り首になっちまう!」
「ここから出てどうする?」
「も、もちろん他の拠点の連中と合流します!これからもボスのために誠心誠意働きますから!」
「合流する場所を忘れてはおらぬだろうな?」
「見くびらないでくだせえ。確かに案内状は拠点に置いてきちまったが、その内容くらい覚えてまさあ」
「ほう、ならば言ってみよ」
「ヴァレリアの拠点でさあ!『緊急時は月例会の場所に先乗りしてボスの指示を仰ぐ』ってのがウチの鉄則だ。拠点を預かっているこの俺が肝心の場所を忘れるようなことはありませんぜ」
「ふむ──よかろう。貴様の失態は不問とする」
「あ、ありがとう御座いやす!!」
大ボスはこれで話は終わりとばかりに巨躯を翻して扉に向かった。
それを見て慌てたのはダナンのボスである。
「ボ、ボス!俺を連れて行って貰えないので!?」
「手下をここに置いて、お前ひとりで逃げるつもりか?」
「うっ……それは……」
「いずれにせよ、我は拠点を襲った連中と決着をつけねばならん。お前はもうしばらくここで頭を冷やしておれ」
「そ、そんな殺生な!」
「案ずるな。決着がつき次第、ここに囚われている者どもは全て解放してやろう」
「本当ですかい!?しかし、どうやって──」
「貴様、我がどうやってここに入ってきたか見ていないかったのか?」
「どうやってって、普通にそこの扉から……はっ、まさか!?」
「そう、ここの看守どもも我らの身内よ。その時まで気取られぬよう、精々神妙にしておるがいい」
「へい、分かりやした!ボスがお出でになるまで、ここでお待ちしてやす!」
床に平伏するダナンのボスの耳に、扉の蝶番がこすれる嫌な音が響く。
そして彼が恐る恐る顔を上げた時には、既に大ボスの姿はそこになかったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──というわけで、敵はヴァレリアの拠点に集結しているものと考えて良いでしょう」
「あの『案内状に警告印が浮かび上がる』って話は何だったの?」
「推測でしかありませんが、あの案内状にはもうひとつ魔法の仕掛けが施されていたんでしょうね。多分、一定期間誰からも触れられずに放置されると、すべての案内状に警告印が浮かび上がるとか、そんな感じじゃないでしょうか」
「成程……それなら連中が一斉に姿を消したことにも説明がつくわ」
地下大監獄の空き部屋で、僕たちは今得た情報について話し合っている。
そう、ダナンのボスと相対していた大ボスの正体は僕だったのだ。あの黒い霧は相手に幻覚を見せるためのもの。つまり、ダナンのボスは幻の大ボス(つまり僕)を相手に、組織の機密をべらべらと喋ってしまったわけだ。
もちろん看守が連中の一味というのも真っ赤なウソだし、いくら待ったところで誰も助けになど来やしない。なんだか騙してしまったようで申し訳ないけど、彼がこれまで重ねてきた悪事の数々を思えば、この程度の策を弄するくらい神様も大目に見てくださるだろう。
《それにしても完璧な騙しっぷり……下手な拷問なんかよりもよっぽどエグいの》
「貴女の前では本職の詐欺師やペテン師も真っ青ね。才能あるわよ、シモン」
「意外と身内からの評価がヒドい……!?」
納得いかん。拷問なんかするよりもずっと平和的に解決したのに……。
「しかし、案内状にそんな仕掛けがあったとは……すみません、気づけなかった僕のミスです」
魔道具の中には刻まれた魔方陣が隠蔽魔法によって隠されたものも少なくない。あの案内状にもそういう仕掛けが施されていたということなのだろう。月例会の情報に施された封印は全く隠蔽されていなかっただけに、その裏に隠れていた二重の仕掛けにまでは考えが及ばなかった。
「シモンですら気づけないほどの隠蔽術……流石は古代王国の生き残りといったところね」
《これまでにない強敵なの。シモン様も油断は禁物なの》
ステラは冗談は叩くけど嘘はつかない。その彼女がこう言うってことは、あの大ボスは悪魔や吸血鬼以上の強敵ってことになる。
でも、敵がひと固まりになっている今こそ、連中を一網打尽にする好機。これを逃すわけにはいかない!
「よし──行こう、ヴァレリアへ!」




