第1章 14話 初めての地下迷宮
「ここがパナシエの町かあ……」
僕はパナシエ森林迷宮の入口近くにあるパナシエの町にやってきた。ここは迷宮探索を生業にする冒険者たちの町として知られており、冒険者ギルドに宿や食堂といった冒険者向けの施設が非常に充実している。町を歩く人をみても、武器を携えた冒険者のほうが普通の町人より多く感じるほどだ。
オールストン伯爵の屋敷での打合せから既に1週間が経っている。僕の足なら1日もかからずに駆け抜けられる距離だけど、今回は敢えてのんびりと旅をしてきた。決死隊の参加者が集まるまで、時間的にかなりの余裕があるからだ。
《とりあえず、冒険者ギルドに顔を出しておかなきゃね。手筈通りなら、グローヴ子爵が話を通してくれてる筈だ》
《その後はどうするの?》
《うーん、〝大賢者〟様や他の冒険者が集まるのをただ待つのもなんだし、偵察を兼ねて迷宮の浅い階層でもちょっと探索してみようかな》
《それはいい考えなの!露払いに迷宮の魔物を殲滅するのー!》
《それ露払いってレベルじゃなくない!?》
ステラに念話でツッコミを入れながら歩いていくと、すぐに冒険者ギルドに辿り着いた。
《でかいね……》
《でかいの……》
モルトの冒険者ギルドも決して小さい建物ではなかったけど、ここはその3倍くらいの大きさがありそうだ。入り口から中の様子を窺うと、冒険者でごった返しているのが見える。さすが冒険者の町のギルドだなー。
「こんにちは。モルトの冒険者のシモンという者ですが、ギルドマスターはいらっしゃいますか?」
「モルトのシモン様ですね。お話は伺っております。ギルドマスターの部屋にご案内いたします」
カウンターの受付嬢が先導して歩き出す。モルトの冒険者ギルドでは、ギルドマスターのアーロンさんがいつも受付で蜷局を巻いてるけど、ここは随分と勝手が違うな。まあ、あれはアーロンさんが特殊なだけなんだろう。
案内された部屋に入ると、中にいた背の低い男が書き物を中断して顔を上げる。がっちりとした体格に立派な髭。そうか、パナシエのギルドマスターはドワーフだったのか。
「よく来た。お前が〝悪魔殺し〟のシモンか。グローヴ子爵から話は聞いてる。俺はここのギルドマスターをやってるガラムってもんだ」
赤銅色に灼けた肌に、ほぼ白に近いグレーの髪と髭。歳は見た感じ50前後だろうか。既に初老の域に差し掛かっているように見える。ただ、ドワーフもエルフほどではないが長命の種族なので、見た目通りの年齢とは限らないのだが。
「モルトの冒険者シモンです。しばらくお世話になります」
「お前の噂は俺の耳にも入ってる。随分と派手なデビューだったらしいな」
そう言ってガラムさんはくっくっと笑い声を上げる。噂?派手?僕、そんなに変なことしたっけ?
「僕はまだまだ駆け出しなんですが、一体なんの噂になってるんですか?」
「悪魔を倒したとか、ゴブリンキングを単独討伐したとか、そういう夢物語のような噂だな」
「うっ……」
「分かってるよ。お前、飲んだ弾みでついつい口が滑っちまったんだろう?まあ酒場の冗談に尾ひれがつくってのは良くあることだがな」
ガラムさんは噂などまるで信じていない風に大笑いする。すみません、それ全部本当です……。
「しかし、その冗談のせいで今回の件に巻き込まれたのはアンラッキーだったな。まあ同行する冒険者はみんな筋金入りだし、なにより今回は〝大賢者〟様もいるからな。努々危険な目に遭うことは無いだろうよ。ま、これも勉強だと思ってついて行くといい」
「は、はあ……」
どうしよう。どうやらガラムさんは僕の事を『酒に酔ってホラを吹いたせいで引っ込みがつかなくなった新米冒険者』だと思ってるみたいだ。まあ、化け物扱いされるよりは幾分マシだけど。
「あのー、他の皆さんが集まるまでどれくらい時間がかかるんでしょうか?」
「ああ、それなら多分あと1週間はみるべきだろうな。散り散りになってる冒険者を呼び集めるってのは大変なんだ」
「じゃあ、待ってる間に迷宮に入ってもいいですか?迷宮探索は初めてだから、少しでも慣れておきたいんです」
「構わないが、ちゃんと生還してくれよ。お前にもしもの事があったらグローヴ子爵に何を言われるか分からん」
「はい。軽く雰囲気を掴んでおきたいだけなので、深い階層に潜るつもりはありません」
「それなら問題なしだ。気を付けて行ってこい」
ガラムさんと別れて冒険者ギルドを出た僕たちは、その足でまっすぐ森林迷宮の入り口に向かう。ここはかなり昔からその存在を知られている迷宮で、これまで数え切れないほどの冒険者達が探索を続けてきている。浅い層ではさほど強い魔物も出てこないこともあり、ほぼ探索され尽くしているといってもいい迷宮だ。ただ、中層から深層にかけてのエリアにはまだまだ未踏領域が残されているともいう。以上、全部ステラ先生からの受け売りだ。
《浅い階層で主に出没するのはコボルドとオークだっけ》
《そうなの。でも下の階層に続く階段の手前には必ずボス級の魔物がいるから要注意なの》
《へー、1階のボスはどんな魔物なの?》
《ハイ・オークなの。数体のオークをお供に連れてるけど、シモン様なら問題ないの》
《よし、それなら今日は1階の攻略を目指そうか》
僕らは森林迷宮に足を踏み入れた。迷宮といったら暗くておどろおどろしいイメージだったけど、いざ中に入ってみると印象がまるで違った。天井は明るいし、木も群生している。見た感じ、外の森とまるっきり変わりない。
ただ、天井は明るいけど太陽が見えるわけではないし、所々で立ち並んだ木々が壁のようになり侵入を拒んでいるなど、明らかに自然の森ではない。なるほど、これが〝森林迷宮〟か。
とりあえず、気配探知で周りの様子を探ってみる。魔物の反応は……そこそこあるな。魔物っぽくない反応もいくつか感じるけど、これは他の冒険者だろうな。動きのない反応は木で、反応のない場所は通路だな。って、あれ?通路と木の位置が分かるってことは──
《これもうマッピングできちゃうのでは……?》
試しに、気配探知の反応だけを頼りに1階層のマップを作ってみることにした。僕の気配探知技能はレベル9まで上がっているので、この迷宮の階層全体を探るくらいなら簡単だ。探知に引っかかった木の位置をできるだけ正確に羊皮紙へと書き記していく。そして──
《本当にできちゃったよ、第1階層の地図……》
近くを歩き回って地図と照らし合わせてみたが、内容にこれといった問題はなかった。階層に入った途端に階層全体のマッピングができちゃうなんて、かなりズルい能力だよなあ。
【技能 気配探知 のレベルが上がりました(Lv9→10)】
【技能 地図作成 のレベルが上がりました(Lv3→5)】
……うん、来ると思ってた。気配探知はレベル10に到達しちゃったか。平均的な人間の上限だよねこれ。冒険者になって間もない新人が持ってていいスキルじゃないよね。なんかもう溜息しか出ないわー。
《シモン様の地図、ちょっとおかしいの》
《ん?どこか変だった?》
《ここに広い空間があるの》
ステラが指さした場所には、周りを木に囲まれた広い空間があった。
《本当だ。でも周りが木の壁で囲まれてるから、中には入れそうにないね》
《ひょっとしたら隠し部屋かもしれないの》
《だとしたら、この壁のどこかに隠された入り口が……ってなんかこの会話、凄く冒険者っぽいな!》
ちょっと面白くなってきた。迷宮の中で隠された部屋への入り口を探すなんて、これぞ冒険!って感じじゃないか。
僕はワクワクしながら謎の空間がある場所に向かう。しかし、気が逸ったせいか足元への警戒が疎かになり、周囲とは明らかに色の違う箇所を踏み抜いてしまった。
(カチリ)
《……ごめんステラ、今何か踏んだ》
《シモン様、伏せるの!》
横の木の壁から猛烈な勢いで矢のようなものが飛び出し、僕の頭があった場所を通過して、そのまま反対側の壁に突き立った。危ねえええ!伏せるのがあと一瞬遅かったらまともに喰らってたよ!
【技能 危険感知 を習得しました(Lv2)】
対策速いな僕の身体!
《ありがとうステラ。お陰で助かったよ》
《御礼は要らないの。多分シモン様ならあれくらい弾き返せるから、避けるまでもなかったの》
《いやいやそんなまさか。アイアンゴーレムじゃあるまいし》
《むしろアイアンゴーレムよりシモン様のほうが頑丈なの》
《嘘でしょ!?頼むから嘘だと言って!》
ステラが告げた衝撃の事実からどうにか立ち直った頃、僕は隠し部屋と思われる場所に辿り着いた。しかし地図の通り、立ち並んだ木が壁になって立ちふさがっており、とてもこの中に入れるとは思えない。
《壁をぶん殴ってみる?僕の力なら壊せるかも》
《やめておくの。どんな迷宮でも壁だけは頑丈って決まってるの。この木も多分ミスリル以上の硬さなの》
《うへえ、そりゃ無理そうだな。とりあえず入り口を探してみようか》
周辺を探ってみるが、特に怪しいところは見当たらない。そりゃそうだ、ここは数多くの冒険者に探索され尽くした第1階層。分かりやすい仕掛けがあったら、他の冒険者がとっくに発見しているはずだ。
1時間ほど入念に調査を続けたところで諦めた僕は、空中をふわふわと漂っているステラに声をかけた。
《残念だけど、何も見つからないな。そろそろ他の場所に移ろうか》
《……見つけたの》
《えっ?》
空中に浮かぶステラの目線を辿ると、天井と壁の境目辺りに人が1人通れるかどうかという僅かな隙間が口を開けていた。その隙間は枝と葉の向こう側に上手く隠されており、地上から発見するのはほぼ不可能。しかし、空中に浮かんでいるステラの目は誤魔化せなかったわけだ。
《でかしたステラ!でも、あんな高いところにどうやって行けばいいんだろ》
《ジャンプすればいいの》
《ジャンプって、あそこまで20メートルはあるよ?》
《シモン様なら余裕なの。むしろ天井に頭をぶつけないか心配なくらいなの》
《……僕はバッタか何かかな?》
試しに軽く飛んでみると、うん、やっぱり届いちゃったね。これもステータスのお陰なんだろうけど、我ながら気持ち悪いほどの跳躍力。なんというか、もう死んでいいですか?
《妖怪じみたジャンプ力なの。小さい子が今のを見たらギャン泣き間違いなしなの》
《もうやだこの身体……》
隙間の向こうに頭を出してみると、そこには開けた空間が広がっていた。予想通り隠し部屋だ。しかし、部屋の中は他のエリアと違って薄暗く、上から覗いただけだと中の様子がよく分からない。そして、少し大きめの魔物の反応がひとつ。ひょっとしてこれは隠しボスってやつだろうか?
《ステラ、やっぱり中は部屋になってる。薄暗くてよく分からないけど、魔物の気配を感じるよ》
《大丈夫!男は度胸なの!どーんと行くの、どーんと!》
《うおっ、ちょっと何してんの!?》
壁の向こうに頭を突き出した不安定な格好の僕を、ステラが後ろからグイグイと押してくる。ちょっと待て、落ちる!落ちるって!ああああああああ!
ステラに押し出された僕は、そのまま20メートル下の床面に激突した。ぎゃあああ!痛い!骨が折れ……てない?というか、さほど痛くも無かったような……おっかしいなあ、普通の人間なら確実に即死する高さから落ちたのに。
《シモン様はアイアン聖人だからこれくらい大丈夫なの》
《アイアンゴーレムのネタはもういいよ!というか今なんで押したの!?滅茶苦茶怖かったんだけど!》
《そんな事どうでもいいの。ほら、魔物がこっち見てるの》
《あれをどうでもいいって……うわ本当だ。めっちゃ見られてる》
薄暗い部屋の中央で、赤く光る二つの瞳がじっとこちらを見据えていた。なんかヤバそうな気配……これってひょっとしてピンチ!?
《さあさあシモン様、さっさと行って殴り倒してくるの》
《……ちょっとステラさん、いくらなんでも緊迫感無さ過ぎませんかね?》




