第1章 20話 魔界の門
早朝から起きだした僕は、手早く朝食の準備を進める。朝から重いものは食べたくなかろうということで、香草で味付けした蒸し鶏をトマトとレタスと一緒にパンで挟んだサンドイッチと、熱々の紅茶という献立だ。まだ眠っていた他の皆も、紅茶の匂いにつられたのか次々と目を覚ましていく。
「おいおい、サンドイッチだと?ここは迷宮じゃなくて高級宿だったのか?」
ビリーさんがそう言って苦笑いを浮かべるが、すぐに大皿に山盛りにされたサンドイッチにかぶり付く。ローマンさんとミリアムさんもそれに続き、グウェンさんと大賢者様は熱い紅茶を啜っている。
「なあ、昨日から疑問だったんだけどよ」
「どうした、ビリー?」
「俺たちが食う以上のペースで皿の料理が減ってるように感じるんだが、こりゃ気のせいか?」
「む、言われてみれば……」
僕は二人から目を逸らし、全力でスルーを決め込む。ええ、分かってます。犯人はこいつです。
《うまっ!うまっ!蒸し鶏の濃い目の味付けが、新鮮な野菜と絶妙なハーモニーを奏でているの!》
《どこのグルメ評論家だ!というか、さっきから食べるペースが速すぎるよ!ステラのことを認識できないハズの皆まで怪しみだしてるじゃないか!》
食事が終わると、僕たちは夜具をしまってすぐに出発する。魔界の門があると思われる階層は第13階層付近。あと3階層潜れば目的地だ。
第11階層に降りると、すぐに気配探知で階層の様子を探り、地図を書き起こす。今までの階層とは比較にならないほど魔物の気配が多い。それも、今までの階層の魔物とは少し違う、なんとも禍々しい気配だ。これが不死の魔物か。
「これ、どのルートを通っても魔物とはち合わせになりますね」
「そうか、なら一番ラクそうなルートで頼む」
「了解です。僕が先導しますから、後についてきてください」
階層ボスの部屋に続く複数のルートから、なるべく距離が短くて魔物の少ないものを選んで先導する。途中、ゾンビやスケルトンの襲撃を受けたが、ビリーさんとノーマンさんによって文字通り粉《・》砕《・》されていく。
そして、僕たちはすんなりと階層ボスの部屋まで辿り着いた。しかし、部屋の中からは大きめの禍々しい気配が漂ってくる。
「どうやら、ここのボスも不死の魔物のようです」
「そうか。それなら恐らくワイトかレイスであろうな」
「シモン、ミリアム、グウェン。お前らに任せるぜ。俺たちは援護に回る」
ビリーさんとノーマンさんがやや下がり、ミリアムさんとグウェンさんは魔法行使に備えて集中を高める。そして、ボス部屋に踏み込むと、そこには全身が黄色いオーラで包まれた魔物がいた。姿形はボロボロの服を身に纏った人のようだが、その肉体はところどころ腐り果て、落ち窪んだ眼窩は青白い輝きを放っている。
「ワイトだ!ヤツの闇魔法には用心しろ!」
「絶対に近づけるなよ!触れられたら生命力をごっそり持っていかれちまう!遠巻きに始末するんだ!」
ノーマンさんとビリーさんは警告の声をあげつつ僕らの周りを固める。
『木の精霊よ、不浄な者に蔦の戒めを与えよ!〝束縛〟』
グウェンさんが不思議な言葉を唱えると、周囲の壁から蔦が伸びてきてワイトの身体に絡みつく。
「ゾルディエ・マローム・ティル 出でよ〝氷刃〟!」
ザンッ!
蔦で動きを封じられたワイトの首を、ミリアムさんの氷刃が一撃で斬り落とした。あれ?これで終了?
「まだ死んでない……」
ミリアムさんが悔しそうに呟く。よく見ると、首を切断されたワイトの身体はまだ黄色いオーラに包まれたまま。つまり、まだ完全には倒せていないということか。
「火魔法で燃やし尽くすのが一番なのだが」
「ここは森林迷宮だぞ?火魔法なんか使ったら大火事になっちまうだろうが。何か別の手は無えのかよ」
「周りの木が燃えなければいいんですか?それなら僕に任せてください。えいっ、炎の玉!」
超高熱・効果範囲極小にカスタマイズされた僕の炎の玉が、青白い輝線を描いてワイトの身体に着弾。ワイトの身体とそれを戒めていた蔦の一部は、燃え上がる間もなく瞬時に気化蒸散した。
【技能 火魔法 のレベルが上がりました(Lv5→7)】
ぐっ……もうこれくらいじゃ狼狽えないぞ!
「こんな感じでいいんですよね?」
「…………ああ、いいんじゃねえかな」
僕の魔法を見て固まっていたビリーさんが、我に返って投げやりに言葉を返してくる。この微妙なリアクションは一体……僕の行動に何かおかしいところでもあったんだろうか?
《むしろ、おかしいところしか無いの》
《失礼だな!僕はちゃんと言われた通りに後始末したよ!?》
《自覚が無いのって、ある意味幸せなの……》
続く第12階層の探索もスムーズだった。ここの階層ボスはレイス。物理攻撃は一切無効で魔法攻撃も一部を除いて無効という、とても厄介な相手だ。でも、ここで迷宮に潜る前に準備してきたものが役に立った。
「えいっ」
パリン!
「シギャアアアアアアアアア!?」
収納の指輪から取り出した瓶を投げつけられ中の液体を浴びてしまったレイスは、断末魔の悲鳴をあげて苦しみだし、なんとそのまま消滅してしまった。
「シモン君、今の液体は一体……?」
「これですか?悪魔対策に持ってきた聖水です」
「聖水だと?私も神官になって長いが、レイスを一撃で消滅させる聖水など見たことも聞いたこともないぞ」
正確には、僕の血を水で薄めたものだ。悪魔を滅ぼすほどの力を持つ聖人の血なら、邪悪な魔物に対する強力な武器になるんじゃないかと思いつき、この迷宮に潜る前に大量に作りおきしておいたんだ。本当に効果があるのか正直不安だったけど、悪魔に出くわす前に実戦で確認できたのはラッキーだったな。
《シモン様が自分の血を瓶に詰めだした時はびっくりしたの。てっきりマゾっ気に目覚めたかと思ったの》
《それもう天使の発想じゃないだろ!》
次はいよいよ第13階層。魔界の門を開いたと思しきパーティの最深到達階層だ。ここまでの探索は至って順調といっていいだろう。でも、ひとつだけ頭に引っかかっていることがある。
「……なんだか順調すぎませんか?」
「良いことじゃない」
僕がポツリと漏らした懸念を、グウェンさんが受け流す。
「もちろん皆さんが無事なのは良いことです。でも、この先に魔界の門があるとしたら、この状況っておかしくないですか?」
「どういう事?」
「だって、ここまで僕たちは一度も悪魔に遭遇していないんですよ?」
「そう言われれば……確かに変ね」
もし魔界の門がこの先で口を開けているのなら、魔界に住む悪魔たちがそんな好機を放っておくとは思えない。あのエルネストさんに化けていた悪魔のように、門を通り抜けてこちらの世界に続々と入り込んでくるはずだ。その悪魔が全く姿を見せないというのは、一体どういう事なんだろう。
「ぼそぼそ……(実物を確かめれば分かる事じゃ)」
「それもそうですね。先を急ぎましょう」
僕たちはボス部屋の階段を降りていき、遂に第13階層へと辿り着く。その瞬間、気配探知をするまでもなく、階層内に満ちる異様な気配を感じ取った。
「ぼそぼそ…ぼそぼそ……(大当たりじゃな。間違いなくここに門があるわい)」
僕も感じる。この階層の西側にある開けた空間に、妙な空間の歪みのようなものがある。しかも、感じられるのはそれだけじゃない。
「大賢者様、門の付近に禍々しい気配があります。しかも、エルネストさんに化けていた悪魔よりもずっと強大な……」
「ぼそ…ごしょごしょ……(ほう、いよいよ悪魔のお出ましかの)」
ついに辿り着いた。ここが目的の場所だ。全員の表情が緊張で引き締まる。それも当然だ、なにしろ相手はあの悪魔なんだから。
悪魔とは魔界の眷属。人の世に災いをもたらす者。高い知能と強大な力を併せ持ち、認定冒険者ですら単独でかかるのは危険とされる異形の存在。実際にその姿を見たものは数少ないが、これまで悪魔がもたらしてきた災厄の数々は、今も物語として広く語り継がれている。親が子供を叱る時など「悪い子のところには悪魔がくるよ」というのが常套句になっているほどだ。僕ら人間にとって、まさに恐怖の象徴といってもいいだろう。
僕たちは気配を殺して慎重に門を目指す。不思議なことに、この階層にはただの1匹も魔物の気配を感じない。悪魔の強大な気配を恐れ、他の階層に逃げ散ってしまったのだろうか。
「着きました。門はこの壁の向こうです」
僕たちは目的の部屋の近くに辿り着いた。しかし、入り口らしきものは見当たらない。なにせ、これまで数多の冒険者が発見できずに見過ごしてきた部屋だ。その入り口は厳重に隠蔽されているに違いない。
「ぼそぼそ……ごにょごにょ……(そこの壁から魔界の瘴気が漏れ出しておる。入り口はそこじゃろう)」
大賢者様が指し示した壁を調べてみると、確かに禍々しい空気が壁から漏れ出しているのを感じる。しかし、この壁が入り口だとして、どうやって通るんだ?
周辺をみても、入り口を開く仕掛けのようなものは見当たらない。目に入るのは、壁を伝って伸びている蔦くらいのものだ。僕はその蔦を何の気なしに引っ張ってみる。
ガコン!
「えっ……?」
巨大な岩が転がるような音がしたかと思ったら、壁にぽっかりと入り口が開かれていた。そうか、この蔦が隠し扉の鍵だったのかー。
──いやいやいやいや、これに気付く冒険者なんている?人工っぽさとはまるで無縁の蔦をいちいち引っ張って回るとか、どんな暇な奴だってやらないでしょ。ここの隠し扉があると確信してなかったら、僕らだってこんなの絶対に見つけられなかったぞ。
「とりあえず、奥に進みましょうか」
僕らは入り口から部屋の中へと入っていく。中には開けた薄暗い空間が広がっており、その中央あたりに石造りと思われる構造物があるのがうっすらと見える。
「あれが門ね」
「おい、中から何かが飛び出して見えねえか?」
少しずつ距離を詰めていく僕らの目に、門の状況がハッキリと見えてきた。門が幅1メートル、高さ2メートル弱程度の小さな扉のような大きさしかなく、その石造りの枠組みには小さい魔法陣や古代の魔法文字と思われる文様がびっしりと刻み付けられている。
そして、その門から巨大な頭と左腕の腕が突き出している。頭の側頭部からは羊角によく似た渦を巻く角が生えており、青銅色の皮膚に赤く輝く瞳は以前見た悪魔とそっくりだ。
ただ、以前のヤツとは比較にならない程の巨体だ。頭部と腕から想像するに、全身の身長は7~8メートル程度にもなるだろうか。腕の太さだけでも、よくこの狭い門からこっちに出せたものだと感心するくらいだ。
「な、なんだってんだ、コイツは!?」
「デカいな……」
「ぼそぼそ……ごにょごにょ……(困ったのう、まず彼奴をどうにかせんと門の封鎖など不可能じゃぞ)」
「何もしなくても、今のままで十分塞がってるんじゃないかしら?」
グウェンさんの言う通り、この悪魔の身体によって門の隙間はほぼ完全に塞がれてしまっている。これじゃ向こうの悪魔達だって、ここを通りたくても通れないだろう。
「──ほう、そこにいるのは人間か」
悪魔の頭が口を開き、低い声が部屋中に重々しく響き渡った。
「我が名はフォルゴーレ。お主らが〝魔界〟と称する異界の住人よ」
悪魔は名乗りを終えると、にんまりと微笑んで見せた。
それを受け、大賢者様が僕の前にすっと出てきて。悪魔に話しかける。
「フォルゴーレと申したの。其方、ここで一体何をしておるのじゃ?」
「いやなに、門が開いているのを偶然見つけてな。早速そちら側に参ろうと思ったのだが、この通り腕だけ通ったところで引っかかってしまった。それからひと月ほどの間ここから抜け出せず難儀しておる。不躾な頼みで申し訳ないが、そちら側から我が腕を押し込んでくれんか?」
…………はい?




