第1章 03話 ステータスの副作用
モルトの町を出て住み慣れた山に向かう。依頼の薬草なら僕が住んでいる山小屋の周りを探せばいくらでも見つかるだろう。町から山小屋まで片道2時間だから往復4時間、さらに薬草採取で2時間を使うとして、6時間もあれば終わる仕事だ。何も問題が無ければ、町の門が閉まる前には戻ってこられるだろう。
町を離れ、林の中の道に差し掛かったあたりで、ステラが声をかけてくる。
《シモン様、ちょっと走ってみるといいの》
「え?山小屋までかなりあるし、今から無理してバテたくないんだけど」
《つべこべ言わずにキリキリ走るの。返事はサー・イェス・サーなの》
「まさかの軍隊式!?」
その後もステラがやたらと煽ってくるので、ちょっと軽めに走ってみた。うっわ速い!周囲の風景がどんどん後ろに流れ去っていく。しかも、なぜか全然疲れを感じない。そりゃそうだ、敏捷度517に体力527だもんね!
《今のシモン様なら1日中走り続けても問題ないの》
「もう人間じゃないよそれ……」
人間から離れていく自分を実感させられるのは精神的にキツいけど、それさえ割り切ってしまえばありがたい能力かも。このペースで走り続けたら、移動時間を大幅に短くできるんじゃないかな。いや待てよ、本気で走ったらもっと速いのでは……。
「よし、ちょっと本気で走ってみる」
《あ、ちょっと待つの……!》
制止しようとするステラの声が耳に入る前に、僕は大地を強く蹴っていた。足元の地面が深く抉れ、僕の身体が爆発的な加速とともに飛び出す。なんだこれ!いくらなんでも速すぎるだろ!止まれ、止まってくれええええええ!!
ズギャッ!!
自分のスピードを制御できず前後の感覚まで失った僕は、そのまま正面の木に激突した。
《だから言ったの。後先考えずに全力を出しちゃダメなの》
「いててて、顔面からいっちゃったよ……」
《シモン様は頑丈だから問題ないの。むしろ、ぶつかられた木のほうが可哀そうなの》
「それが守護天使のセリフ!?守護って言葉の意味しってる!?」
しかし、事実はステラの言う通りだった。僕がぶつかった木はそれなりに太い木だったのだが、なんと真っ二つにポッキリと折れてしまっていたのだ。ちなみに僕は無傷。顔面から突っ込んだのに無傷。うん、もう笑うしかないな。
《体力が上がると頑丈さも上がるの。今のシモン様は普通の人の50倍くらい頑丈なの》
「ふーん、それって動物に喩えるとどれくらい?」
《骨の固さなら、鋼鉄とだいたい同じくらいなの》
「もはや生物ですらない……!」
その後は手加減して走り、大過なく山小屋に辿り着くことができた。所要時間は僅か20分。これもう馬より速いよなあ……いやいやいやいや、暗い方向に考えるのはやめよう。足が速くなって困ることも無いんだし、ここは素直に喜ぼうじゃないか。プラス思考、大事。
「さて、薬草を探さないと」
《シモン様にとっては簡単なお仕事なの》
「いやいや、ステータスと薬草探しは関係ないでしょ……ないよね?」
《今のシモン様にはもともとの山の知識に加えて高い知能と感覚があるの。薬草が生えている場所を予測して探し当てるくらいお茶の子さいさいなの》
「うわ、本当だ!生えてそうな場所がなんとなく分かる!」
日の当たり具合や地面の傾斜、周辺の植生などから、薬草が生えやすそうな場所を予測することはできる。でもステータスが上がった今は、その予測がより正確かつ広範囲になってる感じ。なるほど、知能と感覚のステータスが高いとこうなるのか。
ほぼ百発百中といってもいい的中率で薬草の生育ポイントを探し当て続けた僕は、30分足らずで依頼の薬草を集め終えていた。
「よーし、冒険者の初仕事完了ー!でも、よく考えたら狩人時代にも同じ仕事をしてたような……」
薬草採取は狩人時代からの定番業務です。
《だから魔物狩りの依頼を受ければ良かったのに。とんだチキンなの》
「チキンとか言うな!初仕事で大事をとって何が悪いんだ!」
駄目だ、これ以上ステラと話してると僕の精神が持たない。仕事も終わったことだし、さっさと町に戻ろう。そうだ、孤児院にも顔を出さなくちゃ。何も言わずに治癒院を出てきちゃったから、今ごろマルクが心配してるかもしれないな。
しかしその時、遠くで何かが争っているような気配を感じた。耳を澄ますと獣が吠えるような声や人の叫び声が入り混じって聞こえてくる。気配や声の感じからいって、獣の数はかなり多そうだ。っていうか、なんでそこまで分かっちゃうんだ僕!?感覚が515もあるせい!?……いやいやいや、大丈夫!僕は人間!人間のはず!人間だといいなー!
「ステラ、向こうで誰かが襲われてる。助けに行くよ!」
《よっしゃ来たの!魔物退治デビューなのー!!》
ステラさん。アナタ曲がりなりにも天使なんですから、そうやって殺る気を前面に押し出してくるのは控えてください。軽く引きます。
少し速めの駆け足で気配のする方に向かうと、すぐに騒ぎの現場が見えてきた。冒険者風の集団が狼の群れに囲まれている。冒険者の人数は1、2、3……全部で4人か。相手もよく見たらただの狼じゃないな。真っ黒な体毛と額に生えた短い角。そして3メートルを越えようかという立派な体格。
「イビルウルフ……!」
森を根城とする狼の魔物だ。単独でも強いが、群れで狩りをするという厄介な性質がある。逃げる獲物を集団でどこまでも追いつめ、疲れ切ったところを仕留めるという恐ろしい連中だ。冒険者たちもここまで散々追われ続けてきたのだろう。もはや息も絶え絶えといった状態だ。
でも、幸いなことに狼たちは目先の獲物に夢中だ。こっちは風下だから匂いで気付かれる恐れもない。今なら弓で奇襲をかけられそうだ。群れのボスに手傷を負わせれば統制が乱れる。冒険者たちが切り抜けるチャンスができるかもしれない。
できるだけ音を立てないように気を付けながら、肩にかけていた弓を構えて矢をつがえる。大丈夫、この距離なら外すほうが難しい。周りに比べてひと際大きい狼に狙いを定め、弓をぐっと引き絞る。
ブツン……
「あ」
なんと、弓の弦がぷっつりと切れてしまった。しまった、つい普段通りの力加減で弓を引いちゃった!筋力525の大馬鹿野郎!
しかも、思わず漏らした声で僕の存在は完全にバレてしまい、こちらにイビルウルフが襲い掛かってきた。数は3匹。まずい!避けられない!牙を剥いて襲い掛かってきた先頭のイビルウルフを払いのけようと、僕は必死で腕を振り回す!
ボンッ
「えっ」
振り回した腕が先頭のイビルウルフに偶然クリーンヒットし、イビルウルフは真っ二つにちぎれ飛んだ。
「ひいいいい!なんだこりゃああああ!?」
怖!なにこれ怖!僕の腕が当たったところが挽肉みたいになってる!自分でやっといてなんだけど、威力がおかしすぎない!?
「グルルルルルル……」
目の前で仲間を殺された2匹のイビルウルフがうなり声をあげて遠巻きにこっちを警戒している。そりゃ惨殺死体を見せられたら二の足を踏むのも当然だよな。よしよし、そのままじっとしてて──
「ガウガウ!」
「って、結局襲ってくるんかい!」
今度は2匹が同時に襲い掛かってきた。でも、さっきの攻防を乗り切ったことで少し落ち着いたのか、今度は相手の動きを冷静に見極める余裕があった。1匹の牙をくぐるように避けてからもう1匹の側面に回り込み、前足をとって動きを封じてから側頭部に少し力を押さえた拳を叩きこむ。
「キャイン!」
殴られたイビルウルフは悲鳴をあげると、そのまま呆気なく絶命した。残った1匹は群れの方へと逃げ去っていく。
すると、形勢不利とみたのかイビルウルフのボスは踵を返して森の奥へと去ってゆく。すると、配下のイビルウルフ達も潮が引くようにボスの後を追って消えていった。そして、その後には僕と冒険者たちだけが残される。
ステラはイビルウルフ達が去っていった方角に向かって仁王立ちし、なにやら興奮した表情で胸をそり返している。
《ほーっほっほ!ざまー無いの!ウチのパワー系聖人の力を思い知ったのー!!》
「誰がパワー系聖人だ、誰が!!」
何を勝ち誇ってるんだアンタは!さっきから天使のくせに血の気が多すぎるんだよ!しかもその『パワー系聖人』とかいうパワーワードはなんなの!?僕はそんなもんになった覚えはないぞ!
……いや、ステラのことはもういい、諦めよう。それより冒険者の皆さんは大丈夫だろうか?そちらの様子を窺うと、リーダーらしい男が歩み寄ってくるところだった。
「助けてくれてありがとう。俺はデレク。〝幸運の星〟のリーダーだ」
「僕はこの山で暮らしているシモンです。皆さん無事で何よりです」
握手を求めてきたデレクさんの手を握り返し、僕も挨拶を返す。しかし、彼の顔は晴れなかった。
「いや、残念ながら無事ではない。仲間の一人が深手を負ってしまってるんだ。ポーションの持ち合わせがあったら融通してもらえないだろうか」
「ポーションは無いですね。薬草なら大量にあるんですが」
薬草はポーションの原料であり、それ自体にも怪我を癒す効果があるのだが、精製されたポーションに比べると即効性に欠けるため、重症を負った患者の治療には適さない。
「そうか……さっきのイビルウルフにやられてな。とにかく出血がひどい。このままだと町までもたないかもしれないんだ」
デレクさんの表情が暗くなる。いや待てよ、僕にはこういう時に打ってつけの祝福があるじゃないか!
「僕に怪我人を診せてもらえますか。ひょっとしたら、なんとかなるかもしれません」
「本当か!?ひょっとして、君は治癒魔法を使えるのか!?」
「ははは……まあ似たようなもんですね」
治癒魔法じゃなくて奇跡です。……なんて言っても信じてもらえないだろうなあ。
デレクさんに案内された先には、紺色のローブを纏った魔術師風の男性が倒れていた。年の頃は40前後だろうか。脇腹に爪で切り裂かれたような深い傷を負っており、そこから大量の血が流れだしていた。ここに来るまでかなりの血を失っているのだろう。血の気を失った青白い顔で、荒い呼吸を繰り返している。
《ステラ、触って念じるだけで治せるんだよね?》
《それで大丈夫なの。〝聖人の奇跡〟は偉大なの》
念のためステラに確認してから、僕は怪我人の傷に触れて念じる。治れー治れー傷跡残さずきれいに治れー。
すると、怪我人の身体から淡い光が放たれ、みるみる傷口が塞がっていく。ふむふむ、こうやって治るのか。自分の怪我が治った時は意識を失ってたから、こうして実際に見るのは初めてだなー。ものの数秒で怪我人の傷口はきれいに塞がり、青白かった顔にも血色が戻ってきた。うん、もう大丈夫だろう。
「治りました。もう大丈夫だと思いますが、念のため丸一日くらい安静にしていたほうがいいですね」
「……おお……おおおおおおおおお!」
僕が傷を癒やすのを見て固まっていたデレクさんは、いきなり吠えるような声をあげると、がばっと跪いて頭を下げた。えっ、ちょっとそういう大げさなのはやめて!
「ちょっと困ります!頭を上げてください!」
「何を言うんだ、見ず知らずの我々にこんな高位の治癒魔法を使ってくれるなんて、下げる頭がひとつじゃ足りないくらいだ!」
「そうだぜ。それに、あんたが治療してくれたマルコムの旦那は俺たちパーティの要だ。旦那の恩人は俺たち全員の恩人だぜ」
いくら抗議してもデレクさんは頭を上げようとせず、ついにはその仲間たちまで彼に倣って平伏しだした。こ、これはいたたまれない!
「そ、そうですか。あのー、僕はそろそろ行きますね。ちょっと急ぎの用事がありますんで!」
どうにかそれだけ言い残すと、僕は脱兎のごとくその場から逃げ出した。風のように木々の間を走り抜け、幸運の星の皆さんが慌てて呼び止める声もあっという間に聞こえなくなる。ビバ、敏捷度517!
《ストップなの!》
「うわっ、驚いた!いきなり何!?」
ステラが急に耳元で大声を上げ、僕は転びそうになりながらも立ち止まる。
《ここで恒例のステータスチェックなのー》
「はぁ?」
《あの冒険者たちを助けた結果、シモン様のステータスはこうなったの》
そう言うと、ステラは虚空に指を走らせて僕のステータスを呼び出した。
──あっ、人助けしたらステータスが上がっちゃうんだった……でも大丈夫!今回助けたのは5人だけだ!そんなに酷いことにはなってない筈!
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名 前:シモン
種 族:人間(聖人)
性 別:男
年 齢:18
生命力:12 (+554)
魔 力:14 (+551)
筋 力:11 (+568)
体 力:12 (+566)
精神力:17 (+557)
知 能:12 (+558)
感 覚:15 (+552)
器用度:16 (+553)
敏捷度:14 (+555)
祝 福:聖人の奇跡 星の銀貨
技 能:弓技Lv3 格闘技Lv2
気配探知Lv3 隠密Lv1 解体Lv1
料理Lv2
称 号:悪魔殺し
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よし!大丈夫!増えてはいるけどこれくらいなら我慢できる!僕まだ人間!
《今回は技能欄に注目なの》
「技能?……あれっ、なんか増えてる!?」
弓技と気配探知のレベルが上がってるし、格闘技Lv2とかいう身に覚えのない技能が増えてる!?
「あのーステラ先生、これは一体どういうことなんでしょうか?」
《格闘術が増えてるのは、イビルウルフと素手で戦ったからなの》
「たったあれだけで!?しかも殴ったのは2回だけなのにレベル2って!?」
《あと、薬草探しの時に気配探知のレベルが、弓を引いて壊した時に弓技のレベルがそれぞれ上がったの》
「そんなんで上がるの!?弓技レベルなんて、10年以上狩人やってても2止まりだったのに!」
『工夫と研鑽を重ね、さらに鍛錬を積み上げた末にやっと身に付くのが技能というものだ』って、死んだ父さんがよく言っていた。技能のレベルなんて、そう簡単に上がるもんじゃないはずだ。
《普通の人間ならその通りなの。でもシモン様はちょっと普通じゃないの》
「いやいや、僕は普通の人間だよ?」
《シモン様には人間離れした知能と感覚があるの。だから、ひとつの経験からより多くの事を学び、感じ取ることができるの》
「いやだから、人間離れしてないよ?人間だよ?」
《さらに人間離れした身体能力と器用度があるから、学んだことを簡単に実現できちゃうの》
「ちょっと僕の話聞いてる!?」
要するに、僕の技能の習得・向上速度は高ステータスの影響で恐ろしく速くなってるらしい。剣術Lv1くらいならちょっと剣を振っただけで身に付くし、美味しい料理を食べるだけで料理技能のレベルが上がったりするんだとか。うわあ、驚きの吸収力!
一体全体、神様は僕をどうしたいの!?僕は普通の人間として幸せに暮らしたかっただけなのに!
《というわけで、これからはステラがシモン様の強化をサポートするの》
「いや、そんなサポートいらないから。これ以上強くならなくていいから」
《手始めに、ステータスや技能を獲得したら、シモン様の視界にメッセージが出るようにしといたの。しかもファンファーレのおまけ付きなの》
「なんでそういう余計なことするの!?」
《努力の結果を見える化することでモチベーションの向上を図るの。管理職の必須テクなの》
「何を言ってるのか分からないよ!?とにかくそんなメッセージいらないからやめて!」
《やめないの》
「いやホント頼むからやめて!町に戻ったら何か美味しいもの食べさせてあげるから!」
《んー、それはちょっと悩むのー》
よっしゃ、あともう一押し!
《パパパパパーン♪》
ん?
【技能 交渉 を習得しました(Lv1)】
──僕は頭を抱えてその場に蹲った。