第1章 04話 孤児院での出会い
結局、メッセージ表示機能はそのまま残ることになった。どんなに拝み倒してもステラには聞き入れてもらえなかった。
でも、ファンファーレだけはどうにか止めてもらった。『戦いの最中にあんなもんが鳴り響いたら集中が乱れて危険だ』という僕の主張に、さすがのステラも反論できなかったのだ。その代わり、町で美味しい食事とデザートを御馳走することを約束させられたが、必要経費と割り切ることにした。背に腹は代えられないのだ。
僕らはモルトの町の冒険者ギルドに戻ってきた。入り口をくぐって中に入ると、アーロンさんが訝しげな視線を向けてくる。
「おう、随分と早いじゃねえか。忘れ物でもしたのか?」
「いえ、集めた薬草を納品しに来ました」
「なんだと、さっき出て行ってからまだ2時間も経ってねえぞ!?」
論より証拠とばかりに、麻袋に詰め込んでいた薬草をカウンターの前に広げてみせると、アーロンさんの視線がさらに鋭くなる。
「確かに依頼の薬草だ。量も問題ない。しかし、この短時間でどうやって集めたんだ?どこかの店で買ってきたもんなら乾燥してるはずだが、採ってきたばかりにしか見えねえし……」
まずい、いくらなんでも不自然過ぎたか。どこかで時間を潰してから納品しに来るべきだったなー。次から気を付けなきゃ。
「いやその、割と近くで薬草が生えているのを見つけまして」
「町の近くに群生地が?あり得ん話じゃないが、嘘じゃねえだろうな」
「嫌だなあ、僕が嘘をついてるように見えます?」
一応嘘じゃありませんよ。なにせ僕の足なら片道20分程度の近場だからね!
アーロンさんはしばらく僕に疑わし気な視線を浴びせていたけど、諦めたように肩を竦めてみせる。
「ふむ……まあいい。こっちとしては依頼の品さえ揃っていれば問題ないからな」
そう言うと、アーロンさんはカウンター裏の部屋から小さな布袋を持ってきた。
「依頼達成の報酬だ。銀貨3枚と銅貨50枚が入ってる。確認したら、ここの受け取りにサインしてくれ」
「いち、に、さん……はい、確かに」
受け取った金額をを確認し、依頼票の報酬受け取り欄にサインする。よし、これで依頼達成だ。
宿に一晩泊まって三食食べたらすぐに心もとなくなる程度の金額だ。やっぱり簡単な依頼だと大した稼ぎにはならないな。ちなみに、銅貨100枚で銀貨1枚に、銀貨100枚で金貨1枚になる。金貨の上にはミスリル製の白金貨なんてのもあるっていうけど、僕は一度も見たことがない。
《これで元手はバッチリなの。さあ!美味しいものを食べに行くの!》
《はいはい、約束だからね》
元手ができたところで町の食堂に向かう。ざっかけない食事のほかにパンケーキなどの甘味も出してくれる人気の店で、昼飯時を少し過ぎた今も店内は町の人でごった返していた。
《ステラは何を食べるの?》
《えーと、んーと……〝鶏肉のバターソテー定食〟と〝メープルワッフル〟にするの!》
《はいはい。あっ、でも姿の見えないステラが人前で食事をするのってマズくない?》
《大丈夫なの。普通の人にはステラの存在も行動も認識できないの》
《へえー……》
程なくして出てきた料理を、ステラは美味しそうに平らげていく。彼女の言う通り、周りの人々はステラがそこで食事をしていることに気づいてすらいないようだ。凄いなー、これなら外での食事に困ることは無さそうだ。
僕も自分の料理を食べ始める。うーん、相変わらずこの店の〝オーク肉のグリル〟は最高だな!石窯でじっくりと焼き上げられた肉はとてもジューシーだし、香草とスパイスの風味がまたなんとも言えないんだよなあ。そしてこの付け合わせのパンもなかなか──
【技能 料理 のレベルが上がりました(Lv2→3)】
食事くらいゆっくり食べさせてくれないかなあ!あーもうどうでもいいや。さっさと食べちゃおう。
《シモン様、ワッフルのお代わりなの。次はラズベリーが乗ってるやつがいいの》
《もう6個目だよ!?その小さい体のどこに入るの!?》
前言撤回。外でステラと食事すると大変困ったことになる。主に僕の財布の中身が。結局ステラはワッフルを9個食べてやっと満足してくれた。薬草採取で稼いだお金がもう半分になってしまった。これからはなるべく自炊しよう。
《ふいー、もう食べられないの。お腹ぱんぱんなの》
《さすがに食べ過ぎじゃないかな》
《大丈夫なの。甘いものは別腹なのー》
《今日の別腹は明日の脇腹だよ?》
《ぎっくぅぅぅぅ!だ、大丈夫なの!天使は太ったりしないの!》
本当かなあ?この焦りようだとかなり怪しいんだけど。
僕は市場でお土産を買ってからマルクがいる孤児院に向かう。同病相憐れむってやつかもしれないけど、両親を亡くして一人ぼっちになってからというもの、町に出てくるたびに足を運んで子供達の面倒をみてやったりしている。僕にとって、もはや第二の我が家のようにすら思える場所だ。
孤児院に着いた頃には、少し日も傾き始めていた。門から中に入り、庭で遊んでいる子供たちに声をかける。
「こんにちはー。みんな元気かー?」
「あっ、シモン兄ちゃん!!」
「シモン兄ちゃんが来た!」
「ねーねー!今日のお土産は!?」
あっという間に子供たちに囲まれる。ここに来るときは必ず食べ物をお土産に持ってくるので、子供達の半分以上はそれが目当てだ。
「今日は市場で焼き菓子を買ってきたよ。みんな手を洗っておいで」
「はーい!」
子供達は我先にと手洗い場に駆けていく。しかし、皆の輪に加わらずに残っていた子が一人いた。マルクだ。
「マルク!無事でよかったなあ」
「シモン兄ちゃん……うわああああん!!」
マルクが僕に飛びついてきてわんわんと大泣きする。
「俺が犬なんか庇ったせいで……!」
「それは違うよ。悪いのはあの悪魔だ。マルクは良いことをしたんだよ」
「でも…そのせいでシモン兄ちゃんが死ぬとこだった……!シモン兄ちゃんが死んじゃったら俺……」
「バカだな、あのくらいじゃ死なないさ。傷だってもうバッチリ治ったよ」
まあ普通の人間だったら死んでただろうけど、僕は普通じゃないからね!いかん、自分で言ってて涙が出そうになってきた。
「俺、大人になったらシモン兄ちゃんに恩返しするよ!約束する!」
「いやいや、僕に恩返しなんてしなくていいよ」
「なんで?受けた恩は返しなさいって司祭様も言ってたよ?」
この孤児院は隣の神殿が管理しており、代々の司祭様が孤児院の院長を兼ねることになっている。ここの子供たちにとって、司祭様は父親のような存在だ。
「司祭様の言う通りだけど、返す相手は僕じゃなくていいんだ。マルク、もし君がこの先困った人を見かけたら、僕への恩返しと思ってその人を助けてあげてくれ」
「そんなので恩返しになるの?シモン兄ちゃんとはぜんぜん関係ない人かもしれないよ?」
「それでいいんだよ。マルクに助けられた人は、また別の人に恩返しをすればいい。そして、その人がまた別の人に恩を返す。そうやって沢山の人が優しい気持ちで繋がったなら、今よりずっと素晴らしい世の中になると思わない?」
「うーん……よく分かんないや」
その時、微かに息を飲むような声が背後から聞こえた。振り向くと、女性が口に手を当て、驚いたような顔をして固まっていた。淡い金色の長髪が腰のあたりまで真っすぐ伸びている。透き通った深緑色の瞳。若苗色のチュニックから伸びる手足は細くしなやかで、その肌は雪花石膏のように白く滑らかだ。そして、先端が少し尖った特徴的な耳。
「エルフ……?」
美の女神の寵愛を一身に受けるとまで讃えられる、美貌の妖精族がそこにいた。しかし、その顔には頬から顎にかけて大きな傷跡が刻まれており、その荒々しい印象が彼女の美しさを覆い隠してしまっている。
見た感じ、孤児院の中から出てきたところみたいだ。司祭様の知り合いかな?人間嫌いで気位が高いとされるエルフが、なぜ人間の孤児院なんかにいるんだろう。
「失礼……人違いでした」
エルフの女性は短くそれだけ言い残すと、軽く一礼して町の雑踏の中に消えていった。
「誰だったんだろ?誰かと僕を勘違いしてたみたいだけど」
《あれは……》
《ん?ステラの知り合い?》
《ううん、なんでもないの》
なんか煮え切らない返事だな。おっと、そんなことより司祭様に挨拶してこなきゃ。子供好きで優しい司祭様には、僕もこれまで随分とお世話になってるんだ。
「マルク、司祭様はこっちにいる?それとも神殿の方かな?」
「司祭様ならいつもこっちにいるよ。神殿に行くのは祈祷の時間くらいじゃない?」
司祭様、どっちが本業だか忘れてませんかね……。
僕はマルクにお土産を預けて孤児院の中に入り、司祭様の部屋をノックする。
「司祭様いらっしゃいますか?シモンです」
「ああ、シモン君か。入っていいよ」
部屋に入ると、妙に機嫌の良さそうな司祭様が肘掛椅子に腰かけていた。彼の机には大きめの皮袋が置かれていて、その口からは金貨が顔を覗かせている。えっ、これってかなりの大金なのでは?子供達の食費にすら苦労していた貧乏孤児院に、なんでこんな大金が……。
「司祭様、こんな大金を一体どこから?」
「驚いたろう。さっき篤志家の方が寄付してくださってね。外で会わなかったかい?顔に大きい傷のある──」
「えっ、あのエルフの女性が!?」
人間嫌いのエルフが、人間の町の孤児院に寄付!?いやいや、そんなことってあるんだろうか。
「なんか、僕のイメージしてるエルフとは随分と違いますね」
「うん、あの人は特別だよ。彼女はこの孤児院の出身だもの」
「孤児院出身のエルフ!?」
エルフって森の中で自然とともに暮らしてるもんじゃないの?森の外に出ていくとしてもそれは大人になってからの話で、小さい頃から人間の町の孤児院で暮らすだなんて聞いたこともない。
「色々と事情があったみたいだけど、そこまでは僕も知らないよ。彼女がここで暮らしていたのは、先々代の司祭様が院長だった頃だからね」
「あ、やっぱりあの人、見た目通りの年齢じゃないんですね」
エルフは不老の妖精。病気や怪我でもしないかぎり死ぬことはなく、いつまでも若々しい姿を保ち続ける。僕と大して変わらない年齢に見えたあの人も、実際はかなりの年上ってことか。うん、今後もし話すことがあったら敬語だな。
「しかし、こんな大金をポンと寄付してくれるなんて、凄い人なんですね」
「うん。彼女はこの町に2人しかいない認定証持ちの冒険者だからね。〝精霊姫〟のグウェンっていったらこの町じゃちょっとした有名人なんだけど、知らないのかい?」
「……はい??」
〝精霊姫〟のグウェン!?この町じゃ知らない人なんていない程の、超のつく有名人じゃないか!凄腕の精霊魔法の使い手で、パーティを組まずにソロで強力な魔物を狩り続けている孤高のエルフ!その顔の傷跡から〝傷面〟とも呼ばれているとかいないとか。うわああ、何か話しかければよかった!でも、よく考えたら何を話していいのか分からないや!くそっ、僕のヘタレめ!
「司祭様、そんな人が知り合いにいるのなら、もっと早く教えてくださいよ!全然気付かなかった!」
「いやあ、顔に傷があるエルフってだけで、普通なら気付くと思うんだけどな」
「はい、面目次第もございません……」