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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第1章 聖人シモンと魔界の脅威
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第1章 02話 冒険者シモン

 祝福の効果ですっかり健康になってしまった僕は、治癒院を後にする。瀕死の大怪我を負って担ぎ込まれたはずの僕がぴんぴんして出ていくのを、治癒院の受付さんがぽかーんと大口を開けて見守っていた。うん、気持ちは分かるよ。僕自身も状況を受け止めきれてないんだから。


 ステラは僕の後ろにふわふわと浮かんでいる。彼女の姿が見えるのは魂の位階が高い者だけであり、普通の人にはその姿を見ることも声を聞くこともできないらしい。つまり、ステラと喋っているところを他人に見られたら、何もない空間に向かって一人で喋っている怪しい男と思われてしまうわけだ。今後ステラと話すときは気を付けよう。



《シモン様はこれからどうするのー?》


「えっ、今まで通り山で兎や猪を狩って暮らすつもりだけど」


《かわいそうに……沢山の兎さんや猪さんが、血肉を撒き散らして惨たらしく死んでいくことになるの》


「表現が怖すぎるよ!僕そんな酷いことしないよ!?」


《でも今のシモン様のステータスで普通の動物を狩るなんて、オーバーキルもいいとこだと思うの》


「うっ……それは……」



 不本意だけどステラの言う通りかも。今の僕の力でこれまで通りの狩りをしたらどんなことになるのか想像がつかない。早いところ力の加減をマスターしなきゃ、狩りどころか日常の暮らしにすら難儀しそうだ。



《でも大丈夫なの。普通の動物を狩れないなら、魔物を狩ればいいの》


「あっ、そうか。その手があったか!」



 魔物は人間に害をなす存在だ。普通の動物のように繁殖で増えるのではなく、魔力の吹き溜まりから自然に湧いて出るのがその特徴。危険度は普通の動物と比べようもないレベルであり、魔物に襲われて命を落とす人は数多い。


 普通の狩人である僕にとってはゴブリン1匹だって強敵だ。その魔物を狩ろうだなんて、今まではちっとも考えたことなかった。でも、今のステータスなら魔物だって狩れるかもしれない。なにせトロールを撲殺できるらしいからね、僕!



「確かに、相手が魔物なら多少やりすぎても問題ないね。人助けにもなるし」


《さすが人助けマニアなの。ブレがないの》


「うるさいよ!……あ、でも魔物を倒したらまた僕のステータスが上がっちゃうのかな」



 将来その魔物に殺されるはずだった人のステータスが〝星の銀貨〟で僕の補正値に……って、普通にあり得そうなんだけど。



《確かにその可能性はあるけど、そこまで気にしてたら生きていけないの》


「うむむむむ」



 あまりステータスを上げたくないんだよなあ。今でも十分人間離れしてるんだから。



「まあいいや。これからは魔物狩りを仕事にするよ。となると、冒険者ギルドに登録しなきゃな」



 魔物を狩って素材を売ったり、迷宮や遺跡を探索して宝物を持ち帰ったりして生計を立てているのが〝冒険者〟という人たちだ。冒険者ギルドというのは冒険者達の互助団体で、素材の買取や冒険者に対する各種依頼の仲介などを請け負っている。大陸中のそれなりの規模の町にはほとんど漏れなく支部が設けられており、ある意味では国家以上の力を持っている組織といえるだろう。


 魔物狩りを仕事にするということは冒険者になるということ。ギルドに登録することなくこの冒険者稼業をする者はモグリ扱いされ、ギルドや他の冒険者からの協力などを一切受けられなくなる。魔物を狩っても素材の買い取りを拒否されるということであり、商売あがったりとなるわけだ。



 ステラを引き連れて町の目抜き通りを歩いていくと、ひと際大きな建物が見えてくる。あれが冒険者ギルドだ。ここモルトの町はそれほど大きくないけど、隣国に続く街道沿いの町ということで割と栄えており、さらに近くの山や森には魔物も多く出るということで、ここを拠点にしている冒険者は数多い。つまり、冒険者ギルドも儲かっているということだろう。


 ギルドの入り口を潜ると、中にいた人たちから刺すような目がこちらに向けられる。鉄火場で生きている人たちの鋭い視線に思わず回れ右して逃げ出したくなったが、その前にカウンターの向こうから強面のおじさんが声をかけてきた。



「おう、新顔か?」



 年の頃は50歳前後だろうか。スキンヘッドに短く整えられた顎鬚。そして、見るものを圧倒するような筋骨隆々とした身体。見るからにただ者ではない雰囲気を漂わせている。



「はっはい。メンバー登録をお願いしたいんですが」


「冒険者になろうって奴にしちゃあ、随分とヒョロい兄ちゃんだな」



 おじさんの言う通り、僕は同年代の普通の人と比べても少々痩せ気味だ。ありふれた黒髪黒目に童顔ということもあって、他人からはどうにも弱そうに見えるらしい。ただ、こう見えても今の僕は筋力525のゴリマッチョなんだけどな!(※補正値込み)


 おじさんはじろじろと値踏みするような視線を無遠慮に向けてくる。その居心地の悪さに耐えていると、突然おじさんが目をむいた。



「おいお前……ひょっとして、こないだの〝悪魔殺し〟か!?」


「えっ」


「間違いない。お前、子供を守って悪魔に立ち向かった兄ちゃんだろ!」



 おじさんの言葉にギルドの中がざわついた雰囲気になり、ヒソヒソ声が聞こえてくる。



「マジかよ、あいつが?」


「現場を見てたマスターが言ってるんだから間違いないだろ」


「あんな奴がどうやって悪魔を殺したんだ?」



 えっ、あの騒動ってそんなに広まってたの!?なんかここにいる全員が知ってるっぽいんだけど。あと、このおじさんのことをマスターって言ってる人がいたけど、ひょっとして……



「貴方がここのギルドマスターなんですか?」


「おう、自己紹介がまだだったな。そうだ、俺がここのマスターのアーロンだ。悪魔殺しの英雄に御来訪いただくたぁ光栄だ」


「僕はシモンっていいます。さっきまで治療院で寝込んでたので、英雄と言われてもよく分からないんですが」


「そうだったのか。なら知らないだろうが、今のお前はちょっとした有名人なんだぜ」



 アーロンさんが語るところによると〝子供を守って悪魔に立ちはだかった勇気ある青年〟の話は今どき珍しい美談としてあっという間に口伝で広まり、今やこの町でその噂を知らないものはいない程だという。

 ちなみに、三男と悪魔がすり替わっていたグローヴ子爵家と、その悪魔に大事な一人娘を嫁がせるところだったオールストン伯爵家の両家には、事の次第を報せる急使が向かったらしく、そろそろ両家とも大騒ぎになっている頃だ、とのこと。



「お前のことを〝神が遣わした勇者様〟と噂してる奴もいたな。まあ、見た感じとてもそうは思えねえが」


「はははは……」



 乾いた笑いしか出てこないや。ただ、僕の顔を直接見た人は少ないし、少しすれば騒ぎも落ち着くだろうから心配する必要なし、というのがアーロンさんの見立てだった。



「で、今日はメンバー登録に来たと言ってたな。いいぜ、お前のような奴なら大歓迎だ」



 アーロンさんはそう言って笑うと、カウンターに1枚の羊皮紙を滑らせてくる。



「ほら、これが申請書だ。必要事項をこれに書け。あとは登録料として銀貨2枚を払ってもらう」



 必要事項といっても名前、出身、性別、年齢の4つしかない。僕は簡単に記入を済ませると、申請書と銀貨2枚をアーロンさんに手渡した。



「よし、これでお前も冒険者だ。魔物の解体や素材の買い取りはウチで請け負う。解体は自分でやってもいいが、買い取りだけはウチを通してもらう。これが一番の重要事項だ。よく覚えておけよ」


「分かりました。でも、冒険者になるのに審査とか必要ないんですか?手続きが簡単すぎるように思えるんですが」


「審査なんて面倒なもんはやらねえよ。冒険者になりたい奴はなればいい。だが、その結果生きるも死ぬも本人次第だ。そこにギルドは関知しねえ」


「なるほど……」


「たまには依頼もこなしてくれよ。依頼を完遂すればギルドからの評価が高まるし、その評価が一定ラインを越えた奴には認定証が与えられる。冒険者として箔を付けたいなら、この認定証以上のもんは無え」



 認定証とはギルドへの貢献度を示すもので、金・銀・銅の三種類がある。認定証の取得条件は非常に厳しいもので、最も下位の銅級ですらひとつの町に2~3人いれば良いほうだという。ちなみに、最上位の金級冒険者は〝竜殺し〟ジークフリードと〝大賢者〟バルタザールの二人しかいない。両者とも大陸中に名を知られた英雄だ。



「説明ありがとうございます。ひと通り理解できました」


「……お前、冒険者になろうって奴にしちゃ珍しく礼儀正しいな」


「死んだ両親が礼儀作法にうるさい人だったので」


「そうか、いい親御さんだったんだな」


「はい。自慢の両親でした。でも、ゴブリンの群れに襲われて……」



 僕の両親は、夜中に山小屋を襲ってきたゴブリンの群れから僕を守って死んだ。あれからもう5年も経つんだな。今の僕なら両親を魔物から守れたんだろうか。



《今のシモン様なら、ゴブリンくらいデコピンで粉砕できるのー》


「やめて!嫌な現実を突きつけないで!」



 天使のくせに表現が不穏当すぎるよ!それに、デコピン一発でゴブリンを殺戮するとか、それ明らかに人間じゃないよね!?



「お、おう。すまなかったな。親御さんを亡くしているとは知らなかったんだ」


「あ、いえ!こっちの話ですから!」



 おっといけない、アーロンさんが勘違いしてシュンとしてしまった。この人にはステラの姿も見えないし声も聞こえないんだよなあ。色々と誤解の元になりそうだし、人前でステラと話すのは避けなければ。



《念話で話せばいいの》



 え?念話ってなんだ?



《話したいことを頭の中で思うだけでいいの。聖人と守護天使のホットラインなのー》


《え、えーと、これで伝わってるのかな?もしもーし》


《ぜーんぜん伝わってこないの。気合が足りないの!》


《気合関係なくない!?ていうか、絶対伝わってるよね!?》



 天使ってみんなこうなの?それともステラが特殊なだけ?

 とにかく、人目がある場所でもステラと話ができるようになったのはありがたい……のかなあ?



「せっかく冒険者になったんだ。ひとつ簡単そうな依頼でも受けてみたらどうだ」


「そうですね。じゃあこの薬草採取の依頼を受けます」



 アーロンさんからの勧めもあり、僕は1枚の依頼票を手に取った。その依頼で指定されているのは、僕が住んでいる山でよく見かける薬草だ。これなら今日中に依頼分を集められるだろう。



「悪魔殺しの英雄が薬草採取?随分と手堅いんだな」


「あれは僕が意識をなくしてる間に相手が自滅しただけです。冒険者としては駆け出しもいいところですし、まだ危険な依頼を受けるわけにはいきませんよ」


「ふむ、避けられる危険は避ける。冒険者の鉄則だな。ひょっとしたら、お前は伸びるかもしれん」


「ありがとうございます!じゃあ行ってきますね」


「おう、無理せず無事に帰って来いよ」



 アーロンさんの言葉を背に、僕はギルドを後にする。さあ、冒険者生活のスタートだ!










《もっと面白そうな依頼が一杯あったの……ゴブリン退治とかオーク退治とかオーガ退治とか……》


《無駄に血の気が多いな!そもそも殺生を勧める天使ってどうなの!?》



 先が思いやられるなあ……。

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