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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第1章 聖人シモンと魔界の脅威
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第1章 05話 神様と天使

「いやー疲れた!」


 自宅に戻ってから口をついたのはその一言だった。

 治癒院で目覚めてから冒険者ギルドに登録して初依頼を受け、イビルウルフに襲われていた冒険者たちを助け、ギルドで依頼達成の速さを怪しまれ、食堂でステラの健啖ぶりに冷や汗をかき、孤児院で認定冒険者のエルフに出会う。いやあ、我ながら一日が濃すぎるな!


 近くの川でさっと水を浴びて一日の汗を洗い流し、夕食の支度にとりかかる。今日の夕食は干し肉とクズ野菜を煮込んだスープと黒パンだ。昼食に比べたら随分と質素な料理だが、干し肉のダシと塩味が効いたスープはなかなかどうして捨てたもんじゃない。テーブルに食器を並べ、ステラと二人で食卓を囲む。



「まさか認定冒険者に出くわすなんて、すごい一日だったな。銅級だってさ、あの人」


《もがもごもごご》


「はいはい、喋るか食べるかのどっちかにしようね」


《……………(もぐもぐもぐ)》


「そこで食べるほうを選ぶか普通!?」



 それにしてもステラの食欲は凄いな。少なく見積もっても僕の2~3倍は食べてると思う。こりゃ、この子を養うのはかなり大変だな。神様が食費を出してくれるとは思えないしなあ。



「ステラのご飯のためにも、また明日頑張って働かなきゃな」


《今度は魔物狩りの依頼を受けるの。絶対なの》


「言われなくてもそうするつもりだよ。薬草採取の稼ぎじゃ、ステラの食欲を満たしてやれそうにないからね」


《ブラボーなの!!明日は朝一番でギルドに行くのー!!》


「天使のくせに、なんでそう好戦的なんだ……。じゃあ、明日に備えて今夜は早めに寝ようか。隣の部屋に死んだ両親のベッドがそのまま残ってるから、ステラはそっちで寝るといいよ」


《感謝感激雨あられなのー》



 食事を早々に済ませた僕たちは、歯を磨いてベッドに潜り込んだ。疲れが溜まっていたのか、目を閉じると程なくして眠気が襲ってくる。神様、明日の魔物狩りを無事に終えられますように──




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 白髪白髭の老人が、天界の水盆を通して下界の様子を覗いている。その老人が、ふと何かの気配を感じたように顔を上げる。



「……戻ったか」


「熾天使ステラエル罷り越しました」



 白髪の老人が声をかけた先にはいつの間にかステラが現れており、深々と頭を下げていた。しかし、下界で見せている少女の姿ではない。成熟した大人の女性の容姿に改まった言葉遣い。もしシモンが今の彼女を見たら、下界の彼女とのあまりの違いに言葉を失うであろう。



「創造神様にはご機嫌麗しゅう」


「うむ」



 創造神と呼ばれた老人は深い頷きを返す。彼こそは無より出でて世界の全てを作り上げた創造神。数多の神々の主柱に坐する最高神である。



「お主の被守護者の様子はどうじゃな」


「怪我は完治しました。今は熟睡しております」


「ふむ、まずは一安心じゃな。お主は彼をどう看たかの?」


「彼は聖人として人間に非ざる力を手にしながら、あくまで人間であり続けようとしています。そのくせ、困った人に手を差し伸べることに躊躇しない。たとえその結果、自分の力がさらに人間からかけ離れようとも、です。過去に聖人の階を上った者どもと比べても遥かに面白い……そう、とても興味深い青年だと思います」


「ほっほっほ、ワシもここから見ておった。お主も随分と甘えておるようじゃな」


「私の姿も性格も、彼の懐に入るための仮初のものです。彼には危なっかしい少女を放っておくことなど出来ないでしょうから」


「それはそうじゃろうが、本当のところお主も楽しんでおるじゃろう?」


「……否定はしません」



 創造神はカラカラと笑い声をあげるが、不意に改まった顔になる。



「しかし、お主が彼を唆して冒険者に仕立てたのは驚いたのう。あれはなかなかに危険な仕事じゃろうが」


「それは仕方ありません。創造神様がお望みなのは、彼をただ長生きさせる事ではありませんから」


「そうじゃな、彼には長く生きるだけではなく、世の中に大きく関わってもらわねばならん。その点、冒険者という職は打ってつけじゃろうな」



 創造神は納得した表情で頷き、ステラに優しげな目を向ける。



「ステラエルよ、苦労をかけるが、くれぐれも頼む」


「微力を尽くします。しかし、創造神様が彼に授けた祝福を思えば、私の力など必要ないようにも思えますが……」


「なに、念には念じゃよ。良い機会じゃ、お主も下界の暮らしを楽しむと良い」


「はい。また報告に上がります」



 そう言うと、ステラの姿は空間に溶けるように薄れて消えていった。一人残された創造神は、水盆に向かって独り言ちる。



「──シモンよ、期待しておるぞ」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 翌日、僕とステラは魔物退治の依頼を受けるために、朝早くから冒険者ギルドにやってきた。壁に張られた依頼票の前には、他に先んじて有利な依頼を手にするべく、大勢の冒険者たちが詰めかけている。僕もその間をかき分けるようにして依頼票に近づこうとするが、その途中でがしっと肩を掴まれた。



「見つけたぞ、シモン君!」


「あ、〝幸運の星(ラッキースター)〟のデレクさん……でしたっけ」



 デレクさんは有無を言わせず僕を人ごみの外に引っ張っていく。すると、そこには彼の仲間たちが揃っていた。



「謝礼の話をする前にいなくなってしまったから、昨日からずっと探していたんだ。見つけられてよかったよ」


「いえ、お礼されるほどのことじゃありませんから」


「君は何を言ってるんだ。あの傷を治すのに治癒院なら金貨2枚は取るぞ」


「ききき、金貨!?」



 金貨なんて、両親が死んでからは触ったことすらないよ。治癒院って儲けてるんだなー。って、あれ?ひょっとして僕、冒険者よりも治癒師のほうが向いてたのでは……?



《治癒師として人助けすれば、ステータスの補正値がどんどん増えるの》


《うん、治癒師になるのはやめておこう》



 これ以上人間から離れたくないです。



「ただ、今の俺たちにはそれほどの持ち合わせが無いんだ。図々しいことを言うようですまんが、金以外のもので借りを返させてもらえないだろうか?俺たちにできる事なら何でもする」


「いや、本当にお礼なんて要りませんよ。僕も皆さんが喜んでくれて嬉しかったし」


「駄目だ。これほどの恩を受けておきながら謝礼無しで済ますなど、俺たちの矜持が許さない」


「えええ……」



 悪い人じゃないんだけど、なかなか面倒くさい人たちだな。お金以外でこの人たちにしてもらえる事って何があるんだろ。冒険者としては僕よりも随分と経験を積んでそうだから、いろんな技能を持ってるのは間違いないだろうけど……技能?



「あの……それじゃひとつお願いしていいですか?」


「おう、何でも言ってくれ」


「実は僕、狩人から冒険者に昨日転向したばかりの半人前なんです」


「えっ……イビルウルフを撲殺した君が?」


「筋力は人並み以上にあるんですけど、これといった技能がないんです。唯一使える弓も昨日壊しちゃいましたし」


「そうなのか。しかし、筋力だけでできる動きには見えなかったが……」



 デレクさん鋭いな。僕の場合、筋力以外のステータスもやたら高いし、あの戦いの中で格闘技能も獲得しちゃってるから、素人っぽくない動きに見えたのも当然か。



「というわけで、冒険者に必要な技能を皆さんから教わりたいんです。1週間程度で構わないので〝弟子入り〟させてもらえないでしょうか」



 冒険者として生きていくのに、弓の腕だけじゃ心もとない。強い魔物と戦う事だってあるかもしれないしね。人外レベルのステータスは欲しくないけど、最低限必要な技能は身に着けておきたいんだ。



「ふむ、それならしばらく俺たちと行動を共にしてもらうことになるが、それでいいか?」


「はい。僕は独り身ですし、問題ないです」



 ここまで黙って話を聞いていた〝幸運の星(ラッキースター)〟のメンバーが話に乗ってきた。



「あたいは斥候(スカウト)のジェニー。冒険の基礎知識と小手先の技術なら教えてやれるよ」



 一番先に名乗りを上げたのは小柄な赤毛の女性だ。20歳を少し越したくらいだろうか。少し吊り気味の勝気そうな目をしている。



「俺は軽戦士のエディ。槍の扱いなら任せてくれ」



 次は長身細身の男性。30歳前後だろうか。デレクさんより少し若いかな。言葉遣いも少し軽い感じだ。



「私は魔術師のマルコムだ。君には命の恩がある。喜んで力にならせてもらおう」



 イビルウルフに深手を負わされていた魔法使いの男性だ。すっかり健康になったようで、優しげな微笑みを浮かべている。



「俺は重戦士だ。指導できるのは剣と盾だな」



 デレクさんはパーティを守る盾役か。仲間思いで情に厚そうなデレクさんにはピッタリの役割だな。



「僕はシモンです。弓を少しと治癒術を使えます。短い間ですがお世話になります」



 僕が深々と頭を下げると、デレクさんが溜息をつく。



「しかし、こりゃ参ったな」


「どうしたんです?」


「よく考えたら、俺たちの側に有利過ぎる取引だろ。君のような優れた治癒師と一緒に行動できるんだからな。これを恩返しといっていいんだろうか?」



 確かにデレクさんの言う通りなんだろうな。一緒にいる間に誰かが怪我をしたら、また僕が治すことになるだろうし。でも、そんなの気づかないふりをして黙ってればいいのに、随分と正直な人だな。

 結局、僕は技能を教えてもらう立場であること、同行期間中に誰かの怪我を癒すことがあっても、それも弟子入りの対価のうち、ということでデレクさんに納得してもらい、明日から一緒に魔物狩りをしながら皆さんから技能を教わることになった。



「シモン君は装備を整えた方が良いな。この金を持って武器屋に行ってくるといい」


「えっ、こんなお金受け取れませんよ!」



 デレクさんが渡してきたのは銀貨50枚もの大金だった。持ち合わせがないと言ってたのに、どうしてこんなお金を?



「これは君のお金だよ。君が殴り殺したイビルウルフのうち損傷が軽かったほうを解体して、毛皮と牙をギルドに卸したんだ」


「あー、あの時の……」


「牙は鏃の素材や魔術の触媒になるし、毛皮は皮鎧や防寒具の素材になる。それぞれ高く買い取ってもらえたよ。僕らの解体費用は差し引いてあるから、気にしないで受け取ってくれ」


「分かりました。ありがとうございます」



 よーし、これだけあれば最低限の装備は揃いそうだ。今日から魔物狩りを始める予定だったけど、武器を買うお金も手に入ったし心強い師匠もできた。明日からが楽しみだ。



《魔物狩り……今日から魔物狩りのはずだったの……うふふふふ……》


《サイコか!?どんだけ血に飢えてるんだこの天使は!》



 落ち込むステラを昨日の食堂に連れて行ったら、定食2人前とパンケーキ10枚を平らげたところでやっと機嫌を直してくれた。しかしその代償は大きく、武器屋で一番安いショートソードとソフトレザーアーマーを購入したところで資金が尽きた。



 早く魔物狩りで稼げるようにならなければヤバい……主に食費的な意味で。

 僕は技能の習得を急ぐ決意を改めて固めたのであった。

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