絶対に帰りたい
初投稿です。ちまちま書きながら進めていきたいです。遅筆なので悪しからず。
ふと目を覚ました。いま何時だろうかと起き抜けに思い、枕元のスマートフォンを掴もうとした右手は空を切る。文字通り、空を切った、のである。
「…え?」
冷静に言葉が出たのはその一瞬だけで、その言葉さえ冷静と表現して良いのか微妙なところではあった。異様に開き辛い両目を懸命に開くと、まるでジェットコースターに乗っている時のような風が両目を叩き、自分の瞳から急激に水分が奪われるのを如実に感じた。
その時にはもう、大声で喚いていた。なんと言っているのか自分でもよくわからないが、このまま眼下に見える緑の深い森の地面までこの身が到達すれば、確実に死に至ることは本能的および積み重ねてきた経験的に分かっていた。
走馬灯が駆け巡る。
走馬灯が巡ることにあたって、いくつかの理由づけがなされている。その一つに、今までの人生を振り返りこの危機的状況を何としても打破すべし、と脳からの緊急指令であるという説がある。というのを思い出すのも走馬灯であり、父親から料理を教えてもらった思い出や二つ下の妹と遊びに行ったプールも、幼い頃に母に抱えられて遊園地のアトラクションの前で写真を撮った瞬間も、その母が交通事故で還らぬ人となったあの日の記憶も、全て全て走馬灯の一環である。
キャパシティをオーバーした青年は、始まりと同じように唐突に目を閉じた。危機的状況が続いている中で、生存を諦め一種の気絶の状態に陥っていた。その青年は最後に、思い出の中にはない人間の声を聞いた気がした。
夜の森とは、大抵において危険な場所である。獣たちの行動が始まり、人間の時間は終わる。迷い込んで仕舞えば不安な心持ちで出口を探すか、腹を決めて一晩野宿するしかない。もちろんその両方が、生存を100%保証するわけではない。そんな深夜の森の中で、木の幹に体をもたれた先ほどの青年と、一人の女性、その後ろに三人の人間がひっそりと存在していた。
「縺ゅ�縲∝、ァ荳亥、ォ縺ァ縺吶°�溘b縺励b縺励≫ヲ縺」縺溘¥謇九r縺九¢縺輔○縺ヲ繧薙§繧��縺医◇隱ー縺縺雁燕縲ゆササ蜍吩クュ縺縺九i驍ェ鬲斐′蜈・繧峨�縺医h縺�↓隕句シオ縺」縺ヲ繧阪▲縺ヲ險縺」縺溘�縺ォ縺ゅ�繝懊Φ繧ッ繝ゥ雎夂塙縲やヲ縺ゅ√≠縺ョ縲∫岼繧定ヲ壹∪縺励∪縺励◆縺具シ溯ヲ九◆謇諤ェ謌代b縺ゅj縺セ縺帙s縺励∽ク蠢憺ュ疲ウ輔〒逹蝨ー繧る撕縺九↓縺励∪縺励◆縺ョ縺ァ窶ヲ豐サ逋るュ碑。薙�菴ソ縺医↑縺��縺ァ蟶ー縺」縺ヲ縺九i縺ァ縺吶′窶ヲ莉翫→縺ヲ繧ら李繧蝣エ謇縺ッ縺ゅj縺セ縺吶°�」
「え…?なんて言ってるんだ…?」
目を覚ました青年は、辺りを見回した。目の前には黒髪を肩まで伸ばし前髪とともにパッツンに切った髪型の女性がいた。肌は飛び抜けて白いわけでもなく、かと言って健康的な肌色でもない。瞳は大きくないが鼻周りのそばかすが、ふんわりして輪郭の曖昧な顔の形に相まって幼く見えた。青年の所属している高校でも探せばいそうな平々凡々とした顔立ちである。唯一瞳の色が日本人離れしていて、それだけで彼女が外国人であることがわかった。
「あー、えっと…ハローマイネームイズマサシ。ハウ、えーっと…フーアーユー?」
マサシ、と名乗った青年は不安げな表情で目の前の人間たちを見た。皆一様に、マサシの発した言葉に怪訝な表情を浮かべている。ややあって、目の前の女性がマサシの肩を両手で撫でて落ち着かせるようにしながら口を開いた。
「髮」豌代�譁ケ縺ァ縺吶°�溘←縺ョ蝗ス縺九i譚・縺溘°險縺医∪縺吶°�滉セ九∴縺ー縲√Ν繧ァ繝シ繝エ繧ァ繧�ヤ繝舌う縲√≠縺ィ縺ッ窶ヲ譛霑代�繧「繝九�繧ケ縺ァ縺吶�縲」
分からない、とマサシは直感的に感じた。この分からないは自分の聞いたことのない言語であるという事だ。日本語はもちろんのこと、ごくごく簡単で拙い英語と、父親の母語であるスペイン語は流暢に話すことができる。この3つの言語で殆どの場合は意思疎通を図ることができるはずなのだが、どうもその兆しは見られない。試しにスペイン語を用いてみても、反応として返ってくるのは音としてしか認識できないような謎の言語であった。
こうなった時に取れる手段は一つだけだ。マサシは自分の耳を指で指し示し、次いでバツマークを腕で作る。
「縺ゅ≠縲∬ウ縺瑚◇縺薙∴縺ェ縺九▲縺溘s縺ァ縺吶�」
すると目の前の女性はどこからか、魔法の杖のような棒を取り出した。
「えっなにその心踊るグッズ」
「繧ー繝�ぜ�溘げ繝�ぜ縺ィ險縺」縺滂シ」
しばし見つめあったのち、女性は一つため息をついて棒を振るった。視界の端で、自分の両耳が光に包まれる異様な光景を半ば放心状態で見つめる。ややあって、女性がおずおずともう一度口を開くも何も変わらない。ジェスチャーが解りづらかったのだろうかと、マサシはもう一度、今度は口を開けて話すフリをしてから、もう一度耳を指差してバツを作る。すると女性は周りを見渡して、自分の後ろに変わらず三人しかいない事を確認するようなそぶりを見せた。一分にも満たない時間の後、控えめな声で何か言葉を発した。
「髱「蛟偵↑繧�▽縺縺ェ縲やヲ窶ヲ縺薙l縺ッ縲√弱%縺ョ髫雁藤縲上�菴ソ縺医↑縺�コ九↓縺ェ縺」縺ヲ縺�k鬲疲ウ輔□縲ゅヰ繝ャ縺ヲ縺上l繧九↑繧医√▲縺溘¥縲」
今度は発光もせず、大きな音もしなかった。先ほどの方が魔法っぽかったのに、とやや落胆したのか、マサシからため息が漏れた。それを聞いた目の前の女性は、マサシを立ち上がらせる。
「どこか痛みますか?」
「あ」
「え?」
「わかる…あんたが何言ってるかわかる!!」
「ちょ…静かにしてください。夜の森ですよ。」
「え?あぁ…。」
今更ではあったが、マサシはもう一度周りを見渡した。先程は混乱しすぎて見たは良いが状況を正確に把握できていなかったようで、彼は改めて自分が異様な場所にいる事に気が付いた。
「まずは…助けてくれてありがとうございます。」
「あ、いえ…そんな…人命救助は当然の事ですので。」
お互いにペコペコしながらでは話が続かない。彼女の後ろにいたドレッドヘアの男性が、まあまあと二人を宥める。
「で、えーと…ジャスティ君だっけ?なんであんな場所から落ちてきていたんだ?」
名前は名乗ったのだが、マサシ、と確かに発音しているのにジャスティとしか聞き取ってもらえず諦めた。マサシの耳にはジャスティは当然ジャスティと聞こえている。
「えーっと…自分でもよく分からないです。部屋で寝てたら、いつのまにか空にいて落ちてました。」
自分で言っていても相当頭の可笑しな話だと思う。当然信じてくれないと思っていたのだが、四人はその言葉をなんのとっかかりもなく飲み込んで消化した。
「誰かに攻撃されたのかしら?」
後ろの女性が皆に尋ねるように発言して、四人がそれぞれ議論を交わし始めた。マサシはついて行けず、取り残される。彼の今までの人生の中で、棒から光が出る事も、あの高さから人間が落下してほぼ無傷なのも、全く意思疎通のできない状況からいきなり会話がスムーズに行えるようになるのも、ありえない事だった。ましてや寝ている間に攻撃されて気付けば上空を落下中など、洒落であっても面白くもなんともない話だ。しかし四人はそれを信じきっている。即ちこれが普通なのだ。普通かどうかは分からずとも、少なくとも『絶対にありえない』事ではないのだ、と予測できた。そしてマサシは理解した。自分が今、漫画やドラマで嫌という程見たシチュエーションである『異世界へのワープ』を果たしているという事に。
「何かあったのかね?」
森の木々を掻き分けて現れ出たのは、嫌味な性格をしていそうな顔の小太りのおじさんだった。俺の所感だが。その後ろに、同じように三人が付き従っている。見ればこの場にいる俺以外の全員が、濃い赤に紺のラインが入った軍服のようなものを着用している。豪華さで行けば今さっき来たおっさんが一番豪華で、2番目はさっき俺に魔法をかけてくれた…アリス、と名乗るこの女性だ。その他の人たちはみんな同じようなデザインで特に変わった装飾を身につけてはいない。
「なんだ、その少年は。部外者と任務中に接触するなど…お前たちはこの任務を舐めているのか!?」
耳を塞ぎたくなるくらい大きな声が森に響く。ああ、このおっさんは典型的な『俺偉い』と奢っている人物なんだなと容易にわかった。だが仕事中に俺の面倒を見て怪我の治療までしてくれているなら、俺がこの場から引くべきだろう。帰り方は分からないがこういう時は街に出れば親切なお姉さんとかお兄さんが助けてくれる…はずだ。今やってるRPGもそんな感じだし大丈夫だろう、と予測を立てる。
「あ、仕事中だったならすみません…お世話になりました。じゃあ、俺はここで…」
しかし、俺の腕をアリスさんが掴んだ。アリスさんは掴んだ俺の方は見ないまま、おっさんに向き直る。
「ロルド少将、申し上げたいことが二つあります。」
「うむ、アリス中佐の発言を許可する。」
偉そうなおっさんだが、確かに偉いらしい。アリスさんのいう通りならこのおっさんは少将という事になる。本当ならもっと多くの部下を引き連れているはずだが、夜間の森での任務だからか三人しかいないのだろう。
「まず一つ、この青年は難民ですので、任務後に難民受け入れ場所へ連れていかなければなりません。よって、彼とここで別れるのは得策ではありません。」
えっ俺難民扱いなの?と混乱している間にも、アリスさんの発言は続いていく。
「そして二つめ、今回の我らの任務において大声を発するのは如何なものかと。以上です。」
その瞬間、俺の腕を掴んでいたアリスさんの腕がぐわんと大きく動いた。アリスさんの顔が少将のおっさんの手でビンタされるのを、俺はスローモーションを見るように呆然と見つめていた。
「口を慎め。私よりも階級が下のくせに、よくそんな発言をする気になったものだ。」
おっさんは手を擦り合わせると、「見張りを続けろ」と言ってその場を去って行く。その後ろに続く三人も、アリスさんに好き勝手言葉を投げ捨ててその場からいなくなった。一拍おいて、ドレッドの人がアリスさんに駆け寄る。
「隊長!」
「…問題ないわ。」
「まさか!デカイ音してましたよ。」
「あのクソ少将、ほんとムカつくわ。自分は大して強くもないくせに…隊長の方が魔法も強くて優しいのに。コウヤ大元帥も、こんなの早くいなくなれって思ってるはずだわ。」
いなくなったらいなくなったっで散々に言われているので、俺の溜飲は少し下がった。ただ、隊員の人はまだまだ気に入らないらしくドレッドの人がアリスさんの打たれたところを検分している間ずっと二人で愚痴を言い合っていた。
「ぎゃああぁああああっ!!」
「なに、なにこれ!!ちょっとアリス隊!!!たすけ…!!」
「ええい、一度あいつらのキャンプまで引け!」
森の静寂を再びかき消すような大声が上がった。即座に反応した四人は、俺に「下がっていてね」と言って背に隠してくれた。
「私が指示するまでは動かないように。状況を見極めてから動く事。」
「はい!」
三人から良い返事が返ってきた瞬間に、森の木を踏み倒しながら恐竜ともゾウともとれる奇怪な生物が躍り出てきた。皮膚は硬そうで、おおよそ生存には向かなそうな青と黄色のまだら模様だ。四足歩行にも見えるが前足で木々をなぎ倒している。口からはちらりと牙が見え隠れしていて、滴る唾液はねっとりしていて臭そうだ。そんな風に俺が目の前の動物に生理的嫌悪感を抱いている間に、目の前のアリスさんが大きく跳躍し、腰にぶら下がっていた軍刀で首筋を切りつけた。まさかの白色の血がびゅうびゅうと噴き上げ目の前の動物が大きな声で呻く。着地したアリスさんの体に暴れまわる動物の尾が当たって、彼女が吹き飛ばされるのが見えた。
「アリスさんッ!」
「大丈夫、隊長は強いから。それより私から離れないで…ってどこ行くのジャスティ!」
呼びかけられる声に応えず、俺はアリスさんが薙ぎ払われた場所へ向かう。3分ほど全力疾走して辿り着いた時、大きな木の根元にいたアリスさんはすでに立ち上がって土をほろっていた。とりあえずの無事を確認して一息つくも、俺の世界の常識的には考えられない体の頑健さを目の当たりにし、いよいよ自分の置かれている状況が現実味を帯びた。その時俺は、ふと気付いた。アリスさんの黒い髪から一房、白っぽい金色の髪が落ちていることに。
「アリスさん…あの、髪の毛___ 」
そう俺が口にした直後、盛大な爆発音が響いた。見れば先ほど俺が走ってきた方向がぼんやりと明るくなっている。爆発で炎でも出たのだろうか。するといきなりアリスさんが俺の腕を握って走り出した。小中高とマイナーな格闘技をやってきたおかげで体力に自信のある俺でも、ここに走ってくるまでには息が切れていた。だというのにアリスさんは先ほどの俺よりもずっと早いペースで走り続け、あっという間に現場に舞い戻った。俺もつられて走るペースが早くなっていたのか、もう急には動けないぐらい心臓がばくばくと音を立てて全身に酸素を運んでいる。
「ありがとな、ジャスティ」
こちらを一瞬見たアリスさんはそう言って黒髪の中にプラチナ色の髪の毛をしまい込み、疲れを感じさせない軽快な足取りで隊員の元へ走って行く。その様をぼーっと見ていた俺も、息が整ってきたと感じ急いで彼女の元へ歩み寄った。
「現場検証終わりましたよ隊長。」
「ご苦労様。…それで、どうでしたか?」
「はい。やはり予想通りでした。どうします?」
「おい、何の話をしている!」
俺がキャンプに近づいた時にはすでに動物だった残骸は燃えてほとんど残っておらず、意外にも華奢な骨が地面に転がっていた。おっさんは焦って逃げてきたくせに偉そうにしてアリスさんに詰め寄った。おっさんの隊員はそれなりに怪我をしているのに対して、アリスさんたちは無傷でみんなピンピンしてる。おっさんの隊員たちもそれが信じられないのか、何やら三人で言い合っていた。
「___とにかく、今回私たちの隊は不意をつかれただけで、君たちは私たちの隊が事前に声を出していたおかげで不意打ちを避けられただけ。どのように報告すれば良いか、分かっているだろう?」
なるほど、自分の不甲斐ない様子を報告されたくないらしい。まあ、誰だってされたくはないよなあ、と思うけど人にものを頼むのだから、もうちょっと殊勝にしたって良いじゃないか。
「…はい、了解しました。」
「フン。」
しかしアリスさんは承諾した。隊員たちも俯いて黙っている。さっきはあんなにやいのやいの言っていたのだから、文句なんて山ほどあるはずだ。だけど、彼らが反発すればアリスさんの地位に影響が出る。何より自分たちの前で乏しめられる隊長を見たくないのだろう、みんな。だから俺は、俺にしか出来ないことをするべきだ。どこの国かは知らないがこの軍隊とは関係ない、異郷からの旅人の俺だからできること。
「オイおっさん。」
「なんだなんみ___ぶはっ!!」
振り向いたおっさんに、15年間習っていた格闘技のパンチを繰り出す。今度はスローモーションにならず、素早い動作でおっさんが木の方にすっ飛んだ。
「うん、雑魚の手応えだ。」
今まで試合で相手をしてきた誰よりも軽い手応えに、思わず口をついて出た言葉。聞き逃してはくれないらしく、俺はおっさんの隊員たち三人に囲まれた。
「何をする!」
「貴様、難民のくせに受け入れ国の軍の少将にこの仕打ち!」
「何だこのクソガキ!!」
復活は早いおっさんが、怒り狂った足取りで俺の元に歩み寄ってくる。
「殺せ。」
冷淡に冷酷に吐き捨てられた言葉に、まあそうだろうなと遠い目をする。まあ、死んだら元の世界って事もあるだろうし、むしろ戻れるなら万々歳だ。ジリジリと詰め寄ってくる隊員たちは、みんな手に銃や剣を携えている。痛いかなあ、なんて今更少し後悔したがやってしまったものは仕方がない。
「アリスさんたち!お世話になりました!これ、俺からのお礼です!」
そう言って視線をアリスさんたちに向けると、みんなぽかんとした後に笑い始めた。
「ははっ」
「うふふ…」
「ひひひっ、面白いやつだな」
つられて俺も笑う。興奮とか色々なものが綯い交ぜになって、面白くて仕方がない。
「何がおかしい!!アリス隊、貴様らも同じようにしてやるッ!…だがまずは貴様だクソガキ。」
おっさんが腰の軍刀を抜いて俺に振り上げるポーズをとった。ああ、痛そう。だけど仕方がないや、これで元の世界に戻れるかもしれないし、何よりお世話になった人たちがバカにされてるのを黙って見ていられるほど、人間できちゃいない。
目の前に光る鋼が迫る。何で人を切るのに縦なんだよ、普通横だろ、なんてツッコミはもう口に出しても間に合わないだろう。
「…あれ。」
いつの間にか笑い声はやんでいた。
俺に振り上げられた軍刀は、その持ち主ごとぐらりと横に傾いて倒れた。手から離れた軍刀は、誰の、もちろん俺の血にも染まっていなかった。
「……っ何をしている!?アリス中佐!貴様…貴様ァ!」
「何って言われてもなあ…。」
傾いたおっさんの後ろから現れたのは、血に濡れた軍刀を持ったアリス中佐だった。状況についていけず狼狽える俺の腕が後ろから引っ張られる。
「こっちこっち。」
アリス隊の一人に腕を引かれて、喧騒の最中から抜け出す。
「貴様、何をしたか分かっているのか!?」
「分かっているとも。お前らロルド隊の無様を大元帥に知られないようにしてやる、って言っただろ。」
「何をふざけたことを…っ!?」
一人がなりたてていた男の両脇の隊員が、ゆっくりと倒れ込んだ。頭からは血を吹き出し、体はびくん、びくんと痙攣している。
「なに……。」
ようやく事態の異様さに気付いたのか、周りを見渡す隊員。倒れ伏したかつての自分の仲間の屍を作り出したのが、アリス隊の二人だと知った瞬間、彼の顔から血の気が引いた。
「ヒッ…な、なに、なになになになんで…ッ!!」
尻餅をついて怯えた様子で後ずさる男の後ろに、ガラリと雰囲気の変わったアリスさんが立ちふさがった。
「あー…端的に言う。あのクラフトリア、お前らの隊長が秘密裏に造ってたやつでな。所謂魔法生物製造許可法違法だ。だがま、殺さなくても良いっちゃあいいんだ。だけどそれに加えて、お前ら四人は密告もしてただろ?密告は厳罰化されてる。早い話が死刑だ。以上。殺すぞ、いいか?」
「なっ、なんでばれて…っ!」
後ろを振り向いた男の動きが止まる。蛇に睨まれたカエルのごとく、男は微動だにもしない。震えさえも止まっている。
「最後にバレた理由をご希望か。神に祈りは?家族に形ばかりの謝罪は?」
アリスさんの脚が男を蹴り上げた。軽くアリスさんの頭まで浮いた男は、地面に体が着くや否や土下座で謝り倒した。助けてほしい、命だけは、なんでも話す、と。俺としては命がけで謝る時に土下座するのが同じと知って、知識を得た時の謎の充足感を感じていた。
「命を助けるわけないだろ。見せしめだっつってんだよバカ分かれよ。…ああ、お前ら私たちがあのクラフトリア倒した時に不思議そうにしてたよなあ?冥土の土産だ、持ってけよ。」
そう言うなり、アリスさんが髪に手をかけた。バリィと大きな音がして、どこに収まっていたのか不思議なほどの豊かなプラチナの髪が現れる。月の光に直に当たっている部分は白銀色に見える、不思議な髪の色だ。
「お前らも変装とけ。冥土の土産だからな、出し惜しみは無しだ。」
三人がそれぞれ自由な返事をして、同じように髪、そして顔の傍をつまんで引っ張った。ダンボールを解体した時のような音が響いて静かになった頃には、俺の知っているアリスさんたちとは全く違う人相の人が四人いた。
「あ、貴方は…トウマ中将……な、なぜ…先月退役したばかりでは…!」
「私が退役したとなれば緩む奴が出てくるだろ?炙り出しの寸法だよ、私は今月退役だ。」
じゃあま、この辺で十分だろ。
元アリスさん、現トウマさんがすっと刀を振った。歪な声がして、男の頭と胴体が離れている。男は空の月を見たまま、目を開いてこと切れていた。
「それじゃあまあ、改めて。はじめましてジャスティ。私はトウマ。ここロマネスアレクシオスの軍の中将でご存知の通り今月退役する。」
あの夜から数時間、初体験の魔法ワープで一息に街まで飛んだ俺たちはその場で解散。家族がいるというほかの隊員の家にお邪魔になるわけにもいかず、トウマさんの家で睡眠をとった。初めての体験ばかりで疲れていたのか翌朝11時まで眠っており、やたら急いで朝食兼昼食の準備をするも家主が起きてきたのは13時だった。冷めたスープで固くなったパンを咀嚼しながら、お互いの自己紹介をする。
「んで?お前本当はどっから来たんだ。」
「え?」
「難民なんて嘘に決まってるだろ。私の隊の隊員だって気付いてる。あの四人で13カ国後はカバーできるんだ、もちろん難民が来ている国の言語もな。私らの誰か一人でもわかったならまだ信じられるが…あの言葉、聞いたことがない。」
「うっ…。今から俺が言うこと、信じてくれよ。今の俺はあんたに疑われたら行く場所ないんだから。」
「信じられるように話せ。」
「どうしろと!?」
「ハハ、冗談だ。まあ、お前も行くとこないらしいし…一緒に来るか?元の世界に戻る方法、一緒に探してやる。」
トウマさんが、すっと右手を差し出した。光の当たる場所で見ると、彼女は本当に綺麗な顔をしている。プラチナの髪に白磁の肌、まつ毛が長く三白眼でさえ美しく見せた。昨日の苛烈さは鳴りを潜めコーヒー片手に握手を求める彼女の手を、握らない選択はなかった。