第2章 22話 天使の見る夢
オールストン伯爵の勧めで、早速僕への贈り物という家を見に行くことになった。案内役を買って出たのはなんとセルマ様だ。
「伯爵夫人に案内させるなんて滅相もない!場所さえ教えて頂ければ僕だけで大丈夫ですから!」
「あら、私の案内じゃ不服かしら?」
「い、いえ、そういう訳では……」
「じゃ、決まりね」
セルマ様、押しが強すぎない!?つい最近まで死の床に伏していた人とは思えないんですけど……。
セルマ様は反論の暇すら与えることなくてきぱきと馬車の手配を始め、結局僕は伯爵夫人と同乗して新居の見分に向かうことになった。
「それにしても、家なんて頂いてもいいんでしょうか?相当お金がかかったのでは……」
「気にしないで。ちょっと訳アリの家だから、元手はタダみたいなものよ」
「訳アリ……と申しますと?」
「先日、贈賄の罪で捕まった商人が全財産没収のうえ監獄行きになったの。今から向かう家も、元はその商人の別宅よ」
うええ、本当に訳アリ物件じゃないか!
そんな家に住んで、その商人の恨みを買ったりしないだろうか……まあ当の本人は監獄にいるわけだし、外に家なんかあっても仕方ないだろうけど。
「家具や調度もそのまま残すよう手配したから、今すぐにでも住める状態のはずよ。接収した時に、家の大きさや部屋数なんかは聞いてるんだけど、私もこの目で見るのは今日が初めてだわ。楽しみね」
「セルマ様、なんだかウキウキしてません?」
「私、他所の家の間取りや内装を見るのが大好きなの。主人と結婚していなければ、建築家か大工になっていたかもしれないわね」
つまり、さっき妙に押しが強かったのはセルマ様の趣味によるものか。納得。
もしセルマ様が大工だったら、あっという間に棟梁まで上り詰めて、配下の大工たちを手足のように操っていたに違いないな、うん。
話しているうちに馬車が泊まった。どうやら目的地に辿り着いたようだ。
馬車を降りた僕の目に飛び込んできたのは、立派な門と塀に囲まれた広々とした庭だ。庭一面に広がる綺麗な芝は花壇と水路で整然と区分けされており、その水路の流れる元を辿っていくと彫像や噴水が立ち並ぶ水場が設えられている。
噴水の向こうに見えるのは三階建ての立派な邸宅だ。壁面には大きなガラス窓がずらりと並び、部屋数の多さを窺わせる。その壁も大理石と思われる白い石材と煉瓦が組み合わさった洒落たデザインで、見るからに高級感が漂っている。
「セ、セルマさん、これは駄目です。どうみても僕なんかが住んでいい家じゃありませんよ!」
「いくら大きくても家は家よ。さあ、そんなところで固まってないで、早く中を見に行きましょう」
セルマ様の瞳が好奇心でキラキラと輝いている。駄目だ、この人にこんな顔をされたら誰も止められない……!
樫の重い扉を開け、セルマ様に背中を押されるようにして屋敷の中に足を踏み入れると、その広さにまた圧倒される。
天井が吹き抜けになっているエントランス。落ち着いた雰囲気の調度が並んだ広い応接間。さらに家の中を見て回ると、広々としたキッチンに食堂、天窓から外の光が差し込む明るい風呂、さらに驚いたことに図書室に遊戯室まである。なお、客間も含めると個室は5部屋もあった。
こりゃどうみても貴族のお屋敷だ。これを建てたという商人は相当儲けてたに違いないな。
「あのう、僕一人で住むには流石に広すぎませんか?」
「あら、ずっと一人ってわけじゃないでしょ?いい人を見つけて結婚すればいいじゃない」
「け、けっこん……!」
真っ赤になって絶句した僕をみて、セルマさんが「ははぁん」とでも言いたげな笑みを浮かべた。
「その様子だと、異性とお付き合いした経験はなさそうね」
「うぐっ!」
「少しは慣れておいた方が良いわよ。若くて独身の銅級冒険者なんて、女の子がほっとかないから」
「正直、そっち方面はまるで自信ないです……」
「誰だって最初はそうよ。一度女性の冒険者とパーティでも組んでみたらどう?話す機会を増やせば、自然と慣れていくものよ」
女性冒険者とのパーティと聞いて真っ先にグウェンさんの顔が頭に浮かび、すぐに慌ててそのイメージを打ち消す。あんな綺麗で凄みのある女性とそういう関係になるなんて、想像することすら恐れ多いわ。
《大丈夫、シモン様には魔法の力があるの。とりあえずグウェンに魅了でもかければ万事解決なの》
《やらないよ!?そもそも、それ天使が提案していい内容じゃないよね!?》
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
全ての部屋と内装を確認したセルマ様は、満足した様子で帰りの馬車に乗り込んだ。
「何かあったら伯爵家を頼って頂戴。できるだけの事はさせて貰うわ」
「こんな立派な家まで頂いておいて、これ以上ご迷惑はかけられませんよ」
「私たちも貴方を頼りにさせてもらうつもりだから、お互い様よ」
セルマ様は笑顔でそう言うと、馬車の窓から手を振り去っていった。参ったなあ、今後伯爵家からの依頼は断れそうにないぞ。
《話が終わったなら早速ご飯なの。新しいキッチンがシモン様を待っているの!》
《はいはい、何をお作り致しましょうか天使様?》
《えっとね、うんとね……美味しいものがいいの!》
《そういうフワッとしたリクエストが一番困るんだけどなあ》
収納の指輪にしまってある食材と相談した結果、香草とベーコンと茸のスパゲティと玉ねぎのスープ、デザートには苺のシャーベットを作ってやった。ちなみに、シャーベットは氷魔法で作った。料理に魔法を使うのは初めてだったんだけど、案外うまくいった。最近習得した根源魔法はイメージ通りに魔法を発現できるから、こういう日々の細かい作業にも流用しやすいみたいだ。
ステラが5杯目のシャーベットを平らげ、こめかみの辺りを押さえてうんうん唸っている間に、僕は風呂場の湯船にお湯を張る。勿論、お湯も根源魔法で作り出したものだ。水汲みと風呂焚きの苦労をせずに風呂に入れるのはありがたい。
《ステラ、風呂の準備ができたよ》
《ううううう、寒いの。奥歯がガタガタいってるの……》
《シャーベットを8杯も食べるからだよ。ここは片付けとくから、風呂で温まっておいで》
《……シモン様も一緒に入る?》
《僕に幼女趣味はないから!それに、風呂に入る前にやる事もあるしね。吸血鬼の棲み処から持ってきた宝物や魔道具を、いい加減整理しとかなきゃ》
吸血鬼の真祖は結構な量の宝物や魔道具を貯め込んでいた。時期をみて売り払うつもりだけど、何か役立つ魔道具があれば自分用に取っておきたい。それに、王様や貴族の人々と繋がりができてしまった以上、宝石や貴金属の類も贈答品としていくつか手元に残しておいた方がいいかもしれない。いずれにせよ、品定めが必要だ。
《というわけで、今夜は遅くまで作業するから、ステラは風呂に入ったら先に寝ちゃってて》
《アイアイサーなの》
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
天使ステラエルは天界から地上の様子を見つめている。
《あの人、結婚したばかりなのに、この後すぐに死んでしまう……》
《あの妊婦さんのお腹の子も、生まれてすぐに死んでしまう……》
《人間って何のために生まれてくるんだろう……?》
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天使ステラエルは天界から地上の様子を見つめている。
《また人と人が争っている……一方が殺され、もう一方は捕まって死刑……》
《どんな善人も、生まれ変わった後まで善人とは限らない……当たり前ね、輪廻を経ると前世の記憶をなくしてしまうのだから……》
《人間の営みは空しい……どんなに輪廻を繰り返しても何も変わらない……》
《それをただ見ている私たち天使という存在も、また空しい……》
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《ステラエルよ、その魂を輪廻の輪に戻すのじゃ》
《お断りいたします、たとえ創造神様のお言葉であっても》
天使ステラエルはひとつの魂を握りしめている。
その魂は他のものよりも黒く濁っている。
《この者を輪廻させれば、また真っ当な人々が害されることになります》
《それもまた人の営みであり、輪廻のあり様じゃ》
《この魂に輪廻させるだけの価値があるとは思えません》
《魂に裁きを下すのは神の務め。分を弁えよ、ステラエル》
《……創造神様、ならば私達天使は何のために存在するのでしょう?》
《む……?》
《何百年も何千年も、ただ人が輪廻を巡るのをただ見ているだけで何の手助けもできない……創造神様、教えてください。私達天使とは一体何なのですか?無為な生命の営みをただ見ているだけしかできない、哀れな人形に過ぎないのでしょうか?》
《ステラエル……》
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
《────ステラ、ステラったら!ほら起きて!朝ごはんが出来てるよ》
《……シモン様?》
まだステラの視点が定まっていない。
いつもは僕より先に起きて朝ごはんを急かしてくるのに、こんなに寝起きが悪いステラは初めて見るな。
《どうしたの?まだ寝ぼけてる?》
《ううん……ちょっと昔の夢を見てたの》
《へー、昔の夢ってどんな──》
《そんな事よりシモン様、今日の朝ごはんは何なの?》
《んあ?ああ、今日はパンケーキをたくさん焼いたよ》
《パンケーキ!こうしちゃいられないの!シモン様、食堂までかけっこなの!》
《うおっ、ちょっと待て!かけっこって言っといて空を飛ぶとか反則じゃないの!?》
やれやれ、新しい家での暮らしとはいっても、今までと何も変わらないな。これからもステラの突拍子もない言動や底なしの食欲に振り回される日々が続くんだろう。
それにしても、いつの間にかこの生活に慣れきってる自分が怖い。このままじゃ、聖人になる前の普通の暮らしのことを忘れてしまいそうだ。
《どうせ普通の暮らしなんてもう出来ないんだから忘れていいの》
《いきなり失礼だな!一体僕をを何だと思ってるんだ!》
《人外の能力の持ち主で、近々巨大犯罪組織を潰すであろう聖人なの。普通の人っぽい要素なんてまるでないの》
《くっ……的確過ぎて否定するところが無い……ッ!》




