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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第2章 聖人シモンと王都の大賢者
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第2章 09話 森の館

飛翔(フライト)!」


 上空高く飛びあがった僕は、気配探知を発動して吸血鬼(ヴァンパイア)の居場所を探す。



吸血鬼(ヴァンパイア)が出たという森の館は…………見つけた、あそこだ!》



 村から徒歩だと3時間ほどかかりそうな辺りで、さっき吸血鬼(ヴァンパイア)から感じたのと同じ、禍々しい気配が引っかかった。



《急ごう》


《合点承知なのー》



 急降下して加速度をつけると、その速度をそのままに木々の梢すれすれの辺りで軌道を水平に修正する。夜の闇に包まれた森を掠めるように、僕とステラは風すら追い抜くほどの速度で飛び抜けていく。


 僕たちは10分もかからずに目的地へと到着した。狭い空から覗く星以外には明かりひとつない森の中のこと。屋敷の外観がどのようなものなのかは全く分からないが、それでも中から漂ってくる禍々しい気配だけは隠れようもない。



《間違いない、この中に吸血鬼(ヴァンパイア)がいる。でもこれは……屋敷の地下?》



 吸血鬼(ヴァンパイア)の気配は屋敷の地下から感じられる。しかも、その数は1体や2体じゃない。



《とんでもない数だぞ、これ》


《多分、何百年もの間この館の主人が餌食にしてきた人達なの》


《トマ村の人達にしたような惨い真似を何百年も……》



 ふつふつと滾る怒りを押し殺しつつ、僕たちは屋敷の中へと足を踏み入れる。館の中には明かりひとつなく、全てが暗闇に閉ざされていた。



光球(ライトボール)



 光魔法の光球(ライトボール)を唱えると、柔らかい光を放つ球体が宙に浮かび、辺りを照らし出す。


 そこは荒れ果てた館だった。古代の貴族の別荘と思われるその建物は、これまで何百年も放置されてきたのであろう。高級な調度品の数々はすっかり朽ち果ててボロボロになり、天井や壁のあらゆる場所が埃と蜘蛛の巣に塗れている。板張りの床には埃がうっすらと層を作っており、一歩踏み出すたびに巻き上がった埃で咽そうになる。



「こりゃ酷い。僕が吸血鬼(ヴァンパイア)だったとしても、こんな家で暮らすのは御免だな」


「だから地下にいるの?」


「うーん、どうなんだろ。とりあえず、館の中もひと通り調べてみよう」



 屋敷の中は完全に荒れ果てており、朽ちた床を踏み抜かないよう注意して歩かなければならない程だった。しかし、苦心して屋敷中を調べたもののこれといった収穫は得られず、遂に最後のひと部屋を残すのみとなった。



《ここも無駄足だったら、さっさと地下に行って吸血鬼(ヴァンパイア)を退治しちゃおう》


《──待ってシモン様、ここは館の主人の書斎なの》



 扉を開けた僕たちの目に飛び込んできたのは、壁一面を埋め尽くす本棚と、そこに収められた蔵書の数々だった。これは……一体何年前の本なんだろう?



《適当に読んでみるの》


《待って!こんな昔の本、ちょっと触っただけで崩れちゃうよ!……あれ?なんともない?》



 本を手にとってもページを開いてみても、何の問題も無かった。書かれている文字も非常に明瞭であり、滲み、霞み、黄ばみといった劣化の兆候もまるで感じられない。こりゃ一体どういう仕組みだろう……あ、魔法か。そういえば大賢者様の書庫にあった魔法書に状態固定(ステーブル)って魔法があったな。



《魔法書が殆どだね。師匠へのお土産に丁度いいな》



 僕は収納の指輪にどんどん魔法書を放り込んでいく。やってることはまるで泥棒のようだが、この本の持ち主がトマ村に吸血鬼(ヴァンパイア)騒動を巻き起こした元凶だと思うと、良心の呵責は一切ない。



《シモン様、これ日記みたいなの》


《おっ、どれどれ?》



 ステラから手渡されたのは、皮張りの装丁を施された分厚いノートだった。表紙には『日録:ファウスト・モンタネリ伯爵』と刻印されている。館の主人の日記だろうか。興味を惹かれた僕は、本を開いてページをめくっていく。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




〇月×日


今日も宮廷で革新派の連中と激論を戦わせる。

連中の浅慮ぶりには呆れ果てる他ないが、

それ以上に死霊術(ネクロマンシー)に対する軽視が許しがたい。

我がモンタネリ家が累代に渡って受け継いできた

珠玉の研究成果を一顧だにせんとは……。


まあ良い、いずれ目に物みせてくれよう。

我が研究の完成は目前に迫っているのだから。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




△月□日


遂に研究が完成した!

この研究を書物に認めて永遠のものとしたのちは

我が身をもってその成果を試すのみ。

先祖の宿願を果たす瞬間が刻一刻と近づいている。

現当主たるこの私が、強大にして永遠の存在になるのだ!


宮廷の革新派は今日も愚かな妄言を垂れ流しているが、

近頃では陛下までもが彼らに同調しているようで一抹の不安を覚える。

何事にも地道な研究と検証こそが必要だというのに

どうして彼らにはそれが分からないのか。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




×月△日


愚かな!なんという愚かな!

よりによって我が魔法書が完成した今日この日に

彼の愚劣な者どもが為した禁術により

我らが栄光のレムリア王国はここに滅び、その全てが失われた!

かねてより危惧されたことではあるが

陛下までもが蒙昧な輩に同調されたのは余りにも嘆かわしい。


もはや私が愛し忠義を誓った王国は失われた。

王家への忠勤に励んできたご先祖様に申し訳が立たぬ。

今の私に残された仕事は、研究の成果を実地に移すことのみ……。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




×月□日


我が秘術は滞りなく完成した。

これで二度と日の光を浴びることのできない身体となり果てたが

そんなことはどうでも良い。

私にはこの身より溢れ出る力と永遠の命があるのだから。


それより、無性に喉が渇く。ヒリヒリと焼け付くようだ。

早急に何かを口にしなければ。

ああ──ここに美女の新鮮な生き血があればどんなに良いだろう!




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




《この日記を書いた〝ファウスト・モンタネリ伯爵〟ってのが吸血鬼(ヴァンパイア)の大元だってのは確定だね。しかし、それにしても──》



 これってとんでもなく貴重な文献なんじゃなかろうか?


 遥か昔に繁栄の極みにあったという古代魔法王国レムリアは、ある日突然歴史から姿を消した。その滅亡の詳細については今も謎のヴェールに包まれており、歴史家の間でも諸説乱立しているのが現状だ。しかし、この日記には当時を生きた人間の筆でレムリア王国の最期の様子が書かれている!


 断片的な記述ではあるが、()()()()()()()()()()()()とやらが王国滅亡の直接的な原因とみて間違いないだろう。大陸全土を支配していた超大国を滅ぼすほどの禁術って、一体どんなものだったんだろう?



《そんなことより、さっさと吸血鬼(ヴァンパイア)を倒しに行くの》


《そうだね、相手の正体は割れたし、同情の余地が無いことも分かった。調査はここまでにしよう》



 日記を収納の指輪にしまい込んだ僕たちは、いよいよ地下へと向かっていく。

 その先には大量の吸血鬼(ヴァンパイア)どもが待ち受けている筈だ。

 そして、さらにその先には──トマ村に不幸を呼び込んだ元凶、吸血鬼(ヴァンパイア)ファウスト・モンダネリ伯爵が待っている。

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