第3章 06話 新しい同居人
顧客リストと月例会の手掛かりを首尾よく見つけ出した僕たちだが、その時ステラが鋭く警告を発した。
《シモン様、誰かがこの部屋に向かってきてるの!》
すかさず気配探知を発動させると、確かにステラの言う通りだ。梯子を下りてきた何者かが、この部屋に向かってまっすぐ移動してきている。
《ひょっとしたら、この部屋の主かも……グウェンさん、急いで顧客リストを書棚に戻して!》
《わ、分かったわ!》
グウェンさんは書棚に駆け寄り、元の場所にファイルを差し入れる。
《シモン、何してるの!?早く紙をしまって!》
《駄目です!元通り封印し直さなきゃ、盗み見たのがバレちゃいます!》
元の魔法陣はかなり複雑なものだったけど、構成式はちゃんと僕の頭の中に入っている。それをトレースして再現し、魔力を流し込みながら書状に付与していく……くっ、時間がない!急げ、急げ!
《シモン!足音がすぐそこまで!》
《待って、もう少し…………よし、出来た!》
封印魔法の魔法陣が完成すると同時に、書状に掛かれた文字は溶けるように消えていく。僕は大急ぎでその書状を派手な手文庫にしまうと、元あったキャビネットの中へと戻した。
部屋のドアを開けた男が、何かを警戒したような様子で中へと足を踏み入れてきたのは、僕がキャビネットの開き戸を閉じたまさにその瞬間だった。か、間一髪!
「今、何か物音が聞こえたような気がしたが……」
腹の出た中年男が、禿上がった頭を撫でながら独り言ちる。男の顔は傷跡だらけで、その右目は黒い眼帯で覆われている。いかにも修羅場を生き抜いてきた男の顔だ。
男は訝しむように部屋の中のチェックを始め、僕とグウェンさんは部屋の壁際で息を潜めてそれを見つめる。大丈夫、姿隠しのマントを着ている僕らが見つかる恐れは、万にひとつだって無いはずだ。
「密偵でも入ったかと思ったが、顧客リストも月例会の案内状も盗まれてねえな……ってことは、金目当ての泥棒でも入ったか?」
男は壁にかけられた風景画の額縁をずらす。すると、その下から金庫の扉のようなものが現れた。
「金庫も無事か。こじ開けられたような様子も無ぇ……ちっ、気のせいだったか。こいつぁ俺様もいよいよヤキが回ったぜ」
男はひとつ頭を掻くと、ドカリとソファに腰かけて不機嫌そうに酒を煽り始める。その隙に、僕とグウェンさんは男が開け放したドアから、こっそりと部屋の外に抜け出した。
《ふう……危ないところでしたね》
《寿命が縮まったわ……》
《エルフの寿命なんて、あって無いようなもんなの》
《……言ってくれるわね、ステラ》
《そんな事より、やる事が終わったんなら、さっさととんずらするの》
《〝とんずら〟って……その言い方だと、まるでこっちが悪党みたいだわ……》
《グウェンさん、ステラの言うことにいちいち反応してたら身が持ちませんよ》
スルースキル、大事。
《……それもそうね。でも彼女の言う通り、こんな所に長居は無用だわ》
僕たちは梯子を登って地上に戻った。拠点の外にでると、外の余りの明るさに一瞬目が眩む。
《この場所のイメージも固まりましたし、一旦モルトに戻りましょうか》
《モルトに!?……ああ、そういえば転移魔法があるんだったわね》
人気のない路地裏から転移門を開き、モルトの自宅に転移した僕たちは、応接間のソファに身体を沈めて一息ついた。
「大収穫だったわね。いきなり月例会の手掛かりが手に入るなんて」
「でも、3日後か……。拠点を潰し切るには流石に時間が足りませんね。転移門を開けるのも、まだダナンだけですし」
「でも、その月例会が終わってしまえば、ディアボロの各拠点は1ヵ月の間孤立する筈よ」
「そうですね。まずはその1ヵ月で全ての拠点を叩き、囚われている子供達を助け出す。月例会に乗り込むのはその後ですね」
《ステラはお肉を食べたいの》
「そうそう、こういう時はやっぱり肉……って、いきなり何!?いま真面目な話をしてるんですけど!」
《だってお腹すいたのー。真面目な話も大事だけど、ご飯はもっと大事なのー》
「──そうね。そろそろお昼時だし、食事にしましょうか」
「グウェンさんまで……仕方ないなあ」
《ステラ、シモン様の料理が食べたいのー!》
「はいはい、肉ね。グウェンさんもそれでいいですか?」
「ええ。私も何か手伝った方がいいかしら?」
「いえいえ、そこでのんびりしててください。グウェンさん、なんだかずっと張り詰めてたから疲れたでしょう」
「……ありがとう。お言葉に甘えるわ」
僕はキッチンに移って何を作ろうかと思案する。ステラは肉料理をご所望だけど、エルフのグウェンさんもいるから食べやすいものがいいだろうな。挽肉にするか、それとも煮込んで柔らかくするか……そうだ、アレにしよう。必要な食材に調味料も揃ってるはずだ──。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「美味しい!久しぶりに食べたけど、前よりもずっと美味しくなってる……!」
《うまっ!うまっ!うんまっ!!》
僕が作ったのは、パナシエの森林迷宮に潜った時に皆さんに振舞った突進牛のシチュー。旨味たっぷりの赤身肉を赤ワインやトマトで作ったルーでじっくりと煮込み、各種香草や調味料で味のバランスを整えた一品だ。そのまま食べてもいいし、付け合わせのパンを浸して食べるのもまた美味い。手前味噌だが、自信の一品だ。
以前に比べれば料理の技能レベルも随分と上がってるし、今ならどんな料理を作っても美味しく仕上がっちゃうんじゃないかなあ。
僕たちは大量に作ったシチューを綺麗さっぱり平らげて、漸く人心地ついた。勿論、その大部分はステラの腹に収まったわけだけど、それについては今さら語る事でもないだろう。
「御馳走様。こんなの食べちゃったら、他所のご飯を食べられなくなるわね……」
《じゃあグウェンもこの家に住めばいいの。部屋ならたくさん空いてるし、シモン様の料理だって食べ放題なのー》
「うぉい!家主を差し置いて何を勝手に話を進めてるんだ!大体、グウェンさんに迷惑だろ!」
「それいいわね。そうさせてもらおうかしら?」
「いやいや、ステラが失礼なこと言ってすいません。男の家にいきなり同居だなんてあり得な……って、えええええええええ!????」
グウェンさんがウチに寝泊りするの!?嘘でしょ!?
「空いてる客間があるなら、そんなにビックリするような話じゃないと思うけど……。それに、暫くは一緒に仕事をする訳だし、同宿のほうが何かと都合がいいでしょう?」
「そ、それはそうでしょうけど……落ち着かないというか、なんというか……」
こんな凄みのある美人さんとひとつ屋根の下で暮らすなんて、僕の心臓が機能不全を起こしかねない。あからさまに挙動不審になる僕を、ステラがジト目で見つめてくる。
《……シモン様ってば、安定のヘタレなの》
「や、やかましいわ!う~~~……分かりました!グウェンさん、こんな家でよければ、どうぞ好きなだけ泊っていってください!」
「ありがとう。早速宿から荷物を持ってくるわ。あ、食事にも期待してるから、よろしくね」
にっこり微笑んでウインクすると、グウェンさんは軽い足取りで出て行った。
え……ひょっとして、僕の料理が目当てなの……?




