第2章 14話 思わぬ大金
翌朝早く、僕とステラは王都の冒険者ギルドに向かった。早朝のギルドは割りのいい依頼を求める冒険者達で賑わっており、受付にはノーラさんの顔も見える。
「ノーラさん、おはようございます」
「シモン様!今お戻りですか?」
「いえ、昨夜のうちに戻ってたんですけど、ちょっと時間が遅かったので」
僕はノーラさんの前に腰を下ろすと、収納の指輪から大量の魔石を取り出す。吸血鬼達と鏡の魔神が残していったものだ。
「こ、これは……!?」
「トマ村を襲った吸血鬼どもの魔石です。村の近くの地下迷宮に大量に巣食ってました。全部で5千くらいいたかなあ」
「吸血鬼が5千体!?そ、それに地下迷宮ですって!?トマ村の近くで地下迷宮なんて聞いたことが……しょ、少々お待ちください!」
ノーラさんは慌てきった顔をしてギルドの奥へと駆け戻っていき、程なくして初老の男性を連れて戻ってきた。黒髪と白髪が半々に混じり合った短めの髪は綺麗に整えられており、口ひげもきちんと手入れされている。服装も落ち着いた印象で、まさに紳士然とした男性だ。
「私は当ギルドを取り仕切っているバレンタインと申します。貴方がシモンさんですね?」
なんと、王都の冒険者ギルドのボスのお出ましだ。さすが都会のギルドだけあって、モルトのアーロンさんやパナシエのガラムさんとは一味違う洗練された物腰だ。
「はい。普段はモルトを拠点にしている冒険者のシモンです。お会いできて光栄です」
「ノーラからざっくりした話は聞きました。トマ村の近くで新しい迷宮が見つかったとか。できれば詳しく状況を伺いたいのですが、少々お時間を頂戴できますか?」
「はい、大丈夫です。トマ村周辺の地図があれば説明しやすいんですけど」
「それならこちらで用意できますよ。では、私の部屋までおいでください」
バレンタインさんの案内で通されたのは、ギルドの最上階にある個室というにはちょっと広すぎる書斎風の部屋だった。木目が美しい執務用のデスクにゆったりとした椅子。そして、来客用と思われるふかふかのソファとテーブルなどが、大きい窓のカーテン越しに差し込む柔らかい陽光に照らされている。壁際にはキャビネットや書棚が立ち並び、難しそうな本が所狭しと並べられている。冒険者ギルドの部屋というより、大臣の執務室とでもいった方がよさそうな雰囲気だ。
「いまお茶を出します。そちらにかけてお待ちください」
バレンタインさんに勧められてソファに腰かけると、思いのほか身体が深く沈み込んでしまった。このソファ、相当お高いんでしょうね……。
対面のソファにバレンタインさんが腰掛けてテーブルに地図を広げると、そこにノーラさんがティーセットを持って現れた。
「ありがとうノーラ。そうだ、私たちが話している間、彼が持ち込んだ魔石の査定を進めておいてくれるかい?」
「畏まりました」
ノーラさんが出ていった部屋に、紅茶の香りが漂う。
「では、事の経緯からご説明いただけますか」
「はい。そもそも発端は、このギルドにやってきたジェシカという女の子で──」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──成程、よく分かりました」
今回の事件の経緯を、最初から事細かく説明した。全て説明しきるのに1時間ほどかかってしまったが、当のバレンタインさんからできるだけ細部まで報告してほしいと乞われてしまい、報告の手を抜けなかった。
「地下迷宮とはいっても吸血鬼の根城とあっては、他の魔物が入り込む余地などなかったでしょうね」
「そうですね。先ほど報告した鏡の魔神」を除けば、他はゾンビやスケルトンといった低級の不死の魔物ばかりでしたし」
「しかし、その吸血鬼が根絶された以上、空き家となった地下迷宮に別の魔物が定着していく可能性が高い。我がギルドとしても注視しなければなりませんね」
地下迷宮に巣食う魔物は近隣住民にとって害悪でしかないが、魔物狩りを生業とする冒険者にとっては飯の種でもある。どちらにせよ、冒険者ギルドを統括するバレンタインさんにとっては捨て置けない話だろう。
「しかし、真祖を含む5千もの吸血鬼を一人で討伐されるとは……ノーラの度肝を抜いた大量の魔石がなければ、到底信じられない話です」
「それは……運が良かったといいますか……」
「大賢者様のお弟子様ということで深くは詮索いたしませんが、特別な力をお持ちの様子──そこで相談なのですが、王都のギルドに転籍する気はありませんか?」
「転籍?」
「はい。といっても、そう難しい話ではありません。拠点を王都に移していただき、ここ王都の冒険者ギルドで依頼を受注していただくだけで良いのです。正直に申しまして、これほど難度の高い依頼をこなせる冒険者となると、我々としても手放したくないのが本音でして」
「ああ、そういうことですか。……お誘いは有難いんですけど、それはお断りさせていただきます。モルトには両親との思い出がありますし、僕の帰りを待っている人もいますから」
「そうですか……残念ですが仕方ありませんね」
バレンタインさんはお茶を一口啜って溜息をついた。
お誘いは有難いけど、故郷のモルトへの思い入れは捨てられないし、何よりグウェンさんを待たせているからなあ。
「さて、あとはトマ村の人々を村まで送り届けなければなりませんが──」
「それは僕が魔法で運びます。そういえば、村の人達はどこにいるんですか?」
「結局、昨夜はギルドに泊まってもらいました。そろそろ朝食を摂りに下に集まっている頃合いかと」
ここって30人以上の大人数を泊められるのか。流石は王都のギルドだな。
「そろそろシモンさんの魔石の査定も終わるでしょうし、そろそろ下に降りましょうか」
「分かりました。あ、そういえば、村人の皆さんと一緒にロバが1匹いたと思いますが……」
「ああ、ウチの馬房で世話をしてますよ。可哀そうに怯え切ってましてね……あれは村でよほど怖い目にあったんでしょう」
いや、ルーが怖がってるのは吸血鬼じゃないと思う……。
1階に戻ると、バレンタインさんの推測通り、トマ村の皆さんが食堂で朝食を摂っている最中だった。
「あ!シモンお兄ちゃんだ!」
僕の姿を目ざとく見つけたジェシカが大声をあげると、村人たちの視線が一斉に集まってくる。
「おお、本当だ!」
「もう村から戻られたか!」
「村は……ワシらの村はどうなったんじゃ!?」
「他の人達はどうなったの!?隣のワトソンさんご夫婦がいらっしゃらないの!」
「皆さん落ち着いてください!いま説明しますから!」
慣れない寝床で不安な一夜を過ごしたであろう村人たちが興奮して詰め寄ってくるのをどうにか落ち着かせ、僕は皆さんに話し始める。
ここにいない村人達は全て吸血鬼にされてしまっていたこと。
彼らを浄化して天に帰したこと。
森の館の地下に救っていた吸血鬼達を一掃したこと。
特に、村人一人一人の最期についてはできるだけしっかりと伝えた。思い出すのも辛いことだけど、彼らの身近な人々にその最後を伝えることが僕にできる最後の供養だと思ったからだ。
「──というわけで、もう村に危険はなくなりましたが、生き残ったのはここにいる皆さんだけです」
「…………」
僕が報告を終えると、村人たちは静まり返ってしまった。大きすぎる衝撃を受け止めきれずにいるようだ。
そりゃそうだよな。ほんの僅かな間に、大勢の親しい人を亡くしたのだから。彼らの心の傷が癒えて元通りの生活に立ち返るまで、一体どれだけの時間が必要になるのか見当もつかない。
僕には皆さんにかける言葉など見つからず、ただ黙って立ち尽くすことしかできなかった
「シモン様ー、受付までおいでくださいますか」
「あ、はい。今行きます」
ノーラさんの声が重苦しい沈黙を破る。
彼女のいるカウンターに向かうと、そこには大きめの皮袋がひとつと、小ぶりの皮袋がひとつ積まれていた。
「魔石の査定が終わりました。小サイズの魔石3742個、中サイズの魔石が892個、特大サイズの魔石が2個。いずれも損傷のない綺麗な状態でした。買取金をこちらの皮袋に収めましたので、ご確認ください」
特大サイズ2個は、真祖のと鏡の魔神が持ってたやつだな。
「魔石ひとつあたり、小サイズは金貨10枚、中サイズは金貨30枚、特大サイズは金貨1000枚での買取となりますので、合計で白金貨661枚と金貨80枚になります」
「は、は、は、白金貨…………661枚ぃぃ!????」
「はい。あと少しでギルドの金庫が空になるところでした」
慌てて袋の中を確認してみると、そこには見たこともない貨幣が大量に入っていた。金貨とは違う白い高貴な輝きは紛れもないミスリルのもの。これ1枚で金貨100枚分の価値を持つという、とんでもない金持ちか王侯貴族にしか縁のない貨幣が、今まさにここに……!
「たたたたたた確かに、ううううう受け取りました」
「シモン様、大丈夫ですか?なんだか目が虚ろになってますけど」
「こんな大金を貰って正気でいろっていうほうが無理ですよ!」
「私もこれだけの大口取引は初めてです。今回シモン様が持ち込まれた魔石で、王都の生活インフラを丸2年は支えられますね」
「話のスケールが大きすぎて実感が湧かない……」
王都は魔法の防護結界で外敵の攻撃から守られているが、その結界の動力源となるのが大型の魔石である。その他にも、上下水道、街灯、冷暖房といった生活インフラの維持には、小~中型の魔石が欠かせない。それらを魔物から採取して確保するのは、冒険者ギルドの重大な責務のひとつだ。
ちなみに、小さいほうの袋には端数の金貨80枚が入っていた。これだって十分に大金なんだけど、これ全てを併せても白金貨1枚にすらならないんだよなあ……いかんいかん、早くも金銭感覚が狂い始めている。
しかし、こんな大金を持たされても正直使うアテがないんだよな。モルトの孤児院に寄付するにしたって、これは流石に巨額すぎる。だからといってステラの食費に全部突っ込むなんてのも無駄遣いが過ぎるってもんだし、何か意義のある使い道を考えなきゃいけないな。
《……今、シモン様が何か失礼なことを考えてたような気がするの》
《き、気のせいじゃないかなー》
作中の貨幣価値を現代日本の円に換算すると、こんなイメージになります。
銅貨1枚 = 10円
銀貨1枚 = 1,000円
金貨1枚 = 100,000円
白金貨1枚 = 10,000,000円
これに当てはめると、今回シモンが得たお金は61億1800万円に相当します。
ちなみに、王都エルミナスの人口は日本の神戸市とほぼ同等です。
その生活インフラを2年に渡って支えられるだけのエネルギーを提供した訳ですから、対価がこれくらいの金額になるのもむしろ必然…………だと思う。うん。




