第3章 16話 躓いた作戦
10月13日 晴れ モルトのちゆいんにて エイミー
こわい人たちにさらわれた私は、きのうまで暗いお部屋にとじこめられてました。
冷たい鉄のとびらに閉ざされたまどのない部屋には、私と同じようにさらわれてきた子供たちが何人かいました。もうパパやママに会えないんだって、私たちはいつも泣いてばかりでした。
そんな時、部屋の中に白いもやのようなものが立ちこめると、私たちは急にねむくなって……その後のことはよくおぼえていません。気がついたらこのベッドに寝かされていました。
そのあと、私たちのおみまいにきてくださったりょうしゅ様から私たちが助かったことを聞かされ、私はうれしくてわんわん泣いてしまいました。
シモン様とグウェン様というえらい冒険者のお二人が、こわい人たちをやっつけてくれたそうです。会ってお礼をいいたかったけど、お二人はいませんでした。ほかの子供たちを助けるため、いまも国じゅうを走りまわっているそうです。
私たちはあとひと月ほどここでちりょうを受けなければならないそうで、それだけがざんねんです。はやくここを出てパパとママに会いたいです。そして、いつかシモン様とグウェン様にもお礼をいいたいです。
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モルトの拠点を制圧した後、僕たちは本格的な攻勢に移った。転移魔法で各地に点在する拠点付近に一瞬で移動し、眠りの雲の魔法で敵の一味を丸ごと眠らせて確保する。相手にとっては完全な不意打ちであり、気付いたとしても防ぐ手段はない。このステラのいう〝エグい作戦〟により、僕たちは抵抗らしい抵抗を受けることもなく、ディアブロの拠点を次々と無力化していった。
そして今、僕たちはベルニアの街の拠点内部を捜索している。敵の一味は既に地下大監獄へと放り込んでしまったので、拠点の中はがらんとしていた。
「子供達を確保。モルトの治癒院に転移させます」
「こっちも顧客リストを押さえたわ。転移ついでにオールストン伯爵まで届けて頂戴」
《月例会の案内状を見つけたけど、どうするのー?》
「それはもう要らないな。次の月例会の情報はもう押さえてるからね」
解放した子供たちは、全てが片付くまでの間モルトの治癒院で隔離することになっている。子供たちの口から僕たちの噂が広まるのを避けるための措置だ。今は僕たちの存在と活動を敵に知られるわけにはいかない。
入手した顧客リストはオールストン伯爵に全て預けている。本来なら拠点のある街の為政者に預けるべきものだが、街を預かる代官すらリストに名を連ねていたダナンのような例もあり、結局信頼のおける人に処理を願うことにした。
このリストに載っている者を裁くとなると、必然的に他領への口出しをすることになる。これには流石の伯爵様も若干及び腰だったが、奥方のセルマ様がひどくやる気になっていたので、まあ問題はないだろう。
次の月例会の情報はモルトの拠点で入手済み。次回開催日は11月1日で、場所はエルム王国第二の都市である城塞都市ヴァレリアだ。
「ここで何箇所目でしたっけ?」
「34箇所ね。まだ残り26箇所もあるわ」
「モルトの拠点を落としてから1週間で34箇所なら、ペースとしては十分ですよ。この分ならもう1週間もかからずに全拠点を落とし切れます」
「そうね……あとは連中にバレないことを祈るのみだわ」
ベルニアの拠点を制圧し終えた僕たちは、転移門を潜ってクレードルの街の拠点付近に移動する。
クレードルは山間を貫く街道沿いに栄えた街で、付近では牧畜が盛んだ。通りに面した店には羊毛のキルトで作られた衣類や雑貨が並べられている。
「さっさと片付けましょう」
「いや……おかしいですよ。拠点の中に気配がひとつもありません」
「誰もいないってこと?どこかに出払っているのかしら?」
「それが、捕まっている子供たちの気配も無いんです。一体どういうことだ……?」
「考えても仕方ないわ。とりあえずここは後回しにして、次の拠点に行きましょう」
「……そうですね。ザントの拠点に行ってみましょう」
しかし──そのザントの拠点ももぬけの殻だった。
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「クレードル、ザントに続いてトプラクの拠点も空振り……これはどう考えてもおかしいです」
「露見したとみるべきかしら?」
「恐らくは。でも、他の拠点が落とされたことを連中はどうやって知ったんでしょう?」
「分からないわ。でも、拠点同士で人の行き来が無いのは間違いない。あいつらが顔を合わせるのは月例会の時だけよ」
ディアボロを何十年も調査してきたグウェンさんの言う事に間違いは無いだろう。となると、人が行き来しなくても他の拠点と連携を取れる、何か別の手段を持っているということになる。
それに、離れた場所にある拠点が一斉にもぬけの殻になったのも腑に落ちない。特に最後に訪れたトプラクはこれまで制圧した拠点からかなり離れた場所にある。それがクレードルやザントと同じタイミングで足取りを断つなんて普通じゃない。
「普通じゃないってことは、魔法でしょうね」
「捕まえた奴らが魔法で他の拠点に警告したってことですか?でも、連中の中に魔法使いなんていなかった筈ですが」
「魔法使いじゃなくても、魔道具なら使えるでしょ?」
「あっ」
ディアボロの中枢に凄腕の魔術師がいるのは間違いない。月例会の案内状に施された封印魔法の高度さからいって、魔道具を自作する程度のことは簡単にやってのけるだろう。
「でも、離れた場所同士で通信する魔法といったら遺失魔法のひとつですよ。使い手といったら古代レムリア王国時代の魔術師くらいのものです。しかも、それを魔道具にするなんて……」
「あの〝姿隠しのマント〟すら通用しなかった大ボスならあり得ない話じゃないと思う。人間でありながら50年前から全く姿が変わってないのも不自然だし、案外古代王国の生き残りかもしれないわよ」
「いや、流石にそれはないでしょう。古代王国が消失してから何百年も経ってるんですから」
《ピンポーン!グウェンが正解なのー》
「……はあ!?ステラは奴の正体を知ってたの!?」
《神様と一部の天使は森羅万象の記憶にアクセスできるの。ステラには過去のことから未来のことまで大体お見通しなの》
「何それ、反則すぎるでしょ!?でも大体ってどういうこと?完全には分からないの?」
《過去は変わらないけど、未来はとっても移ろいやすいの。森羅万象の記憶には色々なパターンの未来が書かれているけど、実際の未来がどのパターンを辿るかを決めるのは人の選択なの》
「人の選択……」
そういえば、過去のステラの言動を振り返ると思い当たる節がたくさんあるぞ。
(悪魔を滅ぼしたことによって、死ぬはずだった人々が救われたの)
(ゴブリンキングに襲われた村で大勢の人々が犠牲になるとこだったの)
(悪魔の腕が爆発してたらパナシエ近辺が全滅するところだったの)
(吸血鬼が王都に押し寄せて大勢の犠牲者が出るところだったの)
「つまり、僕の選択によって森羅万象の記憶に書かれた未来がどう変わったか──それによって〝星の銀貨〟の効果が決まってたってことか」
《そういうことなのー》
まあこう見えても天使だし、過去や未来を見通せる力があってもおかしくはない。星の銀貨の件に限らず、色々なことにやたらと詳しかったしな。
その時、グウェンさんがステラの両肩を掴んで激しく揺さぶった。
「貴女、過去のことなら何でも分かるの!?なら教えて!エルマー兄さんはあの時本当に死んでしまったの!?何故彼は私に呪いの傷を遺したの!?」
《ちょっ……グウェン、落ち着くの!》
「お願い、教えて……私、このまま一人で生きていていいのか分からないの……」
グウェンさんはその場に両ひざをつき、顔を覆って泣き出してしまった。
エルマーさんを自分のせいで失ったという自責の念と、そのエルマーさんによって呪いの傷をつけられたという事実が、彼女の心を何十年も責め苛んできたのだろう。エルマーさんの真意を知りたいという彼女の想いは切実だった。
《グウェン、残念だけど今は教えられないの》
「どうして!?貴女は真実を知ってるんでしょう!?」
《私はシモン様を約束の未来に導かなければならないの。今グウェンに過去の話をすると、その未来が変わってしまうかもしれないの》
約束の未来?なんだそりゃ、初めて聞いたぞ?
《でも安心するの。グウェンの悩みはもうすぐ終わるの》
「……本当?」
《ステラはウソなんかつかないの。特別に一つだけ教えたげる。その悩みの鍵を握っているのは、あの大ボスなの》
「アイツが……!?」
グウェンさんがディアボロの壊滅を願うのは、偏にエルマーさんの復讐だろう。
復讐は何も生まないというけれど、それによって彼女の悩みが解決する……?
それに、その大ボスって奴が古代レムリア王国の生き残りって、一体どういう事なんだ?
「シモン、こうしちゃいられないわ!すぐに行動を起こしましょう!」
「でも、連中がどこに隠れてるのかが分からない以上どうしようもないですよ」
《そんなの捕まえた奴を痛めつけて吐かせればいいの》
「だから、天使のくせに考えが物騒すぎるんだよ!あ、そうだ。ステラが森羅万象の記憶を見れば、連中の潜伏先なんて簡単に分かるんじゃないか?」
《それじゃ面白くな……げふんげふん。約束の未来が変わってしまうかもしれないから却下なの。さあさあ、さっさと囚人を拷問しに行くの!》
「な、なんてタチの悪い天使なんだ…………!」
明日は諸事情につき投稿できないかもしれません。
もうしわけない。




