第3章 01話 精霊姫の訪問
新しい家で暮らし始めてから1週間が経った。
特にお金に困っていないこともあり、冒険者としての仕事はお休みしている。ただ、グウェンさんの消息を探るため、冒険者ギルドには毎日顔を出すようにしている。
孤児院にも久々に顔を出した。パナシエの冒険者ギルドから送金した寄付金が無事に届いていたようで、司祭様からやたらと感謝されてしまい居心地の悪い思いをした。子供達の様子にはまったく変わりなく、みんな元気に遊びまわっていた。司祭様曰く、グウェンさんはしばらく顔を見せていないとのこと。
そして僕たちはこの1週間何をしていたかというと──
《はあ……グウェンさんは一体どこで何をしてるんだろう》
《余計なことは考えずに手を動かすの。気を抜いちゃ駄目なの》
《たかがピザ生地を捏ねるのに、そこまで真剣になる必要ってある?》
そう。グウェンさんと合流するまでは何もできず、かといってモルトの街を離れるわけにもいかない僕たちは、ぶっちゃけた話ほぼ引きこもりに近い生活をしていたのである。
勿論、冒険者ギルドに顔を出したり、食材や調理器具を買い込んだりといった細かい外出はあるけど、それ以外は基本的に家でまったりとしている。
ステラが魔物狩りに行きたがって大騒ぎするんじゃないかと思ってたけど、美味しい食事にさえありつければ特に文句はないようだ。どうやら血の気より食い気のほうが優先されるらしい。
《でも、そろそろシモン様の病気が出る頃なの》
《病気?祝福のお陰で健康そのものだけど》
《シモン様は人助け中毒という不治の病に冒されてるの。定期的に人助けしないと幻覚が見えたり手足が震えたり──》
《そんな病気聞いたことないし、症状が色々な意味でキケン過ぎるよ!?……でも、確かにこうして家でぼんやりしてるだけってのも、怠けてるみたいで落ち着かないな》
《じゃあ、今日はギルドで依頼でも受けてみる?》
《そうだなあ……》
その時、玄関の扉からノッカーの立てる音が響いてきた。
「はーい、どちら様でしょうか……って、グウェンさん!?どうしてここが分かったんです?」
「こんにちはシモン。なかなか良い家にお住まいね」
そう、そこにいたのは顔に大きな傷跡のある美しいエルフの精霊使い、銅級冒険者のグウェンさんその人だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
急に訪れてきたグウェンさんを居間に案内し、お茶と焼き菓子を出した。食べ物の匂いに釣られ、ステラもいそいそと顔を出してくる。
「天使ステラエル様、お久しぶりにございます」
《ステラでいいの。グウェンも元気そうで何よりなの》
「そうそう、畏まることなんて無いですよ。こいつ、ただの大飯喰らいですから……痛っ!ちょっ、二の腕をつねるのはナシ!」
「天使様相手に、そんな軽い感じでいいのかしら……」
僕らのやり取りをみて苦笑を浮かべたグウェンさんは、改めて僕の方に向き直る。
「ところでシモン、大賢者様の修行を終えたというのは本当なの?」
「随分と耳が速いですね……ギルドからの情報ですか?」
「旅先から昨日戻ってきたんだけど、街中でセルマ様とばったり会ったの。そこで貴方の事を色々と聞かされたわ。なんでも、銅級冒険者に認定されたんですってね」
「はい、国王陛下の取り計らいがありまして。それというのも──」
その後、僕はグウェンさんに王都での出来事を説明した。僕が聖人であることを知ってるグウェンさん相手に、今さら隠すことなど何もない。吸血鬼退治の話、転移魔法の話、国王との謁見の話などを順を追って詳らかに打ち明け、グウェンさんは興味深げに聞き入っていた。
話が仙術や根源魔法を身に付ける段に至っては流石のグウェンさんも驚いた様子だったが、最終的には「まあシモンならそれも不思議じゃないわね」と、割と普通に受け容れられてしまった。解せぬ。
「というわけで、グウェンさんのお手伝いをする準備はバッチリです」
「国王陛下の勅許まで……ありがとう。これで何の憂いもなく奴らに引導を渡せるわ」
グウェンさんが目を細めると、その全身から冷たい空気が溢れ出る。
怖いよ!頼むから僕の家で殺気を漏らすのはやめて!
「あ、あのう……斬り捨て御免は、生け捕りにするのが難しい場合だけですからね。くれぐれも皆殺しとかやめてくださいよ」
「それくらい分かってるわよ。でも、他にどうしようもなければ躊躇う必要はないんでしょう?」
「そりゃそうですけど……僕とグウェンさんの二人がかりでも生け捕りにできない奴なんているのかなあ?」
《どうみても過剰戦力なの。象に乗って蟻を踏み潰すようなものなの》
「その例えじゃ、結局蟻さん達は皆殺しじゃないか!」
なんでウチの女性陣はこうも血の気が多いの!?
こりゃあれだ、復讐に逸ったグウェンさんが暴走しかかったら、僕が抑えなきゃいけないな。こうなってくると、敵よりもむしろ身内が怖い……。
「あ、ところでグウェンさんは街を離れて一体何をしていたんです?」
「私は相変わらず、子供を食い物にする悪党どもの調査よ。奴らの勢力範囲はここモルトだけに止まらない。国中の至る所に奴らの拠点があるの」
グウェンさんは背嚢から一枚の羊皮紙を取り出す。広げてみると、それはエルム王国全域の地図だった。地図には赤い印がいくつも記されており、それぞれの印の脇には人の名前と数字が書き込まれている。
「赤い印は連中の拠点。その脇にあるのは、その拠点を束ねている首領の名前と構成員の人数よ。もっとも、外から調べるにはどうしても限界があるから、多少の誤りはあるかもしれない。でも、大外しはしてないと思う」
「えっ……これをグウェンさん一人で調べ上げたんですか!?」
「そうよ。銅級冒険者になってからの20年、私はずっと連中の足取りを追ってきた。これはその集大成ってわけ」
グウェンさんはたった一人でここまでの調査を進めてきたそうだ。闇の精霊の力を借りて夜陰に紛れ敵地に潜入し、風の精霊の力を借りて遠くの会話を聞き取る。精霊使いのグウェンさんにはまさに打ってつけの仕事といっていい。
しかし、精霊の力添えがあるとはいっても、決して楽な仕事ではない。もし露見すれば敵地で取り囲まれることは避けられず、それを切り抜けたとしても情報漏洩に勘付いた敵がアジトを移転してしまえばこれまでの調査が水の泡になる。そういうギリギリの綱渡りをグウェンさんは20年も続けてきたわけで、その凄まじい執念には只々驚くしかない。
「グウェンさんはこの連中と何か関わりがあるんですか?」
「……どうしてそう思うの?」
「だって、そうでもなければここまでの執着ぶりを説明できませんよ。それに、グウェンさんはエルフです。こういう言い方は失礼かもしれませんが、連中からすれば格好の商品だったんじゃないですか?」
「…………」
僕の指摘にグウェンさんは表情を曇らせる。本人にとっては触れられたくない過去だったのかもしれない。
しばらく間をおいた後、彼女は決然とした表情で語りだした。
「──ええ、貴方の想像通りよ。幼くして両親を亡くした私は、ずっとあの連中に狙われてきたの」
もともと、彼女はエルム王国の遥か西方にある森で暮らすエルフの一族の生まれだった。エルフたちは森の草木に親しみ精霊を友として平和に暮らしていたという。しかし、その森を襲った災厄により一族は全滅。まだ幼かったグウェンさん一人だけが難を逃れ、両親と付き合いのあったここモルトの街の司祭を頼って落ち延びてきたそうだ。
「それから暫くの間、私はここの孤児院で育てられたの。でも、こう言うと意外かもしれないけど、孤児院の暮らしはとても愉しかったわ。私と同じ身寄りのない子供達と、毎日楽しく笑い合って……」
孤児院のことに話が及ぶと、グウェンさんはとても優しい表情になる。あそこには彼女の幸せな思い出が沢山詰まっているんだろうな。彼女が今でも孤児院への寄付を続けているのも、その辺りに理由がありそうだ。
「でも、その幸せも長くは続かなかったわ。一族の後ろ盾を失ったエルフの少女の存在を、あの連中が嗅ぎつけたの」
エルフの一族は誰もが強力な精霊魔法の使い手であり、弓を持たせれば百発百中の射手でもある。さしもの人攫いどもにもエルフ一族を敵に回すような勇気は無いようで、基本的にエルフの子供が人攫いの標的となることはない。
しかし、その一族が悉く滅んでしまっているとなれば話は別だ。グウェンさんの存在が知れるや否や、彼女はたちまち犯罪集団が血眼で追う獲物となってしまった。
「それからの毎日は地獄だった……楽しかった孤児院を離れ、身を隠しながら各地を転々と逃げ回らなきゃならなかった、影を見れば隠れ、闇を見れば怯える毎日──正直、気の休まる暇なんて殆ど無かったわね」
「酷い話だな……でも、そんな連中からよく逃げ切れましたね」
「…………私を必死で守ってくれた人がいたの。あとは、この傷のお陰ね」
そう言ってグウェンさんは顔の大きな傷を指でなぞった。彼女の美しさを覆いつくすかのような痛々しい傷跡。この傷も、悪党どもからの逃避行の中でつけられたものだろうか。
「こうして傷物になったお陰で、私の商品としての価値は失われた。この傷を見たあの連中は、面白いほどあっさり手を引いたわ。手の平を返すっていうのはああいうのを言うんでしょうね」
「でも、傷なら魔法で治るんじゃないですか?」
僕がそう言うと、グウェンさんは少し悲し気に微笑んだ。
「この傷は誰にも治せないわ。私が一生背負っていかなければならない──呪われた傷なのよ」
今日から第3章です。
少し投稿を休んで書き溜めようかとも思いましたが、とりあえず見切り発車します。
いきなり投稿が途絶えたらストック切れとお察しくださいませ。




