第2章 08話 憔悴と激怒
「ジェシカ、いい子にして大人しく待ってるんだよ。すぐに吸血鬼を退治してくるからね」
「うん!ジェシカいい子だよ!」
「ノーラさん、お手数かけますけど村の皆さんを宜しくお願いします」
「ははははい!ギルドの総力を挙げましても!」
「いや、何もそこまで……あ、そうだ。僕が2、3日留守にするって、師匠に伝言をお願いしたいんですが」
「大賢者様に!?え、えーと、ギルドマスターに行ってもらいます。はい……」
ノーラさんは師匠のことがよほど怖いらしい。しかし、伝言役を上司のギルドマスターに擦り付けるとは、動揺してるようで案外余裕があるのかも。
ギルドから出てすぐに飛翔を発動し、僕は空へと舞い上がる。太陽はすっかり沈み切り、辺りには夜の帳が落ちかかっている。いよいよ闇の眷属たちの時間だ。
《ステラ、吸血鬼にされた人を元に戻すことはできないのかな?》
《彼らは吸血鬼にされた時点で死んでるから無理なの》
《死んでるってことは、吸血鬼ってゾンビとかグールの仲間なの?》
《不死の魔物という括りにおいては同じものなの。でも、強さは段違いなの》
《そっか。呪いの類だったら、僕の祝福の力で元に戻せると思ったんだけどな》
流石に〝聖人の奇跡〟をもってしても、死者を蘇らせることはできない。それができるのは神様くらいのものだろう。
《ってことは、さっきステラが言ってた通り、魔法でドーンとやっつけるしかないのかな》
《それもどうかと思うの》
ステラが表情を曇らせる。おや、この子がこんな顔をするのは珍しいな。
《死者の魂が呪いで肉体に縛り付けられたのが不死の魔物なの。魔法で肉体を滅ぼすことはできるけど、そうすると依り代を失った呪われた魂が消滅してしまうの》
《消滅?死者の魂は天に昇って輪廻するんじゃなかったっけ?》
《呪われた不死の魔物の魂は、輪廻の輪に戻れないの。だから、その存在は永遠に失われてしまうの》
《ええ……それってあんまりじゃない?彼らも好きで不死の魔物になった訳じゃないだろうに》
《ステラは不死の魔物なんて大嫌いなの。どこまでいっても救いが無いから……》
ステラの気持ちは痛いほど分かる。吸血鬼の眷属にされるだけでも十分不幸なのに、そこから解放されるには魂ごと消滅させられるしかないなんて……。何か別の手段はないんだろうか。
《でもシモン様なら、輪廻の輪に戻してあげることはできるの》
《え?どうやって?》
《さっき自分で言ってたの。呪いの類だったらって》
《……そうか!僕の〝聖人の奇跡〟なら魂にかけられた呪いを解ける!》
つまり、吸血鬼を倒して回る必要は無いってことだ。ただ身体に触れて祝福の力で呪いを解いてやれば、その魂は浄化されて天に還っていく……うん、これならまだ救いがあるし、何よりとっても簡単そう!
《ありがとうステラ!流石は僕の守護天使だ!》
《えっ、ちょっ、何するのー!?》
村人の魂を救う手立てを見出して嬉しくなった僕は、空を飛びながらステラの両手を取り、盛り上がった気分に任せて旋回、錐揉み、宙返りと、アクロバット飛行を心行くまで楽しんだ。そして、そのままぐんぐんスピードを上げてトマ村へと向かっていく。
振り回され続けたステラはしばらく抵抗していたが、そのうち目を回したのかぐったりとしてしまった。
《きゅう……》
いかん、ちょっとやり過ぎたか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
《ううう、まだ気持ち悪いの》
《本当にごめんよ。ほら、もう村に着いたから、そろそろ立ち直って》
上空から見下ろしたトマ村には明かりひとつなく、不気味なほど静まり返っている。気配探知で様子を窺ってみると、吸血鬼達はまだ家の中で息を潜めているようだ。彼らが獲物を求めて村を徘徊しだすのは深夜になってからなのだろう。
《よし、片っ端から浄化していこう》
手始めに吸血鬼の反応がひとつだけ感じられる家を選び、ノックもせずに扉を蹴り開ける。
「ギギ……?」
中にいたのはボロボロの服を纏った男性だった。その肌は異様に青白く、仄暗い眼窩の中で赤く輝く妖しげな瞳をこちらに向けてくる。その首筋には牙を突き立てられた痕がくっきりと残っている。吸血鬼にやられた傷だ。
「グァァァァァ!!」
吸血鬼が襲い掛かってくる。元が人間だったとは思えないほどの素早さで、的確に僕の首を狙って牙を伸ばしてくる。しかし、吸血鬼の視界から僕の姿が消え、その牙は空しく空を穿つ。
「ガ……?」
「どうか安らかに……」
吸血鬼の背後に回り込んでいた僕は、その背中に触れて〝聖人の奇跡〟を発動させる。すると、吸血鬼の身体が淡い輝きに包まれ、赤い瞳が輝きを失っていく。
「あ……あ……私は……?」
吸血鬼だった男は元の意識を取り戻したらしく、辺りを見回して呆然としている。ただ、その肉体は既に生命を失っており、その魂は間もなく天に召されることになる。
「き……君があの苦しみから助けてくれたのか……」
「すみません、命はお救いできませんでした。どうか安らかにお眠りください」
「ありがとう……ありがとう……」
男は両手を合わせて僕を伏し拝み、その恰好のまま光の粒子となって消えていった。
何の罪もない人間が邪悪な魔物の牙に掛かり、それでも僕に感謝しながらこの世を後にしていく……。その姿を見ているうちに行き場のない激情に襲われた僕は、無意識に拳を固く握りしめていた。
《シモン様、吸血鬼はまだたくさん残ってるの》
《……うん、分かってる》
その後も陰鬱な仕事は続く。この夜、僕は数十人もの村人の最期を続けざまに看取ることになった。
魂の呪いを解かれた吸血鬼は死ぬ前に元の人格を取り戻すのだが、その彼らの末期の言葉が僕の心を抉り、深い傷を残していく。
「嫌だ、嫌だ、死にたくねえ!俺が死んじまったら母さんが一人ぼっちになっちまうんだよ!」
「あたし、せめて恋をしてから死にたかった。結婚して、あったかい家庭を作って……」
「街に出た息子に、最後に一目だけでも会いたかったねぇ……」
「僕、死んじゃうの?パパにもママにももう会えないの?」
やめてくれ……頼む、やめてくれ……もう沢山だ……!
内から溢れ出る悲しみと怒りで、この身体が張り裂けそうだ。
なんでこの人たちが理不尽な死を強いられなきゃならない?なんで幸せな家族の暮らしや子供達の未来が踏みにじられなきゃならない?こんな酷いことをする権利なんて、神様にだってない筈だ!
《次が最後の一軒なの》
ステラが指し示した家に入ると、そこには3体の吸血鬼がいた。大人の男女とまだ成年前と思われる少女がひとり。恐らく家族だったのだろう。
僕は激情に軋む心をどうにか押さえつけ、相手に攻撃させる間すら与えずに距離を詰めると、3人の身体に次々触れて祝福の力を流し込んでいく。
「……私達、一体?」
「ママ!パパ!」
「お前たち…………おおお、私はなんということを!すまない、すまないッ!!」
三人とも人格を取り戻すと、父親らしき男が床に頭を叩きつけんばかりにして自らの家族に謝りだした。
「吸血鬼にされてしまっていたとはいえ、父親の私がお前たちをこの手で……おお……おおおおおおおおおおお!」
男は両手で顔を覆い、咆哮のような哭き声をあげる。そうか、この人はご家族を自らの手で……。吸血鬼の呪いは家族の絆すら壊してしまうのか。
「パパ、顔を上げてよ」
「お前……こんな私をまだパパと……」
「だってパパはパパだよ」
「そうね。貴方は貴方よ。悪いのは貴方をあんな風にした魔物でしょう」
「ねえ、みんなで一緒に神様のとこに行って、また家族になれますようにってお願いしようよ」
「ああ……そうだな……」
妻と娘に抱き起されるようにして立ち上がった男は、こちらにひとつ軽い会釈をすると、家族と共に光の中へと消えていった。
もはや僕は顔を上げることができなかった。両目から溢れ出した涙がぽたぽたと零れ落ちて床を濡らしていく。
くそっ、なんでだよ!こんな幸せそうな家族が、なんでこんな酷い目に遭わなければならないんだよ!!
《これで村に吸血鬼はいなくなったの。お疲れ様なの》
「ステラ、なんで君は平然としていられるの?こんなに大勢の人たちが殺されたんだよ!?誰も死にたくなんかなかったのに!!」
思わず大声を上げてしまった僕を、ステラはただ静かに見つめ返してくる。
神秘的な輝きを湛える彼女の碧い瞳が、荒れ狂う心の奥底までを見通してくるようで、僕は二の句が継げなくなった。
《ステラは天使なの。だから、これまで何千年──ううん、何万年ものあいだ、ずっと死んだ人達と向き合ってきたの》
何万年って……想像しただけで気が遠くなりそうだ。それだけの間、この子はこういう悲しい思いを積み重ねてきたのか?
ステラは一切表情を変えなかったが、僕にはこの時小さなステラがまた一回り小さくなったように見えた。
《死は誰にとっても等しく悲しい、とても辛いものなの。昔はステラもよく今のシモン様みたいになってたっけ》
《ステラ……》
《でもね、もう気持ちが擦り切れちゃったみたいなの。今だって涙のひとつも出やしないの。ステラは冷たい子になっちゃったの》
ステラはそう言って微笑む。
それは僕が今まで見てきた中で一番哀しげな微笑みだった。
《……ごめんよ、ステラ》
《謝ることは無いの。シモン様の反応のほうが正常なの》
《ううん、僕はステラを尊敬するよ。僕なんかじゃ耐えられそうにない辛い役割を、君はずっと背負ってきたんだね》
《シモン様……》
《ステラのためにも、僕は僕にできることをやるよ》
《何をするつもりなの?》
この期に及んで、やる事なんて決まっている。
《勿論、この村をこんな風にした諸悪の根源を倒しにいくんだよ!》




