君のお願い
ちょっとユルくて、ヌルくて、短い話を1つ。
この手紙を読んでいるという事は、私はこの世にいないという事でしょう。これは私の感謝の気持ちの備忘録として書きました。
私は生まれ育ったこの町の神社へ何度参ったか知れません。両親に連れられて行ったのが最初の記憶ですが、記憶が無い小さい頃にも行ったことだと思います。
正月には家族で御参り。
高校受験の合格祈願も同じ神社で御参り。
就職活動の時にも御参り。
結婚した時には御参り。
子供が無事生まれるように御参り。
そして子供が生まれての御礼参り。
それからもずっとずっとこの神社でお世話になるつもりでした。ですが、いよいよ体も動かなくなり、もう行く事は出来ません。
今まで見守り下さり有難う御座いました。
そんな手紙が境内に置いてある。置いていったのは手紙を書いた奴の曾孫だな。
そうか。あいつはもうすぐこの世から去るのか。まあ、名前も知らんし、幼き頃より来ていたから覚えているだけだがな。
ふぅぅ。手紙の主はともかくとして、人間って奴はいつの時代も勝手な事ばかり言いやがる。
田畑に雨が降りますように。
お金が沢山欲しいです。
若い嫁が欲しいです。
病気が治りますように。
大学合格しますように。
無病息災で過ごせますように。
世界が平和でありますように。
知らねーっての。
俺は見てるだけだってーの。
聞くだけだってーの。
自分で何とかしろっつーの。
人間達の間で解決しろってーの。
ま、たまーに、手紙の主みたいに御礼参りなんて律儀な奴もいる。
雨が降りました。お陰さまで田畑が潤いました。
上手くいきました。有難う御座います。
なんてな。
知らねーっての。
雨なんて俺が降らせねーっての、降らせたのは他の神だろっつーの。
上手く行ったのは自分で成し遂げたんだろっつーの。
自分を褒めてろよっつーの。
周囲の奴らに感謝でもしてろっつーの。
まあ、俺を崇める連中がいる間は愚痴でも何でも聞いてやるがな。そもそも何が出来るって訳じゃあねえから聞くだけだけど。
既に千年近くここで見てきた。多くの人間達の栄枯盛衰を見てきた。町の変遷も見てきた。
しかし何と儚いのだろう。
短い命を生んでは散らす。短い命を紡いでいく。
人間て奴らは短い命のくせして、まあ頑張りやがるな。
俺に何が出来る訳じゃない。いわゆる「心の拠り所」ってのが俺の商売さ。
おっと、また誰かが俺を拝みに来たようだ。
しゃあない。聞くだけ聞いてやるさ。
ちょっとユルくて、ヌルくて、短い話でした。
2019年08月03日 2版 誤字含む少々改稿
2019年04月05日 初版