第3章 07話 渾身の一皿
それからの3日間、僕たちは国中を文字通り飛んで回った。ディアボロの拠点の近くで転移門の転移先となる場所を探し、そのイメージを頭に焼き付けたらすぐに次の場所へ移動。ひたすらこれを繰り返した結果、全部で60箇所にのぼる拠点のうち20箇所までカバーすることができた。
でも、行動するのは敢えて日中だけに止め、夜になるとモルトの自宅に転移してゆっくり休むようにしている。今後1ヵ月に渡る長期戦を予定している以上、休める時にはしっかり休むべきだと、グウェンさんが主張したからだ。
「今日の晩御飯はカツレツですよ~」
市場で買い込んだ赤猪の背肉を厚切りにして、卵と小麦粉とパン粉をまぶしてから油で揚げるだけの簡単な料理だが、ソースには少々手を掛けている。炒めた玉葱とトマト・人参・玉葱・ニンニク・生姜などを長時間煮込み、さらに様々なスパイスと調味料で香りや味を調えたものをすり潰して裏ごししたもので、こいつがまた揚げ物に抜群に合うんだよな。
「本当に美味しい……もう言葉が出てこないわ」
《…………………………(無言で咀嚼中)》
「喜んでもらえると作った甲斐がありますよ。赤ワインが冷えてますけど、飲みます?」
「頂くわ」
《ステラは林檎ジュース!》
「はいはい。二人とも少々お待ちあれ」
グウェンさんは早くもこの家にすっかり馴染んでいる。まだ自分の部屋に籠っていることが多いけど、食事の時間になるといそいそと食堂にやってくる辺り、少なくとも僕の料理に関しては相当気に入ってくれてるんじゃないかと思う。
でも、今思うと彼女が引っ越してきたのは正解だったかもしれないな。以前はいつも張り詰めていて他人を寄せ付けないような雰囲気を出していたけど、ここに来てからの彼女は少しずつ表情が柔らかくなってるみたいだ。
食事を終え、腹一杯になったステラがふわふわと宙を漂って出ていくと、食堂には僕とグウェンさんの二人が残される。すると、ワイングラスを傾けた彼女が口を開いた。
「──貴方は聞こうとしないのね」
「聞くって、何のことですか?」
「私が連中に捕まった時の話」
「ああ……」
そういえば、ダナンの拠点に潜入した時にグウェンさんが口走っていたっけ。ディアボロの魔手から逃げ切ったと思っていた彼女が、実は連中に一度捕まっていたという意外な過去を。
「確かにビックリしましたけど、無理にほじくり返すつもりはないですよ。だって、どう考えても楽しい話にはならないでしょ?」
「…………」
「でも、今後もしグウェンさんが話したくなったら、その時は聞かせてください。僕はそれまで待ってますから」
「…………ありがとう、シモン」
グウェンさんがどのようにして捕まったのか。一度捕まった彼女が、どうやって再び自由の身になったのか。正直、気になる話ではあるんだよな。
でも、恐らく彼女にとっては辛い話になる。少なくとも、組んでから3日しか経っていない僕たちにはデリケート過ぎる話題だろう。この件については、少なくとも僕の方から無理に問い質すようなことはしないつもりでいる。
ワインの酔いで少し頬を染めたグウェンさんは、黙って食卓を片付ける僕をそれとなく見つめていたが、結局この夜の彼女は何も語らなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、目が覚めた僕は朝食を作ろうと半身を起こす。すると、目の前3センチの至近距離にいたステラと目が合った。
「おわあっ!?なんでステラが僕の寝室に!?」
《そんな事はどうでもいいの。今日は月例会に乗り込む日なの。さっさと支度するの》
「……は?」
いや、確かに今日はディアボロの連中が王都で月例会を開く日だけど……。
「月例会には各地の拠点を潰した後に乗り込むって話だったでしょ?今行っても仕方ないんじゃないかな」
《ボスの正体を探る絶好のチャンスなの。王都なら転移魔法で飛んでいけるし、これを逃す手は無いの》
言われてみれば確かに……。
月例会へのカチ込みは失敗が許されない一発勝負。でも、月例会に集まる面子や警備体制などを事前に把握しておけば、成功の確率を大きく上げられそうだ。それに、ボスや幹部達の正体とその所在を押さえてしまえば、万一取り逃したとしても追跡して捕捉できるかもしれない。
相手の側に凄腕の魔術師がいるっぽいのが不安材料だけど、得られるリターンは大きい。
「いやあ、ステラもたまには良いこと言うなあ」
《むしろ良いことしか言わないの》
しばらくして食堂にやってきたグウェンさんと朝食を摂りながら相談した結果、今日は各地の拠点周りを中断して月例会に潜入することになった。
「ずいぶん急な話ですけど、大丈夫ですか?」
「勿論よ。連中の尻尾を掴む機会を逃す訳にはいかないわ」
興奮した口調でグウェンさんが相槌を返してくるが、どうも顔色が冴えないように見える。大丈夫かな?
とりあえず、潜入に必要な道具一式を整えて身支度を済ませる。念話の腕輪と姿隠しのマントは当然として、万一に備えて食料や武器なども収納の指輪に放り込む。
しかし、相手に魔術師がいることを考えると、姿隠しのマントにはもう一工夫必要かもしれないな。まあいい、向こうに転移してから考えよう。
「シモン、こっちは準備OKよ」
《王都へれっつごーなの!》
「よし、行きますよ……転移門!」
行き先は師匠の家。といっても、いきなり目の前で転移門を開いたら師匠の心臓が止まってしまうので、師匠が絶対に立ち入らなさそうなキッチンを指定して転移門を開く。
しかし──その転移門から一歩足を踏み出すと、なんとそこには一人忙しそうにキッチンで立ち働く師匠がいた。
「師匠、何をやってるんです?」
「げぇっ、シモン!なんと、グウェンまで!?お、お主ら、他人の家にいきなり転移してくるなど不躾に過ぎるじゃろうが!」
「すみません。国王陛下にも言上した例の犯罪組織の件で、どうしても王都に来る必要がありまして」
「なに、陛下の?……おお、あの件か」
僕のたったこれだけの説明で、仰天しきっていた師匠の表情に納得の色が浮かぶ。流石大賢者と謡われるだけあって、この切り替えの早さは見事なものだ。
その師匠に、グウェンさんが鋭い問いを投げかける。
「そんな事より大賢者様、その恰好は一体……?」
「う…………いやなに、ちょっとこの辺りの掃除をしようと思ってのう」
「大賢者様は掃除するときエプロンを着てフライパンと鍋を火にかけるんですか?」
「ぐっ……」
グウェンさんの冷静な指摘に、さしもの師匠も言葉に詰まる。
というか、いい歳したお爺ちゃんが花柄のエプロンを着けてキッチンに立っている姿は異様の一言に尽きる。僕が弟子入りするまでキッチンなんか立ち入ったことすら無さそうだった師匠が、なんでこんなことを……?
「正直に言うと……空間魔法の研究がひと段落して、やる事がなくなってしもうたんじゃよ。暇つぶしに料理なんぞ始めてみたんじゃが、これがなかなか面白くてのう」
照れ臭そうに語る師匠の顔は割と楽し気だ。転移魔法の研究をしてたときも思ったけど、この人って相当な凝り性だよなあ。
そして、料理と聞いた途端にステラが目を輝かせる。
《大賢者のお爺ちゃん、何か美味しいものを作ってるの!?》
「うむ、以前シモンが作ってくれた肉団子スパゲティを作っとるところじゃ」
《ステラの大好物なの!》
「ただ、そのまま再現するんじゃ面白くないからのう。ワシならではのアレンジを色々と加えておるぞ」
師匠はそう言って瞳を輝かせる。
それにしても、アレンジだって……?
何故だろう、とても嫌な予感がする。
《アレンジって、なになにー?》
「お、聞きたいか?よしよし、教えてやろうかのう。まずは肉団子じゃが、シモンが作ったのは猪肉しか使っとらんかったろ?しかし、ある本によると〝肉と魚の旨味を合わせると美味しさが増す〟そうじゃ。じゃから、鱈の塩漬けをミンチにしたものを猪肉と合わせて練り込んでみたのじゃ」
(えっ……鱈の塩漬けって、まさかあの発酵臭がキツいやつ……?)
「あとはソースじゃが、ベースがトマトだけというのもつまらんじゃろ?じゃから、色味が近い苺、唐辛子、プラムなど加えておる」
(なぜ色味だけで判断を……)
「スパゲティも手打ちじゃぞ。なかなか麺にコシが出なくて苦労したんじゃが、生地に蜂蜜を混ぜ込んだら上手いこと形になったわい」
(ス、スパゲティに蜂蜜……!?)
師匠は目をキラキラさせて自らの工夫を語ってくるが、聞いているだけで悪寒が走るようなアレンジの数々に、僕たちはもはやノックアウト寸前だ。グウェンさんは必死で笑顔を取り繕っているけど、その口元はひくひくと引き攣っている。
師匠は世間から大賢者と称えられるほどの才人だけど、どうやら料理の才能だけは授からなかったみたいだな……。
「もうすぐ出来上がるが、お主らも食べていくかの?」
「いえ!僕らは急がなければなりませんので!」
「大賢者様の料理を味わえないのは残念ですが、これでお暇いたします!」
《ぶっちゃけマズそうだから要らないの》
うぉい!ステラ、それは本音だとしても言っちゃダメな奴だろ!
ステラの余計な一言により、キラキラと輝いていた師匠の瞳は一瞬で光を失い、その身体からはどす黒いオーラが染み出してくる。
や、やばいぞこれ……僕の危険探知スキルが激しく警告を発している。もはや王都で一緒に暮らしていた師匠とはまるで別人だ。これが〝暴君〟バルタザールか……!
「ま、マズそうじゃと……ワシ渾身の一皿を、食いもせんうちに……!」
「し、師匠!ステラは天使なんで、僕ら人間とはちょっと味覚が違うんですよ!多分!」
「ほう──ならばお主は食えるんじゃな?」
「えっ」
「よし、食堂で待っておれ、すぐに持っていくからの」
「えええええええ!?なんで僕だけ!?」
僕が振り返ると、グウェンさんとステラはさっと身を引いて目を逸らした。くっ……この二人、僕一人を犠牲にして助かろうとしているな!?
観念して食堂で待つこと10分程度、師匠がその手に大皿をひとつ抱えてキッチンから現れた。皿に盛られた料理をみると、見た目だけは僕の作った肉団子スパゲティと寸分の違いもない。
でも、臭いがまるで違う。甘いような酸っぱいような、それでいて生臭い……とにかく、なんとも形容しがたい臭気が食堂を包んでいく。
「さあ、遠慮は無用じゃぞ」
「い、いただきます」
覚悟を決めてフォークを取った僕は、まず肉団子を口に運ぶ。
肉団子を頬張った瞬間、まず口の中で猪の獣臭さと鱈の発酵臭がスパークする。味の方も塩気が強すぎて吐き出すのを堪えるのに苦労するほどだ。多分、鱈の塩漬けを塩抜きせずにそのまま練り込んだに違いない。
そして、その後から襲い掛かってくるのはソースの凶悪な味わい。トマトとプラムの酸味、唐辛子の辛さ、苺の甘味が織り成す禍々しい和音が、僕の五感をこれでもかと責め苛んでくる。
だ、駄目だ。これ以上この肉団子を食べると精神がやられる!
スパゲティだ、スパゲティなら臭いがない分まだ食べられる筈……!
肉団子を無理やり飲み込み、スパゲティを頬張る。
その途端、口の中にねっとりと違和感が広がっていく。地獄のようなソースの味すら一瞬霞むほどの、突き抜けた甘味と粘り気。一体どれだけ大量の蜂蜜を投入したらこうなるんだ……!
ひたすら甘いだけのスパゲティと甘辛酸っぱいソースが奏でる暗黒の重奏が、僕の正気を根こそぎ刈り取りにかかってくる。
味覚と嗅覚を必死で遮断しつつ、ひたすら無心で料理を胃に送り込む──この苦痛に満ちた作業を繰り返す中、いつしか僕は死を意識していた。星の銀貨で人外レベルのステータスを持つに至ったこの僕が、まさか食べ物ひとつで殺されかかるとは……。
「どうじゃ?美味いか?美味しいか?」
「おいし……(ヴォエー)……おいしいです……(うっぷ)……」
「そうかそうか。残さず食うのじゃぞ。お代わりも沢山あるからのう」
「あれ?地獄かな、ここ」




