第3章 14話 地下大監獄
「さてシモン君、どうやってこの監獄を広げるつもりかな?街中の監獄ゆえ、あまり敷地に余裕はないのだが」
「色々と方法はあります。空間魔法を使えば牢の中の空間だけを何倍にも広げることができますし、単純に念動力で増築するという手もありますね」
前者は師匠の自宅にも施されていた魔法だ。建物に手を加えずに中の広さだけを変えられるという大きな利点があるが、空間拡張を維持するために魔力を常時消費するという欠点もある。監獄のような大きな建物だと魔力の消費量も大きくなるので、この方法はパス。
後者は単純な増築だ。念動力の魔法を使えば巨大な資材でも軽々と持ち上げられるので、狭い敷地に高層建築を作るのも容易だ。しかし、細かい部分には結局人手が必要になるし、建築資材をどこかから持ってこなければならない。よって、この方法もパス。
「というわけで、地下牢を作るのがいいんじゃないかと。維持は簡単ですし、資材も不要ですから」
「なるほど、地下牢か。それなら広い敷地は必要ないな」
「土の精霊の力を借りられるグウェンさんなら簡単に地下を掘り進めることができますし、扉や格子などの細かい部分は僕の根源魔法でカバーできます」
「しかし、掘り進む際、崩落などの危険があるのではないか?」
「掘り進める際、土の精霊に穴の壁面を固めてもらえば大丈夫でしょう。精霊に与える魔力次第で、岩よりも固い壁にだってできますよ」
「ちょっとシモン、私にそれほどの魔力は無いわよ?」
グウェンさんが不安げな声を上げる。
グウェンさんの魔力は常人に比べれば多い方だけど、それでもこれほどの大工事を一人でやってのけるのは到底ムリだ。
「大丈夫ですよ。僕の魔力を渡しますから」
「魔力を渡す?そんなことができるの?」
「僕の根源魔法なら多分できます」
なにせ、イメージ可能なことであれば大抵のことは実現できてしまうという反則じみた魔法だ。他人に魔力を受け渡す程度のことができない筈がない。
そして、僕には〝星の銀貨〟の力によって高められた膨大な魔力がある。地下を掘り進む程度で枯渇するようなことはまず無いだろう。
「特に問題はなさそうだな。よし、地下への拡張工事を許可する」
「ありがとうございます。グウェンさん、さっそく取り掛かりましょう。まずは僕と手を繋いでもらえますか?」
「……穴を掘るのに、どうして手を繋ぐ必要があるの?」
説明が足りなかったせいか、グウェンさんからジト目で睨まれてしまった。
「いや、別に変な意味じゃないですよ!?ただ、触れてたほうが魔力を受け渡すイメージを作りやすいってだけで──」
《取ってつけたような口実なの。本当はグウェンに触りたいだけなの》
《違うって言ってるだろ!話をややこしくすんな!》
結局、グウェンさんはいかにも渋々といった感じで僕の手を取った。
僕は彼女との間で魔力を共有化するイメージを作る。
「これは……!とんでもない魔力量ね」
自らに流れ込んでくる魔力の量に、グウェンさんが驚嘆の声を上げる。それもその筈、僕の魔力量は普通の人間でいったら6万5千人分以上にもあたるのだから。
自らの内に溢れる魔力に、普段クールなグウェンさんも興奮しているようだ。
「これなら地下に街ひとつだって作ってみせるわ」
「実際、かなり大掛かりな仕事になりますよ、拠点ひとつ分の悪人をまとめて放り込むとなると20人ほど収容できる牢が必要ですし、それを拠点の数と同じだけの60部屋も作らなきゃならないんですから」
「それくらいお安い御用よ。ただ……」
「ただ、何です?」
「ひたすら地下を掘り進めるのって、なんだかドワーフみたいで嫌だわ」
グウェンさん曰く、森の木々と共に暮らし水と風を友とするエルフと、洞窟や鉱山に暮らし火と土を友とするドワーフとは、どうしても相容れないものなんだとか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グウェンさんが土の精霊を呼び出し、監獄の床からどんどん穴を掘り進めていく。その天井・床・壁のいずれも完璧に近い平面。しかも、それらは魔法でしっかり硬化されているので、たとえハンマーで思い切り叩こうともヒビひとつ入らない。まず牢獄としては申し分のない出来といっていいだろう。
《でも、シモン様がハンマーで叩いたら簡単に崩壊するの》
《僕の筋力を基準にしたら、どんな牢獄を作っても駄目なんじゃないかな……》
グウェンさんはその後もどんどん地下通路を広げていく。
さらに彼女は一定の間隔で地上に通じる小さい穴を開けていき、風の精霊の力でその穴から常に外気が取り込まれるようにした。窒息を防ぐための工夫だ。
《でも、これじゃ雨漏りしちゃうの》
「大丈夫。雨水は途中で分岐させて貯水槽に流れ込むようにしてあるわ」
通気口の途中から管が別に分かれていて、雨水はそこから貯水槽へと流れていく。貯水槽に貯まった水は、監獄の中に設置されるトイレの水洗用として再利用されることになる。
「流石グウェンさん。ドワーフも真っ青ですね」
「その褒め方は、なんだかイラッとするわね……」
通路はほぼ完成した。次は牢屋だ。ここで僕たちは初めて問題にぶち当たる。土と岩以外の資材がない状況で、牢屋の格子戸をどうやって作ればいいのだろう?
《土と岩だけじゃないの。もっと周りをよく見るの》
「よく見ろって言われても、地下にあるものなんて多寡が知れて……ん?なんだこの黒いのは?」
通路の壁をよく見ると、横に黒っぽい土の層が走っている。その部分の土を手に取ってみると、妙にねっとりと湿っている。
《それは泥炭といって、枯れた植物が堆積して炭になったものなの》
「炭?ってことは、この土って燃えるの?」
《燃やすこともできるけど、これに強い圧力と高熱を加えると面白いことになるの。シモン様、ちょっと試してみるの》
「圧力と高熱……それなら重力球と火球を組み合わせればなんとかなるかも」
僕は中心で超高熱が発生している重力の塊をイメージし、魔力を籠めてそれを発現させる。すると、強い熱気を発する黒球が宙に浮かび上がった。
よしよし、イメージ通りだ。この魔法には黒熱球とでも名付けるか。
すると、その黒熱球にステラが泥炭をどんどん放り込んでいく。黒熱球に飲み込まれた泥炭は中心の高熱に晒されて白熱し、周囲により強い熱気が発散される。
《──そろそろ頃合いなの。シモン様、魔法を解除するの》
「はい解除……っと。しかし、これで一体何が出来るっていうのさ?」
宙に浮かぶ黒球が消え去った後に、拳くらいの大きさの輝く石が転がり落ちた。
《それがさっきの泥炭の成れの果てなの》
「これが?さっき放り込んでた泥炭の量からすると、随分と小さいな」
拾い上げたそれはキラキラと透き通って輝いていた。といっても完全な透明ではなく、少し黄色く色づいているように見える。なんだこの石は?
すると、僕たちの様子を横で見ていたセルマ様が、その石を見て目を見張った。
「これってまさか……金剛石の原石!?」
「金剛石?えーと……それって一体何なんですか?」
「ダイヤモンドよ」
「え」
「ダイヤモンドの別名が金剛石。宝石の王様よ。しかもこの大きさ……多分、この原石ひとつで白金貨5枚にはなると思うわ」
「こ、これが白金貨5枚!?元はただの泥炭なのに……」
タダみたいな元手で白金貨5枚とかボロ儲けもいいとこだ。この魔法さえあれば、一生生活に困ることはないんじゃないか。
でも、原石が大量に出回ったりしたら、ダイヤモンドの市場価値が確実に大暴落する。こりゃ濫用できる魔法じゃないな。、
《シモン様、ダイヤモンドは鉄なんかよりもずっと硬いの。これなら十分鉄格子の代わりに使えるの》
「へ?このダイヤで格子を作れっての!?」
黒熱球の形状はイメージ次第だから、ダイヤモンドの棒だって作れないことはない。その棒を素材にすれば、牢屋の格子戸くらい簡単に作れるだろう。
しかしダイヤモンドで牢獄を作るとか、いくらなんでも常識外過ぎるんじゃないかな……。グウェンさんにとっても受け入れがたい話だったらしく、僕の隣で目を白黒とさせている。
「ダイヤの牢獄……なんだか価値観がおかしくなりそう……」
「奇遇ですね。僕も今そう思ってました……」
とはいっても、他に素材がない以上仕方ない。形状をアレンジした黒熱球の魔法を駆使して、僕は黙々とダイヤモンドの棒を作り出し、グウェンさんは土魔法で硬化した土とその棒を使って牢屋の格子戸を組み上げていく。
結局、僕たちは1時間ほどかけて60部屋分の格子戸を作り上げた。出来上がった格子戸はいずれも武骨なデザインではあるが、その透き通った輝きを放つ格子は監獄には不似合いな高級感を漂わせている。これって多分、この世のどんな扉よりもお値段の高い扉だよなあ……。
牢屋の出入り口に設置された格子戸に獄長がカギを設置したところで、監獄の拡張は無事終了。
作業を終えた僕たちは疲れた体を引きずって地下から抜け出す。すると、外はすっかり日が傾いていた。
結局最後まで作業を見届けたオールストン伯爵とセルマ様は、馬車に乗って屋敷へと戻っていった。
「またすっかり世話になってしまったな。しかし、悪人をぶち込む準備はこれで万端だ」
「はい。捕まえた奴らは伯爵様に裁いていただくことになります。その時は宜しくお願いします」
「……ねえあなた。悪い奴らを裁き終わったら、あのダイヤの扉は換金しちゃってもいいわよね?」
「ん?ま、まあ、連中の始末さえつけばあんな大量の牢獄など不要になるだろうし、構わんのではないかな」
「本当!?あれだけのダイヤがあれば、念願だった治癒院の改革に乗り出せるわ!帰ったら早速プランを練らなくちゃ」
遠ざかっていく馬車から、興奮したセルマ様の話し声がいつまでも聞こえてくる。
そういえば、以前ステラが「セルマ様は治癒院に補助金を出して治療の価格を引き下げる」とか言ってたっけ。今思えば、その話の通りになったなあ。しかし、まさか僕の作り出したダイヤがその元手になるとは……。
「さて、僕たちも帰ろうか」
《シモン様、おなか減ったの……ステラもう駄目なの……》
「そういえば今日はお昼も食べてなかったわね」
「そういえばそうですね……。今から帰ってご飯を作るのも面倒だし、今日はいつもの食堂で食べて帰りますか?」
《ステラもう動けないの……シモン様、おんぶ……》
「お昼を1回抜いただけで大げさだなあ。ほら、僕の背中に捕まって」
ステラはふらふらと宙を漂って、後ろを向いた僕の背中にとりつく。
「よし、じゃあ皆で食堂に行こう」
《ダメ、もう待てないの……肉……に…く……》
(がぶっ)
「いってぇぇぇぇぇ!???ちょっ、待て!僕を食べるんじゃない!」
《ステーキ……血のしたたるベリーレア……》
「サイコ?サイコなの!?守護天使って立場を忘れてない!?」
「ふふっ。どうせ〝聖人の奇跡〟で治るんだから、少しくらい食べさせてあげたら?」
「グウェンさんまで何言ってんの!?そういう問題じゃないでしょおおおお!??」
「ぷふっ……あはははは!」
僕の首筋に噛り付いたステラを必死で引き剥がそうとする僕をみて、グウェンさんはお腹を抱えて大笑いしていた。初めて見るその笑顔は、思わず息を飲むほど綺麗だった。
……いや、笑ってないで助けてくれませんかね?そろそろ本気で喰われそうなんですけど。




