第2章 15話 村人との別れ
ギルドに魔石を買い取ってもらった後、ノーラさんが用意した依頼票に依頼主のジェシカがサインを書き込んだ。
「じぇしか……っと。シモンお兄ちゃん、これでいいの?」
「バッチリだよ。ジェシカは字が上手だね」
褒められたジェシカは嬉しそうに手を叩きながら飛び跳ねる。よし、これで依頼は無事達成だ。
「さて、そろそろ村の皆を送り帰してあげないとね」
「また空をとぶの!?」
「そうだよジェシカ、悪いけど、皆を街の外に集めてくれるかな?」
「うん!ルーもつれてくね!」
う、恨むなよ、ルー……。
それから30分ほど後、トマ村の皆さんは郊外に集まった。勿論ルーも一緒で、先ほどからこちらに向かって威嚇するような唸り声をあげている。こりゃ完全に嫌われたな。
しかし、漸く安全になった村に戻れるというのに、村人の表情が一様に暗いな。大勢人死にが出たんだから仕方ないんだろうけど、これから村を立て直さなきゃならないってのに、こんなんで大丈夫なんだろうか。
「あのう、皆さん亡くなった人のことをすぐに忘れるのは無理でしょうけど、元気を出してくださいね」
「いや、元気付けようとしてくれるのは嬉しいが、俺たちは死んだ人間のことで悩んでるわけじゃないんだ」
「もうすぐ収穫の季節だろ?ウチの村も決められた額の租税を納めなきゃならないんだが、肝心の人手がなあ……」
税金か……それは盲点だった。
僕たちの国では……というかどこの国でもそうだろうけど、収穫の時期になると領主様に租税を納めなければならない。年が明けると地域ごとの長が働ける人間の数を数え上げて領主様に報告し、その数字をもとに税額が決められる、というのが毎年の流れだ。
つまり、税額が定められた後でその人口を大きく減らしてしまった今回のトマ村のようなケースでは、残りの住人が大変な労苦を背負わされることになる。村人に連帯責任を負わせることで領民の離散を防ぐ仕組みなのだが、今回はそれが悪い方向に働いてしまった。
「いや、しかし今回の件は不可抗力でしょう。領主様に事情を話せば──」
「無理無理、聞いてくれるわけがないよ」
「税金を待ってくれる領主様なんているもんかね」
「そりゃ領主様だってよ、国に税金を納めなきゃなんねぇからなあ」
村人たちは諦めきったような笑みを浮かべている。
僕の故郷を治めるオールストン伯爵なら、事情を酌んで税金を待ってくれるだろうし、ひょっとしたら減免だってしてくれそうなんだけどな。まあ、あの人は領民に優しいと評判の人だし、他の領主様と同じ括りにはできないか。
「ちなみに、トマ村が今年納めなきゃならない税額ってどの程度なんですか?」
「村長も死んじまったから具体的な数字は分からんが、金貨250枚くらいじゃないかね」
「金貨250枚!?それは良かった!」
「何が良いもんかね!」
「他人事だと思って!」
「この村が生きるか死ぬかっちゅう時に、お前さんって奴は!」
「す、すみません。でも、そのくらいの金額ならこれでなんとかなりますよね?」
口を滑らせた僕に村人たちから非難の声が上がるが、僕が魔石の売却金が入った皮袋から白金貨10枚を取り出して村人たちに手渡すと、ごくりと唾を飲んで黙り込んだ。
「こ、この金は一体……?」
「今回の吸血鬼退治で色々と副収入があったんですよ。とりあえずこれだけ、見舞金として収めてください」
我ながらお節介が過ぎるような気もするけど、トマ村の皆さんにはこれを受け取る権利があると思う。だって、この金のもとになった魔石にしたって、あの真祖が村を含む周辺の人々に長いこと不幸をまき散らしてきた結果生まれたものだから。
「いやしかし、これは多過ぎる。これだけあったら今年の税金で計算しても4年分にはなるぞ」
「これから皆さんは人が少なくなったトマ村を復興するんです。税金以外にも何かと物入りでしょう。それに、皆さん辛い思いをしてきたんですから、これくらいのことがあってもバチは当たりませんよ」
「アンタ……」
「その代わり、皆さんの力で必ず元の村以上に暮らしやすい村にしてください。そしたら、次は仕事抜きで遊びに行きますよ」
「……分かった。必ずその期待に応えてみせよう」
「おうよ!これでやんなきゃ男がすたるってもんよ!」
「マーサおばさん、あんた女だろうが!」
「あらいけない、すっかり忘れてたよ!」
同郷の人々を亡くして先行きに絶望していた村人たちの顔が笑いに弾け、その瞳にも希望の光が戻ってきた。うん、これならトマ村は大丈夫。辛いこともあるだろうけど、彼らならきっと村を復興できるはずだ。
「シモンお兄ちゃん、また村にあそびにきてくれるの?」
「うん、約束するよ」
「わーい!ジェシカね、おおきくなったらシモンお兄ちゃんのおよめさんになる!」
「あはは。そのセリフ、大きくなってからもう一度言ってほしいなあ」
「シモンさん、駄目ですよ」
「……あの、お父さん、目が座ってます」
「シモンさんにお父さんと呼ばれる筋合いはありません」
「あ、はい。すみません……」
ジェシカのお父さん、たかが子供の冗談に態度変え過ぎでしょ……いま危険感知技能まで反応したんだが。
「それじゃ皆さん集まってください。トマ村まで飛びますよー!」
「ヒィィィィン!!??」
こうして僕たちは空に飛び立ち、何の心配事も無くなった村人達は笑顔で自分たちの故郷へと戻っていった。なお、ルーは流石にかわいそうだったので、飛翔をかける前に睡眠で眠らせてやった。最初からこうしてあげればよかったなあ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただいま戻りましたー」
《ただいまなのー》
村の人達を送り届けた後、僕たちは王都の師匠の家に戻ってきたが、家の中からは何の反応も返ってこなかった。
そういえば師匠は何してるんだろ。今日は朝食に呼んだ時もまったく反応がなかったな……まさか、昨夜からずっと真祖の棲み処から持ってきた魔法書を読み耽ってるとか?
《師匠を探して、みんな一緒に昼食にしようか》
《素晴らしい提案なの。今すぐ大賢者の爺ちゃんを首根っこ引っ掴んででも連れてくるの》
《お年寄りの首根っこを掴んじゃ駄目!いま気配探知するから少し待って!》
慌てて気配探知を発動して、師匠の気配を感じ取る。どうやら今は訓練場にいるらしい。
「師匠、いま戻りましたー。そろそろ昼ご飯にしましょうよ」
「ふぉっ?……もうそんな時間かの」
魔法書から顔を上げた師匠の顔はやつれ切っていた。こりゃやっぱり昨夜から寝てないな。
「ステラと一緒に食堂で待っててください。精のつくものを作りますから」
「うむぅ……今ちょっとキリが悪いんじゃが……」
《うっさいの。ご飯より大事なことなんてこの世に無いの》
師匠はステラに首根っこを引っ掴まれて食堂へと引き摺られていった。なんかもう大賢者の威厳なんか欠片も無いな……。
僕はキッチンに移動して料理を始める。食材の収納庫にある冷凍庫を開けてみたらエビや貝等の海産物が豊富にあったので、今回はこれを使うことにした。
シーフードと一緒に野菜と茸を塩胡椒とバターで炒め、少量の小麦粉を加えて馴染ませる。そこにミルクとマカロニを加え、マカロニが柔らかくなるまで煮込む。さらに塩胡椒で味を調え、皿に盛り付けてからチーズとパン粉を乗せてオーブンで焼き上げれば、簡単シーフードグラタンの完成だ!
「できましたー。熱いから気を付けてくださいね」
「熱っ!いや、熱いがこれは美味い!」
《…………》
《あれ?ステラは食べないの?》
《熱くて食べられないの……》
《あ、猫舌だったのか》
お腹を空かしてるところでお預けとは、なんだか申し訳ない。しかし、まさか天使が猫舌とは思わなかったしなあ。
「ところで師匠、あの魔法書は役に立ってますか?」
「うむ、あれは転移門の作成法について書かれた本での。深く読み解けば、離れた空間同士を繋げるためのイメージを掴めるかもしれん」
「本当ですか!?それって転移魔法の完成が見えてきたってことですよね」
「じゃが、如何せん内容が高度過ぎてのう。なかなか理解が追いつかんのじゃ」
「なるほど……その本、後で僕にも読ませてもらっていいですか?」
「是非そうしてくれ。お主ほどの知能があれば、あるいは読み解けるかもしれん」
こりゃ責任重大だな。でも、上手くいけば師匠の長年に渡る研究がついに実を結ぶかもしれない。
転移魔法が広まったら、すごく便利な世の中になりそうだ。なにせ何処にでも一瞬で行けるわけだから、商人なんかは特に大喜びするだろうな。どんなに遠い場所からでも商品を仕入れられるし、盗賊に遭う心配もなくなる。夢のような魔法だな。
《でも、悪用されたら大変なの》
《悪用?》
《王宮の中に敵国の軍隊が転移してくるとか、金庫の中に盗賊が転移してくるとか、深夜の寝室に暗殺者が転移してくるとか》
《なるほど……便利だけど、扱いが難しい魔法なんだな》
確かに、軍事行動や犯罪行為に転移魔法を利用されたら、今の世の中なんて簡単にひっくり返ってしまうだろう。もし転移魔法を再現できたとしても、考えなしに世の中へ広めていくのはやめておいた方がよさそうだ。
でも、だからといって折角の便利な魔法をお蔵入りにしてしまうのも勿体ない。要は悪用されずに済むような工夫ができればいいわけで──
《シモン様が珍しく前向きなの……はっ、まさか大賢者のお爺ちゃんみたいに、女湯に転移するつもりで──!?》
《そんな事しないよ!?というか、師匠が転移魔法を研究してたのって、それが目的なの!?》




