第1章 15話 隠し部屋の宝
隠し部屋の暗がりから、赤く輝く瞳がこちらを凝視している。部屋の中は妙な熱気に満ちている。炎系統の魔物だろうか?魔物はシュルシュルという音を立てつつ、動こうとはしない。こちらの隙を窺っているようだ。
これまで狩ってきたどの魔物よりも強い圧力を感じる。第1階層に出る魔物はコボルドやオークで、階層ボスはハイ・オークという話だったけど、こいつはそんなレベルじゃなさそうだ。
《ステラ、あいつはどんな魔物なの?》
《火蜥蜴なの。武器は鋭い爪と牙に、強靭な尾の一撃。炎の息にも要注意なの》
《滅茶苦茶厄介じゃないか……なんでそんな魔物が第1階層にいるんだろ》
《この部屋がそれだけ特別ってことなの》
部屋の薄暗さに目が慣れるとともに、対峙する魔物の全貌が見えてくる。体長は4~5メートルほどもあるだろうか。巨大な身体はびっしりと赤い鱗に覆われ、瞳は燃え盛る炎のように輝き、蛇のように先が割れた舌をシュルシュルと出し入れしている。
不意に火蜥蜴が口を開けた。そして、その口から猛烈な炎が吹き出される。
「うわっ、熱っ!」
これが炎の息か。ギリギリで避けたけど、近くを炎が通り過ぎただけでも凄まじい熱気を感じる。こりゃまともに喰らったら不味そうだ。
距離が離れているとまた炎の息がくる。僕は一気に距離を詰めて接近戦に持ち込もうとするが、そこを狙って火蜥蜴が尻尾の一撃を見舞ってきた。
ガツッ!
僕はその尻尾を抱えるように受け止めた。強い衝撃はあったが特にダメージはない。そして、掴んだ尻尾を離さずに、そのまま力任せに振り回す!
シギャアアアアァァァァアア!?
猛烈な回転に晒された火蜥蜴が悲鳴のような鳴き声をあげるが、僕はお構いなしにそのまま振り回し続ける。10回転、20回転──
ブツッ!
突然、火蜥蜴の尻尾が根本付近でプッツリと切断された。ひょっとして、蜥蜴の尻尾切りってやつ?へぇー、魔物の火蜥蜴といえど、こういうとこは普通の蜥蜴と同じなんだな。
しかし、尻尾を切り離した火蜥蜴を待っていたのは悲惨な運命だった。僕が掴んでいた尻尾を切ったことで回転から逃れることはできたものの、火蜥蜴は遠心力でそのまま吹っ飛んでいき、隠し部屋の壁に激しく激突したのであった。
《うわあ……ぐっちゃぐちゃなの……》
様子を覗きにいったステラも思わずドン引きするほどの悲惨な死に様だった。合掌。
【技能 格闘技 のレベルが上がりました(Lv2→4)】
【技能 物理耐性 のレベルが上がりました(Lv2→4)】
おうふ……ま、まあこれは仕方ない。不可抗力ってことで諦めよう。
《シモン様、宝箱があるの》
《おおお、本当だ!これが迷宮の宝箱!すごいや、初めて見た!》
火蜥蜴がいた部屋の中央辺りに、いつの間にか見事な細工の施された宝箱が出現していた。地下迷宮では強敵を倒すとこうして宝箱が出現することがある。宝箱の中身には当たりはずれがあるが、当たりを引いた冒険者の中には一生遊んで暮らせるほどの財宝を手に入れた者もいるそうだ。
《でも、僕の危険探知技能がこの宝箱にやたらと反応してる。罠があるかもしれないな》
《宝箱の罠には危険なのが多いから気を付けるの》
僕は幸運の星のジェニーさんから教わった手順に従って宝箱を調べていく。
まず、宝箱の周囲の床を調べる。大丈夫、落とし穴や魔法陣などの仕掛けは無い。次に匂いを嗅いでみる。油の匂いは感じない……ということは、炎が吹き出すような仕掛けも無さそうだ。次に鍵穴の中を覗いてみる。矢や毒液が飛び出すような機構は見当たらない。これも問題なし。
《──となると、魔法系統の罠っぽいなあ。箱を開けたら爆発するとか転移させられるとか、そういうはた迷惑な呪いがかかってるのかも》
《呪いならシモン様の専門分野なのー》
あ、そうか。〝聖人の奇跡〟で呪いを解いちゃえばいいのか。早速宝箱に触れて念を込めると、宝箱が淡く輝きを放つ。よしよし、これで大丈夫。危険感知技能にも何も反応しなくなったぞ。
【技能 危険感知 のレベルが上がりました(Lv2→4)】
……もうツッコまないぞ。ツッコんでなんかやるもんか。
《よし、じゃあ宝箱を開けるよ》
《どきどき、わくわく》
宝箱を開けると、中には宝石や金貨がぎっしりと詰まっている……ようなこともなく、中に入っていたのは古びた指輪がひとつだけだった。なんだこれ。指輪ひとつ入れるのに、なんでこんなサイズの宝箱を使ったんだ。人騒がせな。
しかしこの指輪の地味さといったらどうだろう。宝石の類は一切使われておらず、凝った細工もまるでなし。よく見ると指輪の内側に文字のようなものが刻まれているが、読んだことのない文字なので何が書かれているのかサッパリ分からない。危険感知には何も反応しないので、危ないものではなさそうだけど……。
《一体、なんの指輪なんだろ?とりあえず危険はなさそうだけど》
《危険じゃないなら着けてみればいいの》
《それもそうだね》
指輪の径は少し大きめだったけど、右手の中指に嵌めてみたら丁度ぴったりだった。うん、こうして着けてみても、特に何も変わった感じはないな。
《うーん、ステータスを見た感じ、特に影響は無いみたいなの》
《じゃあ何の効果も無い只の指輪ってこと?ステラが特別な部屋だって言うから、期待してたんだけどなあ》
僕にジト目で見られたステラが慌てふためく。
《うっ……そ、そうなの!火蜥蜴の素材は高く売れるかもしれないの!》
《そりゃ売れるかもしれないけど、こんなデカい獲物をどうやって持ち帰ればいいのさ?》
そう言って火蜥蜴の身体をポンと叩くと、その巨体は瞬く間に光の粒子となって消えてしまった。
《き、消えた!?嘘!?なんで!?どこに行った!?》
《今のは……シモン様、ちょっとその指輪を外してみるの》
《指輪を?う、うん。分かった》
訳も分からず指輪を外すと、空中に光の粒子が現れ、そこから火蜥蜴の巨体が出現する。この頭部がぐちゃぐちゃに潰れたひどい状態は、間違いなくさっき倒した火蜥蜴のものだ。
《ええっ、今度はどこから出てきたの!?訳が分かんないんだけど!?》
《落ち着くの。ちょっとその指輪を見せて欲しいの》
僕が指輪を渡すと。ステラは指輪の内側に刻まれた文字に目を走らせる。
《やっぱりなの。これは〝収納の指輪〟。古代魔法文明時代に作られた魔道具なの》
《収納の指輪?》
《空間魔法が付与された指輪なの。これを着けてると、どんな物でも亜空間に出し入れできるようになるの。ちなみに、収納先の亜空間は時間が止まってるから、中にしまった物はいつまでも同じ状態を保ち続けるの》
《なんだそりゃ!?なんでそんな凄い物がこんな浅い階層にあるのさ!?》
《浅い階層でも、隠し部屋ではレアな宝物が見つかることが多いの。それに、この指輪が作られた時代だと割とポピュラーな魔道具だったから、当時の基準でいったらさほどレア物ってわけでもないの》
《えっ、そうなの?なあんだ、それなら冒険者界隈じゃ割とありふれた道具なんだね》
《認定冒険者なら50人に1人くらいは持ってるの》
《とんでもないレア物じゃないか……!》
千年以上昔のこと、この世界は〝レムリア王国〟という統一国家によって治められており、そこでは高度に発達した魔法文明が栄えていたという。当時の人々が操った魔法の力は途方もないもので、人々の暮らす場所から光が絶えることは無く、巨人や竜といった強大な魔物すら彼らを脅かすには至らなかったという。
しかし、ある日を境にレムリア王国の消息はぷっつりと途絶え、それと同時に高度な魔法技術もその悉くが失われてしまった。今でも古い遺跡や地下迷宮で当時の魔道具が稀に発見されることがあるが、いずれも現代の技術では再現できない高度なものばかりで、いずれも市場に出ればとんでもない高値が付くという。
そのレムリア時代の遺産である指輪が僕の手に……夢じゃなかろうか。売ったら金貨何枚くらいになるんだろ?いや、絶対に売らないけど。
《ふっふっふーん。やっぱしステラの言う通り、ここは特別だったの!それを〝何の効果も無い只の指輪〟とか言ってたのは、いったい何処の何方だったのかしらー?》
《ぐっ……も、申し訳ございません。ステラ大先生の仰る通りでございました》
《まあいいの。そんなことより、この指輪さえあればいつでもどこでも熱々の料理を食べられるの!町に戻ったら早速美味しいものをたくさん収納するの!》
《ステラを満足させるには、何食分収納すればいいんだろうね……》




