第1章 19話 深層へ
「ビリーさん、咆哮が来ます!」
「おう!」
その直後、空気を振るわせるようなミノタウロスの咆哮が響き渡る。まともに喰らった者は恐慌状態に陥ってしまうという、魔力を纏った凶悪な吠え声だ。しかし、僕らはしっかり耳を塞ぐことでその効果を打ち消し、即座に次の行動へと移る。
「おらぁっ!」
ローマンさんが雄叫びと共に振り下ろした槌の一撃がミノタウロスの脳天を狙う。これはギリギリで躱されるが、体勢を崩したミノタウロスの腹をビリーさんの鉄拳が穿つ。
「喰らいやがれッ!」
「ヴモオオオオォォォオオオオッ!!」
決して軽くないダメージを喰らったミノタウロスは、たたらを踏んで後ろによろめく。その隙を狙って一瞬で距離を詰めた僕が剣を一閃すると、ミノタウロスは一瞬驚いたような表情を浮かべ、そのままゆっくりと地面に崩れ落ちていった。よし、第5階層の階層ボスを討伐したぞ。
【技能 剣技 のレベルが上がりました(Lv8→9)】
平常心、平常心……。
「やりましたね、皆さん!次は第6階層ですよー」
「お前、剣もイケるのかよ……」
「つくづく規格外の新人だな」
ビリーさんとノーマンさんが顔を引きつらせている。そういえばまだ魔法しか見せてなかったっけ。
そんな事より、次は早くも第6階層だ。この辺りから魔物が強くなってくるという話だったけど、どんなのが出てくるんだろう。
《第6から第10階層の間ではオークやオーガの上位種が出てくるの。あとはワーウルフやハーピーなんかもいるの》
《さすがステラ先生、頼りになります》
オークやオーガの上位種というと、ハイ・オークやハイ・オーガかな。さらにその上にはジェネラルやキングの名を冠する上位種もいるそうだけど、流石にそんなのは出てこないだろう。
ワーウルフは半人半狼の魔物で、狼以上の俊敏性と攻撃力を誇る強力な魔物だ。ハーピーは頭と胴体のみ人間で、それ以外の部分が禿鷲の姿をしているという魔物だ。数匹~数十匹の群れを構成し、集団で獲物に襲い掛かるという。
なかなか厳しい戦いになりそうだ。気合を入れていこう。
第6階層に足を踏み入れると、辺りの空気がやや重たく感じる。グウェンさんが言うには、周囲の魔素が濃くなっているとのこと。こういった地下迷宮は深層になればなるほど魔素が濃くなっていくそうで、そういった場所には強い魔物が湧きやすいらしい。
でも、やる事はここまでの階層と同じだ。まず気配探知で階層全体の様子を探り、それによって得た情報を羊皮紙の地図に書き記す。危険探知を働かせて罠を回避しつつ、魔物の気配が少ないルートで階層ボスの部屋を目指す。ボスに遭遇したら全員でよってたかって袋叩きにする。……あれ?
「ええと、第6階層のボス、倒しちゃいましたね……」
「お前の探知能力がおかしいんだよ!敵にも罠にも遭遇しない迷宮探索なんて反則もいいとこだろ!」
大声で僕を非難するビリーさんの足元には、第6階層のボスだったトロールの巨体が、見るも無残な姿で横たわっている。合掌。
僕たちはさらに深層へと向かう。ハイ・オークやハイ・オーガはビリーさんとノーマンさんの筋肉コンビに一蹴された。ワーウルフは銀の武器しか通用しない強敵だが、魔法は普通に効くので何も問題なかった。でも、一番悲惨だったのはハーピーだ。僕の風魔法との相性がとにかく最悪で、空中でほとんど何もできないまま風の刃に切り刻まれていった。
《シモン様の風魔法のレベルが10になったの。順調に育ってるのー》
《いや、あんまり育ちたくないんだけど……》
僕らは休憩を挟むこともなく突き進み、第10階層のボスまであっさり倒してしまった。ちなみに、第10階層のボスは漆黒の身体に2本の角を持つ巨大な馬の魔獣だった。バイコーンとかいう魔物だそうだ。ノーマンさん曰く、バイコーンの角は魔法薬の原料になり、肉は淡白な赤身で生でも焼いてもイケるとのこと。ビリーさんが嬉しそうに解体していた。
「皆さん、今日はここらで野営しませんか?」
「もうそんな時間か?俺はまだまだいけるぜ」
「私も特に問題ないが、シモン君は少々お疲れかな?」
「ははは……まあそんなところです」
いや、実のところ僕は全く疲れてない。なにせ僕の体力は常人の100倍以上だからね。でも──
《シモン様……お腹すいたの……ご飯……ご飯はまだなの…………?》
この大食い天使が、さっきからずっと耳元で訴えてくるんだよ……。
前の休憩時にステラがオーク肉を10皿も平らげてから、せいぜい5時間ちょっとしか経ってない。だというのに、この食欲はいったい何なの?本人は神様から僕の守護天使に任じられたとか言ってたけど、実際は食費がかかりすぎて厄介払いされただけだったりして。
結局僕らはここで一泊することになり、皆はのろのろと野営の支度を始める。ボスが倒された後の部屋は、ボスが再び湧くまでの間安全地帯になるので、休憩や野営にもってこいのポイントになる。
僕は収納の指輪から料理を取り出して食器に盛り付け、皆の前に並べていく。今夜のメニューは突進牛の赤身を柔らかくなるまでじっくり煮込んだシチュー。付け合わせは柔らかい白パンだ。
「美味え!美味過ぎる!」
「迷宮でシチューとはまた贅沢だな」
「…………(もぐもぐもぐもぐ)」
皆さんからも大好評のようだ。僕もひと口掬って食べてみる。うん、美味い。柔らかくなった肉が口の中でトロトロに溶けていくようだ。こりゃ我ながら最高の出来だな。
「これのどこが決死隊なのかしら」
「ぼそぼそ……ぼそ……(まるで危なげのない道程に美味い料理。さながら物見遊山じゃのう)」
確かに、命の危険と隣り合わせの大冒険!って感じじゃないよなあ。皆さん認定冒険者だけあってやたら強いし、僕も問題なく戦えてる。ここまでは順調すぎるくらいだ。次の第11階層から先も、ずっとこんな感じなのかな?
「まあ、大変なのはここから先だろ。いよいよ不死の魔物が出てくるからな。ゾンビやグールはともかく、ワイトやレイスが出てきたら俺たちじゃどうにもならねえ」
「不死の魔物か……本来なら私が浄化すべきなのだろうが、どうも魔法は苦手でな。やはり魔物は槌で叩き潰すのが一番だ」
ノーマンさん、それ神官のセリフとは思えませんが!?
なんでも、ワイトやレイスといった魔物には聖属性の武器か魔法による攻撃しか通らないそうだ。ビリーさんやノーマンさんのような筋肉系にとっては天敵ともいえる相手だな。
「確かに厄介な相手だけど……この子なら1人でも倒せそうだわ」
グウェンさんがそう言うと、全員が僕の方を見てうんうんと頷く。あのー、高く評価していただくのはいいんですが、1人で不死の魔物を相手するのってなんだか怖くないですかね?いや、やれと言うならやりますけど……。
《シモン様の〝聖人の奇跡〟なら……もぐもぐ……不死の魔物なんて……んぐんぐ……一発で浄化できるの》
《そうなの!?……いや、でもそれはやめておこう。聖人の力はなるべく人目に晒したくないからね。あと、食べながら喋るのはやめなさいって》
ステラがシチューを10皿平らげたところで漸く食事が終わる。ちなみに、ミリアムさんも4皿食べた。この人もなかなかの強者だ。
食事が終わったら、あとはさっさと眠るだけ。安全地帯では見張りを立てる必要もない。それぞれが思い思いの夜具を広げて横になる。こうやって休むときはしっかり休むのも冒険者の鉄則。この辺りは狩人をやってた頃と何も変わらない。
夜が更けていき、周囲からは規則正しい寝息が聞こえてくる。でも、僕にとっては地下迷宮の中で過ごす初めての夜。なんとなく気が昂ってしまい、なかなか寝付けない。
「──ねえ、起きてるんでしょう?」
近くで寝ていた筈のグウェンさんが小声で話しかけてきた。驚いたな、まだ起きてたんだ。
「貴方、モルトの孤児院とはどういう関係なの?」
「たまにお土産を持って遊びにいったりするくらいですよ」
「嘘おっしゃい。こないだパナシエのギルドから送金してたでしょ」
「……聞いてたんですか?」
「エルフは耳がいいのよ」
暗くて姿がよく見えないせいか、グウェンさんの息遣いがいっそう近く感じられる。
「〝悪魔殺し〟の件も、孤児院の子を庇って巻き込まれたそうね。あの孤児院にそこまでするのは、どうして?」
そういえば、グウェンさんはあの孤児院で育ったんだっけ。生まれ育った場所を僕みたいな奴がちょろちょろしてたら、気になるのも当然か。
「うーん……どうしてって言われても、僕にもよく分かりません。僕も両親を亡くしてるので、あそこの子供達にはどうしても親近感を持っちゃいますし、司祭様にも色々とお世話になってますし……」
グウェンさんは僕の話を静かに聞いている。
「でも、そういうのとは関係なく、あの孤児院には不思議な愛着を感じるんです。こんなこと言ったら司祭様に笑われそうだけど、〝第二の我が家〟みたいな感覚ですね」
「そう……」
グウェンさんはそう呟いたきり、黙ってしまった。
僕も色々と聞いてみたかった。なにしろグウェンさんは謎の多い人だ。人間の孤児院で育ったそうだけど、両親はどうされているんだろう。顔の大きな傷跡はどんな事情で付けられたんだろう。〝エルマー〟というのはどういう人だったんだろう。どうして一人で危険な冒険者をやってるんだろう。
でも、そんな立ち入ったことを尋ねるような度胸など僕にある筈もなく、長いこと悶々とした挙句に出てきた言葉は「おやすみなさい」という味気なくも月並みな挨拶だけだった。
グウェンさんが寝返りをうつ気配を最後に再び静寂が戻り、迷宮の夜は静かに更けていった。




