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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第3章 聖人シモンと精霊姫の復讐
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第3章 11話 エルマー兄さん

 月例会に潜入した日の夜。僕たちはモルトの自宅でテーブルを囲んでいた。



《ふいー、満腹なの。今日のご飯も美味しかったのー》


「トマトソースで炒めた米をオムレツで包む料理なんて聞いたこともないわ。こんなの、どこで覚えたの?」


「特に誰からも習ってないですよ。多分、料理の技能レベルが高いせいだと思うんですけど、レシピが勝手に頭に浮かんでくるんですよ」


「ふーん……便利なものね」


《グウェンもずっとここで暮らすといいの。シモン様と一緒にいれば、いつでも美味しいご飯が食べられるの》


「えっ……!?」


「ななな、何を言い出すんだ!?夫婦でもないのにそんな──」


《なら結婚しちゃえばいいの》


「はああああ!???」



 顔を真っ赤にして固まってしまった僕に、グウェンさんが苦笑を向ける。



「悪いけど、それは無理ね」


《えー。他に誰か好きな人でもいるのー?》


「……いるわよ。ううん、〝いた〟と言うべきね」



 わざわざ過去形で言い直したということは、その人はもう亡くなっているのだろうか。


 グウェンさんは窓の外の暗闇を見つめながら、ゆっくりと語りだした。



「私がモルトの孤児院で暮らしていた頃、隣の神殿にエルマーという若い神官見習いがいたの。彼は毎日の祈りが終わるといつも孤児院にやってきて、私たちと遊んでくれて──」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「つかまえたー!」

「またエルマー兄さんの負けー」


「うわあ!ちょっとみんな、手加減してよ!」


「やだー!」

「兄さんがどんくさいのが悪いんだよ」

「ほら、次はエルマー兄さんが鬼だよー」


「ええ~……グウェン、本を読んでるとこ悪いんだけど、手伝ってくれないか?僕一人でこんな大勢を捕まえるのは無理だからさ」


「……いいけど」


「おっ、助かる!よーしお前たち、グウェンがこっちについたからには、もう負けないぞ!」


「エルマー兄さん、ずるーい!」

「ひきょうものー!」


「やかましい!勝利のためには手段を選ばないのが大人ってもんなんだよ!グウェンいくぞ、お前は右から回り込め!」


「うん!」



───────────



「エルマー兄さん」


「うわっ、グウェンか。いつからそこにいた?」


「ずっと。司祭様のお話も聞いてた」


「そうか……。司祭様が言ってた通り、悪い奴らがお前を狙っているみたいなんだ」


「アンナちゃんが怪我をしたのも、その人たちのせいなの?」


「多分ね。ほら、アンナとお前の髪の色はそっくりだろ?司祭様は『きっとあいつらが見間違って手を出したんだろう』って」


「私がここにいると、みんなに迷惑をかける?」


「──グウェン、そんなこと二度と言うなよ。悪いのはお前じゃなくて、アンナを傷つけた連中だ」


「兄さん……」


「心配するなよ。相手が誰であろうと兄さんが絶対に守ってやるさ。ここの皆は僕の大事な家族だからな。勿論グウェン、お前もだぞ」


「……うん」



───────────



「エルマー兄さん、ジミーが!」


「大丈夫、もう司祭様が治癒院に連れて行ったよ」


「おかしいよ!男の子のジミーがどうして襲われたの!?」


「それは……」


「兄さん、教えて!」


「……多分、あいつらは僕たちを脅しているんだと思う」


「脅し?」


「そう、お前を守ろうとしている司祭様と僕を脅してるんだ。邪魔立てするなら他の子を痛めつけるぞ……ってね」


「じゃあジミーは……ジミーは私の巻き添えになったの?」


「ごめんな。偉そうなことを言っといて、結局ジミーを守ってやれなかった」


「ううん、兄さんは悪くないよ。でも……やっぱり、私はここにいちゃいけないと思う」


「グウェン、そんな事を言うな!」


「だって、司祭様と兄さんの二人だけじゃ私たち全員を守れないでしょ?それに、私だって皆を守りたいもの」


「……そうか。言いたいことは分かった」


「ありがとう、兄さん」


「ただし!お前がここを出ていくなら、僕も付いていくからな」


「えっ!?」


「そもそもお前、ここを出た後のことを何も考えてないだろ。行く当てもお金も無いくせに」


「うっ……」


「ほらみろ。やっぱりさ、こういう時は僕みたいな頼れる大人がついてなきゃな。司祭様には迷惑をかけるけど、ちゃんと説明すれば分かってくれるだろ」


「本当に……本当にいいの?一緒に来てくれるの?」


「当たり前だろ?前にも言ったじゃないか、グウェンは僕の家族だって」


「エルマー兄さん!」


「うわっ、急に飛びつくな!あ、あぶな……!」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「──という訳で、私とエルマー兄さんは一緒にモルトの孤児院を出て姿を晦ましたの。そして、そんな私たちを待っていたのは、敵の追跡から逃れて待ちから街へと渡り歩く日々……あの頃は本当に大変だったわ」


「グウェンさんはまだ子供だったんですよね?そんな生活によく耐えられましたね」


「ううん、大変だったけどつらいとは思わなかったわ。だって、私の隣にはいつもエルマー兄さんがいたんだもの」


《彼のことが本当に好きだったのねー》


「好きなんて言葉じゃ足りないわ。両親も故郷も失った私にとって、エルマー兄さんこそが全てだった。あの人は私に色々なものを与えてくれたわ。最後にはその命までも……」



 そこまで語ったグウェンさんの目から、大粒の涙が次から次へと溢れだす。



「グウェンさん、つらい話なんですよね?無理に話さなくてもいいですよ」


「ありがとうシモン。でも、貴方達には話すべきだと思うの。兄さんとの話は、あの大ボスにも繋がりのある事だから」


「えっ……」



 グウェンさんの想い人とディアボロの大ボスに一体どんな繋がりが……?



《ははーん、読めたの!さてはそのエルマーってのが大ボスの正体なの!》



 自信満々に言い切ってビシッとポーズを決めて見せたステラに、グウェンさんはすべての感情が抜け落ちたような表情を浮かべると、一言だけ冷たく言い放った。



「…………蹴るわよ?」


《ご、ごめんなさいなの……謝るからその殺気を引っ込めてほしいの……》



 グウェンさんの体から迸る濃密な殺意のオーラに、あのステラが恐怖に慄いている。珍しいこともあるもんだ。


 ……まああれだ。後学のためにも、ステラは一度蹴ってもらったほうがいいんじゃないかな、うん。

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