始まり
陸也には母と妹がいて父がいた。父は二週間前に死んだと母から知らされて陸也はなにも思わなかった。なぜなら高校の進路を決めるとき、父に理不尽に他県に決められて今は一人暮らし中である。
近くの高校に行きたかったが父の強行の策に乗せられ陸也は諦めたと共に父への好感度はだだ下がりであった。
今思えば父の顔を覚えていないほど父とは会っていなかった。他県に受験しろというのも電話で話していたのだ。
そんなわけで死んだと言われても何も思わず葬式も出ずにダラダラ高校生活を送っていた。今日までは...。
「誰か!いないのか!」
陸也は走るのをやめ、精一杯の声で叫んだが応答はない。住宅街の真ん中で明かりも付いているのに誰も陸也に気づかない。
ーー何故誰も出てこないんだ?おかしい...ーー
「諦めろ。誰も出てきやしないんだから」
カッ、カッ、と歩いてきた男からそう告げられた。陸也はその声に反応して踵を返した。その男は何やら漫画の騎士のような格好をしていて剣を腰に携えていた。その男に陸也は追われていた。理由もわからずに。
今日は部活帰りで少し遅くなっていて辺りは真っ暗で誰一人として気配がなかった。さっきから違和感を感じていたがなぜ叫んでいたのに誰も出てこないのか、そんな疑問が渦巻く中、騎士は距離20mまで詰められていた。
騎士が距離を詰めるほど身体の体温が上がり、足の震えが止まらなくなり、その場で立ちすくんでしまった。
「おっ、覚悟できたのか?」
その問いかけには反応できなかった。現実ではあり得ないようなこの状況についていけてないからだ。そしてなぜ陸也は殺されそうになっているのか分からなくて頭が混乱していた。
「んじゃあ、あばよ...魔王」
止まっていた思考が急に動きだした。魔王?聞き違いにしてははっきりと聞こえていた。
騎士は抜刀を構えた直後、地面を蹴った。反射的に目をつぶって腕をクロスして守る構えを作った。
ひゅん、空を切るような音が聞こえたのち目を開けて状況を確かめた。俺は切られておらず騎士はゼロ距離まできていたはずなのに距離が離れている。そして目の前には腰に剣を携えた黒コートの女の子が立っていた。年は中学生にも小学生にも見えるような背の高さだった。
状況を判断するに俺はこの女の子に助けられたことになる。
「すいません、遅れてしまいました。あなたを守る者です。」
妙に落ち着いていた口調で話していた。ただ何故か安心できるような気がした。
「あーあ、護衛隊が来ちゃったか」
虫の居所が悪いのか頭を強引に掻いている。
「まあいいや、もうちょっと時間あるし...」
「少し下がっていてください陸也様」
「殺るか」
目に止まらぬ速さで跳んできた騎士と剣で競り合っている女の子の姿が確認できた。
ーー速い、速すぎて目が追いついていなかった...ーー
言われた通り俺はゆっくり後ずさり離れたとき、すごく悔しい気持ちになった。
騎士は高速の剣技で容赦なく打ち込んでいたが全てを綺麗に受けきっていた。反撃もせず何かを待つように、それも時間を稼ぐように。
両者は鍔迫り合いの末、後方に距離をとった。
「空間の限界か...」
微かだが呟いているのが聞こえたその後、
「前の悲劇は繰り返させねぇ」
吐き捨てるように発して撤退していった。不思議とこの言葉ははっきりと聞こえていた。
「陸也様、ここはもう人が来ますので移動しましょう」
立ち尽くしていた陸也に納刀しながら近づいてきた女の子に手を引かれた。そのまま家に直行された。
とりあえず家に女の子をあげて色々な疑問の中で一番気になったことを挙げた。
「君は何者だ?」
「申し遅れました、私の名前はツバキ。あなたを守る者です、魔王」
またはっきり聞こえてしまった。魔王、それは陸也のことだ