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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第2章 聖人シモンと王都の大賢者
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第2章 06話 トマ村の惨状

 依頼主の少女はジェシカと名乗った。今年5歳になったばかりだそうだ。こんな小さな女の子が一人で王都までやってくるなんて、それだけでも十分すぎるほど凄いことだ。



「お兄ちゃんが村をたすけてくれるの?」


「そうだよ。僕はシモンっていうんだ。よろしくね」


「あたしのパパやママをたすけてくれる?」


「安心していいよ。こう見えてもお兄ちゃんは強いんだから」


「ありがとう!じゃあ、すぐに村にもどらなくちゃ。パパとママがまってるの」


「パパとママは無事なの?」


「お家のちかしつにかくれてるよ」


「そこにジェシカも一緒に隠れてたの?」


「うん。でもパパが、まちに行ってたすけをよんでこいって」


「ジェシカ一人に助けを呼びに行かせるって、随分と無茶なことを言うパパだな」


「ジェシカひとりじゃないもん!ルーがいるもん!」


「ルー?」



 ジェシカに手を引かれてギルドの外に出ると、小ぶりのロバが一頭のんびりと寛いでいた。



『ヒィン!』


「ひょっとして、ルーってこのロバのこと?」


「うん、あたしのおともだち。ルーがまちまでのせてくれたの」


「なるほど……」



 ジェシカの父親の考えが理解できた。街に助けを呼びに行くにしても、足がなければ追いつかれる。その点、この小さなロバに乗れるジェシカが適任だったということだろう。

 でも、それにしたって我が子を安全な隠れ家から外に出すなんて、なかなかできることじゃない。苦渋の決断を強いられたジェシカの父親は、さぞかし心配していることだろう。



「よし、とにかく急いで村に行こう。ジェシカの両親の他にも、まだ無事な人がいるかもしれない」


「うん!でもどうしよう、シモンお兄ちゃんはルーにのれないよ?」


「じゃあ、みんなで空を飛んでいこうか」


「お空をとべるの!?」



 飛べますとも。師匠の書庫で見つけた本に、便利そうな魔法がたくさん載ってたからね。


 僕とジェシカとルーを対象に、無属性魔法の飛翔(フライト)を発動させる。すると、僕らの身体がふわりと宙に浮きあがった。僕はジェシカと手を繋ぎ、ルーの身体を反対側の小脇に抱える。



「わっ、わっ、すごい!体がうかんだ!」


『ヒッ…………』


「僕の手をしっかり握っててね。よーし、出発!」



 僕たちは勢いよく空に飛びだした。飛翔(フライト)は実験室で一度試したけど、他人にかけるのはこれが初めてだ。ちょっと心配だったけど、上手くいってよかったなー。

 僕たちはぐんぐんスピードを上げ、あっという間に王都の城門外へと飛び出していく。



「すごーい!ほんとうにお空をとんでるー!」


『ヒ……ヒィィィ…………』



 ジェシカははしゃいでいるけど、ロバのルーは怯え切っている。ごめんよ、村までの辛抱だからな。



「よーし、このままジェシカの村までひとっ飛びだ!」


「でも、うちの村はこっちじゃないよ?はんたいだよ?」


「あ……そういえば村の場所を聞くのを忘れてた……」



 なんとも先行きが不安になる旅立ちだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 村に着いたのはまだ日が落ちる前だった。日光を恐れる吸血鬼(ヴァンパイヤ)が活動を始めるまで、まだ数時間の余裕がある。



「今のうちにジェシカの両親と合流しよう」


「あたしのお家はあっちだよ」



 ジェシカの案内に従って辿り着いたのは、街の一番外れにある小さな家だった。

  地上にそっと降りたつと、ロバのルーが一目散に逃げていった。よほど空を飛ぶのが怖かったらしい。ちょっと可哀そうなことをしちゃったかな。


 家の中は板張りの質素な造りで、1階はほぼ全体がリビングとキッチンで占められており、寝室の類は2階にあるようだった。

 一番先に駆け込んでいったジェシカが、台所の床をノックして大声で話しかける。



「パパ!ママ!たすけてくれる人をよんできたよ!もうだいじょうぶだよ!」



 すると、床の一部がめくれるように持ち上がり、中から中年の男性が這い出してきた。



「おお、ジェシカ!無事だったか!」


「パパー!」


「ああ、ジェシカ!私の可愛い娘……」



 胸に飛び込んできたジェシカを抱き留めた父親が、大粒の涙を流している。その後ろから母親らしき女性も出てきて、歓喜の輪に加わった。よかった、二人とも無事だったか。



「僕はお嬢さんの依頼に応じて王都からやってきた冒険者のシモンという者です。いきなりで申し訳ないんですが、この村の状況を手短に教えて頂けますか?」


「おお、貴方が……分かりました、私から説明しましょう」



 ひとつ頷いたジェシカのお父さんが滔々と説明を始めた。


 ここトマの村には遥か昔から吸血鬼の伝説が伝わっている。町はずれの森の奥深くに古びた館があり、そこには吸血鬼が棲んでいる。その吸血鬼は数十年に一度目を覚まし、村に恐怖と災いを振り撒くという。



「よくある怪談話のひとつだと思ってたんですが、最近になってその館が発見されたんですよ」



 森の中で館を発見したのは森で生計を立てている狩人の若者だった。すぐに吸血鬼の伝説に思い至った狩人は、這う這うの体で村に逃げ帰った。その狩人から報告を受けた村人たちは、その館をどうするべきか話し合ったという。



「結局、今のうちに館に火をかけようって結論になりまして」


「火を!?いやいや、過激すぎませんかね。森の木に火が燃え移ったら大火事じゃないですか」


「この村に住んでる者は、小さい頃から吸血鬼の怪談を聞かされて育ってきているんです。その館が実在するとなったら、どうしても恐怖が先に立つんですよ」



 村人の中から有志者を募り、屋敷に火をかけに行ったのが凡そ1週間ほど前の事。しかし、その面々はなかなか帰ってこなかったという。村人の間に不安が広がり、改めて捜索隊を出すべきかと話し合っていたところ、夜中になってから彼らがひょっこり戻ってきたそうだ。



「いやもう、ホッとしましてね。皆が胸を撫でおろしたんですが、どうもその連中の様子がおかしくて」


「おかしいって、どんな感じだったんです」


「全員、顔色が真っ青なんです。それに、出迎えた村人が何を話しかけても虚ろな表情で生返事を返すばかりでして」



 何かおかしいとは思ったが、強行軍の疲れだろうと思い、村人たちはそれぞれ自らの家に帰っていった。しかし、その翌朝になってそれが間違いであったことに気付かされる。



「夜が明けると、その連中が外に出てこないんですよ。畑仕事も木こりの仕事も放りだして、家の中でじーっとしてる。さすがにこりゃおかしいということになったんですが、変なのはそれだけじゃなかったんです」


「といいますと?」


「森の館に火をかけに行った人たち以外にも、村人の半数近い人々が同じようにおかしくなってしまっていたんです。家のなかから出てこようとせず、外から呼びかけても返事をしない」


「それは……」


「ええ、これは間違いなく吸血鬼(ヴァンパイア)の仕業ですよ。森の館に行った連中は、その館に住んでいた吸血鬼(ヴァンパイア)によって眷属にされてしまったんでしょうな。そして、戻ってきたそいつらが村の者を次々と……」


「確かにその可能性が高そうですね」


「いやいや、可能性なんてもんじゃないんです。ウチの娘がばっちり現場を見てますんで」


「ええっ、ジェシカが……いえ、お嬢さんが!?」


「うちの娘は隣の家の娘と仲良しでね、その日も昼間から向こうの家に遊びに行ってたんです。で、夜になって忘れ物をしてきたことに気が付いた娘は、もう夜だってのに向こうの家まで取りに行った。そしたら──吸血鬼(ヴァンパイア)がお食事の真っ最中だったというわけで」



 聡いジェシカは思わずあげそうになった悲鳴を押し殺し、音を立てないようにそろそろと自宅に戻ってきて、両親に見たままを告げたという。



「とにかくウチはその日からずっと、夜になるとこうして物置に篭って隠れてるんです。外に出られるのは晴れた日の真昼間だけですね。ジェシカを街まで使いにやったのも、ちょうどそんな日でした」


「なるほど、よく分かりました。しかし、そこまで事態が進んでいるのにこの村を離れないのは何故なんですか?」


「それも考えましたがね……私のような貧乏農家は、畑を離れたらどのみち生きていけないんです」



 避難先ですぐに仕事が見つかるとは限らない。これといった蓄えも無い農家の家族にとって、住む場所を変えるというのはとても大変なことだ。僕もつい最近まで貧乏な狩人をやってたから、皆さんの気持ちはよく分かる。



「状況は分かりました。僕に任せてください、必ず皆さんを守ってみせますよ」



 ジェシカ達を安心させようと、僕は少々大げさに胸をドンと叩いて見せる。


 日が落ちるまでまだ少し時間があるな。よし、今のうちに他の家を回って、生き残りの村人を片っ端から救い出していこう。





《ははあん、シモン様の考えが読めたの。生き残りの村人をどけてから大魔法でドーンといくつもりなの》


《いやいや、そんな派手な魔法を使うつもりなんかないから》


《えっ?焦熱光環(コロナバースト)とか永久凍土(コキュートス)とか隕石衝突(メテオストライク)とか、折角面白そうな魔法をたくさん覚えたのに?》


《それ全部最上級の魔法じゃないか!村を消滅させる気!?》



 地形すら変えかねない最上級魔法を〝面白そう〟って、どんだけぶっ飛んでるんだこの天使は……。

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