第3章 15話 攻撃開始
「グウェンさん、この辺りのイメージは十分把握できました。転移魔法の準備はバッチリです」
「お疲れ様。これで連中の拠点は全て押さえたわ」
いま僕たちがいるのは、海沿いの街コルティの裏通り。べったりと肌に張り付くような湿った潮風に、裏通り独特の饐えたような臭いが入り混じっている。
モルトの地下に大監獄を造り上げてからの6日間、僕たちは各地に点在するディアボロの拠点を巡り、転移魔法で飛んでくる準備を続けてきた。そして、ここコルティの拠点が最後の60箇所目だ。
これで僕たちはディアボロの全拠点に一瞬で転移できるようになった。全面攻勢に移る準備が整ったわけだ。
「で、いつから攻撃を仕掛けるの?なんなら私は今すぐでも構わないわよ」
「いえ、一旦モルトの家に戻りましょう。ほら、そろそろお昼時ですし」
《ごーはーんー!もうお腹ペコペコなのー!》
「もう、仕方ないわね」
食事を抜いたりすると、またウチの欠食児童に食いつかれないとも限らない。僕の首筋にはあの時の歯形がまだ残っているのだ。
なんでも、聖なる存在によって付けられた傷は〝聖痕〟というとても有難いものになるそうで、これを治すとなると僕の〝聖人の奇跡〟をもってしても結構な時間がかかるんだとか。いや、ただの歯形を聖痕とか言われても……。
結局この日は全員揃ってモルトの自宅に戻り、昼食をとりながら作戦会議をすることになった。となると、何はさておきご飯の支度だ。
今日はコルティの市場で仕入れた新鮮な魚とアサリを使う。フライパンで魚に少し焼き目をつけたらアサリを追加して塩で味を調え、さらにトマト、オリーブ油、ニンニク、白ワイン、水を投入して煮立てる。身が柔らかくなったら胡椒とパセリで風味をつけて……。
「おーい、ご飯の支度ができたよー」
《待ってましたのー!》
「なんか豪快な料理ね……」
それぞれの前に大皿が置かれ、その上には大ぶりの魚が丸ごと1匹どーんと盛り付けられている。その周りを火の通ったアサリとトマトが彩り、魚介の出汁がたっぷりと染み出た煮汁が全体にかけ回されている。
《美味しいの!これぞ海の恵みって感じなの!》
「本当に美味しい……これ、何ていう料理なの?」
「いや、思い付きで作ってるだけなので名前とかは無いです。そんなに手はかかってないんですけどね」
魚の身を口に含むと、口の中に海の幸の旨味がぱっと広がる。淡白な味付けにトマトの酸味と白ワインの風味が相性よく絡み、全体をニンニクの風味がまとめ上げている。我ながら上出来だ。美味しい魚が手に入ったら、また作ってみたいな。今回は魚介の他の食材がトマトとニンニクだけだったけど、香草や玉葱なんかも合いそうな──
《シモン様、おかわりなの!》
「はいはい、どうぞ」
《……シモン様、おかわりなの!》
『はいはい』
《……シモン様、おかわり!》
「早過ぎない!?ていうか皿が空っぽなんだけど、骨はどこにやったの!?」
《丸ごと美味しくいただいたのー》
「嘘でしょ……こんな大きい魚を骨ごと食べるとか……」
これくらい朝飯前とか言いながら、大ぶりの魚を頭からバリバリと食べるステラ。顎の力がおかしい。
考えてみれば、常人の何万倍も頑丈なはずの僕の体に歯形をつけられるレベルなわけで、この子ひょっとしたら岩でも簡単に噛み砕けるんじゃなかろうか……。
この後ステラは魚を8匹も平らげて漸く満足した。幸せそうに宙を漂いながら、ぱんぱんになったお腹をさすっている。
「ステラの空腹も落ち着いたみたいだし、そろそろ今後の話をしましょうか」
「今さら話すことなんてある?敵の拠点を襲撃して子供たちを救い出す。捕えた悪人どもはシモンの転移魔法で監獄に送る。これだけでしょ?」
「確かにそうですけど、他にも気をつけなきゃならない事があります。まず、襲撃した拠点にいる連中は、確実に全員捕縛すること。誰か一人でも網から漏らしたら、そいつが他の拠点に報せに走るかもしれない。そうなったら僕たちの計画は台無しです」
「それは分かってるわ」
「それから、拠点には攫われてきた子供たちが囚われている可能性があります。なので、彼らにまで害が及ぶような強力な魔法は使えません」
「……確かにその通りだわ」
「でも、じっくり確実に事を進めるほどの余裕はありません。次の月例会まで恐らく20日間程度しか時間がない。その間に60箇所の拠点すべてを落とさなければいけません」
「つまり、1日あたり3箇所の拠点を制圧しなきゃならないってことね……しかも、魔法なしで」
グウェンさんはそう言って頭を抱えた。
そう。ここまでの準備が順調に進んだので僕もグウェンさんも楽観的になっていたけど、本当に大変なのはここからだ。
「でも大丈夫です。誰一人逃すことなく簡単に拠点を制圧できる良いアイディアがあるんです」
「……念のため聞くけど、それって常識の範疇に収まるアイディアなんでしょうね?」
「へ?どういう意味です?」
「言葉通りの意味よ。子供たちや周辺の一般人に被害が及ぶような無茶は絶対にダメだからね」
グウェンさん、心配する方向がちょっとおかしくないですかね?
「だ、大丈夫ですって。そんなことより、今はとにかく時間が大事です。早速拠点の制圧に向かいましょう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
まずは手近なところからということで、僕たちは地元モルトの街にあるディアボロの拠点にやってきた。
ここも表向きはうらぶれた酒屋の態をとっており、その実体は地下に隠れている。酒屋には数人の客が駄弁って安酒を煽っているが、周辺にさりげなく警戒の視線を送っている様子からして、彼らもディアボロの構成員だろう。勿論、彼らに酒を出しているバーテンも連中の一員だ。
《──で、どうするつもり?》
《まずは気密性と遮音性の高い結界で、この建物全体を覆います》
僕が建物のほうに手をかざして魔力を放つと、建物全体が薄い輝きを放つ透明な壁で覆われていく。
僕たちの目には見えているけど、魔力を感知できる魔法使いでもない限り、この壁を目視することはできない。魔法の結界というのはそういうものだ。
《結界は完成したみたいね》
《次は、結界の内側に眠りの雲の魔法を放ちます》
再び僕が手をかざすと、結界の内側に白い靄のようなものが立ち込める。この魔法は連中にも見えてしまうが、パッと見ではただの霧にしか見えないので騒がれる心配はないし、万一声をあげられたとしても音は結界に遮られて外に漏れることはない。
酒場にいた男たちは声一つ立てる間もなく、一人また一人と深い眠りに落ちていった。
《よし、上手く片付きましたね》
《でも、地下にいる奴らはどうするの?》
《そこはグウェンさんの出番ですね》
《私の?》
グウェンさんの周りに反睡眠の魔法をかけてから、僕たちは結界の中へと足を踏み入れる。
酒場の中では何人かの男が涎を垂れ流して眠りこけていた。僕は地下大監獄の牢屋に直接繋がる転移門を開き、そこに悪人どもをぽいぽいと放り込んでいく。抵抗されたり逃げられたりする可能性など皆無。なんとも簡単な作業である。
その作業が済んだら、次は地下への入り口探しだ。
といっても、ここも地上の建物の作りはダナンの拠点とほぼ同じで、さほど苦労することもなく地下への入り口が見つかった。
《普通に潜入するの?》
《いえ、その前にやることがあるんですよ。えーと、多分この辺だと思うんだけど……ああ、あったあった》
入り口付近を探索すると、もうひとつの穴が見つかった。
といっても人が出入りできるほどの大きさはない。1辺が30センチ程度の小さな四角い穴だ。
《この穴は……?》
《通気口ですよ。ここから地下に新鮮な空気を取り込んでいるんです》
読み通りだ。ダナンでもそうだったけど、地下への入り口は基本的に閉じられている。ということは、空気を通す穴が他に必ずあるはずなんだ。
《それは分かるけど、その通気口がどうしたっていうのよ?》
《ははーん、読めたの。きっとシモン様はこの穴を塞ぐつもりなの》
《そんな事しないよ!?中にいる人がみんな窒息して死んじゃうじゃないか!》
この子、天使のくせに言うことがいちいち殺伐としてるんだよなあ。
それとも、天使ってみんなこうなんだろうか?
《グウェンさん、風の精霊の力を借りて、この穴に空気を送り込んでもらえますか》
《風を?……ああ、そういうことね!》
全てを理解したグウェンさんが目を閉じて精霊に語り掛けると、部屋の中に一陣の風が吹き、空気を通気口の中へと流し込んでいく。そう、眠りの雲の霧が色濃く漂う空気を──。
《……そろそろ降りてみましょう》
10分ほど待ってから地下に降りていき、気配探知を発動して周囲の様子を探る。生き物の気配がいくつか感じられるが、動く気配はひとつもない。眠りの雲の霧を吸い込んで眠りこけているのだろう。
《よし、これで制圧完了ですね。あとは悪人を転移魔法で牢獄に放り込んで、子供たちを助け出すだけです》
僕は満面のドヤ顔で二人に振り返る。
捕まってる子供達も眠りの雲で眠っちゃってるだろうけど、少なくとも怪我をさせる心配はない。それに、このペースなら60箇所すべての拠点を制圧するのに1週間もかからないんじゃなかろうか。いやー、我ながら完璧な作戦だったな!
《拠点ひとつがこんなに簡単に……なんだか空恐ろしくなってきたわ……》
《まさかの毒ガス奇襲攻撃……流石シモン様。考えることがエグいの》
え。なにその微妙な反応。




