第2章 04話 大賢者様の研究
「ぼそ……ぼそぼそ……(やはりのう……そんな事だと思ったわい)」
「本当にすみませんでした」
僕の朝は、師匠に平謝りするところから始まった。
本来なら、今日から師匠に魔法の修行をつけてもらう筈だった。しかし、昨日の時点でうっかり師匠以上の魔法を身に付けてしまい、教えてもらうことがなくなってしまったのだ。自分の事ながら、失礼な弟子もあったもんである。
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(技能の習得が速いというのは聞いておったが、まさかこれ程とはの。空恐ろしいわい)」
「ええ、僕も自分の身体が恐ろしいです」
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(じゃあ修業はやめにするとして、今日はワシの研究を手伝ってもらおうかの)」
「はい、それは喜んで。でも、一体何を研究してるんですか?」
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(遺失魔法のひとつ、〝転移魔法〟じゃよ)」
「転移魔法?」
師匠が言うには、人や物を一瞬で遠くまで運べる魔法だという。まさに神の御業とも思えるような大魔法だが、古代のレムリア王国では日常的に使用されていたそうだ。しかし、当時の魔法文明が王国ごと謎の消失を遂げた際、この魔法の使用法も失われてしまったという。
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(ワシは長年この魔法を現代に蘇らせようと研究をしておるが、どうしても再現できんのじゃ)」
そう言うと、師匠は懐をゴソゴソとまさぐって小石を取り出し、それに向かって呪文を唱え始めた。
「ヴィオン・トレポルート・ジェヴェ・スパーダ・イグレート 〝転送〟!」
師匠の詠唱が終わった途端、師匠の手のひらから小石が消えた。
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(ふむ、また失敗じゃの)」
「えっ、いま何をしたんですか?」
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(この小石を手のひらからワシのポケットに転移させようとしたんじゃよ)」
師匠がローブのポケットを裏返すと中は空っぽだった。
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(先ほどの小石は分解されて魔素になり、確かにこのポケットへと転送されておる。じゃが、魔素から小石への復元が上手くいかんでの……)」
「それなら、分解せずにそのまま転送すればいいのでは?」
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(それは無理じゃな。形を持った物体を転送するとなると、膨大な魔力が必要になるからのう)」
転送に必要な魔力は、転送する物質のサイズと転送距離に依存するそうで、小石ひとつを10メートル先に転移させるだけでも魔術師100人分ほどの魔力が必要になるという。
この問題を解決するため、師匠は物質を一旦魔素に分解することを思いついた。魔素に分解された物質は、質量がほぼゼロに近くなる。これを転送するのであれば、消費魔力をかなり抑えられるはず。そして、実際それには成功した。
しかし、分解された物質を元通り復元することができず、研究が行き詰っているという。
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(ほれ、お主も試してみい)」
「はい、やってみます」
師匠から受け取った小石に念を込める。小石を魔素に分解して転移させ、転移先で再構築……駄目だ、やっぱり消えてしまった。
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(お主でも駄目か。となると、やはり別の方法を考えなければならんかのう)」
その日はずっと転移魔法の試行錯誤を師匠と二人で繰り返したが、一度も成功することは無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
転移魔法に取り組みだしてから、あっという間に1週間が過ぎた。
「やっぱり駄目ですね。魔素のレベルまで分解された物を元通りにするのは、やはり不可能なのでは」
「うむ。お主でも駄目となると、人間どころか人外でも無理じゃろうな」
「師匠、その言い方はあんまりです!」
それにしても、成果が見えない研究ってしんどい。この1週間で前進したことといったら、師匠のぼそぼそとした喋り方が普通になってきたことくらいか。
「復元が無理となると、一旦分解するという前提が崩れるのう」
「少ない魔力で質量のある物体を転移させる方法さえ見つかれば……あ、そういえばこないだの魔界の門なんかまさにそれじゃないですか?」
「そうじゃな。生きた状態の門を調査できていれば、少しはヒントになったかもしれんのう」
「あのフォルゴーレとかいう悪魔に閉じられちゃいましたからね。でも、あんなもん開きっぱなしには出来ないでしょう?」
「それはそうなんじゃが、閉じる前にちょいとだけでも調査を……」
「はっはっは、冗談でもやめてください師匠」
いざとなったら世界よりも研究のほうを優先させそうだな、この人。
「でも、調査は無理だとしても門の考え方は参考にできるんじゃないですか?」
「む、どういうことかの?」
「物体を直接転移させるのではなくて、別の場所に直結する門を作るんですよ」
「ああ、それなら試したことがあるぞい」
「本当ですか!?で、結果は?」
「失敗じゃった。離れた場所同士を直接繋ぐ具体的なイメージを、どうしても構築できんかった」
「なるほど……」
魔法を発動させるにはイメージが必要だが、そのイメージはある程度具体的なものでなければならない。例えば、炎の熱さや輝きを認識していない者に火魔法を使うことは決してできない。
しかし、空間を繋ぐ具体的なイメージを作るとなると難しい。自然界には発生しない現象だから想像だけでイメージを構築しなければならないし、想像しようにも原理もなにも分からないのだから。
「うーん、八方塞がりですね」
「じゃが、古代の魔術師達は普通に使っておった魔法じゃからな。ワシらに実現できぬ筈もあるまい」
師匠はそう言ってカラカラと笑った。
つくづく挫けない人だな。研究の行き詰まりに絶望することなく、ただひたすら夢の実現に向けて努力を続けるこの姿勢は僕も見習うべきかもしれない。マッドサイエンティスト気質はともかくとして。
「さて、お主も研究ばかりじゃ息が詰まるじゃろ。少しは外の空気でも吸ってきたらどうじゃな」
「あ、それいいですね。そういえば、王都に来てからずっと家の外に出てなかったな」
森林迷宮で剣が折れてしまったから武器屋を見て回りたいし、王都の冒険者ギルドにも顔を出しておいた方がいいかな。
《やっと外に出られるの!もう家の中は飽き飽きなの!》
《流石のステラも、ずっと家の中じゃ退屈だったか。気が付かなくてごめんよ》
《外に出たら魔物狩りするの!覚えたての派手な魔法でこう、ドーンと!》
《相変わらず物騒な……でも、確かに実戦経験は必要だね》
モルトに戻ったらグウェンさんとの大仕事が待っているわけで、身に付けた技術はきちんと扱えるようにしておかなきゃな。少なくとも、いざ実戦で魔法を使ってみたら辺り一面焼け野原、とかいう事態だけは避けたい。切実に。
《それじゃ、早速冒険者ギルドに行ってみようか》
《合点承知なのー!》




