第2章 17話 久々の自宅
「さて、まずは試運転じゃな」
師匠は懐から銅貨を1枚取り出すと、それを一方の扉に放り込んだ。普通なら扉の向こう側に突き抜けるはずのところだが、銅貨は扉を通り抜けたところで忽然と消え失せる。
(チャリン)
音がした方をみると、もう一方の扉の向こう側に今投げた銅貨が転がっていた。
「やった!成功だ!」
「うむ、次は少し距離を離してみよう」
師匠の指示に従い、一方の扉を訓練場の端に移動させる。扉の台座と枠は石造り、そこに据え付けられた両開きの扉は金属製と、数十人でどうにか運べるような重さだが、僕には何の問題もない。3万人分の筋力様々である。
《とっくに3万人分どころじゃなくなってるの》
《ああ、トマ村の人達を助けたもんね。でも今更それくらい誤差みたいなもんでしょ》
今回僕が助けたトマ村で生き残ったのは30人。未来の犠牲を未然に防いだぶんが少し付け足される恐れはあるけど、それでも流石に3万という数字の前では端数程度だろう…………多分。
「師匠、場所はこの辺りでいいですかね?」
「うむ、そこで良い。ではいくぞ──」
再び師匠が扉に銅貨を放り込むと、ちゃんと僕の側の扉から銅貨が飛び出てきた。
「バッチリ成功です!これって、どれくらいの距離まで転移可能なんですか?」
「原理的にいって距離の制限はない。指定した座標の空間を直接引き寄せるだけじゃからな」
「凄い!この扉を国内の主要な街にもれなく設置すれば、旅がかなり楽になりますね!」
「じゃが、今のところ行き先となる扉を指定することはできん。こうして行き来できるのは、最初から対になって作られた扉の間だけじゃ」
「つまり、転移ルートを増やすごとに扉が1セット必要になるってことですか?」
「そうじゃ。しかも〝転移の扉〟は周辺の魔素を消費するから、一箇所に多く設置すると魔素を食い合って動かなくなる」
「なるほど……そうなると、転移ルートはあまり増やせませんね」
「そういうことじゃ。何処と何処を繋ぐかについては、くれぐれも慎重に検討せねばならんじゃろうな」
「そうですね。女湯に転移しようとする悪い人なんかもいるわけですし」
「ゴホン!い、いずれにせよ、まずは国王に報告しなければなるまいのう」
目に見えて狼狽えた師匠は、強引に話題を逸らした。すっかりお爺ちゃんなのにお盛んなことで。
しかし、〝転移の扉〟が社会に与える影響の大きさを考えると、師匠が言う通り王家への報告は必須だろうな。転移ルートについても、国政に関わる人達に決めてもらったほうが良いよね。なにせ、国防や経済に大きく関わってくる大発明なわけだし。
「明日にでも王宮に繋ぎをつけ、謁見の機会を頂くことにしようかの」
「王宮……って、そんな簡単に繋ぎがつくものなんですか?」
「当たり前じゃ、ワシを誰だと思っておる。ああそうそう、謁見の際はお主も同行するのじゃぞ」
「はぁ!?いや、そりゃ無理ですよ師匠!僕みたいな田舎者が王宮なんかに入り込んだら、笑いものにされるのがオチですよ!」
「ほっほっほ、〝大賢者の弟子〟を軽んじる者など王宮に一人もおらんわい」
今更だけど、大賢者様の御威光って凄いんだな……。
しかし、ついこないだまでモルトの森で狩人をやってた僕がよりによって王様に会いに行くって、一体どんなおとぎ話なんだろうか?
「謁見の日取りじゃが、どんなに早くても1週間は先になるじゃろう。それまでお主はどうする?」
「うーん、ここで本を読んだり、冒険者ギルドで依頼をこなしたりする感じですかね」
弟子入りした身だけど、もうここで修行することも残ってないしなあ。
師匠の研究にも一応の片が付いたことだし、王家への報告が済んだら修行を切り上げてモルトに戻ろうかな。グウェンさんとの約束もあるし。
「ふむ、ならばこの機に、本物の転移魔法の再現に挑んでみてはどうじゃな?魔力が足らんワシには〝転移の扉〟しか実現できんかったが、お主には有り余るほどの魔力があるじゃろう」
「あっ……」
確かに、問題になるのが魔力の量だけだとしたら、僕なら再現できるかもしれない。いや、それどころか〝転移の扉〟のヒントになった本を読み解いたのは僕だし、魔法のイメージは既に頭の中に出来上がってる、なんなら今すぐにでも使えるんじゃないかな?
ちょっと試してみよう。どこに転移しようかな。なるべく遠くて、かつイメージしやすい場所……あ、モルトの森にある自宅がいいや。あそこなら人目につくこともないだろうし、実験にはもってこいだ。
頭の中で転移先のイメージをできるだけ明瞭に形作る。なにせ勝手知ったる僕の家だ。3万人分の知能も手伝って、イメージは非常に簡単に仕上がった。次に、そのイメージした場所が自分の目の前の空間に直接繋がるよう、空間を捻じ曲げるイメージを作る。これも魔法書を読み解いた僕には難しくなかった。
準備は万端。ここまでくれば、あとはイメージに魔力を流し込むだけだ。
「よーし、今からちょっと試してみますね」
「なに、今からじゃと?ちょ、ちょっと待って──」
「目標、僕の自宅!開け転移門!」
魔法が発動した瞬間、僕の前に光の輪が浮かび上がる。その輪は徐々にその径を増していき、最終的に2、3人の人間が並んで通れるぐらいの広さになった。
そして、その輪の向こう側に見えるのは見慣れた我が家の風景だ。考えてみれば、魔界の門を塞ぐためパナシエに向かってからというもの、一度も家に帰ってなかったな。今いる師匠の家に比べるととても狭くて、そんな狭い中に家具や生活用品が雑然と並んでいて……やっぱり自分の家はいいな。でも、しばらく留守にしていたせいか、ちょっと埃っぽい。
「師匠、できました!見てください、この輪の向こうは僕の家ですよ!」
「いや、できたってお主、そんな簡単に……」
「なんか埃っぽくなってるから、ついでにちょっと掃除してきますね」
あんぐりと口を開けて固まっている師匠をよそに、僕は輪の向こうへと足を踏み出していき──これといった問題もなく、初めての長距離転移はあっさりと成功した。
「うん、問題なさそうですね」
「ばばば、馬鹿もーん!まだ試運転もなんもしとらんのに、いきなり飛び込む奴があるか!何か間違いがあったらどうするんじゃ!」
師匠が転移門の向こう側で真っ赤になって怒っている。
「すみません、師匠」
「ああもう、寿命が縮まったわい。普通だったら、小石やコインのような物を転移させる実験、ネズミや猫などの動物を転移させる実験と、少しずつ段階を踏んでいくものじゃぞ」
「でも師匠、それこそ万一のことがあったら、その動物達はどうなるんです?」
「うむむ……シモンよ、度が過ぎた優しさは身を亡ぼすぞ。動物のことを案じるよりも、少しは自分の身のことを考えんか」
「すみません。でも、僕の身体なら多少のことがあっても大丈夫ですから」
なにせ3万人分の頑丈さだからね。
それに、自分の安全のために他の生命を危険に晒すってのは、どうにも抵抗がある。もちろん、食べるための狩りは別だけど。
なんにせよ、これで師匠の研究も上手くいったし僕も転移魔法を使えるようになった。めでたしめでたしだな。
《ちっともめでたくないの。シモン様は大事なことを忘れてるの》
《ん?大事なことって?》
《ステラ、さっきから晩御飯をずっと待ってるの》
《あっ》
そうだった。師匠の研究が終わるまで待つって話だったのに、僕まで一緒になって盛り上がってすっかり晩御飯のことを忘れてた。
《その反応……やっぱし忘れてたの》
《いやー……ははは……》
《シモン様のばかーーー!!》
《いててて!こら、頭に噛みつくな!すぐに戻ってご飯にするから!やめてえええええ!!》
結局自宅の掃除は後回しとなり、僕はステラに睨まれながら大慌てで晩御飯の支度をする羽目になった。
白身魚の焼き物は大変に美味しかったが、ステラの機嫌が漸く直ったのは、追加で作ったデザートのワッフルが粗方彼女の腹に収まった後のことであった。食べ物の恨みって怖い……。




