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ズボラめし  作者: 小出 花
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肉と野菜のナポリタン

 昼休みに携帯をチェックしたら、おじから怒鳴り声の留守電が入っていた。怒っているのはわかるのだが、声が割れていて、何を言っているのかよくわからない。失礼がどうの、病院がどうの。ため息つきながら、折り返した。

『お前はなんで電話に出ない! 何のための携帯電話なんだ! 何時間も前に電話したのに、こんな遅くまでかけてこれないのか! 目上の人間をなんだと思ってる!』

「仕事中は私用の電話に出られません。今は昼休みです。病院がどうかしましたか?」

『そうだ、病院だ! …』

 怒鳴って息が切れたのか、ぜいぜい言ってる。

『町の病院はなんて失礼なんだ! 電話したのにつなぎもしない』

 ?マークが浮かんだが、前回の電話のこととかを総合的に考えて、

「妹が勤務してる病院に電話したんですか?」

 訊いてみた。

『そうだ。俺じゃないが』

「元地主?」

『そうだ。妹の電話番号をお前が教えないから、病院にかけた』

 あちゃー…。

「仕事中は、緊急以外の私用電話はつないでくれませんよ」

『許嫁だと言ったのにつながなかったそうだ。なんて失礼なんだ』

 …マジか。

「許嫁じゃありません」

『どうしても電話をつながないので、説教したら、法務部に相談するって言ったそうだ。法務部ってなんだ?』

「あー、それじゃ、まるっきり迷惑電話ですから。今度かけたら、弁護士が出てくるかもしれないですよ」

『なんでだ! 電話しただけだぞ!』

「病院の業務を妨害してます。立派に犯罪になるんですよ」

『は、犯罪?』

 声が裏返ってる。仕事中でも私用電話し放題がなあなあで許される、おじみたいな感覚だとわからないだろうな。

『…電話しただけで犯罪だって?』

「このあともしつこく電話したら、弁護士が出てきて、警告される可能性がありますよ。もう電話しなければ大丈夫です」

 黒電話でかけたんだろうし、電話番号は通知されてるはずだ。次にかけたら、即、法務部に回される。

『許嫁が電話して犯罪なんて、どういうことだ…』

 弱った声になってる。

「許嫁じゃないです」

 しばらく無言だったので、

「あの、そろそろ昼休みが終わるので」

 切ろうとしてたら、

『お前が妹の電話番号を教えないのが悪いんだ! もし逮捕でもされたら、うちはここで暮らしていけない。どうしてくれる!』

 飛躍した思考で、難癖をつけ始めた。勘弁してほしい。

「元地主さんとの結婚は、絶対ありません。保護者が嫁ぎ先を決めろとおじさんは言いましたよね。じゃあ、兄である私が言います、お断りです」

『ずっと前からの約束なんだぞ!』

「そんな約束はしてません。そもそも小学生を嫁にやる約束をしても、法的拘束力はありません。親権者はもちろん、親権者じゃない人間なら更に論外です。強行した場合は児童虐待で、それも犯罪ですよ。すみませんが、仕事に戻らなくては。仕事中は私用電話はできません。では」

 ミステリー小説を読んでいると、それっぽい法律用語はすらすら出てくるようになる。

『は、犯罪、犯罪って、なんでも、犯罪なのか…。当たり前のことをしてるだけなのに、なんて世の中だ…。お前ら…』

 さっさと電話を切って、電源も切った。

 どのあたりが当たり前なんだよ…。本当に、脳内江戸時代だよ。


 仕事のあと、おじからの電話の内容を、かいつまんで妹にメールしておいた。「あとで電話するね」とメールが返ってきた。

 帰宅して、夕飯を作った。

 弁当にちょっとずつ使うため、ちょっとずつ野菜が残ってたので、夕飯でまとめて食べきることにした。冷凍してあった鶏ムネ肉二分の一枚分、くし切り玉ねぎ半分、いちょう切り人参三分の一、レトルトのナポリタンソース一人前分をホーロー鍋に入れ、コップ三分の一の水で煮る。鶏肉に火が通ったら、輪切りのピーマン一個、ざく切りキャベツ四分の一を加え、一煮立ちさせてから余熱でピーマンとキャベツに熱を通して、できあがり。豚肉でもいいし、野菜はその時の残り物で、なんでもいい。まとめて煮て、パスタソースで味つけする。簡単。パスタソースもなんでもいいが、ナポリタンかミートソースが一番使い勝手がいい。二、三人前分の大容量パスタソースだと、二食分ができるので、大き目の鍋で作って、半分を翌日レンチンで食べるときもある。ただ、うちのホーロー鍋は小さくて、大き目の鍋は普通の金属で、酸味のあるトマトソースを入れっぱなしだと傷むから、肉と野菜が煮えてからソースを入れ、鍋にソースがついている時間を短くする。そして、調理後すぐ、タッパーに保存して、鍋を洗う。量販店の鍋ならともかく、高い鍋を使わない方がいい。


 食べていると、妹から電話があった。食事中だとことわって、食べながら妹の話を聞くことにする。

『受付から連絡をもらったの。変な電話があったって。許嫁を自称して、私の名字だけ出して、取り次げって。平凡な名字でよかったわー。院内に他に二人同じ名字がいるの。所属科と下の名前を言ってくれっていうのに、言えなかったんだって。許嫁のくせに、下の名前を言えないっておかしいじゃん。あー、これ、ヤバイやつだ、って思って、法務部に連絡しますって切ったんだって』

「…うわあ、そんな電話だったのか。おじに聞いたのよりひどい…」

『とりあえず名字が同じ人たち全員に連絡して、思い当たる人間はいるか確認してくれたの。私は、多分、あの、元地主だろうなーって思って、一方的に結婚を迫ってきてる男がいるから、そいつかもしれないって言っておいた。やっぱ大きい病院に勤めてよかった。こういうときの対処はちゃんとしてくれるもの。ナースって、結構多いんだよね、一方的に見初められたとか、元夫とか、つきまとわれるケース』

 ナースって仕事以外でも苦労するんだな。

『小さな診療所とかだと、プライバシーだだ漏れで、大変なことになるって聞くし。奨学金返済免除になるから、僻地の診療所に行った同期がいたけど、一か月でやめて、奨学金返済を肩代わりしてくれる都市部の私立病院に再就職してたもの。田舎に若いナースが行ったら、どんな扱いになるか、田舎出身ならわかるけど、その子は街中の出身だったんだよね。私とか、田舎出身の子たちで止めたけど、全然聞かなかった。嫁候補が来たって、暇を持て余した年寄りが毎日診療所に押し掛けるんだから、仕事にならないんだよ。借り上げ住宅の合鍵は、大家である村役場から、勝手にその辺の年寄りに貸し出されて、帰宅したら台所に野菜がおいてあるとか。泥のついた筍が二個転がってた時は叫んだって言ってた』

「あー…。あるだろうな。で、ありがたいだろう、感謝しろって言うんだよな。それに鍵かけるなとか言われそうだし」

 町育ちの女の子が筍の下処理なんてしたことないだろう。そんなものをもらっても迷惑でしかない。でも田舎の年寄りにとっては、掘りたての筍はもらって嬉しい、贈って喜ばれるものって認識で、相手によくしてやった、と思い込んでいるという、双方がまったくかみ合わない事態になる。

『田舎がナース不足になるのも当然だよ。もちろん、まともな人もいるけど、まともじゃない人のほうが声が大きくて、無駄に積極的で行動力があるんだよね。まともじゃない人間が二人以上いて、その中に地区長がいたりしたら、もうアウト。ナースは仕事をしにいってるのに、あいつら、繁殖相手としか見てない。そんな目に遭うくらいなら、大きな病院で、地道に働いて奨学金を返すほうが絶対いい』

「また電話したら、弁護士が出てくるぞって脅しといたから、もう病院にかけてくることはないと思いたいが」

『うん。病院にかかってくる分には大丈夫。法務部があるし。以前、マジで弁護士案件になったことがあるみたい。何百回も電話してきた男がいたんだって。威力業務妨害って意外と罪が重いらしいよ。それよりお兄ちゃんが大変じゃない? ごめんね、私の電話番号を隠してくれてるせいだよね』

「いや。どうせ仕事中は電源切ってるし。それに、お前の番号を教えたら、おじがすぐに元地主に教えて、やっかいなことになるんだから、俺のとこで止めとくのが一番だよ。おじいわく、俺がお前の保護者だそうだし。なんで二十歳をとっくに過ぎた人間に保護者がいるんだよ」

 はーっと妹がため息ついた。

『結婚しろ、ハイ、なんて女が今の時代にいるわけないのに。可哀想な頭』

「当たり前のことをしてるだけなのに、って言われたときは、顎が落っこちそうになったよ。俺は本当に二十一世紀にいるのか、電話越しに次元のゆがみが発生してんじゃないかって思った。とにかく話が通じる相手じゃないし、特に女の人の話を聞く気がないんだから、お前が相手しないほうがいい。別に俺はどうということないし」

『ありがとう、お兄ちゃん』

「いや。お前の勤務先がしっかりしてて安心したよ」



「肉と野菜のナポリタン」

 鶏ムネ肉 二分の一枚

 玉ねぎ 二分の一個

 人参  三分の一個

 ピーマン 一個

 キャベツ 四分の一

 ナポリタンソース 一人前


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