第3章 04話 ダナンの拠点
僕とグウェンさんは梯子を伝って地下へと降りていく。
《……上を見たら蹴るわよ》
《見ませんって!そんな事言うならグウェンさんが先に行ってくださいよ!》
僕を先頭にして梯子を下りている都合上、上を見上げるとグウェンさんのチュニックの内部……要するにアンダーなウェアがばっちり目に入ってしまう。そんな危険は冒したくないので、僕としてはグウェンさんに先行してもらいたかったんだけど、何故か頑なに拒否された。
《後衛職の精霊使いを先頭に立たせるつもり?》
《いや、梯子で蹴りを繰り出せるくらいなら前衛だって……あ、冗談です!蹴らないで!》
いま本気で蹴ろうとしたぞこの人……綺麗な薔薇には棘があるって本当なんだな。
梯子で降りていった先には薄暗い空間があり、壁に設置された魔法の灯火が無機質な部屋の内部をうっすらと照らしている。その部屋から四方に通路が伸びているが、通路の先まで見通すには明かりが足りなかった。
《手分けしますか?》
《駄目よ、何かあったらどうするの?固まって行動した方がいいわ》
グウェンさんは慎重だなー。姿隠しのマントがあるから見つかる心配は無いし、何かあったとしても念話の腕輪で連絡を取り合えるんだけど。
とりあえず、僕たちは全員固まったままアジト内部を虱潰しに調べることにした。ここでもやっぱり先頭は僕だ。まあ、ステータス的にいって今さら人間相手に後れを取るとは思えないんで、特に不都合はない。
《むしろ勢い余って相手を殺しちゃわないか心配なの》
《その辺はちゃんと手加減するよ。相手がどんなに悪人だとしても、聖人が人を殺しちゃうのってやっぱりマズいだろうしね。神様から何かペナルティを喰らったりとか──》
《全く問題ないの。悪い奴はどんどん天に帰しちゃってOKなの》
《まあ、そりゃそうだよね……って、ええええ!?いいの!?》
天使の口から殺生OKとか言われると逆に引くわ!
それが天界の理と言われればそれまでなんだけど、いくらなんでも縛りがユル過ぎませんかね!?
アジトの中はどこも薄暗く、明かりが少ない場所では手探りで進まなければならない程だった。グウェンさん曰く、何者かが侵入したとしても、アジトの内部を容易に把握されないようにするための工夫だとか。しかし、こんなに暗くちゃ組織の人間だって暮らしづらいだろうに。
《ステラは暗くても問題ないの。天使の目は特別製なの》
《この程度の暗さなら私も問題ないわ》
《そういえば、エルフは視覚や聴覚が優れてるんでしたっけ》
そういう僕も特に問題はない。多分、感覚のステータスが振り切れているせいなんだろうな。こんな時のために視覚強化なんて魔法もあるんだけど、果たしてこの魔法が必要になる時が来るのだろうか……。
僕たちは部屋という部屋を片っ端から捜索してみたけど、これといった物は何も見つからない。組織の構成員と思しき連中が集まって酒を飲んでいるところに出くわしたが、彼らの下世話な話にどんなに聞き耳を立てたところで、有益な情報は得られなかった。
《やはり、重要な情報はボスが一手に握ってるとみるべきね。ボスの部屋を探さなきゃ》
《あ、それならこっちじゃないですかね》
僕がグウェンさんとステラを引き連れて向かったのは、北側の通路の突き当りだ。扉も何もなく、パッと見た感じだとただの行き止まりにしか見えない。
《ここがボスの部屋?ただの突き当りにしか見えないけど……》
《気配探知してみたんですけど、この突き当りの壁の向こうに開けた空間があるっぽいんですよ。きっとこの辺りの何処かに隠し通路があると思います》
《隠し通路探しならステラにお任せなの!》
ステラがふわふわと宙を漂っていき、辺りの壁や天井を調べ始める。僕とグウェンさんもそれに倣い捜索を始めるが、成果を挙げたのはやっぱりステラだった。
《シモン様!この明かりが怪しいの!》
ステラが壁に取り付けられた照明を掴んでぐいっと引くと、壁の奥でガコンという鈍い音が響き、突き当りの壁が真ん中で分かれて左右に開いた。その奥をみると、さらに先へと通路が続いている。
《流石ステラ!こんな分かりづらい仕掛けをよく見つけたね!》
《ふふふのふー。人間の隠し事なんてステラにはお見通しなの》
《恐れ入ったよ。やっぱり腐っても天使だなあ》
《ステラは腐ってないの!》
僕たちはさらに用心して先に進む。この先には、ディアボロの連中がこれほどの仕掛けを施してまで隠しておきたかった秘密があるはずだ。
ふと後ろを振り返ると、グウェンさんの様子が少しおかしい。顔色は蒼白を通り越して青白く見えるほどで、足取りもふらふらと覚束ない。
というか、グウェンさんは最初から本調子じゃなかったような気がする。長年追いかけてきた仇敵のアジトに潜入を果たしているというのに、さっきから妙に慎重すぎる。少なくとも、パナシエの森林迷宮に一緒に潜った時のグウェンさんは、今よりもっと行動的だった。
《グウェンさん、大丈夫ですか?一旦外に出ますか?》
《……子供の泣き声が聞こえる》
《えっ》
《間違いない、この先に子供達が監禁されてる部屋があるわ》
……僕はなんで思いつかなかったんだろう。ディアボロは子供を誘拐して金に換える組織。そのアジトに子供が囚われているのは、考えるまでもなく当たり前じゃないか。
いや、そんな考え事をしているような場合じゃない。すぐに子供達を助けなければ!
《グウェンさん、すぐに子供達を助けましょう!》
《…………今は駄目よ。子供達が逃げたことを知ったら、警戒した悪党どもが拠点を移してしまうかもしれないわ》
《そんな!売られてしまう前に助けないと手遅れになりますよ!?》
僕も頭では分かっている。理屈ではグウェンさんの言い分が圧倒的に正しいんだ。
でも……手の届くところにいる子供達を見殺しにするなんて!
《シモン、分かって頂戴。ここの子供達を助けても、ディアボロがこの世に存在する限り別の場所でまた不幸が生まれるのよ》
《でも……囚われた子供達の身になって考えたら、置いて行くなんてとても──》
《私も囚われた子供だったから彼らの気持ちは分かるわ。でも……だからこそ、こんな組織をのさばらせたままにしちゃいけないのよ!》
《えっ…………グウェンさんは逃げ延びたんじゃなかったんですか?》
グウェンさんは何も答えず、ただ黙って唇を噛んだ。
彼女の細い身体は、傍目でも分かるほど小刻みに震えていた。




