第3章 10話 不老の男
《中の様子が何も見えないのー》
ステラが不満そうに声をあげた。
今、この部屋の中ではディアボロの幹部達が勢揃いしている。
しかし、間に扉一枚を隔てた僕らには、その様子を窺い知ることができない。
《うーん……どうにかして中に入れればいいんだけど》
《無理よ。誰もいないのに扉が開いたり閉じたりしたら、確実に怪しまれるわ》
その時、扉の向こうから周囲を圧するような威圧感を感じ、僕とグウェンさんは思わず扉の前から飛びのいて身構える。この圧倒的な存在感は一体……!?
続けて、部屋の中から壮年の男性のものと思われる重々しい声が響いてきた。
「遠いところをよく集まってくれた」
「我らがボスに忠誠を!」
「我らがボスに忠誠を!」
各拠点から集結してきたボスたちが次々と唱和する。どうやら大ボスのお出ましらしい。さっきの異様な圧力は、大ボスが発したものか。
しかし、奴はどうやってこの部屋に入ってきたんだ?入り口には僕たちがずっと張りついていたし、扉だってずっと閉まっていたのに。ひょっとして、この部屋にはこことは別の出入り口があるのかな?
とにかく部屋の中の様子が知りたい。せめて大ボスの姿くらいは確認しなきゃ、ここまで潜入してきた意味がない。
《こんな時こそ根源魔法の出番なの。扉の向こうを透視しちゃえばいいの》
《透視……って、根源魔法ってそんな事もできるの!?》
《魔力さえ足りてれば、イメージ次第で大抵のことは実現できちゃうの。神の御業に喩えられてるのは伊達じゃないの》
大抵のことはって、本当かね……?
半信半疑のまま、物を透かして向こう側を見るイメージを作り、自分の目に魔力を注ぎ込むと──
《嘘でしょ!?本当に見えるんだけど!》
まるで扉など存在しないかの如く、部屋の中の様子が目に飛び込んでくる。
中はかなり広めの部屋になっていて、その中央に据えられた大きな円卓を大勢の男たちが囲んでいるのが見える。
《シモン!私にもその魔法を!》
《あ、そうですね。グウェンさんにも同じ魔法を…………》
《……シモン?何を固まってるの?》
グウェンさんにも魔法をかけようと振り向いた僕の目に映ったのは、彼女の生まれたままの姿だった。
雪花石膏のように白く透き通った滑らかな柔肌。
ほどよく膨らんだ胸の双丘。
しなやかな両足の付け根には、彼女の美しい髪と同じ色の……
《って、ダメだろこれ!!?》
《シモン!?ちょ、ちょっと急にどうしたの!?》
いきなり壁に自分の頭を打ち付けた僕をみて、グウェンさんが困惑している。
迂闊だった……透視魔法がこんなに危険な魔法だったなんて……。
《事故に見せかけてグウェンの裸を見るなんて、シモン様もなかなかの策士なの》
《人聞きが悪いことを言うな!今のは本当の本当に事故だからね!?》
《……シモン。私の裸って、一体どういうことかしら?》
《あっ》
次の瞬間、グウェンさんの猛烈な回し蹴りが僕の顎を奇麗に捉える。僕の体は高々と宙を舞い、高速で錐揉みしながら通路に叩きつけられた。
《ごふぅっ!!!?》
《聖人のくせに魔法をそんなことに悪用するなんて、恥を知りなさい!》
《違う……わざとじゃない……ステラの言いがかりだ……》
《言い訳無用!》
グウェンさん……今の蹴り、身体強化が乗ってたよね?
食らったのが僕じゃなかったら確実に死んでたんじゃないかな……。
《シモン様、いい飛びっぷりだったの。ぷっくくく》
《……ステラ、今日は晩御飯抜きね》
《ひどいの!!いたいけな天使に対する虐待行為なの!!》
とにかく、もう一度やり直し。
要するに扉だけが透けて見えればいいんだから、目じゃなくて扉のほうに魔法をかければいいんだ。
まず、自分にかけた透視魔法を解除する。当然、扉の向こうは見えなくなる。
次に、その扉に向かって魔法をかける。部屋の中側からの見た目は変えず、通路側からのみ透けて見えるようにイメージする。
《凄い……本当に扉の向こうが見える……!》
魔法の発動と同時に、グウェンさんが感嘆の声を上げる。よし、ちゃんと扉が透けて見えるようになったみたいだな。
しかし、この根源魔法ってのは本当になんでもアリなんだな。イメージ次第で大抵のことは実現できてしまう。ステラが神の御業に例えるのも分かる気がするよ。
しかし、ただの人間がこんな力を使ってもいいのかな……?
《ただの人間?一体それは誰のことなの?》
《……ごめん。忘れてくれ》
改めて僕とグウェンさんは壁の向こうの様子を窺う。扉を透かして見ると、中はかなり広めの部屋になっており、大きな円卓を大勢の男たちが囲んでいる。
そして、その中にひと際巨大な影が見える。椅子に座っているので正確なところは分からないが、相当な巨躯の持ち主だ。恐らく身長は2メートルを優に超えるだろう。顔を見た感じ、50少し前くらいの年頃だろうか。貴族風の高そうな服を身に纏い、年齢にそぐわない艶のある長い黒髪を後ろでひとつに束ねている。
遂に辿り着いた……こいつがディアボロの大ボスか!
《そんな……嘘よ……アイツがまだ生きてるなんて……!》
大ボスの姿を見たグウェンさんが震え声で呟いた。
《グウェンさん、あの大ボスを知ってるんですか?》
《あの男は、私がディアボロに囚われた時に見た大ボスよ!でも変だわ、50年前から全く姿が変わってないなんて!》
《50年前から同じ姿……?》
だとすると、ディアボロの大ボスは只者じゃない。
もしや、老いを止めるほどの力を持った魔法使いか?古代レムリア王国の魔術師達は、その力で数百年もの時を生きたそうだけど……。
だとすると、月例会の案内状に複雑な封印魔法を施したのは、この大ボス自身だったのか……?
その時、部屋の中で大ボスが声を発した。
「──部屋の外に誰かおるのか?」
感づかれた!?馬鹿な、僕たちは〝姿隠しのマント〟を着ているのに!
大ボスの警告を受けて、幹部達の雰囲気が一変する。
「侵入者か!?」
「だとしたら、どうやってここに!?」
「ゴーレムの守りを突破されたってのか!?」
幹部たちが次々と椅子を蹴って扉に殺到してくる。まずい、ここにいたら囲まれる!
《シモン、逃げましょう!》
《待って!逃げる前に扉の魔法を解除しなきゃ!》
僕が扉にかけた透過魔法を解除するのと、扉が中から勢いよく押し開けられたのは殆ど同時だった。
「誰だ!!……って、ありゃ?誰もいませんぜボス」
扉を開け放った幹部たちの前には、誰もいない薄暗い通路が伸びているだけだった。
「ふむ……確かに気配を感じたのだが」
ボスが呟いたその時、幹部たちの足元を1匹のネズミが走り抜けた。それを見た男たちの間に、気の抜けたような雰囲気が広がる。
「何でえ、驚かしやがって」
「ボス、もう大丈夫です。ネズミでしたよ」
「すばしこい奴だな、もう見えなくなっちまったぞ」
男たちは扉を閉め、安堵した様子で円卓に戻っていく。
大ボスはいまいち釈然としない表情を浮かべていたが、結局深く追及することはなく、月例会が再開された。
《いやあ、間一髪でしたね》
《あの……もう大丈夫だから降ろしてくれる?》
《え……あ!すす、すみません!》
扉が開けられた瞬間、僕は咄嗟にグウェンさんを抱えて飛翔の魔法を行使し、天井にぴったりと張り付くことで連中の視界から隠れていたのだ。
僕にお姫様抱っこをされるような恰好になっていたグウェンさんをそろそろと降ろして、僕たちはようやく一息つく。
《あのネズミはグウェンさんの仕業ですね?》
《ええ。あれは土の精霊に作ってもらった土人形よ》
精霊使いのグウェンさんは精霊の力を借りて魔法を行使できる。
彼女たちエルフは「森と共に生き森と共に死ぬ」と言われるほど森に縁深い種族だが、グウェンさんの場合は精霊がいる場所ならどこでもその真価を発揮できる。このような地下では、特に土の精霊が頼りになるという。
しかし、それでも今日は潮時だ。敵に感付かれる恐れがある以上、早々に撤退すべきだろう。
《グウェンさん、そろそろ脱出しましょう》
《えっ、もう?まだ月例会は始まったばかりよ?》
《月例会への潜入方法も判明したし大ボスの姿も確認できたんですから、今はこれで十分ですよ。本格的に月例会に乗り込むのは、各地の拠点を潰した後です》
《……シモンの言う通りね。無理して見つかったら、全てが台無しだもの》
結局、僕たちは転移門を開いて撤収した。
終わってみれば実りの多い潜入だった。
案内状の謎は解けたし、番人のゴーレムを回避する方法も分かった。
次の月例会にも問題なく潜入できるだろう。
しかし、敵の大ボスが僕たちの潜入に感づいた理由がどうしても分からない。
この〝姿隠しのマント〟は通常の感覚だけでなく魔力探知すら阻害する優れもの。
それなのに、どうしてアイツは僕たちの気配を見破ったんだ……?




