第1章 17話 集結する冒険者達
木漏れ日亭で無事に部屋を確保した後、僕はグウェンさんに呼び出され、まだ客の少ない食堂のテーブルに差し向かいで座らされている。……なんだこの状況。これから尋問でも始まるんだろうか。
「──さて、貴方には少し確認したいことがある」
「は、はい。なんでしょう……?」
本当に尋問じゃないか!僕なにも悪いことしてませんよ!?
「まず最初に知りたいのは貴方の本当の実力。どうやら只の新人冒険者じゃなさそうだから」
「えっ……いや、僕は冒険者になってからまだひと月も経ってなくて──」
「そういえば、さっき火蜥蜴を単独討伐してたわね。モルトではゴブリンキングも倒したとか」
「な、なんでそこまで知ってるんですか!?」
「一緒に迷宮に潜ることになった以上、下調べくらいはするわよ。〝悪魔殺し〟君」
「うっ……」
グウェンさんは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「勘違いしないで、別に無理やり詮索するつもりは無い。ただ、どの程度貴方を当てにしていいのか知っておきたいだけ」
「そうですか……そう言われましても、いつも一人で魔物狩りをしてるんで、自分の実力が他の人と比べてどの程度なのかは、正直よく分からないんです」
「それなら、これまで狩ったことのある魔物を教えてくれるだけでいい」
「ええと、イビルウルフ、ゴブリン、ゴブリンキング、赤猪、オーク、オーガ、火蜥蜴、コボルド……ってとこですね」
自滅した悪魔はノーカウントで。
「それを全部一人で?」
「いやその、運が良かったといいますか」
「ふうん……武器はその剣と弓だけ?戦士としてはちょっと軽装過ぎないかしら」
「武器はこれだけですけど槍も少しなら使えます。あと、力だけはあるので素手でもそれなりに戦えます」
「そうなの?見た感じ、力持ちにはとても見えないけど」
「あははは……あ、そうそう。魔法も少しだけ使えます。といっても、四属性魔法の基本だけですけどね」
「……随分と多芸なのね」
「あとは治癒や解呪なんかも得意です。もし皆さんが怪我をするようなことがあったら力になれると思います。あとは探知や地図作りなんかもできますから、迷宮の道案内はお任せください。他にも、鍵を開けたり罠を外したり──」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って!?」
グウェンさんが焦ったように僕を制止する。クールそうに見えるグウェンさんでも取り乱すことがあるんだなあ。
「貴方、冒険者になってから1ヵ月も経ってないって言ってたわよね?一体、いつどこでそんな技能を身に付けたの!?」
「あー……その辺はまあ色々と。冒険者になる前は狩人をやってましたから、もともと基本的な狩りの技術はありましたし、あとはベテランの冒険者に弟子入りしたりしましたね」
「それにしたって異常よ……とりあえず、貴方が十分戦力になるってことは理解したわ」
グウェンさんがこめかみの辺りを押さえるような姿勢でショックに耐えている。僕が規格外なせいですみません。
「確認したい事がもうひとつあるんだけど、いいかしら」
「はい、僕に答えられることであれば」
「貴方、エルマーという人に心当たりはない?」
「エルマー?──いえ、特に思いつきませんけど」
「そう……そうよね。もう50年近く前のことだもの……」
「あの、そのエルマーという人が何か?」
「何でもないわ。ただ、貴方がその人になんとなく似ているってだけ」
「僕に似ている……?」
「いいの、忘れて頂戴」
グウェンさんはそう言うと、僕に有無を言う暇も与えず席から立ちあがる。
「私の質問は以上よ。依頼主は貴方を対悪魔戦の切り札と考えてる。門に辿り着くまでの露払いは私達に任せて、貴方は身の安全を第一に考えること。いいわね?」
「は、はい。分かりました」
僕の返事にひとつ頷きを返すと、グウェンさんは立ち去って行った。彼女の淡い金色の髪が風に靡いた後にはなんとも言えない良い香りが漂い、食堂のまばらな客達は彼女の後姿に視線を奪われている。
こうして向かい合って話したのは初めてだけど、綺麗なのにやたら凄みのある人だったな。ただ、エルマーという人の話をしている時だけは、妙に優し気で寂しそうな表情を浮かべていた。僕に似ていると言ってたけど、そのエルマーってのは一体誰なんだろう?
《この鶏肉のグリルは絶品なの!お代わりもう2皿なの!》
《──ステラ、いま全く話を聞いてなかったでしょ?》
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからしばらくの間、僕は木漏れ日亭を拠点として毎日のように迷宮に潜った。同行する冒険者達の足を引っ張ることのないよう、本番までに少しでも迷宮探索の経験を積んでおきたかったし、毎日何もせずに時間が過ぎるのを待つのは退屈過ぎたというのもある。
探索は順調に進み、1週間足らずの間に第3階層まで踏破することができた。これというのも、僕の反則じみた技能のお陰だろう。探知技能と地図作成技能のおかげで道に迷う事はなく、危険感知技能のお陰で不意打ちを喰らうことも無い。開錠や罠解除の技能もあるし、魔物が出ても問題なく対処できるだけの戦力もある。我ながら、他の冒険者から舌打ちされそうなぐらい恵まれていると思う。
探索中、宝箱も2つほど発見した。初日に見つけた収納の指輪ほどの宝物は見つからなかったが、少しばかりの宝石を得ることができた。道中で倒した魔物はそっくりそのまま収納の指輪に放り込んでおいた。これらは事が落ち着いたところで全て換金するつもりだ。狩った魔物の中には第1階層から第3階層までの階層ボスも含まれているので、結構な金額になるんじゃないかと思っている。
そして、迷宮探索の経験を積んだことで、僕の技能はまたレベルアップしてしまった。
【風魔法 Lv4→8】
【剣技 Lv7→8】
【格闘技 Lv4→6】
【気配探知Lv10→12】
【危険感知Lv4→7】
【隠密 Lv7→8】
【解体 Lv7→8】
【地図作成Lv5→7】
【罠解除 Lv1→4】
【開錠 Lv1→3】
……たったの一週間足らずでこれである。もうあれだね、自分のステータスを見るのが怖いよね。
今回の探索で風魔法の風刃の有用性に気付いたのは収穫だった。この魔法で魔物の急所をすっぱりと断ち切ってしまえば暴れることもなく即死するので、とても状態の良い素材が採れる。いま収納の指輪に収まっている獲物の殆どがこの魔法で狩ったものだ。もっとも、そのせいで風魔法のレベルが上がり過ぎてしまっているのだが。
《これくらい序の口なの。シモン様なら、いずれ大陸全てを覆いつくすような巨大竜巻だって起こせるようになるの》
《世界が滅びるわ!もはや悪魔よりもステラの発想のほうが怖いよ!》
《でも、残念ながら訓練タイムは終了なの。そろそろギルドから呼び出しがかかる頃合いなの》
《うん。だから、今日は迷宮に潜るのをやめて本番の準備に充てるつもりだよ》
《本番の準備?》
《まずは食料だね。パーティの人数6人が1日3食食べるとして、1日に必要な食料は18食。探索に1週間ほどかかると考えると、126食の食糧が必要になる》
《酷い……ステラのことを忘れてるの……》
《あ、そうだった!一番の大喰らいを忘れてた!!》
ステラは10人分食べるから1日に必要な食料は48食になって、1週間分だと336食……こりゃ大変だ。収納の指輪がなかったらどうにもならなかったな》
しかし、これほどの量となると木漏れ日亭の食堂に弁当をお願いするわけにもいかないだろうなあ。間違いなく食堂の営業に影響が出るだろうし。仕方ない、僕が作ろう。幸い料理技能があるから何とかなるだろう。
《あとは、悪魔との戦いに備えた準備も必要だね。とりあえず、空き瓶を売ってる店を探さなきゃ》
《空き瓶なんか何に使うの?》
《大したことじゃないんだけど、ちょっと思いついたことがあってね》
町で食材や空き瓶を買い回り、ほぼ丸一日を料理に費やして疲れ果てた頃、同行メンバーが揃ったことが伝えられ、僕はギルドへと向かった。
《疲れた……あんなに大量に料理を作ったのは初めてだよ》
《お陰でシモン様の料理技能のレベルが8まで上がったの。食べるのが楽しみなのー》
《あの大量の料理の半分以上がステラの腹に収まるんだよなあ》
ふと思い立った僕は、後ろにふわふわと浮かんでいるステラのお腹を指でつついてみた。しかし、特に無駄な肉がついているような感触は伝わってこない。おかしい、あれだけ食べてるのに何故太らない……?
《ちょおっ!?セクハラ!セクハラなの!?》
《人聞き悪いな!?ステラみたいなお子様相手に、セクハラも何もないだろ!》
ぎゃあぎゃあ騒ぐステラに辟易しながらギルドの入り口を潜ると、そこには如何にも歴戦といった雰囲気を漂わせた冒険者達が屯していた。その中にはグウェンさんの姿もある。彼らが決死隊のメンバーか。
彼らの傍の席に腰を落ち着けていたギルドマスターのガラムさんが、僕の姿に気付いたようだ。
「おお、これで全員揃ったな。よし、俺から全員に紹介しよう」
ガラムさんはそう言うと、僕のほうに指を差し、集まっているメンバーに顔を剥ける。
「こいつがシモン。例の〝悪魔殺し〟にして、今回の依頼主の肝いりだ。まだ冒険者になってひと月も経ってない新人だが、既に火蜥蜴の単独討伐を成功させている。うかうかして足元を掬われんようにな」
ガラムさんの紹介にメンバーの一人が食いついた。
「へぇー、今回はお荷物抱えての探索かとゲンナリしてたんだが、こりゃ嬉しい誤算ってやつか?俺はここパナシエを拠点にしてる銅級冒険者のビリーってもんだ。最近じゃ〝鉄の拳〟って二つ名で通ってる。よろしくな」
ビリーさんはがっしりした長身の30台半ばと思われる男性だ。拳の部分が金属で補強された籠手を両腕に装備している。頭はツルツルに反り上げられており、意志の強さを感じさせるきりっとした鳶色の瞳が印象的だ。
ビリーさんに続き、神官服を着た男性が声を上げる。
「私は王都の銅級冒険者で、名をノーマンという。戦の神の神官として神に仕えつつ、修行の一環として王都近郊に潜む魔物を槌の錆にして回っている。そのせいか今では〝頭蓋砕き〟などという物騒な二つ名をつけられておる」
またしても筋肉系だ。ビリーさんよりも少々年配に見える黒髪短髪のその人は、フードの付いた濃紺の神官服に身を包んでおり、複雑な意匠が凝らされた重そうな槌を携えている。確かに、あれで殴ったら魔物の骨なんか簡単に砕けそうだ。
「あたしはミリアム。ノーマンと同じ王都の冒険者。よろしく」
「相変わらずミリアムは不愛想だな……。彼女は高名な魔法使いで、この若さにして既に銀級冒険者だ。氷の魔法を特に得意としており〝氷花〟という二つ名でも知られている」
ミリアムさんは亜麻色の髪をおかっぱに切りそろえた小柄な女性で、深緑色のローブに黒の三角帽子をかぶっている。歳は20台前半といったところだろうか。口数が少ない上に無表情と何ともミステリアスな人だが、ノーマンさんが情報を補足してくれたので助かった。
それにしても、銀級冒険者とは驚きだなー。グウェンさんよりも格上の冒険者ってことか。オールストン伯爵とグローヴ子爵が絡んでる依頼というだけあって、ここには高名な冒険者ばかりが顔を揃えているようだ。
次に、ミリアムさんの隣にいるグウェンさんへと皆の視線が集まる。
「私の紹介は……今さら不要でしょう」
「なんだよ、つれねえなグウェン」
ビリーさんが不満そうな声をあげる。
グウェンさんは森の守り手として知られるエルフ。ここ森林迷宮では彼女の力が最大限に発揮されるはずだ。僕個人としては彼女の使う精霊魔法にすごく興味がある。今回の探索でお目にかかる機会があるといいな。
そして、最後の一人は〝大賢者〟バルタザール様。この大陸に二人しかいない金級冒険者の一人にして、究極の空間魔法の使い手として世界中にその名を轟かせる大英雄だ。
暗灰色のローブとフードにすっぽりと身を包んでおり、その見た目を窺い知ることはできない。ただ、背格好からすると相当なご年配のようだが──その彼が、いよいよ口を開く。
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……」
「……はい?」
「ぼそぼそ……ごしょごしょ……」
えっ、全然聞こえないんだけど……ひょっとして、〝沈黙〟の呪いでもかけられてるんだろうか?だとしたら僕の祝福の力ですぐに解呪を──
「あーもう!大賢者様は相変わらず声が小さい!」
「ビリーよ、失礼なことを言うものではない。大賢者様は長いこと研究所にひとり籠って暮らしておいで故、他人との接触に不慣れなのだ」
えええええ!?大賢者様ってそういう人なの!?もっとこう、人前に出ても物おじしない立派な感じの人だと思ってたのに!大英雄というよりも、研究ひと筋の学者さんって感じの人なのかな。こんな人がよく今回の依頼を受けてくれたもんだ。
でも、それなら僕の人外レベルの感覚があれば聞き取れるかも。よし、意識を耳に集中して──
「ぼそぼそ……ぼそぼそ……(人がいっぱいおる……何だか怖いのう)」
「あー、大賢者様、大丈夫ですよ。ここに怖い人はいませんから」
「ぼそぼそ……ごしょごしょ……(おお!ワシの話を聞いてくれる奴がおったか。此度はよろしくのう。開かれた魔界の門が見つかるなど、空間魔法の研究者であるワシにとっては千載一遇の好機じゃて)」
「は?いやいやいやいや、『千載一遇の好機』って一体何を言ってるんですか。ひょっとして門を研究材料にでもするつもりですか?駄目ですよ、大賢者様にはきっちり門を閉じてもらいますからね!」
「ぼそぼそ……ぼそ……(閉じる前に少しぐらい研究させてくれてもいいじゃろ、ケチ)」
「ケ、ケチって……あのー大賢者様、門を放置したら大変なことになるのは分かってますよね?世界と研究のどっちが大事なんですか?」
「ぼそぼそ……(そりゃ研究に決まっておろう!)」
「駄目だ……この人マッドサイエンティストだ……!」




