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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第2章 聖人シモンと王都の大賢者
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第2章 18話 エルム国王リチャード二世

 師匠が〝転移の扉〟を完成させ、僕が転移魔法を使えるようになった日から1週間が過ぎた。


 この1週間、僕は師匠の家で付与魔法を学んでいる。イメージと魔力さえあれば発動できる普通の魔法とは違い、イメージを表現する魔法陣の記述方法や、その魔法陣に適量の魔力を流す回路調整といった技術が必要となるため、学ぶことはとても多かった。


 この付与魔法が施されたアイテムのことを〝魔道具〟という。魔道具の動力源には、主に自然の魔素を魔力に変換したものが使用されているが、その魔力を蓄積するための触媒として、強力な魔物から採取される魔石が使用される。魔石のサイズが大きくなればなるほど大量の魔力を蓄積できるようになるため、魔道具にはその規模に応じたサイズの魔石が求められるのが常である。ちなみに、師匠が作った〝転移の扉〟にも相当なサイズの魔石が埋め込まれている。



「師匠、できました!」


「なんじゃこのデカい魔道具は?」


「パン焼き機です。ここに刈り取った小麦を入れるだけでパンが出てきます」


「刈り取った小麦をそのまま?脱穀や製粉はどうするんじゃ?」


「もちろんコイツがやってくれます。あとはお好みで塩や砂糖を追加することもできますよ」


「そりゃ凄い……凄いんじゃが、最初に作った魔道具がパン焼き機ってのは、如何にもお主らしいのう」



 師匠が言うには、強力な武器や魔法の触媒の開発を志すのが付与魔術師の大部分を占めており、こういった生活用の魔道具を研究している者は稀だそうだ。

 僕からすれば、戦いにしか使えない魔道具なんかよりも、普段の生活を便利にしてくれる魔道具の方がずっと価値があると思うんだけどな。このパン焼き機だって、我ながらかなり画期的だと思うし、出来上がったパンの味もステラの太鼓判付き。これが国中のパン屋に行き渡ったら、皆さんの仕事が相当楽になるはずだ。



「ところでこのパン焼き機じゃが、作るにはそれなりの手間暇と魔石が必要になるんじゃろう?」


「はい」


「となると、量産して一般に普及させるのは無理じゃな」


「あっ……」



 魔石を大量生産する方法でも見つからない限り、生活向けの魔道具が一般に普及することはないってことか。付与魔術師が研究したがらない理由が分かった気がする。どんなに良いものを作っても結局自己満足止まりじゃなあ……。



「そんな事より、そろそろ王宮に行く時間じゃろ」


「そうですね。でも、本当に僕も行っていいんですか?服もこれしか持ってないんですけど」



 今僕が着ているのはオールストン伯爵に頂いた一張羅だ。素材には良いものが使われているけど如何せんデザインが地味目で、王宮に着ていくには少々憚られる。



「構わんじゃろ。なんならワシのローブを貸してやっても良いぞ」


「い、いや、これでいいです……」



 師匠の服装は、表情すら分からなくなるほどの深いフードがついた暗灰色のローブ。こちらも別の意味で絶望的なデザインだ。二人揃ってこんな格好で歩いてたら、衛兵から厳しい取り調べを受けることになるのは間違いない。


 結局、僕は今の服装で謁見に向かうことにした。悩んだところで他に選択肢が無い以上どうしようもない。しかし、この僕が王様のお目にかかるのか……。つい最近までは、森で獣を追いかけ回すだけの人生だと思ってたんだけどなあ。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エルム王国の王城ドラゴンパレス。翼を広げた竜の姿を模したとされるその威容は、初めて訪れる者すべてを圧倒せずにはおかないという。勿論、シモンも例外ではなかった。



「師匠、すごいですね!こんな大きい建物初めて見ました!」


「……シモンよ、少し落ち着いて──」


「あの尖塔が立ち並んでるあたりが竜の翼にあたるんですかね?さすが竜王国と称される国の城ですね!感動しました!」


「いや、だから──」


「あ!あそこで騎士団の人達が訓練してますよ!あれってまさか、王国最強の竜鱗騎士団じゃないですか!?うわー初めて見た!」


「だから、いい加減に落ち着かんか!」


「あっ、すみません。つい興奮しちゃいまして」


「絵に描いたような田舎者じゃな。見てみい、御者が笑いを堪えておるぞ」


「面目次第も御座いません……」



 王城には歩いて向かうものだと思っていたら、そこは大賢者の威光によるものか、なんと城から迎えの馬車がやってきた。師匠と僕はその馬車に乗り込み、王宮の城門を潜って宮殿へと向かっているところだ。森に住み暮らしていた僕にとっては見るものすべてが目新しく、興奮して大騒ぎしては師匠に叱られるというくだりを、さっきから何度も繰り返している。


 王宮の入り口前で馬車を降りた僕たちは、召使いの案内で客間に通された。師匠曰く、王に拝謁を許された者はここで謁見の順番が来るのを待つそうだ。部屋の中には豪奢な調度の数々が整然と立ち並び、壁には現国王であるリチャード二世国王陛下の肖像画がかけられている。栗色の髪に青い瞳。いかにも思慮深げなその表情に、立派な髭が威厳を加えている。

 僕、これからこの人に会うんだよなあ。なんだか現実感がないや。



《お茶菓子が少ないの。お代わりを要求するの》


《ステラは王宮でも平常運転だね……》



 しかし、お茶菓子のお代わりが届くのを待つ暇もなく、僕たちは謁見の魔へと通された。王様って、こんなに待たずに拝謁できるものなのかな?迎えに来た召使いの人にそれとなく聞いてみたら「1~2時間は待たされるのが普通ですが、大賢者様をお待たせする訳には参りませんので……」とのことだった。



「ワシは〝大賢者〟として尊敬されとるからな。この程度の優遇は当たり前じゃぞ」


「〝暴君〟として恐れられてるせいじゃないですか?」


「お、お主、どこでその二つ名を知った!?」



 師匠が俄に狼狽えだしたが、王様の前に出る段になると流石に表情を改めていた。師匠、そうやって威厳のある表情を作るのは大変結構なんですけど、多分その深いフードのせいで誰にも見えてませんよ。


 国王は肖像画で見た以上に風格を感じさせる、落ち着いた雰囲気の人だった。歳は40台半ばだそうだが、その年齢以上に老けて見えるのは国を支えるという重責を常にその身に負っているからだろうか。



「大賢者バルタザール殿とその弟子シモン、よう参られた。余がリチャード二世である」


「久しいのう。息災で何よりじゃ」



 王様の言葉に師匠はぞんざいな返礼を返す。どうやらこの二人は旧知の仲っぽいな。



「さて、本日は火急の用ありとのことだったが」


「長く研究を続けてきた転移魔法が漸く完成に至ってのう。今日はそのご報告に上がった次第じゃ」


「なんと、遥か昔に失われた遺失魔法(ロストマジック)ではないか!」


「ついては、その成果を早速お目にかけたく……シモンよ、あれを」


「はい」



 僕は収納の指輪から師匠の作った〝転移の扉〟を取り出し、師匠の家でやったように銅貨を使った実演をしてみせた。



「この通り、お互いの扉を瞬時に行き来できる。それがどんなに遠い場所であってもじゃ」


「おおお、これは素晴らしい!」


「ただ、あまり数多くは設置できぬ。それに、安全面でも考慮が必要じゃ」


「確かに……となると、設置場所を厳選せねばな。ところで、これは国にお譲りいただけると考えて宜しいか?」


「そのつもりじゃ。個人で使うには過ぎた代物ゆえな」


「ありがたい。これをどこに設置するか、早速検討にあたらせよう」



 そう言った王様が後ろに控える家臣に目配せをすると、すぐに絹織りの袋が運ばれてくる。



「礼としては些少に過ぎるが、まずは手付として受け取ってもらいたい」


「礼など要らんのじゃが」


「そう言うな。これも形式ゆえ、曲げて受け取ってくれ。それと弟子の……シモンと申したな」


「はっ、はい」



 いきなり声がかかって身を竦ませた僕に、王様は優しく微笑みかけた。



「お主がトマ村を救った話、余の耳にも入っておる。大儀であった」


「あ……それはお耳汚しでございました」


「ん?なんの話じゃ?」



 いかん、よく考えたら師匠に吸血鬼(ヴァンパイア)退治の件をまったく話してなかったような……。

 トマ村から戻ってきてすぐ、転移魔法の研究に駆り出されたんだったっけ。



「バルタザール殿、師匠のお主が知らんのか?このシモンとかいう若者はトマ村を長年苦しめてきた吸血鬼(ヴァンパイア)を見事討伐してのけたのだぞ」


「ほう。まあ、こやつならその程度造作もあるまい。冒険者としての力はワシよりも遥かに上じゃからな」


「なんと、その若者がかの暴く……いや、大賢者バルタザール殿をも上回るというのか」



 ちょっと王様、いま〝暴君〟って言いかかったよね?師匠の額に青筋が浮かんでるんですけど!

 それに気づいたのか、王様は師匠から慌てて視線を逸らすと、こちらに向き直った。



「シモンよ、これからも我が国の民のため、その力を貸してほしい」


「はい。私にお役に立てることがありましたら」


「うむ、期待しておる。我が国にはバルタザールという頼もしい男もいるが、何分扱いが面倒でな」



 王様!?それは言っちゃいけない一言なんじゃないですかね!?いやそんな、ペロリと舌を出して笑ってる場合じゃないでしょう!

 ほら、師匠の瞳からハイライトが消えてますよ!?



「リチャードよ……お主、ワシに何か含むところでもあるのかの?」


「なに、お主より強いというお弟子さんが力を貸してくれると約束してくれたのでな。少々気が大きくなった」


「ちょっと、そこで僕をアテにしないでもらえます!??」


「ほう、ならば先ほどの言葉は嘘だったということか?」


「い、いえ、そんなことはありませんが……」


「ほうほう。シモンよ、お主弟子の分際で師匠のワシに歯向かい、敵方につくというんじゃな?」


「落ち着いて師匠!そもそも王様を敵方扱いするとか不敬の極みですよ!?」


「……ふっ」


「……ぷふぅっ」


「ふわっはっはっは!」


「ふぉっほっほっほ!」



 険悪な雰囲気を漂わせていた王様と師匠は、慌てふためく僕の姿をみて顔を見合わせると、急に大笑いを始めた。もう、一体何なのこの人達!?



「シモンよ、心配は無用だ。余とバルタザール殿の間ではこの程度の軽口など珍しくない故な」


「陛下はワシの金級冒険者認定に一役買ってくれた恩人での。親しく付き合わせてもらっておるのじゃ」



 ほほー、つまりアレか。僕はこのオッサンどもに寄ってたかってからかわれたということだな。

 しかし──くっ、相手が王様と師匠じゃ怒りようがない……!こっちは寿命が縮む思いをさせられたっていうのに!





《大丈夫なの。シモン様は仙術を使えるんだから、寿命なんてどうとでもなるの》


《ステラさん、そういう話をややこしくするだけの励ましは要らないです……》

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