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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第4章 聖人シモンと竜王国の謎
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第4章 21話 我慢

 古竜の身体が輝きに包まれるとともに、ジークさんの矢で傷ついた左目が癒えていく。

 そしてその輝きは徐々に薄れ、やがて完全に消えていった。

 〝聖人の奇跡〟は問題なく効果を発揮したようにみえる。


 しかし──



「……あれ?おかしいな、古竜が動かなくなっちゃったぞ」



 そう、古竜は僕に向かって(ブレス)を吐こうとした姿勢のまま、完全にその動きを止めてしまったのだ。


 僕がその様子を恐る恐る窺っていると、後ろからジークさんと師匠が駆け寄ってきた。



「シモン君、大丈夫か!?」


「こりゃまた、こっ酷くやられたのう」


「ははは……」



 古竜の(ブレス)を避けるためとはいえ魔法の爆発に何度も身を晒し、さらにその勢いのまま古竜の頑丈な身体に激突したことで、僕の身体は酷いダメージを負っていた。師匠が呆れるのも無理はない。


 でも、〝聖人の奇跡〟のお陰だろうか。その傷も徐々に癒えつつあるようだった。



「しかし、これはどういうことなんだ?なぜ古竜は動かない?」


「ええと、これは……」



 ジークさんの問いに、果たしてどう答えたものだろうか。

 こうして命を救われた以上、何も喋らないという訳にもいかないだろう。でも、他国の王家と繋がりのあるジークさんに、守護竜の真実を漏らすのは憚られる。


 困った僕が視線を向けると、師匠は「何も問題はない」といった風にひとつ頷いた。



「──分かりました。全てお話しします」



 僕は手短に事情を打ち明けた。

 古代レムリア王国の魔術師達によって、古竜は呪いを受けていたこと。

 その呪いにより、古竜はレムリア王国に害をなす存在となっていたこと。

 僕が危険を冒してまで古竜に立ち向かったのは、その呪いを解くためだったこと。


 すべてを聞いたジークさんは、流石に驚きを隠せないようだった。



「なんと、エルム王家の者が守護竜の贄となっていたとは……」


「おいそれと情報を漏らせんかった訳が、お主にも分かったじゃろ」


「ああ。だが、これでその呪いは解けたんだな?」


「そうだといいんですけど……」



 うまく解呪できたという手応えはある。でも、今いち確信が持てない。

 なにせ、偉大な古竜すら屈するほどの強力な呪いだ。僕の〝聖人の奇跡〟でも通用しないかもしれない。


 その時、ようやく古竜の身体が動き出し、長い首をもたげてこちらに顔を向けてきた。

 僕たちを見つめる古竜の瞳は敵意に満ちているように感じられる。



《……笑止なり。この程度で解ける呪いと思うたか!》



 そう言い放つやいなや、古竜は僕たちに向かって口を開いた。その喉の奥からは、再び青白い輝きが漏れ出してくる。



「おい、何も変わってないじゃないか!」


「これは拙いぞい、まだ呪いが解けておらん!」


「二人とも逃げてください!」



 そうは言ったものの、この至近距離から(ブレス)を撃たれたら、逃れるのはまず不可能。

 僕は絶望感に包まれ、古竜の口から今まさに(ブレス)が吐き出されんとする様子を何も出来ずに見つめていた。



《ふっ》


「……?」


《ふわあっはははははははははは!》



 古竜は唐突に大きな笑い声をあげた。広大な地下空間全体に響き渡るような、朗らかな笑い声だった。



《安堵せよ。忌まわしき呪いは、貴様によって打ち砕かれておる》


「……へ?じゃあ、さっき笑止だのなんだのと言っていたのは?」


《無論、冗談である》


「なんじゃそらああああああああ!?」



 なんて悪趣味な冗談だ!こっちは全滅を覚悟したんだぞ!?

 というか、神にも近しい古竜ともあろうものが、人間相手に冗談口を叩いたりするもんなの!?



《長いこと魔術師共の操り人形にされておったが、お陰で漸く自我を取り戻すことができた。人の子よ、お主の名は何という》


「シモンと申します」


《そうか。シモンよ、礼を言うぞ》


「ええと……本当に呪いは解けてるんですよね?」


《うむ》


「それでは、エルム王家から贄を出すという話も──」


《勿論、無用である》


「よ、よかったああああ……」



 僕は安堵のあまり、へなへなとその場に座り込んでしまった。

 これでオーレリア姫は救われ、エルム王家は存続できる。万事めでたしめでたしだ。



《しかし、あのエルムの血筋が絶えかかっていたとはな。呪いのせいとはいえ、我ながら罪深いことをしたものよ》



 古竜がそう言って慨嘆すると、師匠が声を上げた。



「ユリシーズ殿、一つ聞いてもよろしいかな。遥か昔にここを訪れた建国王エルムと貴方との間で、一体どのような約定が交わされたんじゃろうか?」


《それは概ねお主らの想像通りであろう。我は忌まわしい魔術師共より与えられた指示に従い、エルムに贄を出すよう要求した。さもなければ彼奴の領土を焼き尽くすと脅してな》


「人々を苦しめることで、聖人を誘き寄せようとしたのじゃな。このシモンがそうしたように」


《然り。しかし、我の口からその目的を聞かされた彼奴は、我にこう言ったのだ》




─────────────────────────────────


「国民を守るためならば喜んで贄を出しましょう。しかし、貴方に余人を殺させるわけにはいきません」


《聖人は善なる心に縛られておる。お主らの苦しみを知れば、座視できずに我の許に参じるであろう》


「ならば私は全てを秘しましょう。そして、我が末裔たちには貴方を国の守護竜として崇めさせることにします」


《お主の一族から贄を取ろうという我を守護竜とな……?》


─────────────────────────────────




《──こうしてエルムと我は約定を交わしたのだ。それからというもの、ここに聖人が現れることはただの一度もなかった》


「そりゃそうじゃろう。ユリシーズ殿は国を守ってくれる有難い守護竜じゃと、国民の誰もがそう信じ、崇めておる。その貴方にエルム王家が贄を差し出している事など、当事者以外は誰一人として知らなんだからのう」


「……建国王は立派な人物だったのだな。己の一族を犠牲にして、民と聖人を守ったのか」



 ジークさんの言う通りだ。エルム建国王が贄を差し出す決断をしていなければ、古竜によってこの国は滅ぼされていただろう。そして、古竜との盟約を隠さず公にしていれば、義憤に駆られた聖人が幾人も古竜の牙にかかったに違いない。



《さてシモンよ、お主のお陰で我を縛るものは何もなくなった。故に、我はここを離れようと思う》


「えっ!?な、何故ですか?」



 唐突な古竜の話に、僕は心底慌てた。

 実を言うと、呪いが解かれたことを機に、本当に国の守護竜になってもらえないだろうかとお願いするつもりだった。でも、古竜がここを離れてしまえばそれも難しくなる。

 勿論、古竜が自由になれたのは良いことだ。でも、守護竜が竜の巣を離れたことが知られればどうなるか。エルム王国を侮り、良からぬ事を仕掛けてくる国だって出てくるかもしれない。



「ずっとここに居てくださったらいいのに……」


《そうもいかん。我ら古竜族は長い年月をかけて体内に魔素を蓄え、最終的に〝神竜〟となって神界に昇るのだ。そのためには、魔素の多い場所を転々と移り住まねばならん。然るに、我はこの場所に長く居過ぎた。この辺りにはもう我が取り込めるような魔素など殆ど残っておらん》


「確かに──言われてみると、この辺りからはまるで魔力が感じられんのう」



 師匠がそう呟いた。

 曰く、どんな場所であっても自然の魔力、いわゆる魔素というものが漂っているものらしい。でも、どんなに感覚を集中してみても、古竜の周辺からはそういった魔素が感じられないとのこと。



「でも、急に居なくなられるのも困るんです。どうにかなりませんか?」


《ふむ……ならばひとつ試してみるか》


「何か良い案があるんですか!?」


《シモンよ。すまぬが少々我慢せよ》


「へ?」



 そう言うと、古竜はその手を伸ばし、僕の頭に指先をちょんと乗せた。



「あの、一体何を?」


《始めるぞ》



 古竜の瞳が妖しく輝いたかと思うと、古竜の指が触れている辺りから魂ごと外に吸い出されるかのような感覚に襲われた。な、何だこれは!?



「うわああああああああああ!い、一体何をしてるんですか!?」


《自然の魔素の代わりに、お主の魔力を取り込んでおる。もしお主から十分な魔力を得られるとすれば、他の場所に行く必要も無いからな》


「だだだ大丈夫なんですかコレ!?なんだか全身の力という力が物凄い勢いで抜けていってる気がするんですけど!?」


《だから我慢せよ。なあに、人間は魔力を吸い尽くされたくらいで死にはせん。……多分》


「多分!?いま多分って言いましたよね!?ちょ、ちょっと待って!あばばばばばばばばばば!!」






 その後、僕は全ての魔力を古竜に吸い尽くされ、意識を失ったのだった。

前の投稿から随分と間が空いてしまいました。

昨年末からずっと体調が優れず、本業の忙しさも相まってなかなか筆が進みません。


それでも、読んでくれる方が一人でもいる限り、投げ出さずに最後まで続けて行くつもりです。

気長にお付き合いいただけると幸いです。


末筆ではございますが、皆様あけましておめでとうございます。

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