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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第1章 聖人シモンと魔界の脅威
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第1章 01話 聖人の誕生と守護天使

 目を開けると、僕はベッドに横たわっていた。


 いつもの僕のベッドじゃない。清潔そうな白いシーツに温かい毛布。僕のくたびれ切った寝具とは大違いだ。


 横になったまま、足を軽く動かしたり、手を軽く握ったり開いたりしてみる。うん、問題なく動く。

 胸を斬られて腹を貫かれた筈だけど、痛みはない。念のため、斬られた場所を手でまさぐってみると、傷は跡形もなく消えていた。


 全部夢だったんだろうか?でも、それならここは何処なんだろう?


 色々な疑問が頭に浮かんできて混乱するばかりだ。早く起き上がって状況を確認したいけど、起きられない。何故なら──



「あの……君は誰?」



 ──何故なら、目の前3センチの至近距離に、女の子の顔があったから。






 それはこの世のものとは思えないほど整った顔をした少女だった。見た目からいって年齢は7~8歳程度。ひらひらとした白いワンピースに、編み込まれた金髪が良く映えている。その全身が淡く発光しているように見えるのは目の錯覚だろうか。


 しかし、とにかく顔が近い。近すぎる。お互いの鼻がぶつかりそうな近さから、少女の透き通った碧い瞳が瞬きひとつせず僕の目を凝視してくる。何も疚しいことなど無いけれど、心の奥まで覗かれているような気になって落ち着かない。


 そして何より奇妙なのは、この子が〝宙に浮かんでいる〟ということだ。なんなのこの子!一体どうなってるの!?



《やっとお目覚めなの。ねぼすけさんなの》


「いや、あの、質問に答えてくれないかな?」



 少女はふわふわと宙に浮いたままにっこりと笑った。どうやら言葉は分かるみたいだ。でも僕の質問は完全にスルーされてる。解せぬ。

 この子は一体誰?そもそも僕は殺されたはずだよね?だとしたら、ここはあの世?いやまあそれは置いといて、この子の距離感おかしくない?僕の息かかってるよね?今朝ちゃんと歯を磨いたっけ?



 混乱する僕をみて、少女が小首を傾げるような仕草をする。


《うむむー、まだ意識が混濁気味なのかしらー》


「へ?」


《チェックするの。はい、貴方のお名前、年齢、職業をどうぞなのー》


「え?は、はい。名前はシモン。18歳で、職業は狩人をやってますけど……」


《うん、頭は大丈夫そうなの。身体のほうは…っと》



 少女が僕の身体をぺたぺたと触ってくる。くすぐったいけど、少女の顔が近すぎて身動きがとれない。



《うん、傷もちゃんと治ってるの。コンディショングリーンなの》


「コンディショングリーン……??よく分からないけど、まずは少し離れてくれないかな」



 少女はふわふわと宙を漂って離れていき、ベッドの脇に降り立った。目の前の障害物がなくなったので、僕もやっと上体を起こして状況を確認する。部屋の中には誰もいない。僕と少女の二人きりだ。



《申し遅れましたの。私は天使のステラエルなの。呼ぶときは略してステラでいいの》



 少女はそう言うと、小さくぺこりと頭を下げた。そうかー。天使かー。はははは。


 ……いや、普通の子にこんなことを言われたらいくら僕でも笑って聞き流すしかないところだけど、この子の言葉は何故か信じられる。言葉がこっちの魂にすっと入ってくるような不思議な感覚。それに、状況証拠も揃ってるしね。見るからに神々しい雰囲気を出してるし。宙に浮いてるし。



「そうか、ステラは天使様なんだね」


《はいなの》


「ということは、ここは天界か。そうか、やっぱり僕は死んじゃったのかあ……」



 なんとなく状況が飲み込めてきた。僕はあの貴族様に殺されたんだな。いや、正確には貴族に化けていた〝悪魔〟か。意識を失う間際に見たあいつの姿は、おとぎ話に出てくる悪魔そのものだった。



《ブッブー。違うのー。シモン様は死んでないの。ここはシモン様が担ぎ込まれた、町の治療院なの》


「ええええ!?僕死んでないの?ウソ!?」



 そんな馬鹿な、あれだけ斬られたり突かれたりされたら、むしろ死んでなきゃおかしいよ!


 いや待てよ、そうなると──



「ここが下界で僕がまだ生きているとして、なんで天使の君がここにいるの?」



 余程の事でもない限り天使が下界に降りてくることなんて無いはずだ。ましてや生きている人の前に姿を現すなんて聞いたこともない。


 僕の疑問に、ステラはにっこりと微笑んで答えた。



《ステラは聖人シモン様の守護天使として、下界に降りることになったの。末永くよろしくなの》





 …………この子いま何て言った??





「……も、もう一度言ってもらえるかな」


《ステラは聖人シモン様の守護天使として、下界に降りることになったの。末永くよろしくなの》


「うん、ごめん。意味わかんない」



 僕が聖人?この子が僕の守護天使?話が突飛すぎて、まるで付いていけないよ!



「聖人って大神殿の教皇様が認めた偉い人のことでしょ?僕はただの狩人だし、そんな称号を頂くような人間じゃないよ」


《そういう俗世の称号とは別物なの。聖人っていうのは、天界だと〝魂の位階〟を表す言葉なの》


「〝魂の位階〟って、そんなの聞いたことないけど」


《シモン様は〝輪廻〟をご存じ?》


「死んだ母さんに教えてもらったよ。生き物の魂は死ぬと別の生き物として生まれ変わる。それを輪廻って言うんでしょ」


《大体合ってるの。で、その輪廻を繰り返す中で積み重ねてきた〝善い行い〟の質や量によって〝魂の位階〟が決まるの》



 ふむふむ。つまり、善い行いをするごとにポイント進呈、一定ポイントに達したらランクアップ!みたいな感じかな。なんとなく分かってきた。



《ちなみにシモン様の場合、悪魔に殺されそうになった犬の命を救ったことで〝人間〟から〝聖人〟にランクアップしたの。おめでとうなのー》


「ええええ、あの犬で!?」



 自分の命を差し出してマルクを助けるつもりだったのに、悪魔の策略で流れ弾のように助かってしまったあの犬か!いや、犬が助かったのはいいんだけど、聖人になる決め手がそれってのも少しカッコ悪いような……。


 ステラの説明によると、あの犬が助かった時点で僕は聖人になり、その聖人の血を浴びた悪魔は存在ごと消滅、という流れだったらしい。完全に自爆だなあの悪魔。なんでも、聖人には邪悪な存在や呪いなどを打ち払う力が備わっていて、特にその血が持つ浄化の力にはどんな高位の悪魔であろうとも抗えないんだって。凄いな聖人!



「あ、そうだ。マルクは無事?」


《大丈夫なの。司祭が孤児院に連れて帰ったの。シモン様からなかなか離れなくて、引き離すのにすごく苦労してたの》


「そっかー……。ありがとう、安心したよ」



 そっかー、マルクのやつ助かったか。命を張った甲斐があったな。なんだかほっとして力が抜けた。


 そして、そんな僕を、ステラが何とも言えない表情で見ている。



《……シモン様は何度生まれ変わっても変わらないの》


「え?」


《シモン様はこれまでの人生でも人助けばかりしてたの。貧乏暇なしの人助けマニアなの》


「なんか言い方にトゲを感じるよ!?」



 人助けをした人に天使様がかける言葉じゃないよね!?



《人助けはいいんだけど、自分の幸せも少しは考えてほしいの。神様もちょっと呆れてたの》


「うっ、確かに今回は危うく死にかかったけど……」


《今回だけじゃないの。シモン様はこれまでの全ての輪廻を通して20歳まで生き延びたことが一度もないの。いつも他人のために命を無駄遣い……コホン、その身を犠牲にしてきたの》


「いま無駄遣いって言ったよね!?天使のくせに不謹慎もいいとこだよ!」


《すぐ死んじゃうから結婚だってしたことないの。純潔を守ったまま聖人に昇格するなんて前代未聞なの》


「え……………………」



 ちょっと待って。今日聞いた話の中で一番ダメージでかい。



《でも、そんなシモン様のために今回は神様が配慮してくれたの。聖人になったシモン様には、ちょっとした〝祝福〟が与えられてるの》


「〝祝福〟……って何?」


《神様から授かる特殊な力、とでも思っておけばいいの。シモン様には〝聖人の奇跡〟と〝星の銀貨〟という二つの祝福が与えられてるの》


「〝星の銀貨〟って、あの有名なおとぎ話の?」



 心の優しい女の子が、困っている人たちに自分の持っているものを次々と分け与え、遂には持ち物を全てなくしてしまうが、その少女のもとに夜空の星が降ってきて銀貨になり、少女はお金持ちになって幸せに暮らす。星の銀貨とはそういうおとぎ話だ。僕がまだ小さかった頃、母さんがよく話して聞かせてくれたっけ。



《そうそう、その話がモチーフなのー》


「じゃあ僕が人助けをすると空からお金が降ってくるってこと?」


《そんな即物的な祝福なんてあるわけないの。降ってくるのはお金じゃなくて〝助けた人の能力〟なの》


「〝能力〟が降ってくるって、どういうことさ?」


《そこは実際に見た方が早いの》



 そう言ったステラが何もない空間に指を走らせると、そこに半透明のパネルが浮かび上がる。そのパネルに書かれた文字を見てみると、こんな内容だった。



─────────────────────

名 前:シモン

種 族:人間

性 別:男

年 齢:18


生命力:12

魔 力:14


筋 力:11

体 力:12

精神力:17

知 能:12

感 覚:15

器用度:16

敏捷度:14


技 能:弓技Lv2

    気配探知Lv2 隠密Lv1 解体Lv1

    料理Lv2


称 号:悪魔殺し

─────────────────────



「これって、もしかして僕の能力?」


《そうなの。天界では〝ステータス〟って呼んでるの。一般的な人間の平均的な能力は10前後だけど、これまで善行を積んできたシモン様には少し高めの〝ステータス〟が与えられてるの》



 へー、そうなのか。でも、見た感じだと普通の狩人って感じだよね。これで神様の祝福を受けているとか言われても……あ、称号に悪魔殺しが付いてるな。ほとんど悪魔の自滅だけど。



《ちなみに、今見えてる〝ステータス〟は()()()()の能力なの》


「えっ、じゃあ祝福を含めるとどうなるの?」


《こうなるの。じゃじゃーん》



─────────────────────

名 前:シモン

種 族:人間(聖人)

性 別:男

年 齢:18


生命力:12 (+501)

魔 力:14 (+499)


筋 力:11 (+514)

体 力:12 (+515)

精神力:17 (+498)

知 能:12 (+499)

感 覚:15 (+500)

器用度:16 (+501)

敏捷度:14 (+503)


祝 福:聖人の奇跡 星の銀貨


技 能:弓技Lv2

    気配探知Lv2 隠密Lv1 解体Lv1

    料理Lv2


称 号:悪魔殺し

─────────────────────



「………………」


《あの、シモン様?》


「………………………………」


《シモン様?シモン様ー??》


「……うん、なんだか幻覚が見える。少し寝るね」


《シモン様、逃げちゃ駄目なの。これは現実なの》


「これが現実なら、僕もう人間やめてるよね!?」



 能力補正の数字が明らかに常軌を逸してる。補正値だけで、平均的な人間の50倍くらい?種族は一応人間ってことになってるけど、どうみても化け物でしょこれ!



《大丈夫、まだ人間なの。でも、トロールくらいなら素手で殴り殺せると思うの》


「〝まだ〟とか言うな!僕は歴とした人間だよ!」



 たとえトロールを撲殺できたとしても、そこは譲れない!



「色々と疑問だらけだけど、まずこの馬鹿げた数字がどこから来たか教えてくれないかな」


《それは、シモン様があの悪魔を滅ぼしたからなの》


「それでどうしてこんなことになるのさ?」


《あの悪魔は領主の一族に入り込んで悪逆非道の限りを尽くす筈だったの。あんまし頭は良くなかったからすぐに正体がバレて討伐されちゃうんだけど、それでも50人近くの人々があいつの手にかかることになってたの》


「そんなに危険な奴だったのか!僕よく生き残れたな!」


《でも、シモン様があの悪魔を滅ぼしたことによって、死ぬはずだった50人の命は救われたの。だから、その人たちの〝ステータス〟が〝星の銀貨〟によってシモン様のステータスに加算されたってわけなの》


「うわあ……」



 この状況を受け容れるのは無理そうだけど、〝星の銀貨〟については理解した。そっか、僕が50人を助けたから50人分の能力が()()()()()()降ってきたんだな。しかも、僕が直接助けた人だけじゃなく、僕が関わって間接的に将来の災難を取り除かれた人もカウントされちゃうのか。想像以上にとんでもないヤツだこれ。



「あのさ、頂いた祝福に文句をつけるつもりはないけど、ちょっと規格外過ぎないかなこれ」


《シモン様はほっとくとすぐに死んじゃうから、それくらいで丁度いいの。あ、ちなみに今回シモン様の命が助かったのは、もうひとつの祝福〝聖人の奇跡〟のおかげなの》


「もう名前からして嫌な予感しかしない……。一応聞くけど、どういう能力なの?」


《傷や病を癒し、呪いを打ち払う力なの。癒したい人に触れて念じるだけで発動するの。ちなみに、自分自身の怪我や病気は勝手に治るので手間いらずなのー》


「やっぱりとんだ規格外だよ!」



 神様、これは流石に過保護すぎませんかね?おかげ様で長生きはできそうですけど、人間としては終わった気がします……。



「ごめん。正直、自分の能力が飛躍し過ぎてついていけない」


《ホントは少しずつ強くなっていく筈だったんだけど思惑が外れたの。こんな大勢の人をいきなり助けるなんて神様にも想定外だったの。人助けマニアを舐めてたの》


「だから、さっきから言葉の選択がおかしいよ!?」



 この天使様、ちょいちょい僕のことを弄ってくるんだけど、これで本当に守護天使なんだろうか。まあ、祝福について色々と教えてくれたのは有難いけれども。



 ステラ相手にツッコミを連発して喉が渇いた僕は、枕元に置かれた鉄製の水差しに手を伸ばす。



(ぐにゃり)


「えっ……」



 軽く掴んだだけなのに、水差しの柄がものの見事にひん曲がった。うわあ、筋力525(※補正値込み)って凄いね!







 ──僕は深いため息をひとつつき、ベッドに倒れ込んだ。

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