第3章 03話 シモン特製潜入セット
グウェンさんがやってきた翌日、準備を整えた僕たちは早速ディアボロの拠点を巡る旅へと出発した。
勿論、ただ移動すればいいという訳ではない。転移門を開くには明確な場所のイメージが必要だ。そのためには、それぞれの場所にある程度留まらざるを得ない。さらに、それと併せて月例会の情報収集も進めなければならないので、時間がかかる旅になるのは間違いない。多分、グウェンさんが調べあげた全ての拠点を巡るには、最低でも2ヵ月はかかるんじゃなかろうか。
《グウェンさん、聞こえますか?》
《聞こえてるわよ。この〝念話の腕輪〟って、どのくらいの距離まで通じるの?》
《試してはいませんけど、多分大陸の端から端まででも通じると思いますよ》
《無茶苦茶な性能ね……》
僕たちは最初の目的地であるダナンの街を目指し、飛翔で高速飛行を続けている。風を切る音が轟々と鼓膜を叩くが、それがお互いの会話を阻害することは無い。僕らが着けている〝念話の腕輪〟のお陰だ。
元はあの吸血鬼の真祖の棲み処から持ち出した魔道具の中のひとつだが、僕があれこれ弄くり回したことにより大幅に性能が向上している。
これを着けている者同士は、声に出さずとも念話で会話することができるようになる。これなら他人に盗み聞きされる心配は無いし、周りの騒音にも左右されずに済む。念話が届く距離はほぼ無制限。周辺の自然魔素を勝手に取り込んで動力源とする仕組みなので、本人の魔力を消費することもない。
手前味噌だが、我ながらなかなかの傑作だと思う。グウェンさんと会えずにいた1週間、何もせず家に引き篭もっていたわけではないのだ。
《これの他にも色々と便利そうなものを作っておきましたから、期待していてくださいね》
《それは助かるけど……また規格外なものを作ってそうで、ちょっと怖いわ》
《グウェンさんは僕をどういう目で見てるんですかね!?》
モルトを出発してから1時間ほど空を飛び、無事ダナンの街に到着した僕たちは、早速ディアボロの拠点に向かう。
《拠点の周りには必ず監視の網が敷かれているわ。絶対に気取られるような真似をしないこと。いいわね?》
異様に張り詰めた様子のグウェンさんが僕とステラに釘を刺す。これまで幾度となく彼らの監視の網を潜り抜けてきた筈の彼女だが、それでも決して侮れない相手ということか。こりゃ僕も用心しなきゃいけないな。といっても、この秘密兵器があれば大丈夫だと思うけど。
《グウェンさん、このマントを羽織ってください》
《別にいいけど……何なのこれ?》
《〝姿隠しのマント〟の強化版です。元々は着た人間の姿が見えなくなるだけのマントだったんですけど、僕のほうで認識阻害の魔法に書き換えておきました》
《認識阻害?……具体的に説明してもらえるかしら》
《うーん、説明するより実際に見てもらった方が早いですね》
同じマントを僕が先に羽織ってみせると、グウェンさんが驚愕に目を見開いた。
《消えた!?……で、でもちょっと変よ、気配すら感じられない……?》
僕はわざと大きな足音を立ててグウェンさんの周りを歩き回るが、彼女が僕に気付く様子はない。
次はグウェンさんの後ろに回って背中を軽く押してみる。彼女は少しよろけたが、僕が押したことを認識できないので、やはり僕の存在には気付けない。
そこで漸く僕がマントを脱いで姿を現すと、グウェンさんはすっかり興奮しきった様子で詰め寄ってきた。
《ちょっと!今のは一体どういう仕掛けなの!?》
《このマントを着ると、周りの人はその人の全てを認識されなくなるんですよ。具体的には、視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚の五感全てが遮断される仕組みです》
僕の説明にグウェンさんは目を丸くして聞き入っている。
《グウェンさん、さっき少しよろめきましたよね?あれ、実は僕が背中を押してたんですけど、僕を認識できないグウェンさんには理由もなくただよろめいただけとしか感じられなかった筈です》
凄いでしょ!と胸を張る僕にグウェンさんが向けてきたのは、予想外に冷ややかな眼差しだった。
《やっぱり、とんでもない魔道具を作ってきたわね……これ、悪用されたら大変なことになるわよ?》
《えっ?》
《当たり前でしょ。これさえあればどんな場所にだって入り込めちゃうのよ?密偵や犯罪者がこれを手に入れたらどうなると思う?》
《……すみません、その考えには至りませんでした》
《至りなさいよ!世の中、貴方みたいな聖人ばかりじゃないんだからね!》
滅茶苦茶怒られた。グウェンさんこわい。
しかし、これも転移魔法と同じ理屈だなー。便利過ぎる魔法は、悪用された時の悪影響が大きすぎるってことか。今後はくれぐれも気を付けよう。
とりあえず、師匠にだけはこのマントのことを知られないようにしなきゃな。あの人にこんなものを渡したら、エッチな方向に悪用すること疑いなしだ。
《でもまあ、今の私たちにとってこれ以上の道具は無いわね。有難く使わせてもらうわ》
《あ、結局使うんですね》
《だって、作ってしまった以上は有効利用しないと損でしょ。でも、絶対に他の人に渡しちゃ駄目だからね!》
《は、はい!すいません!》
ちなみにこのマント、身に着けている人同士はお互いを認識できるようになっている。だから、僕とグウェンさんの二人が同時にこのマントを羽織ったとしても、お互いのことを見失う恐れは無い。このマントと念話の腕輪があれば、こと潜入に関して心配することは無いだろう。
《どうします?折角ですから、ちょっと拠点に潜り込んでみますか?》
《……そうね。ただ、危なくなったらすぐに撤退すること。それだけは約束して》
警戒を崩そうとしないグウェンさんを先頭に、僕たちは巨大犯罪組織ディアボロがここダナンの街に構える拠点へと向かった。
そして辿り着いたのは、何も知らない人が見たら通り過ぎてしまうような、何の変哲もない二階建ての小さな建物だった。1階は酒場になっており、風に吹かれた入口のスイングドアがギィギィと耳障りな音を立てている。その向こうに目をやると見るからに怪しい風体の男たちがカウンターで蜷局を巻いている姿が見える。
《ここがダナンの拠点よ》
《犯罪組織の拠点っていうわりには、妙にこじんまりとしてますね》
《この建物はただのカモフラージュで、本命は地下。他の街の拠点も大体これと似たような造りね》
僕たちは〝姿隠しのマント〟を羽織り、スイングドアの下をくぐるようにして建物の中に入る。勿論、誰一人として僕たちに気付いた者はいない。
《地下への入り口はどこですか?》
《流石にそこまでは分からないわ。手分けして探しましょう》
僕とグウェンさんは酒場の中を歩き回って手掛かりを探したが、地下に続く階段のようなものは見つからない。まあ、そう簡単に本丸には辿り着かせてくれないよなあ……。
《シモン様、こういう時こそ気配探知なの》
《……あ、そうか。地下にいる人間の気配を辿ればいいのか》
ステラの助言に従い気配探知を発動させると、確かに地下にいる人間の気配が感じられる。その気配を辿っていくと、どうやらそれは奥の部屋の床から漏れ出しているようだった。
グウェンさんに目配せして一緒に奥の部屋へと移り、気配を感じた辺りを調べると、床に怪しげな取っ手が付いているのが見つかった。その取っ手を掴んでそっと持ち上げると床の一部が簡単に外れ、その下から地下深くへと続く垂直の穴が顔を出す。その穴にはご丁寧に梯子が備え付けられていた。
《間違いない、ここが連中の出入り口ですよ》
《そうみたいね》
《どうします?穴の奥に入ってみますか?それとも、一旦引いて出直します?》
グウェンさんは僕の問いかけにすぐには答えず、目を閉じて考え込んでしまう。
しかし、迷いを振り払うかのように軽く頭を振ると、決然と目を開いて前を向いた。
《…………行きましょう。月例会の手がかりを探さなきゃ》




