第1章 12話 子爵の来訪
1週間ほど平穏な日々が続いた。僕は山で魔物狩りに、ステラは食堂で爆食にと、それなりに充実した暮らしが続いている。ゴブリンや赤猪だけでなく、オークやオーガといった初物の魔物にも遭遇したが、特に問題は無かった。
オークは肉と睾丸、オーガは皮と硬質の牙が買い取り対象の素材になる。なんでも、オークの睾丸は精力剤の原料になるそうだ。誰が飲むんだそんなもの……と思っていたのだが、金持ちの間ではかなりの人気商品とのこと。うーん、そんなものに頼るようにはなりだくないなあ。
《そもそも女の人に縁が無いシモン様には関係ないの》
《ほっとけ!頼むからほっといてくれ!!》
なにせ僕は『これまでの輪廻で一度も結婚したことがない』そうだからね。というか、なんでわざわざそんな話を聞かせたんだ!もはやトラウマだよ!
よし、決めた、この人生では絶対に素敵な相手を見つけて結婚する。これを人生最大のテーマにしよう。
《肉食系聖人を目指すの?》
《目指すかそんなもん!僕は普通に、あくまで普通に生きていきたいの!》
《このステータスで普通ってのは無理があるの》
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名 前:シモン
種 族:人間(聖人)
性 別:男
年 齢:18
生命力:12 (+1019)
魔 力:14 (+1026)
筋 力:11 (+1018)
体 力:12 (+1016)
精神力:17 (+1027)
知 能:12 (+1022)
感 覚:15 (+1022)
器用度:16 (+1023)
敏捷度:14 (+1025)
祝 福:聖人の奇跡 星の銀貨
技 能:火魔法Lv5 水魔法Lv5 土魔法Lv5 風魔法Lv4
剣技Lv7 槍技Lv1 弓技Lv6 格闘技Lv2 盾技Lv1
物理耐性Lv2
気配探知Lv9 隠密Lv7 解体Lv7
地図作成Lv3 罠解除Lv1 開錠Lv1
料理Lv6 交渉Lv2 推理Lv2
称 号:悪魔殺し
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──そう。1週間の魔物狩り生活で、僕の技能レベルは上がり過ぎてしまっていた。
違う、仕方なかったんだ。だって、剣を2~3回振ったらそれだけで剣技のレベルがひとつ上がっちゃうんだよ?なんだか空恐ろしくなって武器を弓に切り替えたら、そっちのレベルもガンガン上がっちゃうし。魔法で火を起こしたり水を出したりしただけで魔法の技能レベルが上がったのには、もはや白目を剥きかかったよね。
《こんな化け物と結婚してくれる女の人なんているのかしらー?》
《ナチュラルに化け物扱いするな!大丈夫、きっとどこかに運命の人がいるはず……!》
《夢見る乙女みたいなこと言わないの。大丈夫、きっとそのうちシモン様の稼ぎに目をつけたハイエナのような女性がたかってくるの》
《夢も希望もなさすぎる……ステラって天使のくせにそういうとこ妙に現実的だよね……》
しかしステラの言う通り、狩人時代に比べると格段に稼ぎは良くなっている。この1週間、狩場と町を何度往復したことか。最近はギルドマスターのアーロンさんも呆れ顔だ。でも、その甲斐あって僕の財布の中にはお金がぎっしりと詰まっている。これならステラに少し贅沢なものを食べさせても、2年くらいは余裕を持って暮らしていけるだろう。
《じゃあ、その稼ぎでご飯でも食べに行こうか》
《大賛成なのー!》
というわけで、僕らはいつもの食堂にやってきた。僕が頼んだのはシルバートラウトのバター焼きだ。この時期のシルバートラウトはとても脂が乗っている。その魚の脂とバターが絡み合ったコクといったら、えもいわれぬ美味さだ。本当にいい店だよなあ、ここ。ここでご飯を食べるだけで料理レベルがどんどん上がっていくのはどうかと思うけど。
そして、僕の横ではステラがオーク肉のソテーにかぶり付いている。今日は何人前を食べるんだろうか。こないだ突進牛のステーキを10人前平らげたのには驚いたよなあ。
二人で食事に夢中になっていると、僕らのテーブルに誰かが近づいてきた。この気配の無さは、もしや──
「お食事中失礼いたします。お時間を頂けますでしょうか」
「やっぱりバーナードさんだ。先日はどうもお世話になりました」
先日お招きいただいたオールストン伯爵家の家宰を務めるバーナードさんだ。近々また呼んでもらえる事になってたから、今日はその呼び出しかな?
「急な話で申し訳ないのですが、今から屋敷までご同道いただけないかと」
「今からですか?いや、構いませんけど随分と急ですね」
「実はシモン様にお会いしたいという客人がいらしておりまして」
伯爵家の客人がいち冒険者の僕に会いたいって、一体どういうことなんだろう。まあいいや、行ってみれば分かることだし。
「分かりました。ご一緒させていただきます」
「お聞き入れくださりありがとうございます。では、外に馬車を待たせておりますので」
バーナードさんはそう言って先に店の外に出ていく。馬車だって!?うわあ、貴族の馬車に乗るなんて初めてだ。ちょっとテンション上がっちゃうな!
《ステラ、いつまで食べてるのさ。もう行くよ──あっ、こら!テーブルにしがみつくな!》
《もぐもぐ……もう少し……あとパンケーキ3枚……》
渋るステラをテーブルから引っ剥がして馬車に乗り込み、伯爵家に向かう。貴族の馬車って凄い。外側には凝った金の装飾があしらわれてるし、内装はビロード張りで椅子もふかふかのクッション付き。こんな馬車なら長時間の移動も苦じゃないだろうな──とか思ってたら、すぐに屋敷に着いちゃった。そりゃ同じ町の中だもんね。
「シモン様をお連れいたしました」
バーナードさんの先触れに従って応接間の中に入っていくと、そこにはオールストン伯爵ご夫妻の他にも数人の見知らぬ方たちが集まっていた。オールストン伯爵が親し気な声をかけてくる。
「やあ、急な呼び出しで済まなかった。早速だが、こちらの御客人を紹介したい」
「お初にお目にかかります。グローヴ子爵家の当主ブレンドンです」
「ブレンドンの家内のカミラと申します。以後お見知りおきくださいませ」
お二人とも40歳前後だろうか。グローブ子爵のグレーの髪にはちらほらと白いものが混じっているが、活力に満ちた目をしている。奥方のカミラさんはおっとりとした雰囲気の御婦人で、緩いウェーブのかかった蜂蜜色の髪を後ろで緩くまとめている。
それにしても、グローヴ子爵夫妻っていったらあのエルネストさんのご両親じゃないか。うわー、なんか微妙。悪魔が化けてたとはいえ、衆目の前で大っぴらに歯向かっちゃったからなー。
「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。シモンと申します。本日はお会いできて光栄です」
「おお、お若いのにしっかりなさっておいでですな」
グローヴ子爵が納得げにうんうんと頷いている。この人が僕に会いたがっているとなると、どんな用件かはなんとなく予想がつくな。
「私に会うことを希望されたのはグローヴ卿だと伺っております。もしや、エルネスト様の件で何か進展がございましたか?」
「おお、話が早くて助かります。先日オールストン卿からの急使を受け、家中総出でエルネストの捜索を行ったところ、無事に息子を発見することができました。まずはそのお礼を申し述べたい」
「それは何よりでございました」
やっぱりエルネスト様は無事だったか。殺されてる筈はないと思ってたけど、無事に見つかって良かったなあ。
ほっとしている僕に、今度はオールストン伯爵が声をかけてくる。
「実は、グローヴ卿がエルネスト君を連れてきているんだよ。来た早々で悪いんだが、彼に会ってもらえるだろうか」
「私がですか?それは構いませんが──」
「おお、それは何より!では、さっそく案内しよう」
オールストン伯爵は僕が話し終えるのを待たずに席を立ち、僕らを先導して歩き出す。どうしたんだろう、今日のオールストン伯爵は妙に忙しないな。
「この部屋だ。パトリシア、入るよ」
伯爵様が開けたドアの向こうは寝室のようで、部屋の中央には大きな天蓋付きのベッドが据えられている。そこには金髪の若者が横たわっており、その枕元にドレス姿の少女が付き添っている。きっと、グローヴ子爵の三男エルネスト様と、オールストン伯爵の長女パトリシア様のお二人に違いない。しかし、これは一体どういうことだろう。エルネスト様の目は開いているのに、彼は我々の訪れに反応することなく、横になったまま動こうとしない。
「お父様……?」
「パトリシア、こちらがあのシモン君だ。挨拶なさい」
「この方が……オールストン伯爵ゴドウィンが長女パトリシアと申します。このような場所で失礼します」
大きな三つ編みでまとめられたオールストン伯爵と同じ栗色の髪に、セルマ様と同じヘイゼルの瞳。なんとも可愛らしいお嬢様だが、今は看病疲れのせいか憔悴しきった様子で、その美しさに雲がかかっている。
「シモンと申します。失礼ながら、そちらのエルネスト様の有様は一体……?」
「屋敷の地下室に幽閉されているのを発見された時からずっとこうなのです。いくら声をかけようとも揺さぶろうとも、何ひとつ反応が無く……。食べ物を口元に持っていくと、ちゃんと食べてくれるので、どうにか生命は保っておりますが」
「急を承知でシモン君に来てもらった理由がこれだ。これまで八方手を尽くしたが、我々にはどうにもできなかった。でも、君なら治せるんじゃないかと思ったんだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「妻の病気を治してもらった御礼もまだなのに、頼み事ばかりで心苦しいのだが……」
「御礼についてはどうかお気になさらず。では、少し状態を確認させていただきますね」
エルネスト様の枕元まで近づき、手を取ってみる。しかし、この人に化けている悪魔を見た時も思ったけど、こうして改めて近くで見るとドえらい美男子だなこの人。パトリシアお嬢様とは美男美女で相思相愛か。ちくしょう。
《シモン様、邪な感情に身を任せてはいけないの》
《ちょっと、心を読まないでくれる!?そんなことより、今のエルネスト様はどんな状態なの?》
《呪いで意識が封じられちゃってるの。多分、あの悪魔の仕業なの》
《だとすると目的は口封じかな。この呪いって、僕の祝福の力でどうにかなるもんなの?》
《問題ないの。シモン様の〝聖人の奇跡〟は呪いにもバッチリ対応してるの》
あ、やっぱし呪いもいけるんだ。〝聖人の奇跡〟は万能だな。しかし、こんなものを只の人間にほいほい与えちゃっていいのかなあ。いやまあ、僕は只の人間じゃなくて聖人なんだけどさ。
「あの悪魔に呪いをかけられているようですね。今から解除します」
「悪魔の呪いだって!?そ、そんなものを解除できるのかね!?」
驚いたグローヴ子爵が大声をあげるが、僕は構わずエルネスト様の手に解呪の念を込める。すると、程なくしてエルネスト様の身体が淡く輝き始め、同時にその瞳には光が戻ってくる。よしよし、解呪成功だな。相変わらず〝聖人の奇跡〟の効果は抜群だ。
「──あれ?ここは……パトリシア、なぜ君がここに?」
「エルネスト様!ああ、神様!!」
気が付いて起き上がったエルネスト様に、パトリシア様が感極まった様子で駆け寄って縋りつき、その周りでは伯爵夫妻と子爵夫妻が抱き合って喜び合う。
皆が歓喜に打ち震える中、エルネスト様だけは状況を把握できずにきょとんとした表情を浮かべていた。




