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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第3章 聖人シモンと精霊姫の復讐
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第3章 12話 呪いの傷

「話を戻しますけど、エルマーさんと例の大ボスの二人がどう絡むんですか?」


「それはこの()に関わりがあるのよ」



 グウェンさんはそう言うと、自分の顔に刻まれた大きな傷跡をそっと撫でた。



「傷……ですか?」


「そう。話は私があいつらに捕まった時に遡るわ──」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「はぁ、はぁ……急ぐんだグウェン!」


「駄目……兄さん、もう走れない!」


「くそっ、街中でいきなり襲ってくるなんて!あいつら、いよいよ形振り構わなくなってきやがった!」


「どこに逃げればいいの!?」


「神殿だ!神殿にさえ逃げ込めば……うぐっ!?」


「兄さん?……兄さん!!」



 1本の矢がエルマー兄さんの胸の真ん中を貫いていた。

 背中から胸まで突き抜けたその矢の鏃には黒い液体がべったりと塗られている。まさか、毒矢…!?


 ゴボリという音とともに、兄さんの口から真っ赤な血が溢れだす。



「はは……ま、参ったな……」


「兄さん!!」



 エルマー兄さんの足が力を失い、崩れるように倒れていく。

 駆け寄って抱きとめようとしたが、幼い私の力で支えきれるわけもなく、二人もろともに倒れてしまった。



「兄さん!エルマー兄さん!」


「ごめん……僕はここまでだ……」



 兄さんの両目にこんもりと涙が浮かんだ。

 矢傷からは止め処もなく血が流れ出し、抱き留めている私の服に赤黒い染みを作っていく。

 ああ……兄さんの体から命が逃げていく……。



「待って!私を置いて行かないで!」


「グウェン……お前だけは……」



 兄さんは最後の力を振り絞って懐からナイフを取り出すと、いきなり私の顔を斬りつけてきた!

 勿論、避けることなどできよう筈もなく、ざっくりと切り裂かれた私の頬から勢いよく血が迸る。



「きゃあっ!?」


「ごめん……僕には……こ…れ……しか……」



 エルマー兄さんは最後に悲しげな表情を私に向けると。そのまま目を閉じてこと切れた。

 兄さんの目尻から一筋の涙が零れ、血に塗れた地面へと落ちていく。



「そんな……兄さん、どうして……」



 最も信頼していた人物にいきなり斬りかかられ茫然とへたり込む私の耳に、兄さんを射殺した男たちが駆け寄ってくる足音が聞こえてきた──。




───────────




 兄さんを殺した連中に囚われた私は、毎日のように様々な治療法を試されていた。高名な治癒術師の魔法、高価な魔法薬、ドルイドが手ずから作った薬湯……しかし、そのすべてが空振りに終わった。

 いくらエルフとはいえ、この顔の傷をどうにかしない限り売り物になどなりようがない。男たちは焦りを隠せない様子だった。


 あの時、エルマー兄さんは私を守ってくれたんだ。私が慰み者にされないよう、わざとこうして目立つ傷を残していったんだ。

 いつしか私はこの癒えない傷を愛おしく思うようになっていた。


 しかし、その日は唐突にやってきた。



「おい、治療はやめだ。来月ボスのとこにそいつを連れていく」


「しかし、まだ傷が治ってやせんが……」


「いいからそのまま連れてこいとさ。ボス直々のお達しだ」


「さいですか。まあボスのとこに行ったら、どのみち傷物にされちまうんでしょうしねぇ」



 男たちの会話を聞いた私は絶望した。


 この傷があれば売り物にはならない。

 耐えていれば、いつかは解放されるかもしれない。

 心のどこかでそう思っていたのに……。


 縋りついていた微かな希望を粉々に打ち砕かれた私は、檻の中で恐怖に震えていた。




───────────




 私が連れていかれたのは、怪しげな男たちが集まっている部屋だった。男たちは円卓を囲み、神妙な面持ちで黙り込んでいる。

 その沈黙を破ったのは、巨人と見紛うほどの大男だった。



「例のエルフの娘をここへ」


「へい。顔の傷はそのままですが、本当に構いませんので?」


「構わん。もとより売り物にするつもりはない」


「分かりやした」



 その大男は、衆目の前に引き出された私をじろじろと睨め回した。



「ふむ、流石に美形よな。この傷はちと惜しいが……なに、そのうち気にもならなくなる」



 にたりと気持ち悪い笑みを浮かべたその男が、私の顔の傷に手を伸ばしてくる。


 (私の大事な傷を触るな!!)


 そう叫び声をあげたかったが、恐怖に全身が竦んで動けない──



「グアァッ!?」



 男の手が私の傷に触れたその瞬間、男の指先から青白い炎が燃え上がった。男はすぐに私の傷から手を放したが、それでも炎が消えることはなく、逆に男の手を焼き焦がさんと荒れ狂った。



闇氷晶(ダークアイス)!」



 男が魔法のようなものを唱えると、炎に包まれていた手が黒い氷のようなもので覆われていき、行き場を失った炎は跡形もなく消え去った。しかし、氷の下に透けて見える男の手は見るも無残に焼けただれている。


 不思議なことに、私にはまったく炎の熱さが感じられなかった。男の手が触れたとき、私の顔も激しい炎に晒されたはずなのに。



「ボス!大丈夫ですか!?」

「今の炎は一体……!?」


「騒ぐな!」



 大男の一括に、慌てて駆け寄った男たちがぴたりと動きを止めた。



「これは呪いの傷だ。穢れた者などここには置いておけぬ。今すぐ外に打ち捨ててこい」



 えっ…………これが呪いの傷ですって?

 じゃあ、エルマー兄さんは私に呪いをかけたっていうの?



「へ、へい。要するに、始末しろということでしょうか?」


「馬鹿者!こやつの呪われた血で我が膝元を汚す気か!!」


「ひいっ、す、すいやせん!今すぐに放り出してきます!」



 大男の恫喝を受けて震えあがった男は乱暴な手つきで私に目隠しをし、軽々と私の身体を肩に担ぎ上げると部屋から飛び出した。


 そのまま30分ほど歩いただろうか。何処ともわからない場所に降ろされた私が目隠しをされたまま立ち上がって顔を上げると、その耳元で男が囁いた。



「やれやれ、ボスの気まぐれには参っちまうぜ……。おい、今から500まで数えたら目隠しを取っていい。その後は好きにしろ」


「えっ……?」


「ただし──もし俺たちのことを他人に漏らしたら、俺たちは地の果てまでも追い詰めてお前を殺す。あの神官見習いの餓鬼と同じようにな」


「……っ!」


「アイツの死体は細かく切り刻まれて野犬の餌にされちまったっけ。お前も犬にはくれぐれも気を付けるんだな。ヒヒッ……」



 男の下卑た笑い声が徐々に遠ざかっていくのをよそに、私は必死に数を数えていた。


 100……200…………500!


 500まで数え終わってから目隠しを取ると、そこは見知らぬ街の路地だった。



「ここは……何処なの……?」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「──見知らぬ人に聞きまわって、そこがパナシエの街だということを知った。それから私は街道を1週間以上歩き続けて、どうにかモルトの孤児院に戻ったの。顔に大きな傷をつけて身ひとつで戻ってきた私を見て、当時の司祭様がひどく驚いていらしたのを覚えてる。でも、何も聞かずに優しく抱きしめてくださったわ……」


「…………」



 グウェンさんの凄絶すぎる過去に言葉が出ない。

 最も大事な人を失っただけでなく、その人から呪いの傷を負わされるなんて。

 ……いや待てよ、()()だって?



「そうだ!呪いの傷だったら僕の〝聖人の奇跡〟で治せる!」



 絶対に解けないという吸血鬼の呪いですら、触れるだけで簡単に解いてみせた僕の祝福の力。こいつならどんな呪いだろうと簡単に治せるはずだ。


 しかし、その思い付きはグウェンさんからやんわりと拒否されてしまった。



「あの得体のしれない大男は、この傷に触れただけで大怪我を負ったのよ。今はどんな武器であっても失うわけにはいかない。たとえそれが呪われた傷であったとしても」



 確かに、あの傷がある限り敵はグウェンさんに触れることすらできない筈。彼女の言う通り、今は敢えてそのままにしておいた方が安全なのかもしれない。これは呪いの傷でもあり、彼女を守る護符でもあるわけか。



「でも、僕にはどうしても腑に落ちません。エルマーさんがグウェンさんを呪う理由なんか無いじゃないですか」


「ひょっとしたら、私と一緒に逃げたことを後悔していたんじゃないかしら。『孤児院で平和に暮らしていればこんな目に遭わなかったのに』って、心の中では私のことを恨んでいたのかも……」



 グウェンさんは沈痛な表情を浮かべ、まるで痛みを堪えるかのように胸を押さえた。

 自分が大切な人の命を縮めてしまったという罪の意識と、その人から恨まれていたのかもしれないという疑念。その二つの思いに、彼女はずっと苛まれ続けているのだろう。


 しかし、本当に彼女の言う通りなんだろうか?

 グウェンさんの話を聞く限り、エルマーさんが他人を呪うような人だとはとても思えない。うまく言えないけど、どこかでボタンを掛け違っているような……。

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