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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第2章 聖人シモンと王都の大賢者
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第2章 12話 聖人の裁定

毒霧(ポイズンミスト)



 伯爵の魔法で僕の周囲を紫色の毒々しい霧が包み込むが、霧を吸い込んでしまう前に、僕は素早く効果範囲から抜け出した。まあ、万一吸い込んでしまったとしても今の僕には毒耐性があるんだけど。



『ちっ、ちょこまかと鬱陶しい!呪炎(カースドフレイム)!』



 いきなり僕の足元から黒い炎が勢いよく吹き上がるが、これもバックステップで躱す。しかし、黒い炎は消えるどころか勢いを増し、空中を蛇のようにのたうちながら僕のほうに向かってきた。まさか、追尾機能付きの炎!?



『フハハハ!それは貴様を焼き尽くすまで消えることのない呪いの炎!もはや逃れる術はない!』


「あ、これって呪いなの?それなら問題ないや」



 僕は躊躇なく黒い炎に触れて〝聖人の奇跡〟を発動する。すると、僕を焼き尽くす筈のその炎は、まるで蝋燭の火に水をかけたかのように呆気なく消え失せた。



『なっ……貴様、一体何をした!?呪炎(カースドフレイム)を無傷で消し去るなどあり得ん!』


「無傷じゃないよ!ちょっと熱かったんだからな!」



 一瞬とはいえ炎に触れたわけで、僕の手のひらは酷い火傷を負わされた。しかし、その火傷も〝聖人の奇跡〟の力であっという間に癒えていく。今更だけど、神様の祝福の力って本当にとんでもないよなあ……。



《シモン様、いつまで遊んでるのー?こんなのちゃっちゃっと終わらせて、早く帰ってご飯にするのー》


《遊ぶどころか大苦戦中だよ!?何かアドバイスとかないの!?》


《そんなの、いつも通り〝聖人の奇跡〟を使えば一発なの》


《えっ、だって相手は霧になっちゃってるんだよ?》


《相手が霧でも触ることはできるの。実際、シモン様はいま炎にだって触ってたの》


《あ……》



 ステラの言う通りだ。この手が届きさえすれば、それがたとえ実体のない炎であっても祝福の力が働いた。ならば、炎が霧になったって同じこと……なあんだ、楽勝じゃないか。悩んで損した。



《でも────シモン様は本当にそれでいいの?》


《ん?どういうこと?》


《〝聖人の奇跡〟で浄化すれば、この吸血鬼(ヴァンパイア)の魂も輪廻の輪に戻っていくの。でも、()()()()()()()()()()っていう選択肢もあるの》



 ステラは感情のこもっていない表情で淡々と言葉を継ぐ。



《そうすれば、この吸血鬼(ヴァンパイア)の魂は呪われたまま──輪廻の輪に戻れず完全に消滅するの》


《……つまり、こいつのこれまでの悪行に報いをくれてやれって言いたいの?》


《ううん、ステラは選べる道を示しただけ。それを決めるのはシモン様なの》



 こいつは自ら吸血鬼(ヴァンパイア)と化した後、少なくとも数千人もの人間を殺害して自らの眷属としてきた。王国の貴族として生きた生前も、魔法の才能に恵まれない人たちを酷く虐げてきたのだろう。しかも、本人はそれを悪いことだとは考えておらず、むしろ当然の権利だとすら思っている。救いがたい思想の持ち主だ。


 トマ村の人たちの敵。この世に生きているだけで周囲に不幸をまき散らす邪悪な存在。確かにこいつには断罪が必要だ。祝福の力に頼らなくても、鏡の魔神(ミラーデビル)を倒した時のように霧を一箇所に集めて焼き払えば倒せるかもしれない。そうだ、そうすれば僕の手でこいつの罪に裁きを下すことが────いや、裁きを下すだって?この僕が?




「〝聖人の奇跡〟」


『うぐっ…………!?』



 霧の気配を特に強く感じる場所に素早く移動し、手をかざして祝福の力を発動させると、広間の中に伯爵の苦し気な呻き声が漏れ響いた。



『き、貴様、何をした!?おおお……我が力が……魔力が……消えて……』


「魂の呪縛を解いた。お前は吸血鬼からただの人間に戻り、そしてそのまま死ぬ」


『ば、馬鹿な!たかが人間に吸血鬼の呪縛を解くことなどできぬ!』


「残念ながら僕にはできるんだよ。あの世に着いたら、お前が殺してきた沢山の人達に謝ってこい!」



 霧の気配がどんどん薄れていく。ついには術も保てなくなったようで、広間の中に再び伯爵の姿が現れた。伯爵の身体の内側を浄化の力が駆け巡り、その肉体の至る所がぼろぼろと崩壊を始めている。



「うぐうぅぅぅ……このとてつもない浄化の力……まさか貴様〝聖人〟か!?」


「えっ、なんでそれを知ってるんだ?」



 慌ててステラのほうを振り返ったが、知らん顔でそっぽを向いている。ああ、これは間違いなく何か知ってるな。後で問い詰めよう。



「やはりそうか…………クックックッ、これも因果か……」


「因果……?」


「これで安堵しないことだな……貴様の苦難は……これか…ら……」



 最後に気になる一言を残すと、伯爵は光の粒子となって消えていき、その後には特大の魔石が残された。握り拳と同じくらいの大きさのその魔石は、これまでに見たどの魔石よりも強い輝きを放っている。

 僕はその魔石を拾い上げて収納の指輪にしまいながら、伯爵の最期の言葉について考えていた。僕の苦難がこれから?こいつの他にも吸血鬼(ヴァンパイア)がたくさんいるってこと?いや、それよりも引っかかるのは──



《ステラ、なんでこいつは〝聖人〟のことを知ってたの?因果とも言ってたけど》


《そんなことよりシモン様、なんで吸血鬼(ヴァンパイア)を倒さずに浄化したの?さっきまであんなに怒ってたのに》


《ん?ああ、確かに怒ってたし今でも許せないよ。でも、僕が他人の魂に裁きを下すってのは、なんか違うと思ってさ》



 邪悪なものを退治するまではいい。でも、その魂を裁くのはあくまで神様の役目。そこにただの人間である僕が踏み込んでいくのは、流石に傲慢が過ぎるように思えたんだ。



《やっぱりシモン様って……》


《ん?何か言った?》


《ううん、なんでもないの。早く街に帰ってご飯にするの》


《はいはい。でもその前にこの階層の探索を済ませちゃおう。なんたってここは古代魔法王国の伯爵様の棲み処だ。きっと貴重な財宝が見つかると思うよ》


《屋敷の主人を殺した後でゆるゆると金品を奪う……下手な強盗殺人よりも罪深いの》


《だからその言い方はやめてって!》



 僕たち以外に誰もいなくなった階層の中を探索して回ると、予想した通りの大収穫だった。伯爵がいた広間の奥にあった宝物庫からは金銀財宝や魔法が付与された装飾品の数々が見つかった。


 嬉しかったのは僕の体格にちょうどぴったりの剣があったことだ。自分の剣を悪魔との戦いで折ってしまい、それからずっと徒手空拳で戦ってきた僕にとって、何よりの獲物だ。



《いやちょっと待てよ、呪いの剣だったらどうしよう?》


《お馬鹿さんねー。シモン様に呪いなんか効くわけないの》


《あ、はい。そうでした……》



 剣の(ガード)の中央埋め込まれた真紅の宝石が輝きを放っている。多分これは魔石だろう。意匠が凝らされ細かい宝石が散りばめられた鞘を払うと、鏡のように磨き抜かれた煌めく刀身が現れる。


 抜き身になった剣を2、3回振ってみる。



《羽根みたいに軽いや》


《たぶん軽量化の魔法なの……ふーん、他にも色々面白そうな魔法が付与されてるの》


《面白そうって……ステラが言うとなんか怖いな》


《大丈夫なの。少なくとも害はないの》



 その後もしばらく素振りをしてみたが、これといって危険はなさそうなので、ありがたく自分の剣として使わせてもらうことにした。

 その他のも魔法が付与された財宝がいくつかあったが、詳しい調査は後回しにして片っ端から収納の指輪に放り込んでいく。



《シモン様ー、こっちに書庫があったの》


《今行くー》



 ステラが見つけた書庫に行ってみると、表の屋敷にあった書庫を遥かに上回る大量の書籍が山と積まれていた。背表紙のタイトルをざっと眺めた限りでも、魔法書、歴史書、兵書、経営書、図鑑、物語などなど、ジャンルは多岐にわたっている様だ。



《師匠へのお土産に全部持っていこう。ここに残しておいても無駄になるだけだもんね》



 大量の本がどんどん収納の指輪へと収められていく。この収納の指輪って本当に凄いな。既に結構な量が入ってる筈なのに、まだまだいくらでも入りそうだ。



《よし、とりあえずこんなもんか。ステラー、そろそろ帰るよー》


《へい、親分!》


《だから、そうやって盗賊感を出すのはやめて!》

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