第1章 18話 森林迷宮の探索
「あー、いいか?全員揃ったところで、今回の依頼についての情報を共有しておくぞ」
ギルドマスターのガラムさんが全員を見回す。
「この町の領主であるグローヴ子爵の三男坊が悪魔に襲われたのが、今回の事件の発端だ。悪魔の襲撃は先月2日の日中に、パナシエの森の中で行われたものと推測されている。そしてその前日にあたる先月1日に、ウチのギルドに所属する冒険者のうち1組が森林迷宮の内部で消息を絶った」
「なるほどな。その連中がうっかり門を開けて喰われたか」
ビリーさんが顔をしかめる。危険な稼業であることは百も承知だが、同業者が命を落とすというのは決して気持ちの良いものではない。
「依頼主もそう予想している。もう分かってると思うが、その門を見つけ出して封鎖するのがお前たちの仕事だ」
「その冒険者達の最深到達階層は?」
「第13階層だ。魔界の門があるとしたら、恐らくはこの階層の前後だろう」
ノーマンさんの質問にガラムさんがすぐに答えを返す。事前に調べてあったに違いない。この辺りは流石ギルドマスターだ。
「なるほど、怪しい階層はある程度絞れている訳か。しかし、それでも階層全体をくまなく探すのは骨が折れる作業だ」
「ごしょごしょ……ごにょごにょ……(なあに、門と同じ階層まで行けばワシの探知に引っかかるじゃろ)」
「えっ、大賢者様はそんな事ができるんですか!?」
「ごにょごにょ……ぼそぼそ……(当然じゃ、空間に関する事でワシに敵う人間はおらんわい)」
流石はマッドサイエン……違った、大賢者様だ。この人なら門の封鎖くらい問題なくしてのけそうだ。
「あ、空間といえば、僕この迷宮で収納の指輪を手に入れたんですよ。既に全員分の食糧と水を収納してありますし、他に重い荷物があれば僕が運びますので──」
「収納の指輪じゃと!?ちょっと見せい!!」
「うわっ!?大賢者様!?」
突然くわっと目を見開いた大賢者様が、指輪の嵌った僕の手を取って熱心に指輪を調べだす。いやいや、なんなのこの人!?普通に喋れるなら最初から喋ってよ!
「ふむふむ……この形状……ほう、この刻み文字……これは古代魔法文明の第四紀頃に作られたⅢ型じゃな。時間静止の魔法が付与されており、収納された物の状態は永久に不変。また、取り出したいものを即座に取り出すための識別機能も付与されており、いざという時に取り出したいものを取り出せず慌てるようなこともない。この辺り、単純に物をしまうだけだったⅠ型やいざという時の取り出し時に混乱を招いたというⅡ型の欠点が見事に補われておる。凝った意匠などに頼ることなくシンプルさを追求した機能的なデザインも素晴らしい。ただ、この後のⅣ型に比べると盗難に遭った際の考慮が為されておらず、また付与術式が些か複雑なため思い切った量産に移行できずに──」
「ちょ、ちょっと大賢者様!?ストップ!ストーーップ!」
無駄に話が長いし、そんな薀蓄なんて誰も求めてなくない!?Ⅲ型とかⅡ型とか言われても訳わからんし!
この人、空間魔法に関連したことになると周りが一切見えなくなるタイプなんだな……ある意味研究者の鏡というかなんというか。
「大賢者様の薀蓄は脇に置いとくとして、そこまで準備してくれてるなら、今すぐにでも迷宮に潜れるんじゃねえか?」
「異議なし」
ビリーさんの提案にグウェンさんが賛意を示す。ノーマンさんは背嚢を担ぎ上げ、ミリアムさんは杖を持って立ち上がる。いよいよ迷宮探索の始まりだ!
「ぼそぼそ……(脇に置いとくって……ワシ一応大賢者なんじゃが……)」
仕方ありません。貴方にこれっぽっちも大賢者らしさが無いのが悪いんです。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「美味ぇ!」
「これは美味いな!」
「…………(もぐもぐ)」
美味い美味いと言いながら口いっぱいに料理を頬張るビリーさんとノーマンさんの横で、ミリアムさんは黙々と、それでいて結構なハイペースで食べ物を口に運んでいる。
ここは森林迷宮第5階層の安全地帯。ここまで休むことなく降りてきた僕たちは、漸く一度目の休憩をとっている。僕が収納の指輪から取り出した熱々の料理は、皆さんにも好評のようだ。今回はオーク肉と茸のバター炒め、パン、温野菜のスープというメニューを供している。指輪の中にはまだまだ色々な料理が収納されていて、さらに干し肉や黒パンといった保存食の類もかなりの量を放り込んである。全てを合わせれば、ここにいる全員が1ヵ月ほど食いつなげるくらいの量はあるだろう。
「迷宮の中でこんな美味しいものを食べられるとは思わなかったわ」
「ぼそぼそ……ごしょごしょ……(こんな美味いもん久々に食ったわい)」
グウェンさんと大賢者様にも気に入ってもらえたようだ。
「いやあ、そう言ってもらえると作った甲斐がありますね。あ、お代わりもありますよ」
「…………(スッ)」
「あ、はい。ミリアムさんお代わりですね」
ミリアムさんが無言で差し出してきた皿に、オーク肉を少し多めによそって返す。この人、意外とたくさん食べるんだな。でも、ウチの欠食天使には到底敵わないだろうけど。
《お代わり!お代わりなの!シモン様の料理はサイコーなの!》
《頼むから自重して……迷宮の深層部で食糧切れとかシャレにならん》
ステラは今のでちょうど10皿めだ。彼女1人で10人分食べる前提で食糧を用意してきてるけど、ミリアムさんの予想外の食欲によって全体の計算が崩れつつある。もうこれ以上はお代わり禁止だからな。
「しかし、収納の指輪を持ってて美味い料理を作れる仲間がいるってのは最高だな」
「斥候としての技能も確かだ。君のマップのお陰で一度も迷わずに済んでいる」
「……ウチのパーティに入らない?」
「あっ、ずりーぞミリアム!抜け駆けすんな!」
パーティかあ。そういえば考えたことも無かったな。でも、僕が聖人だってことが仲間の口から洩れたら大事になりそう。パーティを組むとしたら、口が堅い人限定だな。あと、僕のステータスや技能にドン引きしない人。これ大事。
技能といえば、この第5階層までの間で僕の技能レベルがまた上がっている。
【気配探知Lv12→14】
【危険感知Lv7→10】
【隠密 Lv8→9】
【地図作成Lv7→9】
【罠解除 Lv4→5】
【開錠 Lv3→4】
頼むから自重してくれ、僕の身体……。
「それにしても、やっぱし認定冒険者の皆さんは強いですね。僕、ここまで何もしてませんよ」
そう、彼らはとても強かった。道中で遭遇した魔物は、階層ボスも含めて全て鎧袖一触。手傷を負う事すらないという完勝ぶりだった。しかも、戦ってるのは前衛のビリーさんとノーマンさんの二人に後衛のグウェンさんだけで、他の2人は一切手出ししていない。
「そりゃまあ、俺らは認定冒険者だからな。これくらい朝飯前だ」
「でも、大賢者様とミリアムさんが手出ししないのは何故ですか?」
「魔法使いの出番は深層に入ってからだ。深層には魔法しか効かない敵がいやがるからな。こんな浅い階層で魔力を浪費してたら後々キツくなるんだよ。その点、グウェンの精霊魔法は燃費がいいからな。精霊の力を借りやすい森林迷宮では特に頼りになる」
そうか、人間の平均的な魔力は例のステータスの数値でいうと10程度だから、少し大きめの魔法を連発したらあっという間に枯渇しちゃうもんな。その点、僕の魔力にはかなり余裕がある。多分、風刃程度なら何百発撃っても魔力切れを起こすことはないだろう。
「この森林迷宮はそれほど難易度の高くない迷宮だが、それでもこの階層のボス辺りからはそれなりに魔物の危険度も増してくる。いざという時にはシモン君にも参加してもらうから、そのつもりでいてくれ」
「分かりました。ところで、この階層のボスってどんな魔物なんですか?」
「確かミノタウロスだった筈だ。身の丈4メートルはあろうかという半人半牛の魔物だ。斧の攻撃は大振りで躱しやすいが、一撃でも喰らったら只じゃすまない。決して侮れない相手だ」
ノーマンさんは真剣な表情でそう言うと、愛用の槌をさも愛おしそうに撫でる。神官が本職の筈なんだけど、こういうとこ妙に怖いんだよな。二つ名が〝頭蓋砕き〟ってのも大概だけど。
「──貴方は戦わないの?」
「うわっ、びっくりした!いきなり何ですかグウェンさん!?」
いつの間にか僕の横にいたグウェンさんに耳元で囁かれ、僕はすっかり動転してしまう。
「この辺りの魔物ならさして危険は無い。貴方なら十分に勝てるでしょ?」
「いや、僕はまだ新人ですし、認定冒険者の皆さんを差し置いて前に出るのはちょっと憚られるというか」
「この先、私たちは悪魔と戦うことになるかもしれない。一緒に戦う仲間の戦い方を把握しておくのは大事な事よ」
「仲間……」
銅級冒険者のグウェンさんに仲間扱いしてもらえるなんて……なんかちょっぴり感動しちゃったな。
「グウェンの言う通りだな。ここらで〝悪魔殺し〟の実力を見せてもらおうじゃねえか」
「依存はない」
「……(コクリ)」
「ぼそぼそ……(そんなことより早く門を見たいんじゃが)」
「皆さんまで……分かりました。次は僕が前に出るんで、皆さんはサポートをお願いします」
約一名を除き、他の皆さんも僕が前で戦うことに異存はないらしい。よし、やってみるか。皆さんが戦ってるのを後ろから見てた限り、この階層の魔物なら多分僕でもなんとかなるだろうし。
「ぼそぼそ……(なんかワシまた無視されとらん?)」
「いえいえ、そんな事ないですよー」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
食事と休憩を終えた僕たちは安全地帯を出て探索を再開する。目指すは第5階層のボス部屋だ。勿論、僕が作った地図があれば道に迷うことは無いし、危険探知技能をフル活用すれば敵に出会うことなく辿り着くことも可能だろう。しかし、今は皆さんの期待に応えなければならない。僕は魔物の気配がする方を指し示す。
「ここを曲がった少し先に魔物の反応があります」
「よーし、〝悪魔殺し〟君のお手並み拝見といこうか」
ビリーさんが浮かれているが、そこは流石に認定冒険者。魔物との距離が詰まるごとに表情が引き締まり、足取りもより慎重になっていく。
そして、いよいよ魔物の居場所を目視できるところまで近づいた。そこにいたのは真っ黒な体毛に短い角を額に生やした巨大な狼。あれは──
「イビルウルフかー。久々に見たなあ」
冒険者になってから初めて戦った魔物だ。数は3匹程度。うん、今の僕なら楽勝だろう。
「3匹か。どうする?なんなら俺とローマンで1匹ずつ引き受けるぜ」
「そうだ。無理は禁物だぞ、シモン君。まずはグウェンの魔法で先制を──」
「大丈夫ですよ、すぐに片付けますんで。風刃!」
ビリーさんとローマンさんが心配してくれたけど、この程度なら特に問題ない。僕はすぐに風魔法の風刃を発動させる。僕の指先から幅5センチほどの風の刃が飛び出すと、空中で鋭く軌道を変えながら3匹のイビルウルフの首を次々に貫通。魔物どもは悲鳴をあげる暇もなく一瞬でこと切れた。
【技能 風魔法 のレベルが上がりました(Lv8→9)】
くっ……まあこれくらいは想定内だ。
「はい、終わりました」
「えええええ!?お前いま何をした!?」
「手も触れずにイビルウルフを倒すとは……」
「今のは風刃……無詠唱魔法?」
おお、さすがミリアムさん。凄腕の魔法使いってのは伊達じゃないな。
「でも、風刃は直線軌道。一撃で三匹を同時に倒すなんて不可能よ」
「呪文に頼らずに頭の中で魔法のイメージを作れれば、魔法の効果に手を加えられるんですよ。ちなみに今使ったのは刃のサイズを小さくする代わりに、空中で軌道を変えられるように改変した風刃ですね」
「人間業じゃないわ……」
グウェンさんが呆れたような表情を浮かべる。失礼な、僕は歴とした人間ですよ?
そして、僕の魔法に誰よりも強烈な反応を示したのは大賢者バルタザール様だった。
「…………素晴らしい」
「はい?」
「実に素晴らしいぞ!お主は正しい魔法の発動条件に独力で辿り着いただけでなく、魔法を改変するという前人未到の偉業を成し遂げたんじゃ!」
「こ、これってそんな凄いことなんですかね?」
「魔法の発動には明確なイメージさえあれば良い。この〝真実〟にはワシを含む数多くの魔術師が辿り着いておる。しかし、そのイメージを明確に描ける術者は数少ない。ましてやお主のようにイメージの改変に成功した者など聞いたことも無いわ」
「はあ……」
何やらとんでもない事をやらかしちゃったらしい。そういえば、魔法を教えてくれた幸運の星マルコムさんも、僕が無詠唱で魔法を使ったのを見て愕然としてたっけ。
「お主ならワシの研究をもっと先に進められるかもしれん……よし、決めた。この件が片付いたら、お主をワシの弟子にしよう」
「えっ、お断りします」
「うむ、そうじゃろうそうじゃろ……なっ、なんじゃと!?ワシの弟子になりたくないの!?」
「普通、大賢者様は弟子を取らない。嫌なら替わって欲しい」
〝大賢者様の弟子〟ってのは、無口なミリアムさんまでもが羨望する立場のようだ。でも、言い方を変えれば〝マッドサイエンティストの助手〟だよ?正直あまり魅力を感じないんだよなあ。
「ぼそぼそ……ごにょごにょ……(ふん、大賢者の地位を舐めるでないぞ。いざとなったら国王を動かして強制的に弟子にしてやるわい)」
「この爺さん無茶苦茶だ……!」




