第2章 05話 見返りなき依頼
僕とステラは王都の冒険者ギルドへと向かった。王都のギルドはこの国に点在する冒険者ギルド支部を統括する大支部であり、ここを拠点として活動する冒険者は非常に多い。一緒に森林迷宮に潜ったノーマンさんとミリアムさんも王都のギルドに籍を置いている。
《うわあ、建物からしてモルトのギルドよりも数段大きいや》
3階建ての巨大な建物が、目抜き通りの一角で異様な存在感を放っている。表の看板には盾と交差剣のシンボルが浮き彫りにされている。冒険者ギルドの紋章だ。
大きく開かれた出入り口から中の様子を伺うと、広々とした1階の受付ホールは食堂も兼ねているようで、昼間から酒に酔った男の野太い声が遠慮の欠片もなく響き渡っている。その奥には受付のカウンターが設えられており、10人ほどの受付嬢が等間隔に並んで座っている。さすが王都のギルドともなると、受付の人数も多くなるらしい。
《とりあえず魔物狩りの依頼を探そうか》
中に入った僕たちは依頼票が貼り出された掲示板に目をやる。
王都からほど近いエルムの森には種々雑多な魔物が生息しており、魔物狩りを生業にする冒険者にとって格好の稼ぎ場になっている。当然、ギルドに舞い込む依頼も魔物狩りがメインだ。街の人々に害をなす魔物を間引くための常設依頼の他にも、希少な魔物素材を求める商人や魔術師からの依頼などが毎日のように舞い込んでいる。
しかし残念なことに、目ぼしい依頼には軒並み受注済みの印が付けられていた。
《こりゃ駄目だ。良い依頼を掴もうと思ったら、朝イチで並ばなきゃ駄目そうだね》
《薬草採取と馬車警護の依頼しかないの……がっかりなの……》
僕とステラががっくりと肩を落としたその時、倒れるようにしてギルドに入ってきた人影があった。
「だれか……だれかうちの村をたすけて……」
それは地味で薄汚れた服を着た5歳ほどの女の子だった。白い肌も栗色の髪も旅の埃にまみれ尽くし、焦げ茶色の瞳には疲労が色濃く浮かんでいる。しかし、言葉遣いははっきりしており、カウンターの受付嬢達や食堂で駄弁っていた冒険者達が一斉にに彼女へと視線を移した。
「いらっしゃいませ。冒険者への依頼ですか?」
受付嬢の一人が少女に声をかける。歳は20歳を少し過ぎたくらいだろうか。ずらりと並んだ受付嬢の中でもひと際美しい女性だ。きちんと整えられた黒髪に、事務員風の服装がよく似合っている。
話を聞いてくれそうな大人の存在に救われたのか、いくらか表情を明るくした女の子がその受付嬢のもとに走り寄った。
「うん。うちの村がたいへんなの。みんなこわい人になっちゃったの」
「みんなというのは、貴方の村に住む人々のことですか?」
「そうなの。やさしかったやど屋のおじさんもしょくどうのおばさんも、みんなこわい人になっちゃったの」
「その〝怖い人〟っていうのは、どういう意味でしょう?」
「えっとね、みんなおうちから出てこなくなっちゃったの。それでね、夜になるとお口から生えたキバでかみつこうとしてくるの。かまれて血をすわれるとこわい人になっちゃうの」
「!!」
少女の言葉に、ギルドの空気が凍り付いた。それもその筈。少女の語る村人の特徴はまさに──
「おい……これって吸血鬼じゃねえか?」
「ああ、間違いねえ。」
吸血鬼。強大な膂力と魔力を併せ持ち、夜の闇を支配する強大な魔物だ。人の血を何よりの好物とし、吸血鬼に血を吸われた者もまた吸血鬼になってしまうという。普段は人知れずひっそりと眠りについているが、ひとたび目を覚ますと近隣に住む人々を襲って飢えを満たすとか。以上、師匠の書庫にあった本の受け売りだ。
「吸血鬼の退治となると認定冒険者に指名依頼を出さざるを得ませんが……お嬢様、失礼ですが礼金はいかほどお持ちですか?」
「れいきん?」
「依頼に応じた冒険者に支払うお金のことです。認定冒険者向けの依頼、かつ相手が吸血鬼となりますと、少なく見積もっても金貨50枚は下らない案件です」
「おかね……いるの?あたしおかねもってない……」
「それは……残念ですが、依頼はお受け致しかねます」
「そんな!?村でパパとママがまってるの!おねがいします、たすけてください!!」
「すみません。さすがに報酬なしでは……」
受付嬢がそう言って表情を曇らせる。女の子は大きな目から涙をぽろぽろと零しながら、縋るような表情ででギルドの中を見回すが、目が合った冒険者は揃って気まずそうに視線を逸らしてしまう。
報酬ゼロというだけでも、冒険者にとってはとても呑める条件じゃない。しかもその相手が吸血鬼とあっては、いくらなんでも割に合わな過ぎる。こんなの普通の人間なら尻込みして当然だ。
でも──
「受付さん、手続きをしてあげてください。その依頼は僕が受けます」
《流石はシモン様!人助けマニアの本領発揮なの!》
ええい、うっさい!こんなの、放っておけるわけがないじゃないか!
「では、こちらが受注票になります」
受付嬢が手渡してきた羊皮紙の書面には、女の子から聞き取った情報が大まかに書かれている。依頼内容は「トマ村を襲った吸血鬼の退治」であり、依頼主の欄には「ジェシカ」という名前が書かれている。そして、報酬の欄にはゼロがひとつだけ。つまり、これは完全に無報酬の奉仕作業ということだ。
「無報酬とはいってもギルドで受けた依頼です。失敗すれば認定の評価に響きますのでご留意ください。特に今回の件は吸血鬼との戦いが予測されます。本当に貴方一人で対処できるのですか?」
「いやあ、戦ったことないので何とも言えませんけど、多分大丈夫かと」
《むしろ吸血鬼の方が可哀そうなくらいなの》
この通り天使様のお墨付きも出たことだし、まあ何とかなるだろう。
「失礼ですが、貴方のお名前を伺っても宜しいですか?」
「あ、言ってませんでしたっけ。僕はシモンっていいます」
「シモン様……はい、確かに承りました」
僕の名前を手元の紙片に書き留めると、受付嬢は僕の目を真っすぐ見て語りだした。
「本来、このような依頼はお受けしないことになっています。無報酬で働く前例を作るのは宜しくありませんし、冒険者を危険から守るのもギルド本来の役割のひとつですから。今回はシモン様たっての希望ということで依頼を通しましたが、この件についてはギルドマスターの耳にも入れておかなければなりません。その旨、ご了承ください」
「……は、はい」
あ、これってひょっとしてアレ?お説教が始まるパターン?
「いえ、勘違いなさらないでください。今のはあくまで組織の立場から申し上げたものです。私個人としては、シモン様の行動が間違っているとは思っておりません。小さい女の子がたった一人で助けを求めているのに、それを見て見ぬふりをするなんて、冒険者以前に人間として最低です。こんな時に動けなくて、なにが冒険者ですか!」
声を荒らげカウンターをドン!と叩く受付嬢の権幕に、僕を含めギルド中の人間が驚いて目を見張る。周りを見ると、先ほど少女から目を逸らした冒険者達が居心地悪そうな顔で小さくなっていた。
そうか、この受付さんも本音では女の子をどうにかして助けてあげたかったんだな。そういえば、さっき依頼を断ろうとした時にも苦しそうな顔をしてたっけ。それにしてもこの気風の良さ、流石は荒くれ揃いの冒険者達の中で揉まれてきただけのことはあるな。
そんな周囲の様子を他所に、受付嬢は僕に柔らかい笑みを向け、両手でそっと僕の手を取った。
こちらの様子をチラチラと伺っていた冒険者の男たちが、それを見て「ああっ!?」と悲鳴をあげ、憎々し気にこちらを睨みつけてくる。
「申し遅れました。私の名前はノーラと申します。シモン様のお陰で私の気持ちも救われました。本当にありがとうございます」
「い、いえ、そんな……」
「非常に危険な任務ですが、どうか無事にお戻りください。このギルドにはシモン様のような冒険者が必要です」
ノーラさんが顔を寄せてくると柑橘系の爽やかな香りがふわっと漂い、握られた手からは彼女の体温が伝わってくる。
こここ、これは駄目!駄目ですよ!前世を通算しても女性経験ゼロの僕に耐えられる状況じゃない!というか、どうしてこんな時だけ僕の身体は無反応なの!?女性耐性技能とかサクッと身に付いたっていいのよ!?
「ははは、はい!分かりました!ぼ、僕ちょっと依頼主と話をしてきますのでこれで!」
僕は慌ててノーラさんの手をほどくと、依頼主の少女が待つテーブルに逃げるように走っていった。
そんな僕の様子をみて、さっき悲鳴をあげていた男どもが一転して憐れむような生暖かい視線を送ってきたんだけど、なんか腹立つなこいつら……。
それにしても、僕は一体いつになったら女性と普通に話せるようになるんだろうか。この分だと〝素敵な女性との幸せな結婚生活〟という目的が果たされるのはまだまだ先か……。
《シモン様、残念だけど人には向き不向きがあるの》
《……つまり、僕に女性関係は不向きだと?》
《ぶっちゃけて言うと、そういうことなの》
《今日はステラの晩御飯はパンだけということで》
《シモン様ったらすっごいイケメンなの!どんな女性もイチコロのモテ男なの!》
《うっさいわ!逆に傷つくからやめて!》




