第3章 02話 犯罪組織ディアボロ
結局グウェンさんは顔の傷のことを詳しくは教えてくれなかった。ただ、彼女にとってはとても大事な傷だということは話の節々から伝わってきた。
しかし、顔の傷を有難がる女性なんてこの人くらいじゃなかろうか。
「そんな訳で、私が連中を潰そうとしているのは、別に高潔な志とかじゃないの。あくまで個人的な因縁。それなのに貴方まで付き合わせちゃって悪いと思ってるわ」
「いえ、気にしないでください。一応僕にも個人的な因縁があるみたいなので」
「あら、貴方にも因縁が?でも、その言い方だとまるで他人事みたいだけど」
「ははは……まあ色々と事情がありまして……」
前々々世の僕がその連中に殺されたなんて話をしても絶対に理解してもらえないだろうなあ。それに、僕にはその時の記憶なんかないわけで、実質他人事みたいなもんだし。
「しかし、それだけ拠点が散らばってると根絶やしにするのは一苦労ですね。どこか一箇所を潰しても、他の連中に逃げられたらまた足取りの調査からやり直しになりますし……一箇所に集めて叩ければいいんですけど」
「それは無理ね。私が調べた限り、各地の拠点はほぼ独立して動いている。全てが集まることなんてまず無いわ」
「うーん……いや、待てよ?だとしたら、他の拠点が潰されたとしても、連中はそれに気付けないのでは?」
「それも見込み薄ね。月に1度、拠点の支配人が集まって情報交換をしてるの。アイツらの間では〝月例会〟っていうらしいわ」
グウェンさん曰く、月例会の場所は毎回変わるそうだ。そうなると集まったところを狙い撃ちにするのも難しい。
「でも、月例会以外に情報交換の場が無いのであれば、まだやり様がありますね」
「やり様って……一体どうするつもり?」
「簡単な話です。月例会で支配人が顔を合わせる前に、全ての拠点を潰してしまえばいいんですよ」
「全てって……無理よ!国中に散らばってる全拠点を回るだけでも3ヵ月はかかるのに、それをひと月で潰し切るなんて!」
「転移魔法を使えば、少なくとも移動の時間はゼロにできますよ」
「あっ……」
「でも転移魔法にも欠点があって、僕が頭の中でイメージできる場所にしか転移できないんですよ」
「なるほど……つまり、一度行ったことのある場所にしか転移できないってことね?」
「そうなんです。だから、連中の拠点を事前にひと通り見て回らないといけませんね」
そうなると、攻撃を仕掛ける前の準備に結局3ヵ月はかかるってことか。まあ飛翔の魔法で飛んでいけば相当時間を短縮できそうではあるな。
「拠点を叩くやり方はそれでいいとして、あとは組織全体の頭をどうやって叩くかです」
「ごめんなさい、上層部についての情報はまるで掴めていないの。各地の拠点に探りを入れても、中枢に関わる情報だけは一切出てこなかったわ」
うーん、頭の情報が無いのは流石に厳しいな。極端な話、末端の組織にどれだけ打撃を与えたところでトップを潰さなければ蜥蜴の尻尾を落としたようなもの。ほとぼりが冷めれば何処かでしれっと復活を果たすに違いない。
「となると、狙い目はひとつしかありませんね」
「──月例会ね」
そう、組織の拠点を束ねるボスが集結する場となれば、少なくとも幹部クラスの大物が顔を出すはずだ。どうにかして月例会に潜入し、組織の中枢に辿り着くための足がかりを掴む必要がある。
「ところで、その組織って名前とか無いんですか?」
「彼ら自身が名乗っている名前はないわ。ただ、その存在を知っている者からは〝ディアボロ〟って呼ばれてる」
「悪魔か……奴らにピッタリの呼び名ですね」
いや、そんな事を言ったら悪魔に失礼かもしれないな。よりによって幼い子供を食い物にするなんて、悪魔にも劣る連中だ。……いや、まあ本物の悪魔の連中も大概だったけど。
「よし、今持っている材料は出揃いましたから、一度これからの行動を整理しましょう」
「まずは転移魔法の下準備として、国中の拠点を回るのよね?」
「そうですね。あとは、それと並行して月例会の情報も集めます。転移魔法の下調べを済ませることと、月例会に潜入して中枢に関わる情報を入手すること。これが次の段階に進むための前提条件です」
次の段階……そう、僕とグウェンさんの二人による全面攻勢だ。転移魔法を駆使して各地の拠点をほぼ同時に叩き、連携する暇を与えずに潰す。その際、顧客リストも忘れずに確保しなければならない。こんな連中から子供を買い漁っていた手合いにも、きっちり法の裁きを受けてもらわなければならない。
「それが終わったら、いよいよ中枢に乗り込むのね……」
「──ん?グウェンさん、なんだか顔色が悪いですよ」
いつからそうしていたのだろう、青ざめた顔をしたグウェンさんは、自分の胸を抱きすくめる様な格好で小刻みに震えていた。
「えっ……だ、大丈夫よ。気にしないで」
「いやいや、どうみても体調が悪そうですよ。気が付かなくてすみません。客間に案内しますから、少し休んでいってください」
「あの、本当に大丈夫だから──」
《四の五の言わずにさっさと寝るのー》
「あ、ちょ、ちょっと!?」
ふわふわと宙に浮かぶステラに両脇を抱えられるようにして、グウェンさんは個室へと運ばれていった。ステラって案外力持ちなのね……。
それにしてもグウェンさんはどうしたんだろう。旅から戻ったばかりで疲れてるのかな?
そうだ、折角だからウチでご飯を食べていってもらおう。ちょうどピザの生地を捏ねてたところだったし丁度良かった。しかし、エルフのグウェンさんが好きそうなピザの具って一体どんなんだろ?後でステラにでも相談してみるか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
天使のステラに抱えらるようにして連れてこられた客間のベッドに、グウェンはその身を投げ出した。
ディアボロの監視を掻い潜って情報を集めるという危険な仕事を終えたばかり。自分でも全身に疲労が溜まっているのが分かる。確かに少し休息をとる必要があるだろう。
しかし、この身体の震えや悪寒が疲れのせいではないことを、彼女ははっきりと自覚していた。
グウェンは両の手で自らの頬をぴしゃりと叩き、青白い顔のまま自らを叱咤する。
「しっかりしなさい、グウェン!ここでやらなきゃ、一体何のために今まで生き延びてきたの?」
そんな事、改めて言葉にしなくても分かっている。何十年もの間、自分はディアボロを潰すためだけに生きてきた。その宿願を果たさない限り、私には自分の人生を歩むことなどできない。私の命は、もはや自分一人のものではないのだから。
「エルマー兄さん……」
誰にも聞こえないような小声でポツリと呟いだグウェンは、そのまま浅い眠りに落ちていった。




