第3章 08話 月例会への潜入
師匠の料理を死ぬ思いで平らげた後、月例会への潜入について皆で話し合った。
「相手に魔法使いがいるのは間違いないんじゃな?」
「それも付与魔法の達人です。恐らく、魔力を探知するくらいのことは簡単にやってのけるでしょう」
「となると、この〝姿隠しのマント〟でも隠れきれないわね」
姿隠しのマントも魔道具の一種であり、微量な魔素を常時放出している。それを探知できる魔法使いにとって、見破るのは容易い。
「それなら魔素探知阻害の魔法を重ね掛けすればええじゃろ」
「魔素探知阻害?」
「なんじゃ、知らんのか?魔道具から漏れ出す魔素を加工・隠蔽する魔法じゃよ。これを付与された魔道具は探知に引っかからなくなるんじゃ」
「魔素を加工……そうか、そんな手があったのか!」
「参考になる本が書庫にあった筈じゃ。付与魔法の棚を探してみるといい」
「ありがとうございます!」
早速グウェンさんとステラを引き連れて師匠の書庫に行ってみると、それっぽい本がすぐに見つかった。
「多分この本だね。『魔道具の隠蔽術式大全』だって」
「何の捻りもないタイトルね……まあ、分かりやすくていいけど」
その本には魔素の変換に関する様々な研究結果が掲載されており、探知を回避するための術式については具体的なイメージから魔法陣の構築方法まで特に詳細に書かれていた。
「この本の通りの魔法陣を〝念話の腕輪〟と〝姿隠しのマント〟と僕の〝収納の指輪〟に刻んで……っと。はい、できました」
「もうできたの!?」
《シモン様ならこれくらい当然なの》
そうそう。この程度の魔法なら大して時間もかかりませんよ。なにせ、魔法の扱いに関わるステータスが常人の6万倍以上ありますからね……。
「でも、実践投入する前に一度試しておきたいですね」
《これを着けて大賢者のお爺ちゃんを脅かしにいけばいいの》
「なにも脅かす必要はないでしょ……でも、大賢者様を相手に試してみるのはいい考えかも。あの人にすら探知できない魔道具なんて、他の誰にだって探知しようがないでしょうし」
女性陣の意見が一致したので、僕とグウェンさんは改良版の潜入セットを身に付け、こっそりと大賢者様の許へと戻っていく。
《あの部屋かな?明かりが漏れてるけど、妙に静かですね》
《本でも読んでるんじゃないかしら?》
《行ってみれば分かるのー》
念話の腕輪でやり取りしながら、半開きになっている扉の隙間から滑るように中へと忍び込む。
部屋の中では、ゆったりとした椅子に腰かけた師匠が、こちらに背を向けて何やら本を読んでいる。
《前に回り込んでみましょう》
《そうね。それでも大賢者様が気付かないようなら合格だわ》
僕たちはこっそりと師匠の前方に回り込む。しかし、どんなに近づいても師匠は本に見入ったままで、こちらに気付く様子はない。
《成功ですね。この近さでも気付かないんだからバッチリですよ……って、どうしました?》
グウェンさんは顔を赤くして師匠から目を逸らし、ステラは宙に漂いつつ師匠の本をしげしげと覗き込んでいる。
《この本が何か……って、なんだこれ!?》
師匠の本を覗き込むと、ページのそこかしこで肉感溢れる女性があられもない姿を大胆に晒している。恐らく挿絵なのだろうが、どの女性もまるで実物のように明瞭そのもの。しかも、その写実性溢れたタッチで女性のあんなところからこんなところまでが実に丁寧に描かれており、有態にいって目の毒としか言いようがない。
よりによって来客中になんて本を読んでるんですか師匠……。いや、女湯に忍び込むために転移魔法を研究していたくらいの人だから、今さらそこまでの驚きはないんだけど。
《……外に出ましょう》
《そ、そうですね……そうしましょう》
意図せずとはいえ、師匠の秘め事を覗き見てしまい居たたまれなくなった僕たちは、這う這うの体で部屋の外へと逃げ出した。
うん、僕たちは何も見なかった。そういう事にしておこう。
《むー、もう少し見たかったのー》
《仮にも天使なんだから、少しは自重してくれ……》
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔道具の改良を終えた僕たちは、グウェンさんの案内でディアボロの拠点付近までやってきた。時刻は19時。月例会の開始まで、あと1時間だ。
以前潜入したダナンの街の拠点と同様、外見はありきたりの酒場にしか見えない。しかし、この中のどこかに地下のアジトへと続く入り口がある筈だ。
《パッと見た感じ、他の街の拠点と大差ないんですね》
《王都なのに案外小さいのー》
《王都といっても、ここが連中の本部って訳じゃないのよ。奴らの本拠地が何処にあるのか、私にも未だに分からないわ》
結局ここも只の地方拠点のひとつってことか。だとすると、組織全体を束ねる大ボスは普段どこで生活してるんだろう。
《でも、月例会当日だけあって警備は厳しいわね。この辺りを歩いてるのは殆ど組織の息がかかった連中よ》
《あ、やっぱりそうなんですね。さっきから辺りの空気がピリピリと張り詰めてる理由が分かりました》
《わくわく、バイオレンスの予感がするの……!》
《はいはい。何を期待してるんだか知らないけど、今日は様子見だけだからね?》
〝姿隠しのマント〟の前では、厳しい警戒もまったく無意味だった。僕たちは正面から堂々と拠点に乗り込んでいき、地下への入り口を探す。
といっても、ダナンの拠点と似たような作りなので、なんとなく見当がつく。入り口があるのは多分この扉の先だろう。
扉をそっと開くと、そこには意外なほど広々とした薄暗い部屋で、その中央辺りには何か巨大な物体が置かれている。薄暗くてよく分からないけど、パッと見た感じ岩の塊かな?
そして、その塊の下に地下へと続く穴が口を開けているのが僅かに見える。いずれにせよ、この巨岩をなんとかしないと地下には入れないっぽい。。
《邪魔な岩だなあ。でも、これくらい僕の筋力ならどうにでもなるか》
《シモン様、迂闊に近寄っちゃダメなの!あれはゴーレムなの》
《ゴーレム……って、古代の地下迷宮を守る番人じゃないか。それが何故こんなところに?》
古代レムリア王国の付与魔術師によって造られた疑似生命体ゴーレム。地下迷宮の重要なエリアに番人として配置されていることが多いため、迷宮探索を主業とする冒険者にとってはお馴染みの存在だ。
それが拠点の入り口を守っている……ということは、こいつはディアボロの魔術師によって創り出されたゴーレムってことか。古代レムリア王国の魔術師と同等の付与魔術を使いこなすなんて、敵の魔術師は一体何者なんだ……?
「困ったわ……。今はまだ〝姿隠しのマント〟のお陰で気付かれていないみたいだけど、触ったら流石に拙いわよね?」
「一応このマントは触覚も阻害するようになってますけど、そもそも相手が魔法生物となると何も保証はできませんよ」
《でも、どかさなきゃ中に入れないのー》
いや、本当に参ったな。
ストーンゴーレム程度、今の僕なら軽く素手で殴るだけで粉砕できそうではある。でも、そうすると僕たち潜入者の存在が確実にバレる。今はまだディアボロの連中に僕らの存在を知られるわけにはいかないから、この方法はナシ。
ゴーレムを解析すればここを通してもらうための正しい方法を読み取れるかもしれないけど、魔法陣の術式からそこまで読み取るのはどうしたって時間がかかる。この部屋でもたもたしている間にディアボロの連中と鉢合わせになるような事態は避けたいし……。
《しっ……誰か来たわ》
グウェンさんの警告を受けて耳を澄ましてみると、表の喧騒に混じって微かな足音が近づいてくる。
僕たちは急いで部屋の隅の壁に寄り添うようにして息を潜める。大丈夫、〝姿隠しのマント〟を着ている僕らが見つかることは無いはずだ。
僕たちが身を隠したすぐ後に、一人の男が扉を開けて入ってきた。それは以前見たことのある男だった。
《あれはダナンの拠点のボスですね》
《ええ。月例会には全ての拠点のボスが集まってくる。あいつがここに来るのも必然ね》
部屋に入ってきたダナンのボスは、周囲をジロリと睨め回した後、妙なリズムで横の壁を叩いた。
(コンコンコン、コン、コン、コンコン、コン)
すると例のゴーレムが俄に動き出し、人の形をとって立ち上がると、そのまま2歩3歩と後ろに下がっていく。
すっかり露になった地下への入り口にダナンのボスが潜り込んでいくと、ゴーレムは再び元の場所に戻り、再び入り口を塞いでしまった。
少し間をおいてから、僕もダナンのボスと同じように壁を叩いてみる。
(コンコンコン、コン、コン、コンコン、コン)
すると、先程と同じようにゴーレムが動き出し、僕たちに地下への入り口を明け渡す。
《なるほどなー。月例会の案内状に書かれてた3・1・1・2・1って数字の意味がやっと分かりました》
案内状に書かれた数字の通りに壁を叩けば、番人のゴーレムが道を開けてくれる仕組みだ。
恐らく月例会のたびに数字を変えてるんだろうけど、だとしたら随分と手の込んだことをするもんだ。
《ああ、そういう事だったのね……でもこれ、出る時はどうするの?》
《帰りは転移魔法を使いましょう》
僕たちはゴーレムの脇を通り抜け、地下へと通じる梯子を下りていく。
月例会にはどんな面子が集まってくるのか。彼らの間でどのような話し合いが持たれるのか。そして、全体を束ねるボスとはどんな奴なのか。それら全ての答えがもうすぐ明らかになるはずだ。




