第1章 10話 名探偵シモン
オールストン伯爵の親愛攻撃により体中をベタベタにされた僕は、セルマ様の勧めに従って屋敷の風呂に入っている。広々とした湯舟に手足を伸ばす僕の頭上には、ステラがふわふわと浮かんでいる。
《セルマ様、怖かったね……》
《怒らせちゃダメな人なの……》
僕とステラはさっきのセルマ様を思い出して身震いする。
『あなた、そこに正座。私達の恩人になんという失礼なことをなさるのですか。感謝の気持ち?ええ、それは分かります。問題なのはその表現の仕方です。伯爵家の当主ともあろうお人が、このような品のない真似をなさって恥ずかしいと思わないのですか。悪気はなかった?ええ、そうでしょうね。それをお分かりだからこそ、シモン様は抵抗さえできずにされるがままになっていたのですよ。ご覧なさい、可哀想に身体中を汚されて魂の抜け殻のようになっておいでではないですか。反省している?口ではどのようにも仰られますが──』
僕たちの前で正座させられたオールストン伯爵はろくに抗弁することも許されず、涙目でただ小さくなっているばかり。優しそうな笑みすら浮かべつつズバズバと伯爵様に切り込んでいくセルマ様からは、修羅のオーラが立ちのぼっているように見えた。
《伯爵様、完全に尻に敷かれてたね。ひょっとして、実質的な当主はセルマ様なんじゃない?》
《病気を公表できなかったのも納得なの》
《まったくだね……ところで、ひとつ聞いていいかな?》
《なんなの?》
《ここは風呂で、僕いま素っ裸なんだけど、なんてステラがここにいるの?》
《はっ……!》
《その『いま気付いた!』みたいなフリはいいから!ていうか、絶対分かってて入ってきてるよね!?》
《どうどう、落ち着くの。ほほー、シモン様ったら見た目に似合わずなかなか立派な──》
《ちょ、ちょっと待て!いったい何を品評してんの!?》
《ナニなの》
《完全に中年オヤジの返しじゃないか!いいから早く出ていけってば!!》
守護天使のくせに下世話トークもバッチリとか、ギャップが酷すぎる!というか、誰と比べて立派とか言ってるんだこの子は!?
ステラとのやり取りに疲れ切って風呂から上がると、着替えが用意されていた。僕の服は伯爵様のせいでベタベタにされちゃったもんな。見た感じデザインは地味だけど、元の服より明らかに上質な生地が使われている。お高いんだろうなあ……でも、他に替えは無いし仕方ない、ご厚意に甘えよう。
「おっ。シモン君、男ぶりが上がったんじゃないか?」
「主人が失礼をいたしました。ありあわせの服で申し訳ありませんが……」
風呂から上がってきた僕を伯爵夫妻が出迎える。しかし、対応が面白いくらい正反対だなこの人たち。これで仲は良いっていうんだから、夫婦の関係っていうのは不思議だな。
「すみません、ご用意いただいた着替えを拝借しました」
「ああ、気に入ったならそのまま君のものにしてくれ。ウチの使用人のために誂えた服だけど、一応新品だよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
これはありがたい。服って地味に高いんだよなあ。新しい服なんて、少なくともここ3年はご無沙汰だ。
「ところであなた、パトリシアは何処?あの子にもお礼のひとつくらいさせないと……」
「それが、部屋から出ようとしないんだ。仕方ないよ、婚約者が悪魔に殺されてしまったんだから」
「──えっ、死んだのは悪魔で、エルネストさんご本人は無事ですよね?」
思わず夫婦の会話に割り込んじゃったよ。エルネストさんが悪魔に殺されてるわけがないのに。
でも、オールストン伯爵は「何を気休めを…」とでも言いたげな顔を僕に向けてくる。
「いやいや、彼の姿を奪った悪魔が本人を生かしておくはずが無いだろう?自分の正体を知っている、唯一の生き証人なんだから」
「いえ、エルネストさんは殺されてないと思います」
「……どうしてそう思うんだい?」
「あの悪魔の変身は非常に精密なものでした。それは家臣やご家族すら気づいていなかったことからも明らかです。そんな高度な変身をするには、本人の明確なイメージが必要です。ただ、本人を捕まえてきてその姿をそのままコピーするのであれば簡単でしょう」
伯爵様とセルマ様は無言で聞き入っている。僕はそのまま話を続ける。
「そして、姿を変えた悪魔はオールストン家への婿入りを企んでいたわけですから、かなりの長期に渡ってエルネストさんに化け続けるつもりだったのは間違いありません」
「うん、それはその通りだろうね」
「でも、人間は歳をとる生き物です。あの悪魔がいつまでも若いエルネストさんの姿でいたら、いつか怪しむ人が現れたでしょう。だから、ある程度の時間が経つごとに歳をとったエルネストさんに化け直さなければなりません」
ここでセルマ様が目を大きく開く。切れ者で知られるセルマ様には、僕の話の全貌が見えたようだ。
「あとは組み合わせて考えるだけです。悪魔は歳をとったエルネスト様に化ける必要がある。その変身に必要になるのは何でしょう?」
「必要なのは歳をとったエルネスト本人──そうか!そのためには、エルネストを生かし続けなければならない!」
「そういうことです。エルネスト様に死なれて一番困るのはあの悪魔だったんですよ。ただ、その悪魔がいなくなってしまったので、今は逆に危険な状態かもしれません」
エルネストさんが幽閉されている場所はあの悪魔しか知らないだろうし、世話も悪魔自身がしていた筈。その悪魔がいなくなった今は、水も食事も与えられずに放置されていることになる。このままだと餓死してしまうかもしれない。
【技能 推理 を習得しました(Lv2)】
えええええ!?この程度の簡単な推理で何故!?しかもいきなりレベル2って、大安売り過ぎるでしょ!
《これを〝簡単な推理〟とか言っちゃったら、伯爵の立つ瀬がないの》
《えっ?いやだなあ、順を追って考えればこれくらい誰だって……》
《いいかげん自分の知能が人外ってことを自覚してほしいの》
相変わらずステラは失礼だな!確かに知能のステータスはちょっと高めかもしれないけどさ!……いや、ちょっとどころじゃないか。ごめん、僕が悪かった。
ところで、知能の数値って推理力にも影響するの?……いや、そりゃ影響するか。そのまんま頭の良さを示す数字なわけだしなあ。
「急ぎグローヴ子爵家に使者を出さねば!すぐに捜索を始めるよう、私から手紙を書こう」
オールストン伯爵が慌ただしく部屋から出ていき、部屋には僕とセルマ様が残された。あのー、僕が言うのもなんですが、自ら招いた客人をほったらかして中座するってのはどうなんでしょうか?奥様が溜息ついてますけど、また怒られるんじゃないですかね。
そのセルマ様は、こちらに向き直ると僕の目をじっと見つめてくる。あれ?なんだかまた修羅のオーラが見えるような……。
「悪魔を倒し、私の死病を癒し、さらには名推理まで披露してみせる。──さて、貴方は何者なのかしら?」
セルマ様は妙にくだけた口調になってそう言うと、探るような視線を向けてくる。控えめな声で表情も柔らかいのに、なんだかよく分からない迫力があるんだよなこの人。こう、逆らい難い凄みというか……。
「た、ただの新人冒険者です」
「ただの新人冒険者にできることじゃ無いわね。正体を隠したいなら、もう少しマシな言い訳を考えなさいな」
「はははは……」
「いいわ、今は無理に聞かないでおいてあげる。ただ、私たちは貴方にとても感謝している。それだけは分かっておいてね」
「お気持ちだけでも、ありがたく頂戴します」
「あら、気持ちだけで済ますつもりは無いわよ。でも今日はもう駄目ね、ウチの主人の手が離せなくなっちゃったみたいだから。悪いけど、また日を改めさせて頂戴」
「分かりました。色々と立て込んでおいでですし、今日はここでお暇いたします」
「また近いうちに必ずお招きするわ。バーナード、お客様のお見送りをお願い」
「畏まりました」
いつの間にか家宰のバーナードさんが部屋の入り口に立っていた。怖っ!気配なかったよね今!?僕の気配探知Lv4にも引っかからないとは、もしや相当な隠密技能の持ち主なのでは……。
《隠密Lv8を持ってるの》
《どこのエージェントかな!?》
僕たちはバーナードさんに見送られて屋敷の外に出た。既に辺りは夕日の茜色に染まっている。
「シモン様、本日は奥方様をお救い頂き、誠にありがとうございました。このバーナードからも深く感謝いたします」
バーナードさんが深く腰を折ってお辞儀をする。
「シモン様の服は綺麗に洗ってお届けいたします」
「いえいえ、またお招きいただけるそうなので、その時で構いませんよ。新しい服も頂きましたし」
「お似合いでございますよ。それでは、いずれまた」
「はい、バーナードさんもご機嫌よう」
バーナードさんが屋敷に戻っていく。足音どころか衣擦れの音も立てずに。ひょっとしてあの人、本業は家宰じゃなくて暗殺者か何かなのでは……。
それにしても、今日一日が無事に終わって良かった。貴族のお屋敷にお邪魔するなんて生まれて初めてだから、気の張り通しだったなあ。もう夕飯の時間か。思ったよりも時間を取られちゃったな。
《今から料理するのも面倒だし、いつもの食堂で御飯を食べて帰ろうか》
《ナイスアイディアなの!流石シモン様、わかってるの!》
《ははは、ステラはこんな時ばっかり調子いいんだから》
ちなみに〝こんな時〟というのは食べる時と魔物狩りの時です。とんだ生臭天使だなホントに。
《あ、言い忘れてたの。さっき奥さんの病気を治したときにシモン様のステータスが上がったの》
《ああ、それくらいは覚悟してるよ》
《ちなみに、あの奥さんは5年後に領内の治癒院に補助金を出すの。それで治療の値段が下がって、14人もの人が命を救われることになるの》
《えっ…………ちょ、ちょっと待って、まさか》
《今回は助けた奥さんのぶんと、その奥さんに助けられる人たちのぶん。しめて15人分のステータスが加算されたの》
《やっぱりいいいいいい!????》
《というわけで、ステータス御開帳なのー♪》
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名 前:シモン
種 族:人間(聖人)
性 別:男
年 齢:18
生命力:12 (+1019)
魔 力:14 (+1026)
筋 力:11 (+1018)
体 力:12 (+1016)
精神力:17 (+1027)
知 能:12 (+1022)
感 覚:15 (+1022)
器用度:16 (+1023)
敏捷度:14 (+1025)
祝 福:聖人の奇跡 星の銀貨
技 能:火魔法Lv4 水魔法Lv3 土魔法Lv4 風魔法Lv3
剣技Lv3 槍技Lv1 弓技Lv3 格闘技Lv2 盾技Lv1
気配探知Lv4 隠密Lv2 解体Lv1
地図作成Lv1 罠解除Lv1 開錠Lv1
料理Lv3 交渉Lv1 推理Lv2
称 号:悪魔殺し
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《助けた人の数が100人を超えたの。おめでとさんなのー》
《いやいやいや桁がおかしいでしょ!限界値とか上限値とか、そういう救済措置は無いの!?》
《今さら気にすることじゃないの。普通の人間の限界なんてとうの昔に踏み越えてるの》
《嫌だああああああああ!!!》
おかしいね!普通に生きてるだけで人間から離れていくよ!
これもう祝福じゃなくて呪いなのでは……あっそうだ、呪いなら〝聖人の奇跡〟で解除できるんじゃないかな?
《そんなわけ無いの。解除できるのは創造神様だけなの》
《救いが無さすぎる……!》




