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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第2章 聖人シモンと王都の大賢者
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第2章 16話 転移の扉

 昼食後、僕は師匠ですら読み解けなかったという難解な魔法書の読解に挑んだ。確かに難しい表現が多いけど、なにせ僕の知能は常人の3万倍以上。それが人間によって書かれた本である以上、この僕に理解できない筈がなかった。



「なるほどなー」


「まさか理解できたのか?ワシには何が書かれているのかさっぱりじゃったが……」


「要するに、場所と場所を結ぶ道を作るんじゃなくて、遠くの場所を近くに持ってくる感じですね」


「遠くの場所を近くに……?」


「喩えるならそうですね……この本を見てください。左右のページのどちらにも挿絵がありますよね」



 開かれた本の左のページには魔法陣の挿絵が、右のページには転移門を潜る男の挿絵がある。



「御覧の通り、左の挿絵と右の挿絵は15センチほど離れています。でも、この距離をゼロにする簡単な方法があります」


「そりゃ簡単じゃろ。本を閉じればええんじゃ」


「その通りです!本を閉じれば左右のページが合わさって、挿絵同士がくっつきます。それこそがこの本で説明されている転移門の原理なんですよ」


「ふむ……挿絵は〝場所〟じゃろ?だったら本にあたるのは…………そうか、〝空間〟か!空間を捻じ曲げさえすれば、遠くの場所を近くに引き寄せられる!」



 まさに発想の転換。

 これまで師匠も僕も遠くの場所まで瞬時に物を移動させる方法を必死で考えていたけど、この本に書かれていたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。流石にこれは思いつかなかったなあ。



「よし、お陰で転移魔法のイメージの骨組みは見えてきた。あとは実践に向かって突き進むのみじゃな!」


「師匠、実践はいいですけど、風呂屋の女湯に転移するような真似はくれぐれも慎んでくださいね」


「ぎっくぅぅぅぅぅ!な、なぜワシの秘中の秘を……!?」



 ステラの冗談だと思ってたら本当だったのかよ!研究の目的が下世話すぎませんか師匠……。



「しかし、ここにきてイメージの総入れ替えとはのう。こりゃ、まだまだ難儀しそうじゃわい」


「頑張ってください師匠。その間、僕は書庫で適当に本でも読んでますから」


「なんじゃ、手伝わんのか?」


「いや、ここは遠慮しときます。何かあったら声をかけてください」


「ほっほ……お主は優しいのう」



 ……さすが師匠。僕の考えてることなんてお見通しか。


 師匠の研究の集大成って時に、横から出しゃばるような野暮はできない。失われた転移魔法をこの世に復活させるのは師匠本人であるべきだと思っている。

 少なくとも、僕がうっかり師匠よりも先に転移魔法を成功させてしまうような事態だけは絶対に避けたい。僕の化け物じみたステータスだと、それが起こらないとは言い切れないからなあ……。



《シモン様、なんの本を読むの?》


《真祖の棲み処から持ち出してきた本でも読むよ》



 真祖の蔵書の大半は、まだ僕の収納の指輪にしまいっ放しにされている。この中にはまだ師匠すら読んだことのない本も沢山あるだろうし、何か新しい発見があるかもしれない。さて、どこから手を付けるか──




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




── 『属性魔法大全』読了 ──



《属性魔法って、精霊の力と大きく関わってるんだな》


《魔法が作用する原理は精霊魔法も同じだけど、ちょっとだけジャンル違いなの》


《へー。今度グウェンさんに会ったら詳しく聞いてみようかな》




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




── 『信仰が魔法に及ぼす影響についての一考察』読了 ──



《信仰と魔法の間に明確な関連性は無い……?》


《そうなの。実は無宗教の人でも癒しの力や呪いの力を使えるの》


《それを神殿の司祭様が知ったら、泡を吹いて卒倒するんじゃないかな》




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




── 『歴史:魔法体系の形成』読了 ──



《ほー、今の魔法の系統ができあがったのは古代王国時代の中期だったのか》


《でも、それ以前にも魔法自体はあったの》


《ふーん……》




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




── 『極大魔法のロマン ~全系統コレクション~』読了 ──



《この本の作者バカじゃないの!?ヤバそうな魔法しか載ってないよ!》


《どのみち人間の魔力じゃ使えない魔法だから心配ないの》


《いや、意味ないだろそれ……》




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 僕はその後も次々と本を読破していった。知能と感覚のステータスが高いせいか、本を読むスピードが尋常じゃないレベルで速くなってる。結構ぶ厚い本ばかりなのに、1冊を読むのに10分程度の時間しかかからず、しかも読んだ内容がしっかり頭に残る。これ、読書好きな人にとっては夢のような能力なんじゃないかな。


 読み終えた本の数が50冊を超えた頃には、既にとっぷりと日が暮れていた。



《ステラ、そろそろ晩御飯を作るから、少し経ったら師匠を食堂に連れてきて》


《あいあいさー》



 昼食を作る時にちらっと見たんだけど、冷蔵庫に白身魚が大量にあったはず。あれを香草で風味付けして焼き上げたら美味しいだろうな。よし、今日の晩御飯は魚料理にしよう。


 キッチンに篭った僕は、熟練の料理人も舌を巻くような手際の良さで大量の魚を捌き、香草と調味料で味付けをした後にオーブンで焼き上げていく。その横では野菜とソーセージ入りのスープも並行して作っている。

 今はレベルアップ表示を止めてもらってるからよく分からないけど、料理の技能レベルがまた相当上がってる気がするなー。まあ害になる技能じゃないから別にいいんだけど……。



《ステラー、晩御飯できたよー……って、あれ?いない……》



 できあがった料理を抱えて食堂に向かうと、ステラも師匠もまだ席についていなかった。そこに、ステラからの念話が届く。



《シモン様ー、助けてほしいのー》


《ステラ!?助けてって、今どこにいる?》


《大賢者のお爺ちゃんと一緒に訓練場にいるの》


《分かった、今すぐに行く!》



 僕はステラとの念話を打ち切って駆け出した。


 師匠はさておき、あの食いしん坊のステラが食事に遅れるなんて絶対におかしい。きっと余程大変なことが起こったに違いない。まさか……師匠の研究が失敗して転移魔法が暴走したとか!?


 嫌な予感に襲われた僕は足を速め、訓練場の扉を開け放った。



「ステラ!師匠!無事ですか!?…………って、二人して何してるんですか」



 訓練場に飛び込んだ僕の目に映ったのは、必死に作業台にしがみついている師匠と、それを無理やり引き剥がそうとしているステラの姿だった。

 ステラにローブの裾と髭を思い切り引っ張られている師匠は、下着どころか腹まで丸見え。髭を引っ張られる痛みを堪えているせいか、歪んだ顔は真っ赤に染まっている。



「ちょっ、引っ張るのをやめなさい!ご老人を相手に何してんの!?」


《だって、お爺ちゃんが動かないの。ステラは早く晩ご飯を食べたいの》


「──だそうですよ、師匠」


「嫌じゃ!完成まであと少しなんじゃ!晩飯よりも研究のほうが先じゃ!」


「あと少しってどれくらいです?」


「10分じゃ!10分だけ時間をくれ!」


「分かりました。ステラ、もうご飯の支度は出来てるから、先に食堂で食べてていいよ」


《シモン様は?》


「僕はここで師匠の研究の結末を見届けるよ」


「…………じゃあステラも待つの」



 ステラが渋々といった様子で手を離すと、師匠は放たれた矢のように作業へと立ち返っていく。その作業を横から見てみると、対になっている二つの扉に、(のみ)のような刃物で複雑な魔法陣を刻み込んでいる様だった。



「それは何をしてるんですか?」


「〝転移の扉〟を作っているんじゃよ」


「〝転移の扉〟?師匠が目指していたのは転移魔法の再現ですよね?」


「散々試してみたがの、ワシの魔力量では無理じゃった。まあ、これは予測しておったよ。古代の文献を紐解いても、個人で転移魔法を使いこなしていた者の話など数えるほどしか無かったからのう」


「そうだったんですか……残念ですね」


「しかし、この〝転移の扉〟のような魔道具ならば可能性はある。魔道具に刻まれた魔法陣は、この世界に満ちておる自然の魔素を利用できるからのう。それこそが()()()()の一番の長所じゃ。その分、自在性には欠けるがの」


「付与魔法……?」


「簡単にいうならば、()()()()()()()()()()術式じゃな。身に付けようと思ったら、魔法陣の組成や刻印に必要な術式などを学ばねばならん。確か、参考になる本がウチの書庫に何冊かあった筈じゃ。お主も一度読んでみるとええじゃろう────よし、これで完成じゃ」



 作業を終えた師匠がようやく腰を上げ、満足げな笑みを浮かべた。

 師匠が取り組んでいた一対の扉には複雑な魔法陣がびっしりと刻み込まれ、魔力の輝きがその文様を浮かび上がらせている。



「師匠、これが──」


「そうじゃ、これこそがワシの研究の集大成。現代に蘇った〝転移の扉〟じゃ!」

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