第1章 22話 決着
目の前の光景に皆さんが口をあんぐりと開けて固まっている。
「マジかよ、どんな怪力してやがんだアイツ……」
「悪魔より……シモン君のほうが……化け物……」
ビリーさんとミリアムさんが呆然としたまま呟く。
ちょっとミリアムさん、その言い方は流石に失礼じゃないですかね!?
「あのー、お名前はフォルゴーレとかいいましたっけ?門につかえてた腕はなくなったわけですし、今ならそっちに頭を引っ込められるんじゃないですか」
「他人事みたいに言うな!貴様が引きちぎったんだろうが!」
フォルゴーレはまだ涙が止まらないようだ。まあ大事な腕がなくなったんだし、泣きたくもなるだろうな。でも、こちらにはこちらの事情があるので、無視して話を進めることにする。
「こっちに悪魔の皆さんが大挙してやってくるのは非常に困るんで、さっさとその門を封鎖しちゃいたいんですよ、早いとこ頭を引っ込めて頂かないと、そちらも引きちぎる感じになりますが……」
「き、貴様には血も涙もないのか、この悪魔め!」
「だから、悪魔はそっちですよね!?」
フォルゴーレは血走った目で僕を睨んでくる。
失礼な、門を通り抜けてこっちの世界を蹂躙しようとしていた奴に悪魔呼ばわりされる筋合いはないよ!?
「……よかろう、お主らの手を煩わすこともない。我が向こうからこの門を封鎖してやろう」
おお、やっと建設的な話になってきた。そうやって素直に話を聞いてくれるなら、門を閉じる前に〝聖人の奇跡〟でその腕を元通りにしてあげても──
《悪魔に祝福の力なんか使ったら、治癒どころか即死するの》
《うげっ、そうなの!?》
《でも悪魔なんて生きててもロクなことしないから、死んじゃっても別にいいの》
《神様もステラも、悪魔に対しては随分と当たりが強いのね……》
その時、フォルゴーレの瞳が怪しく輝くと、引きちぎられて転がっていた彼の腕が黒いオーラに覆われる。
「その代わり、我が腕を引きちぎった代償を支払ってもらうぞ」
「代償とな?」
「その腕に呪詛を仕込んだ。今から5分後、その腕は大爆発を起こす。この迷宮はおろか、周辺一帯が死の世界と化すであろう!」
大賢者様の問いかけに、フォルゴーレはとんでもない事実を告げる。周辺一帯を巻き込む大爆発だって!?まずい、この迷宮の近くにはパナシエの町がある!ステラの言う通り、本当にロクなことをしないなコイツ!
「さて、我はこれで失礼させてもらおう。開かれた門が失われるのは惜しいが、こちらに爆発の影響を及ぼす訳にはいかんからな」
「待ちなさい!」
フォルゴーレの頭が門の向こうに消えていくと、門を包んでいた魔法の輝きが消え失せていく。グウェンさんが短剣を投げつけるが、門の機能は完全に停止してしまったようで、短剣は門の向こう側の壁に空しく突き立った。
「くそっ、門さえ生きてりゃ、魔界にこの腕を放り込んでやったのに!」
「いや、それは無理だろう。なにせ門につかえるほどの太い腕だからな」
「いいから考えて!今の状況でできることは無いの?」
「……魔法で凍らせる?」
「もごもご……こしょこしょ……(無理じゃろう。凍らせたところで爆発を止められる保証もないしのう)」
「やべえぞ、時間がない!」
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(しかし、門を閉じられてしまったのは残念じゃのう……ワシまだ観察しとらんかったのに……)」
おいこら、そこのマッドサイエンティスト。
大賢者様以外の全員が緊迫した空気を漂わせる中、僕は残されたフォルゴーレの腕につかつかと近寄っていき、そっと触れて〝聖人の奇跡〟を発動する。すると、腕を覆っていた黒いオーラがたちどころに消え失せた。
「解呪できました」
「…………はあ?」
「念のため、この腕は処分しちゃいましょう」
全員が呆気に取られているのを尻目に、僕は収納の指輪から例の聖水の瓶を取り出すと、中身を腕にふりかけていく。腕は白い煙をあげながら溶けるように崩れていき、ものの1分と経たないうちに骨のかけらひとつ残すことなく完全に消滅した。
「これでよし、と。結果的に門も向こうから閉じられましたし、任務完了ですね」
「……………………」
「あの、皆さん?」
「……………………ぼそぼそ(やれやれ、お主も人が悪いのう)」
「へ?どういうことですか?」
「どうもこうも無えよ。お前、どこの誰に弟子入りしてたんだ?」
「ここまで身体強化の技能を鍛え上げているとは、並みの師ではあるまい」
身体強化?何のことだかサッパリなんだけど。
「なんだ、師匠からちゃんと聞いてないのか?お前が使ってる技能のことを、冒険者界隈では〝身体強化〟っていうんだよ」
「100年ほど前、はるか東方の国で仙術と呼ばれていたものが、こちらに伝わったものとされている。この技能の持ち主は、魔力を身体に巡らせることで身体能力を飛躍的に高めることができる。今の君のようにね」
ビリーさんとノーマンさんが詳しく説明してくれるのはいいんだけど、すみません、僕そんな技能持ってません。
「強力な魔物は、人間とは比べ物にならないほどのパワーと俊敏性を備えている、そんな奴らとの戦いにおいては、身体強化がなければ話にならない。身体強化は知能や精神力も高めてくれるので、魔術の道を究めんとする者にとっても重要な技能だ」
「だから、認定冒険者になるには身体強化の習得が必須」
「えっ、ということはノーマンさんもミリアムさんも使えるんですか?」
「当たり前。ここにいる全員が使える」
「認定冒険者の称号がパーティ単位でなく個人単位に与えられるのも、それが理由だ。全員が身体強化を使えるパーティなど、そうそうあるものではないからな」
なるほど。パーティ単位でどんなに功績をあげても、認定冒険者になれるのはその中の身体強化を使える者だけってことか。シビアなルールだけど、認定冒険者向けの依頼には今回のような危険なものもあるわけで、条件が厳しくなるのは仕方ないんだろうな。
「でも、これほど能力を強化できる人なんて見たことない」
「ミリアムの言う通りだ。本来なら習得するだけでも難しい技能なんだぜ?しかもその若さでとか、あり得ねえだろ」
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(我が弟子とするつもりじゃったが、既に師がいるのであれば諦めるしかないかのう)」
なんか盛大に誤解されてる。いや、でも待てよ?身体強化を使えるってことにしとけば、僕のこの規格外のステータスについても説明がつくんじゃないかな。だったら、ここはこの誤解を利用した方がいいのかも。
「いやー、実は僕の死んだ父さんに色々と手ほどきを受けまして」
「そうか、お前の親父は凄かったんだな。当然、認定冒険者だったんだろ?」
「いえ、目立つのは嫌いな人でしたから、山に篭って狩人として暮らしてました」
「マジかよ!?勿体ないなんてもんじゃねえぞ、そりゃ」
その後、ビリーさんとノーマンさんとミリアムさんの3人は、僕の父さんについてあれこれと妄想を繰り広げているようだった。やれやれ、この3人はどうやら信じてくれたかな。
ただ、グウェンさんは疑惑の眼差してずっとこっちを見てるし、大賢者様は相変わらず飄々としてるようで目が笑ってないんだよなあ……うん、とりあえず気付かないフリをしておこう。
とりあえず依頼は完了ということで、全員で地上に向かった。帰りの道中でも何度か魔物に遭遇したけど、「悪魔退治を実質新人1人にやらせてしまった」という負い目からか皆さん妙にやる気になっており、魔物の皆さんには大変申し訳ないことになった。
迷宮の外に出ると、すっかり日が暮れていた。僕らはひとまずそれぞれの宿でゆっくり一晩休み、ギルドへの報告は翌朝に回すことにして、一旦解散した。ふう、やっとひと段落だ。この探索で、僕の技能レベルはまたえらく上がってしまった。いや、探知や地図作成なんかが上手くなるのは有難いことだし、罠の解除や開錠なんかも便利そうだから別にいいんだけど。
皆さんと別れた後、木漏れ日亭に向かう僕に、グウェンさんと大賢者様がついてくる。おや、同宿のグウェンさんは方向が一緒になって当たり前だけど、大賢者様はどうして……?
「大賢者様はどちらの宿にお泊りなんですか?」
「ぼそぼそ……ごにょごにょ……(まだ床入りには早い時間じゃ。そっちの宿で晩飯でも一緒にどうじゃな?積もる話もあるからのう)」
「いいわね。是非同席させて頂戴。私も色々と聞きたいことがあるし」
どうしよう、嫌な予感しかしない……。




